想定外の質の違い
『アビスコアの魔力を感知した』
その知らせを部下から聞いた時にクラウンが思ったのは、「またか」であった。日本と呼ばれているちっぽけな島国で時折アビスコアの魔力を感知することは今までも度々あり、その度に調査が行われているのだが、結局今まで一度もアビスコア――つまりは、新たな魔王の出現の手がかりはを掴むことはできなかった。
しかも、アビスコアの魔力を感知できている時間はわずかだ。そのため、最初の内は大騒ぎになったのだが、その後は感知装置の故障を疑われ、故障が原因でないことが分かった後は、「かつての戦い」が原因が一番の可能性として高いという結論になっている。
魔王と勇者の戦い。
その戦いの余波によって、アビスコアの魔力の残滓が感知に引っかかっているのではないかというのが研究者達の推測だった。
残滓でもアビスコアの魔力は強力であり、「何かあるのではないか」と何度も捜索隊はだされているのだが、成果は今のところはなし。
今では、日本の土地に、わずかながらアビスコアの魔力が染みついていて、時折一瞬だけ噴き出ては消えているのではないかという問題を棚上げしたいだけの結論になってしまっていたりする。
それでも感知されたら、一応は調査がされる。そして今回は、今までよりも感知された魔力が大きかったらしい。
(だからって、幹部の僕に頼むかね。いやまあ、転移もできるから、効率を考えるとなると、僕が一番適役なんだろけど、仮にも幹部に任せる仕事かよ)
クラウンは魔王の幹部の一人。こんな何も成果がでないことが分かり切っている、雑用を指示される立場ではないのだ。それは、魔王もわかっているのはずだし、実際ここ数十年は下っ端の何人かが現地に足を運び調査していたのだが、何故か今回は魔王のご指名を預かってしまったのだ。
(くっだらない任務だけど、魔王様の命令。ちゃっちゃと終わらせるとしましょうか)
クラウンは、大きくあくびをしながら、自身の力を増加させる魔法陣が描かれている部屋に向かう。
いくら魔王の幹部といっても、サポートなしで地球の裏側に転移することはできない。
(何か面白いことが起こったりしないものかね~)
指定された箇所は、人間が住んでいないことは分かり切っている。それでも、多少の暇を潰せることが起こらないかと、大して期待もせずに任務に向かったのであった。
※
(確かに、何か想定外のトラブルとかあればいいなとは思いましたけどね……少々僕が期待していた想定外のトラブルってやつと違いませんかね~)
やる気なく空から指定の箇所を調査をしていたら、1人の人間が地上から飛び上がっているのを見た時に、「何かキター!」と思って、衝動的に突撃してしまったことをクラウンは心底後悔していた。
接触した後に魔王の可能性も考えたが、それはすぐに否定できた。目の前の人間の男性からはアビスコアの魔力どころか、闇の欠片もないからだ。
典型的な人間。
そして、大した魔力も感じない。そのくせ、自分を見ても驚きも、恐れもしない。
相手の魔力の強大さも分からないのだろう。つまらないどろこか、自分をいらつかせる、ふてぶてしい人間だった。
さっさと殺そう。
一撃で死ぬだろうと思ったが少しでも絶望感を与えるために10個ほどの、『嘲笑する黒き球』を放ったのだが――それがクラウンが自分から仕掛けた心底後悔する戦いの始まりとなってしまった。
魔法が使えない一般人でも、強大な禍々しい魔力によって構成されている魔法だと分かる漆黒の炎の球だと分かるはずなのに、その魔法を向けられた男の顔は、絶望的な表情をするどころから、一切表情を変えることなく、向かってくる魔法を見ているだけだった。
クラウンは、その表情を何が起こっているの変わらず呆然としているだけだったと思ったが、それは勘違いだったとすぐに突き付けられてしまったのだ。
大した脅威だと思われなかっただけだと。
コンマ数秒程度による体の魔力の循環と発動。
一般人どころから、そこそこの魔道兵士や魔術師でさえ、一切魔法行使の準備などをせずに、魔法を発動させているのではないかと勘違いしかねない速度による魔法発動だった。
自分のように、服の中に大量の魔法を瞬時に発動させる媒体を所有しているようにも見えない上に、そのような魔力の流れも感じ取れなかった。
一瞬だけ、魔力を溜めて発動させただけの魔法。それだけで、自分の魔法を余裕で防いだのだ。
その光景に、そして自分が出した結論に対して一瞬だげ呆然としてしまった。その隙をつくように、やはり大した魔法行使の準備もなく目の前の男は魔法を発動させてきた。
我に返ったクラウンは、瞬時に前方に結界を張り、身構えたのだが――これは悪手であった。いや、そもそも、この男に手を出した時点で悪手だったとも言えるのだが。
男が行使した魔法は、自分に向かうのではなく、自分の周囲に解き放たれていった。
周囲一帯を包囲する光の鎖の包囲網。たった2~3秒で、上下左右全てを囲まれてしまったのだ。
――このままではヤバイ
今周囲を覆っている鎖に束縛されたら脱出できない。自分が今張っている結界ごと束縛することができるだけの、魔力と「何か」を感じ取れた。
自分の中で鳴り響く警鐘に従い、クラウンは自分一番の得意である転移の術式を一瞬でくみ上げた。
逃げるのが最良だっただろう。クラウンには、魔王のために命を懸けてまで戦う程の忠誠心もなければ、戦いの中で死ねるなら本望などと言う考えもない。
だが、目の前の表情を崩さない人間に何もできずに逃げるなんてことはクラウンのプライドが許さなかった。
――あの余裕の表れのような無表情でこちらを見ている人間を絶望させてやる
クラウンは、転移によって逃げるのではなく、戦うことを選んでしまったのだ。幻影を生み出すことで転移した後も鎖の包囲網にいるように見せ、その間に魔法陣を描く作戦を取り、その作成は確かに成功した。
クラウンは通常時間のかかる魔法陣を、魔力を込めたトランプを魔法陣の主要構成箇所に転移させることによって大幅に短縮させることができる。
それこそが、クラウンにとっての切り札1つ。
そして、魔法陣によって発動させようとしたものは、クラウンが行使できる中では最強の魔法である『地獄の底から轟く雷』であり、魔法陣から放たれる黒い雷は巨大なクレーターを作る程の威力を持つものだ。
しかもトランプによる魔力貯金を大盤振る舞いし、男の上下左右に魔法陣を描き、鎖で包囲をしようとした男を逆に包囲した。
絶対に殺すというクラウンの覚悟でもあった。
この時のクラウンから見た男の表情は、目を見開き、驚愕しているような表情をしていた。
驚愕している様子に一瞬だけ気をよくしたのだが――すぐにもっともクラウンが求める感情が、男の表情にはないことに気づいてしまった。
恐怖や絶望感がなかったのだ。驚いてはいるが、男の瞳に絶望はなく、表情も「ただ驚いているだけ」といったようにしか見えなかった。
その事実がクラウンの頭を更に沸騰させた。
男の様子を見て、「自分の発動させようとしている魔法の威力を把握した上で、余裕で耐えるつもりだ!」なんて断をすることができなかったのだ。
だからこそ、そのまま突っ走ってしまった。
魔法の発動と共にクラウンの目に映ったのは、自分の魔法によって生み出した男の全方位から降り注ぐ6本の黒の雷、そして瞬時に人間が生み出した身を守るための何かを発動させた白い魔力の「何か」がぶつかり合う光景であった。
魔法の余波により、あたり一帯に魔力がこもった暴風が吹き荒れた。
たった数秒出来事だが、周囲一帯には甚大な被害を及ぼしていた。上空で起こった事象でありながら、その衝撃だけで周囲一帯の建物は倒壊しており、あたり一帯の雲は綺麗に吹き飛んでいた。
その中心にはクラウンと――人間の男が浮かんでいた。
男は、怪我一つすることなく、浮かんでいた。唯一違うのは、その手にはシンプルな白い剣が握られていることだけ。
クラウンは頭に血が昇っていた血が下がって行くのが自覚できた。
お互いにまだ無傷。だが、自分は最大魔法の行使をしており、既にトランプの貯金も、自身の魔力もギリギリの状態で息も上がっている。
それなのに、目の前の男は、息を上げている様子もなければ、ようやく武器を取り出して、「真面目に戦かうか」といった雰囲気である。
実際に、クラウンから見ても、男の表情は先程と違って、目が少し鋭くなり、真剣度が増しているようも見える。
(ここまでやって、全く手応えがないなると、手を出しちゃいけない相手手を出したってことで諦めるしかありませんかね)
先ほどまであった苛立ちや怒りはなくなり、思考も冷静になっていくことをクラウンは自覚しながら、どうやってこの場を穏便に去るかに対して思考を巡らせ始める。