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神は未来だけを作ったが、人は過去をも作り変える


 かつて、この世界を作ったのは、原初に生まれた双子神であった。


 姉はケルティーナ、妹はヴォルティーナと言い、2人から様々な神が生まれた。ケルティーナは聖の力を、ヴォルティーナは魔の力を司り、自分たちが作った広い世界を共同統治した。


 何も無かった土地に様々な生命が生まれた。生まれ落ちた生命は、生きる為に双方の神の力を必要とした。聖の力は生命に、生きる為の知恵を授けた。魔の力は生命に、生きる為の強靱な肉体を授けた。どちらも生命は必要としたのだ。


 ところが、次第に双子神の間は不仲になっていった。特にケルティーナは、自身と対等に話すことのできる知性の存在を望み、知恵ある者に更に自身の力を授けて依怙贔屓をしていた。だが肉体的に勝り弱肉強食のきらいがあるヴォルティーナの使徒たちに、自身のお気に入りの生命が殺されることがしばしばあった。その為にケルティーナは妹たるヴォルティーナを、邪魔者と認識し始めていた。

 遂にケルティーナはヴォルティーナを世界の運営から追放することを決意し、自身の眷属神たちと共にヴォルティーナを罠に嵌めた。ヴォルティーナの眷属たちは激怒して戦争を起こしたが、奸計によって次々と討ち取られてしまった。


 しかし、神々の掟では、親殺し、兄弟殺し、子殺しはたとえ神でさえ罰を逃れられない重罪であった。故にケルティーナも妹のヴォルティーナを殺害できず、彼女を世界の裏側に追放してその裏界ごと封印してしまうことを決意した。

 こうして表界ではケルティーナ主導の輪廻のシステムが構築された。輪廻の巡りを通じて表界にはケルティーナの聖の力が満ち溢れ、生命はその知能を増していき、またそれと反比例するように肉体的に衰退していった。


 ところが、暴れるヴォルティーナを無理やり封印したせいか、裏界は完全には封印しきれておらず、裏界から表界へジワジワと魔の力が溢れ出し続けていた。また、いくら聖の力が強くなったとはいえ、生命の側も突然魔の力を必要としない形になれるわけではない。というより聖の力だけで構成されたら、それは精神体のみになってしまう。

 その為年月が経っても、表界の生命は少量であっても魔の力を必要とした。だが、表界に残留する魔の力でさえ殆ど必要としない生命が生まれた時、初めて表界の生命は言語能力を取得するだけの知性を得るに至った。その第1号が人間である。


 同時に魔の力が表界側に漏れ出ているということは、逆も然りであった。封印されたヴォルティーナは裏界だけでどうにか自分の理想たる生物、すなわち究極の肉体を有した生命を実現しようとした。だが表界から漏れてくる聖の力がそれを邪魔していた。聖の力は魂を魔の力で満ちた肉体から次第に引き剥がしてしまい、裏界側の生命にとっては、少しは必要とはいえまさしく致命的な存在だった。

 ヴォルティーナが理想を成し遂げる為には、どうにかして表界を征服し、姉を完全に逆封印して魔の力で世界を満たさなければならない。姉の方が先に生まれたせいか、はたまた本来物質故腐ってしまう肉体を、無理やり強化して長持ちさせていることの弊害なのかは分からない。どの道罠に嵌められて封印されたヴォルティーナ側は、怒り心頭では済まされなかった。


 よってヴォルティーナは、大戦の傷が癒えると封印をこじ開け、再び戦争を仕掛けた。これはやはり姉に弾き返されてしまうが、ヴォルティーナはその後も定期的に力を蓄えては懲りずに表界への侵攻を繰り返した。ケルティーナの側も面倒ながら一々裏界に叩き返していた。

 本来ならもっとガッチガチに封印してしまえば良いのだろうが、大概ガチバトルになる神々の戦争の後で、それだけの余力が残ってないことが殆どだったという現実的な面もあった。


 やがて月日が流れ、神々がそう簡単に顕現したり、ドンパチできなくなる時代がやってきた。それでもヴォルティーナは悲願達成を諦めてないし、ケルティーナも裏界からの侵攻を叩き返さなければならない。

 こうして双方が自分たちの力をそれぞれの世界の生命に仮託し、自分たちの使命を託すということが行われるようになった。それが表界の聖女であり、裏界の魔王だった。定期的にやってくる魔王討伐とは、神々の代理戦争なのである。







「……まさか、魔王討伐にそんな意味があったとは……」

「まあ、知らないのも無理はないわね。一般にはアルファル教が創作した、ヴォルティーナ神を極端な悪役とする神話が出回っているでしょうし。そもそも神々の戦争の時代から何千年と経ってしまっているから、この話も今知られている中で限りなく事実に近いものだろうとしか言えない部分もあるわ」

「で、では、勇者や斥候、賢者などというのはどういう存在なのですか?」

「あれは後世になって後付けで世俗権力が作り出したものよ。現実的には物理攻撃に丸腰の聖女の護衛と、世俗的な救世の旗頭という役割しかないわ。魔王討伐パーティの主役はあくまで聖女なのよ。主神の代理人としての聖女が死んだら魔王討伐は事実上失敗だけど、残りのメンバーは最悪死んでも代わりは用意できるもの」


 目を戯画のように真ん丸くする様子の少女を前に、本当はこんな純粋な子はそのままでいて欲しいのだが、と思うディミネラ。今まで信じていた勧善懲悪的なストーリーを覆されたのだ、相当な衝撃だろう。知られている神話では、両神が元々双子であることもなかったことにされている。

 だが目の前の少女が聖女に選ばれた以上、純粋で人がいいだけでは乗り切れないことが多いのだと、気持ちを切り替えて話し始める。どの道魔王を倒さないと、人間どころか世界中の生命が危機に瀕するのである。どちらが良い悪い以前に、表界に生きる人間に選択肢はない。


「魔王討伐の歴史について、いざという時の為にタブー面も知りたいというその姿勢は評価できるわ。でも一応この話は今の大司教首座も知っているかは怪しい話だから、しないとは思うけど他言無用よ。最悪宗教面での権威が崩壊しかねないし、貴方の命も危ういわ。貴方が今代の聖女だから話したということを、忘れないでおいてね」

「は、はい」

「ほら、そんな間抜けな顔をしていると、感づかれるわよ? 勿論他のパーティメンバーにも話せないんだから。何かあったり、耐えきれなくなったらいつでも連絡しなさいな」

「そうですね、ありがとうございます。すみません、長々と居座ってしまって。そろそろ仲間の元に戻ります」

「気にしないで大丈夫よ、どうせ急ぎの用事はないしね。気をつけて帰るのよ」

「はい、失礼します……」


 どうにか表情を取り繕いつつも、それでも微妙に硬い表情をしたままソファーから立ち上がる少女。銀色の髪は短く整えられているが、よく見ると毛先が不自然に不揃いだ。自分か周囲の素人が切ったのだろう。その青い瞳は内心の動揺に合わせて揺れ、過酷な旅の同伴者としては不安なほど、その体は華奢だ。

 物理的にも小さな彼女の後ろ姿を見送りつつ、このような無垢な少女に世界を救う重責を負わせることに、やはり忸怩たる思いを感じるディミネラ。ふと見ると、彼女の分のティーカップの中身は殆ど減っていなかった。


「自分も同じような立場だったから気持ちはわかるはずなのに……この歳まで生きてもままならないことの方が多いものね……」


 そうボヤきながら自身もソファーから立ち上がり、手にしていた古く重々しい装丁の本を手に取る。ふと、遠き昔を思い返すディミネラ。


 前述の通り、この世界では数十年単位で魔王が出現し、配下の魔物を引き連れて世界を併呑せんと戦争を仕掛けてくるのである。その度に聖女を始めとする魔王討伐の為の人員が選定され、現状魔王の全敗に終わっている。というより1度でも魔王が勝てばそれで全てが終わるのだが。

 かつてディミネラも賢者として、魔王討伐のパーティに加わり、討伐を成し遂げた英雄であった。しかしかつての魔王討伐パーティのメンバーは、ディミネラを残して全員が、討伐から10年と経たずにこの世を去ってしまった。


 勇者は、没落貴族だった実家が彼自身の権威を笠に着ることを拒否した為、それを逆恨みした親戚と勇者の力を危険視した他の貴族達にだまし討ちにあった。

 聖女は、元々神の力を下ろす以上、その肉体が耐えきれず早死にする場合が多い。自分たちの代の聖女も例に漏れず、20代に届かず流行病で亡くなってしまった。

 斥候は、勇者の最期を見て全ての世俗的権威をかなぐり捨て、隠居生活に入ろうとした。だが隠居した山で山崩れが起こり、遺体が掘り起こされたのは1月後だったそうだ。果たして不幸な事故でしかなかったのかは分からない。


 賢者であったディミネラのみが、賢者の石の生成に世界で初めて成功し、齢200を過ぎてもなお生き永らえている。見た目も若かりし頃と変わらないままだ。

 時折、ディミネラも罪悪感を感じなくはない。3年もの長きに渡って生きるか死ぬかの旅を続けた仲間は、全員アッサリと先立っている。自分1人がこうして留まり続けていることに、どこか後ろめたいものを感じるのだ。


 だが……


「もう、私が知っている限りでは、4回目の転生かしら? まさか聖女2回目だなんて、難儀よね……」


 そう、彼女は22代目賢者、ディミネラ・アンブローズ。1000年に1度の大魔法使い。だからこそ、彼女は寂しくないのである。たとえ覚えていなくても、ふとした仕草にはその面影が残っているのだから。

 どうにも偉い人と会うのが苦手らしく、最初の挨拶で噛み噛みだった当代、26代目聖女の様子を思い出し、ディミネラは寂しさの混じった優しい笑みを浮かべた。


「あのぉ……ごめんなさい、王宮へはどちらの道を通れば帰れますか……?」

「……そういえばフランも、酷く方向音痴だったわね……」


 呆れ半分、嬉しさ半分の面持ちで、ディミネラは建物の出口の方へへ振り返った。


人が真に死ぬのは、忘れ去られた時である

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