プロローグ
「転生した悪役令嬢は復讐を望まない」のif話で、レイナルド編です。
一応本編から読んでも分かるように書いております。
前世とはいえ姉弟との恋愛模様となります。
苦手な方はご注意ください。
鐘の音が煩い。
静まれ。鳴り止んでくれ。
今すぐこの煩い鐘が鳴り止めば、きっと姉様は殺されない。
だからどうか、その耳障りな音を鳴らさないでくれ。
「姉様っ!」
民衆が集まる広場に押し潰されそうになりながら、レイナルドは必死で走った。
まだ幼い手をとにかく差し伸べた。十二歳の少年は脚を踏まれようと肩をぶつけられようと、怯む事なく目的地へ走る。
日頃慣れない人混みの中は不快だったが気にしている場合ではない。
レイナルドは少しでも早く愛する姉の元に向かいたかった。
その先に待ち受けている現実が姉の処刑であると知っていても。
レイナルドは走り続けた。
ようやく遠目に見えた姉の姿に、レイナルドは息を呑んだ。
レイナルドが最後に会った時よりも随分と痩せ細った姉が、今まさに処刑台の中央で首に縄を掛けられていた。
長く美しかった髪も無惨に切り刻まれ、風が吹けば優雅に揺れていた長い髪も今ではバラバラに乱れるだけだった。
姉様、私の大切なローズマリー姉様。
レイナルドの小さな手では、何一つ姉に届かないと分かっているのに、ただ心が揺さぶられるまま必死で差し伸べる。
そうすれば優しい姉であるローズマリーが、いつものようにその手を掴んでくれると信じていたからか。
空を切るしかない手は何も掴めない。
それでも手を伸ばす。
(悪夢だ……!)
目の当たりにしても現実と受け止めきれず、レイナルドは何度も頭の中で叫んだ。
(夢だ、夢なんだ……! 姉様が……あの優しいローズマリー姉様が罪を犯すなど有り得ないっ!)
姉が美しいのは顔だけではない。何より美しいのは心だった。
レイナルドはローズマリーの腹違いの弟で、しかも生まれた時から一緒に過ごしていたわけでもない。
彼女にとってはいきなり父親が連れてきた母違いの弟だった。
当時捻くれていたレイナルドの心を、あっという間に溶かすほどローズマリーはレイナルドを受け入れた。
優しさと愛情でレイナルドを守ってくれた姉が、政治的に婚約した皇太子とその恋人相手に嫉妬したからと暗殺を企む筈がない。
小さな生き物にすら慈愛を見せる姉が、そのような浅ましい行為をする筈がない……!
なのにどうして誰も信じない?
「ねえ……さまっ!」
意図せず零れ落ちる涙で目が霞む。
観衆の中だというのにレイナルドの声は届いたらしく、処刑台の上に立っていたローズマリーがこちらを向いた。
目が合ったのだ。
一瞬だけ涙を浮かべて微笑んだように思えた。
それを確かめたくて、とにかく近付きたくて駆け寄ろうとしたが。
その瞬間。
処刑台装置が激しい音を立て起動し。
うるさいほどの鐘が鳴り響いた。
観衆による歓声がざわめく。
姉様は。
姉様……は……
「ねえ…………さ……ま……」
鐘の音が煩い。
煩い。
壊して、しまいたい。
レイナルドは、愛する姉の死を祝福するように鳴り響く鐘の破壊を願った。
そして、姉を処刑台に立たせた王の住まう城も、鐘と共に壊れてしまえばいい。
姉が心身捧げて尽くしたにもかかわらず裏切ったディレシアス国など、滅んでしまえばいいのだ。
「ローズマリー姉様……」
小さくか細い少年の声など民衆によってかき消された。
暫くして人々が処刑に飽き、その場から離れていこうともレイナルドは立ち止まっていた。
高く昇っていた陽も既に沈みかけている。
見物者は好奇の眼差しで命を失った姉の遺体を眺める中。
レイナルドはついに気力を失い膝をつき。
その場で蹲りながら、泣いた。
レイナルドは呟き続ける。
愛する姉の、その御名を。