A Pool of Blood
10月31日午後4時28分、渋谷109前に到着した畑中巡査部長と平野巡査の目の前には、比喩ではなく、血の海が広がっていた。
畑中は、冷や汗をかいた。目視できる限りで20人以上の人間、いや、人間だった物体が地面に散らばっている。おびただしい数の手、足、首、内臓が散らばっている。そして、血の海の中心に三体の生物が立っていた。三体とも頭からは触覚が生え、全身が甲羅に覆われており、形状もよく似ていたが、それぞれ赤色、黒色、白色と甲羅の色が異なっていた。特徴的なのは腕が4本生えていることだった。2本は普通の腕で、残りの2本は大きなハサミの形状をしていた。体長はゆうに2メートルを超え、軽々と人間を持ち上げ、ハサミで切断しむしゃむしゃと食べている。
畑中と3体の距離はおよそ20メートル。その間には、友人か恋人の死体の脇でうずくまっている少女が1名いた。その他の通行人は皆逃げ切ったようだった。
おれ、死んだかもな。畑中は瞬時に死を覚悟した。そして、横で震える平野の両肩を掴んだ。
「平野、今すぐお前自身の安全を確保した上で、本部に応援を要請しろ!おれは、あの子を助ける!」
がっしりと肩を掴まれた平野は、我に帰った。そうだ、おれは、市民の平和を守るためにここにいるんだった。
「おれも一緒に行かせてください!市民の平和を守ることがおれの仕事です!」
「バカ野郎!この光景から敵の戦力が判断できねえのか!とにかく、お前の仕事はこの現状を正確に本部に伝え、大至急応援を要請することだ!それが、市民の平和に繋がる!任せたぞ!」
そう言って、畑中は平野を後方に突き飛ばし、自身は血の海の中でうずくまる少女のもとへ向かった。
三体の生物の反応は、早かった。畑中の存在を認知した赤色の個体が自身の食料を取り逃がすまいと少女のもとへ向かった。その瞬間、畑中は赤色の個体に向けて発砲した。同時に、黒色、白色の個体にも1発ずつ発砲。畑中の射撃の腕前は警視庁イチだった。また、死を覚悟した極限の状況が彼の集中力を最大限に引き出していた。弾丸は、見事に3発ともそれぞれの個体の頭部に命中した。
やったか、畑中がそう思った瞬間、彼の胴体は黒色の個体により切断されていた。
平野は全速力で交番に向かって走っていた。1秒でも早く、応援を。
その平野に向かって、白色の個体は大きく口を広げ、咀嚼していた人間の骨を吹き出した。圧倒的な肺活量で噴き出された頭蓋骨は平野の腰及び太腿に命中し、平野はその場に倒れた。
その光景に満足した白色の個体は、彼らの言語で他の二体に話しかけ、その場で羽根を広げ上空へと飛び立っていった。