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これは、その後の話。

こんばんは、試験に集中!なんて意気込んでいましたが、結局書いてしまいました。これでは一種の詐欺ですね…

とにかく、読んでくださると幸いです。

  祭りが終わってから、三日が過ぎた。

  もう、窓の外を見てもあの人だかりはなく、海は凪いでいる。

  それなのに、俺はまだ心にモヤモヤを残したままだ。

  まぁ、それも全て綾乃の()()のせいなんだけど。

  宿題のワークの上に持っていたシャーペンを置くと、スマホに持ち変える。

  LINEを開いたその指は、『露白澤 汐』という所で止まった。

  はぁ…、ため息が漏れる。

「結婚しろったって…あれ以来会ってないんだよな。」

  あれ以来というのは、8月8日の夜の出来事以来だ。今思えば、汐にも綾乃にも悪い事をしたと思う。

  だから、LINEも俺のメッセージから止まったままだ。もちろん既読すら付いていない。

  神社にも行ってみたさ、でも、いつも巫女服姿で掃き掃除をしている汐の姿はなかった。

  その後の、汐のお母さんに聞いたみたのだが、「旅行に行っちゃったの。」と返され、汗水を流しながら帰宅することになった。

  それから3日…まぁ、何を言いたいのかと言うと、つまり八方塞がりだ。

  その証拠にいつもは31日にやるはずの宿題を、暇だからと今やっている。

  どうすればいいんだよ…とスマホをベッドに投げると、再びシャーペンを持ち直し、早速、宿題ではなくクルクルと回す。

  中指で弾いて、親指の付け根を回り、元の位置へストン。

  黒のボディに書かれた『STAEDTLER』という文字が白く輝いていた。

「…賽銭にでも行ってみるか。」

  何だかんだで、やっぱり神頼みなんだな…




  あれから三日が過ぎた。

  厨房から覗く砂浜には、もうあの人だかりはない。

  ただ何人かのサーファーがいるけど、残念ね、今日は凪いじゃってるから波には乗れないわよ。

「凪野さん。なんか平和ですね。」

  と、食器の受け取り口から増田さんが顔を出した。

「そうね…平和ね。」

  私はんーっと背を伸ばす。

  今年の祭りは、いつもとはちょっとだけ違っていた…ってよりも驚いたな。

  海人が背負ってきたあの女の子。名前は鈴木さくらと言っていたけど、私は何となく気がついていた。

  あくまで、何となく気がついていただけなので口には言わなかったけど、直感で綾乃ちゃんだと思った。

  だから海斗から、「綾乃に会ったよ。」って言われても私はそれを疑わなかったし、なにより、間違い探しに正解した気分になれて、ちょっと嬉しかった。

「増田さん。今日はお客さん少ないからあがっていいわよ。」

  いきなりの事に驚いた増田さんは、案の定、え?みたいな顔をしていた。

「でも、自分まだシフトが…」

「いいの、若いんだからそんなことは気にしなくても。ほら!」

「ふふ、なんかちょっと僕のお母さんに似て…」

「…あらやだ。気が変わりそうだわぁ。」

  アハハ。と苦笑いを見せると増田さん。

「それじゃ、お言葉に甘えて。」と、休憩室へと戻っていった。

  さーて、こっちも今日は早めに店を閉めようかな。わたしも最近疲れたし…

  と、台拭きでキッチンを拭き始めようたした時。

  こんにちは。と声が聞こえた。

  幼なじみって凄い。自分の子供の幼なじみでも声でわかるぐらいになるんだから。

  私は躊躇わずに「いらっしゃい、汐ちゃん。」と声を出す。

  さっそく客間に向かうと、案の定、汐ちゃんが座席に座っていた。

  でも、なんか元気がない。

「珍しいわね。最近見なかったけど元気してた?」

「はい…程々に元気してました。」

  やっぱりだ。いつもの力強さがない。

  だから、汐ちゃんが微笑んだのを見て少しだけ悲しくなった。

「文香さんもお変わりなく、綺麗ですね。」

「あら〜照れちゃうわ、ありがとう。でも…」

  でも? と汐は首を傾げる。

  私はゆっくりと背中に回り込んで、

「そりゃ!」

  と後ろから胸を掴んだ。

  ひゃっ! と女の子らしい声を漏らす。

「や、やめてください!」

「ふふーん、また胸大きくなっちゃってー。」

「文香さん!」

  と、私の手を払い除けると席を立ち上がった。

  そしてこちらを振り返り、

「急に胸を揉まないでください!」

「えーなんでー…、私カワイイ子の胸好きなのにぃー。」

「ダメです! ダメなんですよ! セクハラじゃないですか…もぉ。」

  プイっと顔を背ける。私はその仕草を素直にカワイイと思った。

  フフフ…

「何が面白いんですか…」

「どう? 元気でた?」

  すると、少しだけ驚いたような表情を見せる。

「なんか汐ちゃん、元気なかったからどーしたのかなーって。」

「…何でもないですよ。」

  と俯いた顔を、そっと両手で持ち上げる。

「やっぱり、可愛いわぁ。」

「また、からかってますね。」

「ううん、本心よ。でも私ね、いつも汐ちゃんのこと見てて思ったんだけど、笑ったらもっと可愛いわよ。」

  だから…ほら!

  次は脇の下に手を突っ込んで、こちょこちょ。

「ふ、文香さん! 本当に、や、やめ!ひゃっ…」

「そう、その顔よ。それにカワイイ声も出しちゃって。あぁ…いいわぁ、食べちゃいたいぐらい。」

「ヒィィー! だ、誰かぁー!助けてー!」

  と本気で助けを呼ばれた。

  5分後。

「はい、ごちそうさま。」

「私、文香さんのこと嫌いになりそうです…」

  まるでちょっとした運動をした後みたいに息切れしていた。

「それで汐ちゃんが元気になるんだったらいいわよ。」

  うふふ。と微笑みかける。

  そして、少しだけ躊躇ったような表情を見せた彼女は、

「あの、文香さん。一つ相談に乗ってもらってもいいでしょうか?」

「もちろんよ。若い子に悩みは付き物だからね。」

「なんか、おばあちゃんみたい安心感…って何ですか、その手の動き…、い、嫌ですよ…私こちょこちょとモミモミは嫌です!」

  あぁぁぁー!

  その後、私の周りでは。私のことを年寄りっぽく言うのはタブーとされた。

  あ。ちなみに私の年齢は本当に27歳です。






  今日も、この時間がやって来た。それは夕方5時になる鐘が教えてくれた。

  夏だからまだ日は高い位置に登っているものの、体感時間としては夕方だ。

  結局、何の成果もなられなかった。

  汗だくのまま部屋に入ると、広げたワークに転がるシャーペン。ベッドの上のスマホ。一時間前の光景がそのままだ。

  また、神社に行ってみた。だけだやっぱり汐には会えなくて、無駄に25円を賽銭箱に放り投げた。

  その後は町外れのコンビニに赴き、適当にジュースとお菓子を買って今に至る。

  ま、さすがにこのままの状態でお菓子を食べたいなんて思わない。だからまずはシャワーを浴びよう。

  っと言うことで風呂場へ。夏季限定のシャンプーとボディソープを使った。主成分のハッカ油が効いていて、風が当たるとむしろ寒い。

  そのまま風呂を上がり、自室に戻る。

「うわ、さむ。」

  クーラーがかかりすぎて、キンキンに冷えたジュースを飲む気が削がれる。

  諦めてお菓子だけに。

  そんなタイミングだった、玄関が開く音が聞こえると母さんの声が聞こえた。「ただいま。」って。

「海人ー。ご飯にするわよ。」

「分かった。今行く。」

  と、開けたばかりのポテトチップスを見て舌打ちをした。

  階段を降りてすぐ、リビングのドアを開けると大盛りの焼きそばが用意されていた。あの香ばしいソースの香りが鼻を突く。

「って、これ店で作ってきたの?」

「だって、ここで作るの面倒臭いんだもん。」

  あぁ、これって職権乱用ってやつだな。

  と思いつつも席に座って大人しく手を合わせるのだった。

「いただきます。」

  口に焼きそばを運ぶ。

  そう言えば、あの時は焼きそば食えなかったんだっけな。

  食べ始まってすぐ、母さんは箸を止めた。

「そうそう思い出した。明日は増田さん休むって。」

「ふーん…それじゃあホールは俺1人?」

「そうね、できるかしら?」

  今更そんなことを聞かれても、あの祭りを経験したんだ、もう怖いものなんてない。

  俺は焼きそばを、口いっぱいに頬張り、よく噛んで飲み込むと、

「任せて、大丈夫。」とだけ返した。

  まぁ、どうせ来るのはサーファーだけだから、そんなに混まないだろう。





 

  次の日

  聞いていた通りに増田さんはバイトを休んだ。そしてもう一つ、雨が降った。

  しとしと降る弱い雨だったが、サーファーを追い返すには充分だった。

  しかし、どれだけ雨が降っても、一部のサーファーは物好きだ。やっぱり何人かは板に乗っている。

「やってんなー。」

  それと…

「さっきから母さん、ウキウキで時計見てるけど、どうしたの?」

  母さんはこっちに振り向き、

「んー? なにもないわよー。フフフ。」

  笑ってんじゃん、絶対なにかあるじゃん。

「あ。」

  母さんが声を出すと、「いらっしゃい。」と微笑んだ。視線は俺の後ろだ。

「いらっしゃいませ。」もちろん俺も振り返る。

  さて、接客、接客っと…

「好きな席に…」

「こ、こんにちは…文香さん…海人。」

  この時俺は、どんな表情をしていただろうか。

  とにかく、1度は目を疑った。だってLINEにも出ないし、旅に出てるなんて言われたら尚更だ。

  しばらく、お互いに固まっていると、先に静寂を切ったのは汐の方だった。

「今日、うちに誰もいなくて…めんどくさかったから、食べに来たの…」

  その後に「いいかな?」と首を傾げる。

  でも、俺が一番驚いたのはそこじゃなくて…

「汐…傘とか持ってなかったのか?」

「ちょうど散歩してたら降ってきちゃって。」

  次は俺が小首を傾げる。

「でも、今日は朝から雨だぞ。」

  それで、とうとう言い訳が尽きたのか。「あ、アハハハ…」と苦笑い。

  一番近い座席に座った。

「ちょっと待ってろ、注文はそれからだ。」

  すると、汐は小さく頷く。ポニーテールの先から雫が垂れる。

  それとは逆に、休憩室に戻ると自分のカバンからタオルを取り出す。これは俺のお気に入りの迷彩柄タオル。今日はまだ使ってなくて良かった。

  ホールに戻る。

  どこかソワソワしている汐にタオルを差し出した。

「使えよ。」

「え、でもこのタオルって。」

「嫌か?」

「ううん、そうじゃなくて、それ海人のお気入りのタオルじゃないの?」

「そうだけど、なんて言うか…」

  あーもう…面倒臭い。

  いいから使え。と半ば無理矢理手渡す。

「あ、ありがとう。」

  と、遠慮気味に顔にタオルを当てた。

  いつもはこんなんじゃないんだ。もっと元気で、妙に生意気で、変な言い方だけど、もっと男っぽい。

  だけど、やっぱりあの時の出来事が影響してるんだと思う。なんて言うか、汐だけど、汐じゃない。

  1度視線を砂浜に向けた。雨が酷くなったせいか、あの物好きなサーファーはいなくなっていた。

  まぁ、つまり気まずい…

「注文いいかな?」

  一瞬遅れて、

「おう、注文か。んで、何にする?」

「それじゃあ、焼きそばで。」

  いつもなら、大盛りじゃなくていいの? と言うのだが、今日は無理そうだ。

「母さん、焼きそば一つ。」

「はーい。あ、汐ちゃん、大盛りじゃなくていいのー?」

  あ、母さんが仕事してくれた。

「ふ、文香さん!」ガラッと音をたてて立ち上がる。その顔は少しだけ赤くなっていた。

  それを見て、いつもの汐だ。と安心したような気がして、ハッと顔を背ける。なんだかそんな事を考えている俺が恥ずかしい。

  その後すぐに焼きそばができて、汐に持っていくと、俺は厨房に逃げていきた。

  だって、焼きそばを食べている女の子をじっと見ているのも変だし、それを避けようとしてずっとキョロキョロしてるのも変だ。

「ね、海人。いいの?汐ちゃんと話しに行かなくて。」

「…別に話すことないし。」

  うっそだー。と俺の肩を揺らす。

「だっていつも一緒じゃないあなた達、それなのに今日に限って話がないなんておかしいわぁー。」

  ウフフフ。

  その堪えるような笑いを見て、俺は悟った。

  母さんの野郎、図りやがった。どうりで時計ばかり気にしてると思ったよ。

  チッ。と舌打ちをして睨む。

  一方、いつも通りの表情を見せる母さんは、

「ほら、行ってきなさい! 今日はもうあがっていいわよ。」

  と俺の背中をグイグイ押した。

  勢い余ってコケそうになる。

  いくら何でも加減ってものがあるだろ…

  厨房の外に出され、汐の背中が目に入る。

  いつもは、シュッと伸びていて綺麗な後ろ姿は、どんよりと落ち込んでいた。

「別に話すことなんて…」小さくつぶやく。

  …

  嘘だ、本当は話さなくちゃいけないことばかりなのに。俺ってホント意気地無しだな。

  はぁ。とため息を漏らして、1歩前へ進む。

  その度に木の板で作られた床はミシミシと音をたてた。

  そして、汐の前までくると、

「前、座ってもいいか?」

  と言い出せた。

  その後ちゃっかり母さんの方へ目を向ける。すると、すんごい笑顔で親指を立てている。

「いいよ。」

  とだけ返されて、座席に腰掛ける。皿にはまだ焼きそばが半分くらい残っていた。

  母さん、何も言わずに大盛りにしたな…

  ただ、向かいに座ったからと言って何が起きるわけでもない。

  ただ、視線を砂浜に向ける俺と、焼きそばを食べる汐がそこにいるだけ。

  正直そんな、何も無い状況であの話題に持っていくのは、だいぶ厳しいのではないだろうか。

  そんな事を考えていると、汐は箸を止める。

「やっぱり。文香さんがつくる焼きそば、おいしいよ。」

「そうか、それは良かった。」

  …

  して、沈黙が流れる。

「そ、それでさ、海人は宿題の終わった? うちはまだ…全然終わってなくて。」

  明らかに、気まずそうに話す汐を見て、胸が締め付けられるような感覚に陥る。俺がやってしまった事はこんなにも汐を傷つけていたんだ、と。

「俺も、全然終わってなくて…でもなんかやる気起きない。」

「うちも同じ。」

  とここで一旦会話が切れる。いつしかBGMに成り代わった雨は更に強さを増していた。

「そう言えばさ、最近、旅に出てたんだっけ?」

「え…あ、うん。ちょっとね、静岡の伊豆の方に。」

「結構遠くまで行ったんだな。」

「うん、電車で片道4時間ぐらいかな。」

「そうか、お疲れ。」

  いつもと比べると、会話のテンポが致命的に悪くて、居心地も悪い。

  おまけに汐も俯いてしまった。

  どうすればいい…俺も、どのタイミングで謝れば…

「神社に行ってきたの。」

  突然、汐は口を開いた。視線は俯くまま。

「もう、なんていう街とか、神社の名前は調べないと分からないけど。有名な神社に行ってきた。」

「そう…なんだ。」

「そこね、縁結びの神様が祀られてて、パワースポットなんだって。」

  汐は顔を上げる。

「そこで私、なにを願ってきたと思う?」

  綺麗な顔、その頬に涙が走る。

  そんな汐を前に俺は、何も言えずにいた。

「うちね、あの夜、海人に酷いことした。綾野が死んじゃって一番辛いのは海人なのに、無理矢理お墓参りさせようとして。」

  でも、違うの。と顔を横に降る。

「綾乃のことを忘れようとしてる海人を見て、辛かったの。だから、何とかしようとして…」

  そんな事を考えていたのか…

「だけど、それはうちのわがままなんだって思った。海人を助けたいなんて思っていたつもりだったけど、それは、うちが辛い気持ちから逃げるだけの口実で、海人の気持ちなんて考えてなかった!」

  頬を伝う涙は筋を引き、落ちてはテーブルの上に弾ける。

  それでも、汐は続けた。

「あの時、海人が走っていくのを見て、凄く後悔した。あの時、海人の目は二年前の目をしてたから。でも、それと同時に悔しかったの、不謹慎なのは分かってるけど、死んでも、そこまで思ってもらえる綾乃が羨ましかった。こんなこと言ったら怒られちゃうよね。」

  汐は大きく呼吸して、だから!と声を張り上げた。

「神様にお願いしてきたの。勇気を貰いに行ったの…海人に謝ることが出来ますようにって、本当のこと言えますようにって。」

  すると、座席を立ち、背筋を伸ばした。

  そして、

「海人、ゴメンなさい。」頭を下げた。

  …

  しばらく沈黙が流た、こんなふうに今日は何回も静かになる。

  俺は…なにをやってるんだ。

「汐…俺も言わなくちゃいけないことがあるんだ。だから顔を上げて。」

  スーッと、ゆっくりと上がる顔はやっぱり涙で濡れていた。

「俺さ、ずっと後悔してた。綾乃が死んだ時も葬式に行かなかったし、隣にいてやれなかった。そのうち自分の事を責めるようになって、俺の中で忘れれば救われるような気がして、ずっと忘れようとしてた。」

  スーッと息を吸う。

  ハァーと吐く勢いで続けた。

「でもさ、やっぱり忘れることなんて出来なくて、ずっとモヤモヤしてた。だけど、お前のおかげで大切なことに気づけた。」

  なんだろう、胸が痛い。

  目が熱い。

「俺もさ、お前がそんな事を考えていてくれたなんて、思いもしなかった。気が付かなかった。だからお互い様だ。」

「ううん、そんな事ないよ!うちが…うちが悪いの。だから海人は泣かないでよ…」

  え? と自分の頬に手を当ててみる。

「え、あ…」

  不思議なものだ、自分が泣いていることに気づくと、言葉が出なくなる。本当に、え。とか、あ。とか。

  それも次第に出なくなって、言葉を失う。

  その代わり俺の目からは涙が溢れた。

  ポロポロ…ポロポロ。

  でも、悲しいとか、寂しいとか、そういうのじゃない。そういう負の涙じゃないんだ。

「違う…」

  やっと口から出た第一声は否定だった。

「違うんだ、汐。別に悲しいとかじゃなくて、なんて言うか…変だけ嬉しいんだ。」

「うれ…しい?」汐は首を傾げる。

「上手く説明出来ないけど、嬉しい…気がする。」

  そう、不思議と嬉しかった。多分それは安心感から来るものだと思った。傷つけてしまった人に大切に思われている。っていう自意識過剰かもしれないけど、なんだかんだ俺とよく似たようなことをしていて、似たようなことを考えている。

  そんな安心感を感じられることがきっと、嬉しいって事なんだと思った。

  …プッ。フフフ。

  突然、汐がその場にしゃがみ込んだ。

  お腹を抱えながら、肩を微妙に震わして。

「汐?」

「ダメ、何も言わないで…私、フフ。ちょっと…もう、ダメ!」

  次の瞬間、汐は大声で笑い出した。きっとその様子は、関を切ったようにというのが一番似合う。お腹を抱えながら、肺の空気をすべて外に押し出す。

「なんだよ。」

  それを見て俺も笑いそうになってしまう。

「だって…だって! アハハハ!」

  だって、なんだよ…プッフフ…

  俺も、とうとう耐えきれなくなって笑った。

  汐には不思議な力があると思う。文字通り周りを笑顔にするような力が。

  彼女は俺のおかしな発言に笑い、俺は汐の笑いを見て笑う。

  変な後継だった。

  狂ったように笑ったあと、やっと笑い声が収まった。汐は「ふー、ふー。フヒヒ。」とまだ若干笑っていたが。

「それで、なんだよ急に笑いやがって。」

  汐に問う。

  すると汐は顔をこちらに向けて、ゆっくりと、立ち上がる。

  その顔には涙が浮かんでいたが、きっとその涙は悲しいとかじゃない。

「いやね、嬉しいとか、なんかよく意味のわからないこと言ったからさ、ツボにハマっちゃって。」

「そんな面白い事でもないんだが。」

  と、こんな感じにいつもの日常が戻ってきた。感じがした。

  外へ目を向ける。

  いつの間にか雨は止んでいて、雲の隙間からは太陽が俺たちを覗いている。

  俺はゆっくりと立ち上がる。そして海を見たまま、

「汐。」

「ん、どしたん?」

「ゴメンな、あの夜のこと。」

「全然、気にしてないよ。」

「そっか。良かった。」

  …

「汐。」

「なに?」

「こんなタイミングで悪いけどさ、好きだ。」

「うん…ん?」

  一瞬遅れて次の瞬間。

「え、えぇぇぇぇ!」と汐は声を荒らげた。

  こっちを見ながら口をパクパクしている。

「え、なに。ドッキリ? 罠? トラップ?」

  おい、こら最後の二つは悪口だろ。

  このタイミングで、俺は汐の方に顔を向ける。

「一旦、落ち着け。じゃないと俺も恥ずかしい。」

「あ、ごめん…」

  なんか急に乙女っぽい顔になりやがったなコイツ。

  でも、それも含めて俺は汐が好きだ。ちょっとうるさくて、どちらかと言うと性格が強くて男勝りで、周りを笑顔にできる力を持っていて、なんだかんだでいつも隣にいてくれる。

  俺は改めて、汐。と名前を呼んだ。

  そしたら、「はい。」って改まって汐も返事をした。

「俺と、付き合って…くれませんか?」

  妙に静かな時間だった。たった数秒の沈黙がそんなふうに感じられた。

  フフ。と汐は微笑む。

「うち、昔からイケメンで、身長が高くて、優しくて、料理ができて、頭のいい人がタイプなの。」

「そうか…」

  そして、少しの沈黙。

「でも、それはあくまでオマケみたいなもの。ウチが一番大切にしてるのは、その人と一緒にいて楽しいかどうか。」

  汐は、ピシッと背を伸ばし、真っ直ぐに俺を見つめる。

  次の瞬間。ニコッと笑った。

「ふつつか者ですが。よろしくお願いします。」

  彼女の目から。1粒だけ涙が零れた。




 

  1年後…

「今年も人多いなぁー。」

「なに? だれてんの? 男見せなさい。」

  あれから1年が経過した。俺達は高校三年生になって早ければ、来年には就職してしまう奴もいる。

  俺も、もちろん汐にだってこの夏はこれからの人生を決める大切な夏だ。だから本当は祭りで時間を取られている暇なんてない。

  ちなみに俺は就職で、試験はあと一ヶ月後。

  汐は…大学にでも行くのだろうか。その時の通帳は俺が握ろう。下手にお小遣いを管理されたくない。

「それでさ、どこに向かってんの? あ、もしかして…ホテル!」

「アホか。俺にはお前より大事な約束があんだよバーカ。」

  そう、俺には約束がある。アイツとの約束が。

  8月8日の午前9時、とちょっと。既に待っているのだろうか。だとしたら早く行かなくては…

「すまん、ちょっと先行くわ。」

  と、走りたいのはやまやまだが、走れないので早歩きで人と人の間を縫っていく。

  その後から。「は? ちょっと! 大事な約束ってなに? あとカノジョ置いていくとかサイテーなんですけど!」と聞こえたような気がした。

 


  海は凪いでいる。珍しい、祭りの日はいつも荒れているのに。

  でも、アイツとの再開はきっとこんな晴天が似合っている。

  灰色の防波堤。その先にポツンとそれは立っていた。

  長い黒髪、白のワンピース。背丈は俺の胸あたり。

  1歩、近づく事に、より鮮明になっていく。

  それに向こうも気がついたのだろう。クルッと体の向きを変えるとこちらに手を軽く振った。

  変わらない…あれから1年も経つのにそのまんまだ。

  だからだろう。確かに彼女はこの世の者ではない。という事を思い知らされた。

  彼女の目の前で足をピタリと止める。そして少しの時間だけ見つめあって。

「よう。久しぶり。」と言った。

「うん、久しぶり、一年ぶりだね。」

  嬉しそうに微笑む。

「それでさ、ちょっとお願いがあるんだけど…分かるよね?」

  その言葉を言われて俺は察した。同時に、めんどくさい創りだな、とも思った。

「あれって1回言ったらずっと有効じゃないの?」

  その質問に彼女は顔を横に振る。

「その都度言わなくちゃいけないらしいの。」

  その後、「なんか、いちいちパスワード打ってるみたい」と呟く。

  俺は何となくため息をついて、頭を掻いた。たぶんちょっとした照れ隠しなんだと思う。

  ちらっと海を見て、また視線を戻し。

「おかえり、綾野。」

  次の瞬間、パリーン…とあの音が聞こえた。




Thanks for reading to the end…

どうでしたでしょうか?これにて月光のリンカーネーションは完結となります。まだ文章力も未熟で、恐らく多くの人は読むのに飽きてしまった人が大半だったと思います。しかしそんな中、最後まで読んでくださった方々に感謝しています。

もし近い日に嘘月の名前を見ることがあったら、その時は読んでくださると嬉しい限りです。

それでは次こそ試験勉強です。

おやすみなさい。いい夜を。

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