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舞台裏

 蛇足かもしれません。

 ……が、使い魔のその後を。

 魔界の南南西の領土を支配するサヴノック侯爵。他に類を見ないひときわ高い石造りの塔が水晶のように立ち並ぶ、荘厳な城。

 血のように赤い絨毯の上を、鋼の鎧で武装した巨大な男がゆっくりと歩く。


 その頭部は獅子そのものだった。ゴワゴワとした茶色い鬣が微かにゆれ、大きく避けた口からは鋭い牙が見え隠れしている。


 剥き出しになっている右腕は茶色い毛がびっしりと覆い、銀の刃が棘のように取り巻いていた。

 黒いマントに隠れたままの左腕には、鳥籠のような物が抱えられていた。


「……サヴノック様、ただいま戻りました」


 男は玉座に悠然と座る主の前で素早く腰をかがめ、膝をついた。

 男の視線の先は、主の足元。アイリスのような濃い紫色の長い髪が、玉座の肘掛から流れ落ち床にまで垂れている。

 銀色の瞳を細めながら下界を覗き込んでいた主・サヴノック侯爵は現れた使い魔に気づくと、ひどく機嫌良さそうに口角を上げた。


「おお、バリジェタンディク。なかなか良い出し物だったぞ」


 パン、パン、パン、とゆっくり三つ、両手を打つ。

 褐色の十本の指から奏でられるその音色からも、主がとても悦んでいることが窺い知れる。

 使い魔バリジェタンディクは、再び深く頭を下げた。


「いえ、侯爵様の助言がなければ、ああも上手くはいきませんでした。さすがはサヴノック侯爵様でございます」

「ああ、アレか?」


 サヴノックはフンと鼻息を漏らした。

 魔界の中でも類い稀なる美貌を持つサヴノックは、今日はひときわ威厳を放っている。


「素直に元に戻ると言うかと思えば、さらなる願いとはな。しかもわれらと対等なつもりで取引を持ちかけるとは、まったく小賢しい。浅慮で倨傲、この上ない……が」


 銀の瞳が、すうっと右へ流れる。

 視線の先は、使い魔が大事そうに抱える銀の鳥籠。


「おかげで、とても面白いものが見れた。何度見ても、人が壊れ砕け散る瞬間というのは飽きることがないな」


 魔界に領地を構える爵位持ちの悪魔は、みだりに人間界に関与することはできない。その影響力は絶大で、たちまち悪魔王、ひいては天界の知るところとなる。

 天界の天使たちとのいざこざは魔界の悪魔と言えど避けるべき事なのだ。


 しかし、おとなしく魔界に引っ込んでいるだけでは、人間の魂はあらかた天界へと行ってしまう。そのため、爵位持ちの悪魔は使い魔を出したり、天界の手先である死神を寝返らせたりして人間の魂を掠め取っていく。


 その中で、侯爵サヴノックは特に手の込んだ悪戯を好んだ。ただ魂を獲るのではなく、その間で揺れ動く人間たちが描き出す愛憎劇を欲していた。


 若く美しい双子の姉妹の、酷く歪んだ情愛。歪み、捻じれに捻じれ狂愛へと変わりかけていた二つの魂。

 少し手を加えればさぞ愉快な芝居を魅せてくれるだろう、とサヴノック侯爵は使い魔バリジェタンディクを遣わした。


「では、こちらを」


 バリジェタンディクが一礼し、左手に抱えていた銀の鳥籠をスッと侯爵に差し出す。


「おお」


 侯爵は感嘆の声を漏らすと、差し出された銀の鳥籠を待ちかねたように自分の胸元へと引き寄せた。

 鳥籠の中にあったのは、ぼんやりとした淡い紫色を放つ二つの珠。

 金網の隙間から、サヴノックの右手の人差し指と中指が差し込まれる。

 その褐色の指が触れると、二つの珠は二羽の小鳥に姿を変えた。


「紫の金糸雀(カナリヤ)……お前たちに相応しかろう」


 フフ、フフフフ……という侯爵の笑い声が玉座の間に響く。

 二羽の金糸雀は、キュイ、キュキューイと悲しげにさえずるだけだった。




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