思い込みが強いご令嬢の話
初投稿です。
深く考えずに楽しんでいただければ幸いです。
「ちょっと前、悪い男爵令嬢が居たんだ。婚約者のいる王子様をたぶらかして、自分がお嫁さんになろうとした。でもすぐバレて、処刑されちゃったんだってさ。家族も一緒に」
五歳年上の兄の言葉を、妹は涙目で聞き入った。
「リリィ、お前はちゃんと身に合った生き方をしないとダメだぞ」
勢いよく首を縦に振る妹。
兄としては、ちょっとした意地悪だったのだ。処刑された令嬢がいたのは本当だが、妹がそんなことをする訳はないと思っていたし、処刑も篭絡だけでなく他いろいろが重なったものだとわかっていた。
ただ、兄は妹の記憶力の良さと頑固さ、あと思い込みの強さを測り損ねただけなのだ。
この妹――リリアナ・アドラム男爵令嬢には、幼馴染の伯爵子息がいた。
母親同士が学園時代の友人で、歩く前から一緒の部屋で遊ばせていたらしい。爵位の違い、家格の違いはあれど、大変仲良くさせてもらっていた。
二人が十歳になっても、二人は気軽に名前を呼び合える仲。そしてリリアナは淡い恋心も彼に抱いていた。
だが、ここで兄が恐ろしい話を持ってくるのである。
「身に合ってない」と、一族郎党処刑という未来もありうるのだという恐怖を植え付けられたリリアナは、幼馴染への恋心を叩き壊すことにした。
ニコラス・ホールデン。
ずっとニック、と呼んでいた彼をまずはニコラス様と呼ぶようにした。最初に呼んだ時は目をまん丸にして驚き、更に泣きそうになりながらニックと呼んで欲しいと請われたが、頑として聞かなった。
更に遊びに行く回数を減らし、勉強の時間も増やした。これはリリアナにとって有意義だった。いかにニコラスに気軽すぎたか、ホールデン伯爵家がどれだけ名家なのか授業で知れたからだ。危ないところだった、と胸を撫でおろした。
ただ、ニコラスへの恋心だけが、どうしても消えなかった。むしろ会えないだけ想いが増した気がする。悪いところを挙げようとしても、少しアクティブすぎて外で遊ぶ時について行くのが大変だった、女の子と遊んでいるのに容赦なかったな、という位で、リリアナが我慢できないような短所が見当たらなかった。
二年ほど試行錯誤した挙句――リリアナは諦めた。
ニコラスが好きという感情を諦めることを、諦めたのである。どこの都々逸だろうか。
なお、この間も家族から「どうしてニコラスを避けているのか」と何度も詰問されているのだが、決して口を割らなかった。というより兄はわかっているはずなのに何故訊いてくるのだろう。疑問だったが、リリアナを試しているのだと思いいたり、兄にはにっこりとほほ笑み「わかっておりますとも、お兄様」と毎度返すようになった。
話を戻そう。
ニコラスへの恋心は捨てられないのだが、かといって彼と結ばれることは無い。リリアナは平凡男爵令嬢で、彼は名家の跡取り息子なのだから。
ではどうするのか――悩んでいたリリアナは、ある日もうすぐ入学する学園のカリキュラムを見て閃いた。
それは、下級~中級貴族令嬢向けの、侍女としての振る舞いを教える授業だった。
リリアナは侍女になればいいのだ。雇い主はアドラム男爵家の交友関係からして、ホールデン伯爵家になるに違いない。そこで誠心誠意仕え、いずれ彼の子が成人して爵位を継ぎ、彼が引退し奥方が亡くなった後もずっと彼の世話をし続ければ――事実上の後妻の立場になれるのでは?
リリアナにとってそれは天啓を得たような名案であった。これならリリアナが処刑されることはなく、ニコラスの名誉も奥方も守れる。大好きなニコラスの傍に居られてハッピーだ。
奥方が先に亡くなることを前提に考えているがそれも六十代以降だろうと踏んでいるし、あの健康的に駆け回り、果ては屋敷の壁まで登る技を身につけたニコラスが早死にするわけがない、という見解からである。
十二歳の少女が考えたにして完璧だ、と彼女は自画自賛した。問題があれば少しずつ修正すればいい。
「お父様! わたし、侍女になる勉強をします!」
その日のうちに宣言したことは言うまでもない。
「――で? 予定通り侍女コースに入ったって?」
「はい」
「入学してから僕と話をするようになったのは、将来の雇い主との円満な関係を続けないとそもそも雇ってくれないと気づいたから」
「……はい」
時は流れ。
十七歳になったリリアナは、同じく十七になったニコラスの前で小さく座っていた。
友人の名で学園の端にある四阿に呼び出され、しまったと思った時にはにっこり笑った――しかし目は笑っていない――ニコラスが尋問の準備を終わらせていた訳だ。唯一の出入り口をニコラスに封鎖されてしまい、すったもんだの末、とうとうリリアナは白状してしまったのである。
まさかこんな形で恋心まで白状させられてしまうとは。だがこれからが勝負だと、リリアナは顔を上げる。
「だ、大丈夫です! ニコラス様の奥様になる方にも誠心誠意お仕えしますし、お子様の相手だってします! ニコラス様のお子なら絶対壁ジャンプするに決まってますから、それも追いかけられるよう体力作りも欠かしていません! 乳母にはさすがになれないかもしれませんが」
「なられたら困る。……どうりで話が噛みあわないと思ったら……フレディのせいだったのか……」
フレディとは兄のことである。何かニコラスに失礼なことをしてしまったのだろうか。
ニコラスはひとつため息をつくと、リリアナの横に座り、目線を合わせてきた。
「リリィ、君はいくつか誤解している」
「え? ……も、もしかしてホールデン家の使用人はひとつの血筋しか受け入れていないとかですか? わたしはそもそも雇えないとか」
「どこからそんなものを思いつくんだ……怖い家じゃないぞウチは。いいか、件の男爵令嬢が裁かれたのは、相手が王家で、しかも婚約者持ちだったからだ。更にいえば他国とコソコソ取引して国を売ろうとしてた家だったから」
いつの間にか手を握られている。
「ホールデンは名家といっても伯爵家だし、僕に婚約者はいない。前提が全く違うだろ。君が僕を好きでも何の問題はないんだ。あと君、この前の王妃様の視察でとても気に入られただろう。王妃様付きの侍女として王宮仕えをすれば、立派な箔付けになる」
ひと月ほど前、王妃が学園を視察に来た時、侍女コースでトップの成績だったリリアナが恐れ多くも学園の成果としてお話をした。その後に宮仕えの打診が来ていたのは確かだが、何故ニコラスが知っているのだろう。
ホールデン家に雇ってもらいたいのでリリアナは断ったのだが、よく考えなくとも王妃付きの侍女ならば貴族女性として大変名誉である。
「……と、ということは……」
「ああ、僕と君は」
「ニコラス様の奥様が亡くなった後にわたしを妻にしてもらえる可能性が!」
「何故頑なに後妻を狙っているんだよ!!」
僕は君がずっと好きなのに、何故間に誰かを挟まないといけないんだ! とニコラスはとうとう喚いた。