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前編

こんばんは、嘘月。

久しぶりの投稿です。読んでくだされば…欲を言えばいいねをくださると嬉しい限りです。

  ―お前は一体…誰なんだ?


  とある月夜の砂浜で、俺は目の前の少女に問う。

  長い黒髪が風にたなびく。それに反射するように月の光が当たってキラキラと輝いていた。

  パチッとした可愛らしい目が俺を捉える。

  髪と同じ色の綺麗な目は、奪った視線をどこまでも深くへと引きずり込む。

  すると、途端に目の前の少女はクスッと笑った。そのイタズラな表情で。

「教えて欲しい?私のこと。」

  その問に、生唾を飲み込んで頷く。喉仏の辺でゴクリと嫌な音をたてる。

「でも、それは出来ないの。そういう決まりだから。」

  けど…と、月明かりが照らしつける夜の中、彼女は口を開く。


  ―けど…あなたならとっくに気づいてるんじゃないの?




  波が打ち付ける砂浜、海の青と空の青が目の前の景色を支配する。落ちた貝殻やシーグラスはそれを彩る装飾品。

  照りつける日差しに思わず凪野 海人(なぎのかいと)は目を細めた。

「しっかしあっついなーホント。」額の汗を拭う。

  俺達の通う高校もつい二週間ほど前、夏休みに突入した。高校生の夏といえば祭り、海、花火、女の時期である。

  しかし、そう言いつつも俺は片手にお盆を持って、ここ『スパイス』という海の家でバイト中なのであった。

  バイト内容は至って簡単、注文を取って、料理を運ぶだけ。それだけで時給900円も貰えるのだ。一文無しの高校生には嬉しい。

  嬉しいのだが…

「すみませーん!こっちお願いしまーす!」

「その次お願いします!」

「ちょっとー、まだー?」

  四方八方、いや足りない。十六方向から飛んでくる注文に目が回りそうだ。思わず叫びたくなる。

「はーい!今行きますから順番にお待ちください!」

  それに対して、どこからか飛んできた舌打ちや、店に対するクレームが耳に入ってきたがスルーを決め込むことに。

  今この状況に対する一言は、最悪の二文字だ。

  そもそも、いつもは程よく忙しい程度なのだが…なぜ今日に限ってこんなに人が多いのか、それを説明しよう。

  今日はここ『さざなみ町』でお祭り、さざなみ祭り開催されているのだ。毎年8月8日、9日の二日間で開催されていて、この日だけはこの寂れた漁師町にでも全国からお客さんが押し寄せる。その人数も年々増していき今では、のべ25万人が来場するという。ちなみにこの数字は渋谷区の人口よりも3万人程多い。

  想像してほしい、手を伸ばせば間違いなく誰かに手が当たってしまう人口密度を。

  それがこの町に集合していると考えただけで頭がクラクラする。

「おーい、はやく!」

「まだですかー?」

  と、オーダーを任されているのは俺ともう一人、通称、増田さんという人の2人だ。

  言うまでもなくオーダーが間に合うはずもない。

  いつもなら、汗が少し出るくらいなのに、今日は脱水症状の勢いで汗が吹き出し、エプロンに染み込んだ汗が忙しさをものがたっていた。

「あぁー!何でもいいから早く祭り終わってくれ!」

  そんな声もどこかに届くこともなく、人の熱気と、どこからか聞こえてきたライブの音にかき消されていくのであった。




 

  ―さざなみ祭り

  この町に伝わる言い伝え、亡くなった人が自分に会いに来るという伝説から始まった。

  しかし、一概に会いに来ると言っても、これに関しては諸説あり亡くなった人の魂が誰かに憑依したり、亡くなった人とは全く別の容姿で会いに来ると、曖昧な表現で伝わっている。

  中には狸に化かされたとかいう人もいるのだとか。

  と、おおらかな全容はこんな感じだが。まだ、もう一つ言い伝えというか、亡くなった人に対するルールがある。

  それは、決して自分からその人に正体を明かしてはいけない。と、いうこと。

  つまり、何らかのきっかけでこっちが気づかなくてはいけないということだ。

  その一方的な送り船(ルール)はあまりにも残酷で悲しい。

  そんな日に、見つける側と見つけられる側の健闘を祈るように、また亡くなった人への再開を許した神様に感謝を込めてこの、さざなみ祭りが開催された。

  …らしい。



  時刻は午後3時、仕事をしてからおおよそ5時間が経過した。労働基準法的に見ればあと3時間働いても全く問題ないのだが、その前に忙しすぎて体がもたない。

  客足は昼ほどではないものの、それでもいつもの3倍はこんでいる。

  そんな状況に俺は、ため息を漏らす。

「バイトって労災降りんのかな…」

「馬鹿なこと言ってないの。ほら行ってきなさい、お客さん待っているわよ。」

  と、大盛り焼きそばをお盆に乗せたのは、スパイス厨房担当、凪野 文香(なぎのふみか)、俺の母だ。

「うっす、分かったよ、でもちゃんと給料弾んでよ。」

「イヤです。あ、それ置いたら上がっていいわよ。」

「あざます!」

  当然、スタスタと焼きそばを運ぶのであった。

  ここ《スパイス》は母が経営していて、料理は母が担っている。まだ27歳(自称)と若く?、我の母ながら整った顔立ちのおかげで評判はいい方に位置する。ちなみに、俺は今17歳なのだが未だに母の本当の年齢を知らない。

  そんな母は今日の朝10時頃から一日中、細い腕であの重いフライパンを振り続けているのだから、本当に尊敬する。

  大盛りの焼きそばを愛想よく置いてくると、せっせと休憩室に駆け込んだ。ロッカーを開けてすぐさま私服に着替える。その時外したエプロンからは色んな食べ物の匂いが漂っていた。

「これでよしっと…それじゃあ母さん、あがるよ。」

「分かった、気をつけて。」

「母さんも程々にね。」

  と、堂々と海の家を出てすぐに息を呑む。

  その光景に呆気をつかれ、思わず口から出た言葉が、オェ、マジか…だった。

「人が多いとかそういうレベルじゃねーぞ。」

  一言で言うなら、砂浜がキャパオーバーを起こしている。

  いくら寂れた町とはいえ、そこそこの広さを誇る砂浜が、奥の防波堤までびっしりと人で埋め尽くされていた。

  しかしそれ以上にもっと凄いのはその途中に設置されたステージだ。あそこだけ違うことをやっているみたいに人口密度が濃い。

  でも、あのステージってそんな面白いことやってたっけ?

  …

「まぁ、いいや。」

  そう呟き、ステージに背を向けて歩き出す。あの人混みにまみれたくないのがほぼ9割だが、単純に家がこの方向というのもある。

  ほとんどの人が海に向かって行くのに対して俺は、この祭りをディスリ歩く。

  さざなみ祭り、改めて考えてみればなんてバカバカしい。死者が会いに来るとか、しかも全く別容姿とか。

  てか、その前に来場者一人に対して一人の死者が会いに来たらヤバイだろ、単純計算して50万人だぞ。この町が隅々まで人で埋め尽くされるわ…

  だから俺はそんな伝承は信じない。否定派だ。

  そうやって、都合の悪いことを否定して、少なからずや楽しんでいる自分は、やっぱりアンチなんだろうか?

  タダでさえ砂浜で歩きにくいのに、さらに人混みで歩きにくさが倍増だ。

  だから一生懸命つよく踏み込んで一歩一歩前へ進める。

  と、その時、後ろのステージからとある曲が流れた。

  ピアノの前奏、流れるように美しく、波のように静かなそのメロディーを俺はよく覚えている。

  当然、反射的に振り返った。

  ステージには遠目でよく顔は見えないが、おおよそ小学生ぐらいで、長い黒髪の女の子がマイクを片手に熱唱していた。白いワンピースに長い黒髪とほぼ二色の少女は、見る者を引きつけるような存在感を放っている。

  その体格と年齢から想像も出来ない歌声に魅了されかけるも、ハッと我に帰った俺は、再び歩き出す。

  俺の悪いところだ…まだ、忘れられない。

  しかし、途中でもう1回だけ振り返る、すでに歌い終わっていて盛大な拍手と歓声が彼女を讃えていた。

  手を振り、お辞儀をする少女、その一瞬、見間違えかもしれないが目が合ったような気がした。

  でもそれは気のせいだなと、自宅に急ぐ。その行動はこの祭りで唯一1人だけ浮いていた。





  少し片遅れのエアコンが、ヴゥー、と音をてて冷たい空気を提供してくれる。これだけでも充分ありがたいのだが、できればもう少しだけこの湿気をなんとかして欲しい。さっきからせんべいが湿気って仕方ない。

  海の家スパイスから約100m、町で一番大きな海道に隣接する我が家は、この祭りの期間、基本的に静かな時間がない。朝は祭りの客、夜は入れ替わるように酔っ払った町のおっさん達と、酔った客。

  そこで俺は個人的に思ったことがある。それは都会の若い人たちのパリピと言われるものと、夜の酔っ払いのおっさん達は同族であること。

  いや、むしろ酔ったおっさん達の方がパリピよりも数倍タチが悪い。悪絡み、喧嘩、賭博…。

「あぁー、おっさんってやだな。」

  と、言って時刻を見ると3時30分、つまりまだ、あれから30分しか経過していないのだ。

  さっさと祭り終わって欲しい俺からしたら、傷口をグリグリされるぐらい苦痛に感じる。

  しかし、寝てしまえばいつの間にか終わってるんじゃね?と、なんとか寝ようとしても、外がうるさいし、あとは単純に眠くない。

  適当にテレビを付けてみても全然面白くない政治ニュース。

「鬱だぁ。憂鬱だよ。」

  ハハッ…

  乾いた笑いがこみ上げた。

  その刹那、テーブルの上のスマホがなった。ブーッ、ブーッ…と。

  通話相手を確認して、うわ…こいつか。と思いながらもしぶしぶ応答する。

「おう、どうしたいきなり。なんか用か?」

『うっす、海人暇?』と、口調は男勝りであるが、きちんと元気な女の子の声が画面の向こうから聞こえた。

「暇っちゃ暇だけど…てか、お前も手伝いあるだろ。」

『あぁー、うちは大丈夫。ひと段落着いたからさ。』

  それよりー、と言葉を続ける。

『暇なら、今からお祭り回らない?』

「嫌です。」

『え!なんで?』

「暑いので嫌です。」

『そうやって自堕落してると、モテないぞ。』

「大きなお世話だ。てか、俺あまりうるさいの好きじゃないんだよ。人も多いし。」

  と窓越しに海道を見ると隙間が無いぐらい人で埋め尽くされていた。

『…分かった。』

「おう、理解してくれてサンキュー。」

  ………

  ……

  …

「おい、切るぞ。」

『…』

「なんか言えよ。」

『…』

  やめろよそういうの、なんか後ろめたさを感じるじゃねえかよ。

  そして5分後…

「分かったよ、どこにいるんだよ。」

『え!? 来てくれるの? やったぁー! やっぱり海人やっさしぃー! それじゃあ神社で待ってるよん♡』

  プーッ、プーッ、プーッ…

「あぁぁぁぁぁぁぁー! ちきしょぉぉー!」

  バイトでクタクタの体にムチを打って、家を飛び出す。もちろん財布と携帯を持って。




  磯前神社。

  この祭りの中心地で境内には露店がいくつも立ち並び、どこからか聞こえてくる太鼓に、あの祭りの時によく聞く笛みたいなやつ。

  神聖な場所でイチャつくカップルもいれば、金魚すくいにガチになった小学生まで、いろんな人がいる。

  まぁ、砂浜よりもこっちの方が幾分お祭りっぽくは見える、が、しかしこの中の何人ぐらいが神様に感謝しているのだろうか。

  まぁ、どうせ9割は露店や出し物目当てなんだろうけど。

  人でごった返した階段をのぼる、もし1人でもこの階段を転げ落ちようものならば、ほぼ確実に、後ろにいる数百人を巻き込むことになる。だからしっかりと手すりに掴まって、と。

  階段をのぼり切ったその先に、大きな社が見えた。そう、これが磯前大社だ。死んだ人への再開を許してくれた神様を祀る場所である。

  まぁ、人がいっぱいいるのは仕方ないし、もちろん知っていたんだけど…

「どうやってアイツを探そうか…」

  ついさっきの電話には二つ大きな穴が存在した。まず一つ目、それはこの人混みだ。そもそも祭りの中心地なのに人が少ないわけがなく、どちらかと言うと低身長であるアイツを探すの至難の業。

  そして二つ目、それはアイツ自身の詰めの甘さ。

『それじゃあ神社で待ってるよん♡』

  …アホか。神社は神社でも神社のどこだよ、よく考えろよ無理だろこんなの。右見ても左見ても、人、人、人だぞ。

  はぁー、と思わずため息が漏れる。

「いいや、せっかくだからお賽銭でもしてこ。」

  財布から25円を取り出し前方に投げる。

  綺麗な放物線を描いて賽銭箱へ。

  二例二拍手一礼…あ、願いごと決めてねぇ。

「お、まいどまいどー。」

  すると背後から聞こえてきた妙に馴染みのある声に振り返る。

「んだよ、別にお前ん家(神社)に貢いでるわけじゃねえよ。」

「しかし結果としてこれが家の維持費になるのです。」

「金返せ。」

  にししーっ、と笑う目の前の少女は俺の幼なじみ、露白沢 汐(つゆしらさわしお)だ。

  ナチュラルな茶髪のポニーテール。パチッとした瞳、どこか楽しげな形の唇、細い首にはっきりとした鎖骨。

  視線は下がり、うっすらと浮かぶ露骨の影、美しい腰の曲線。そのスレンダーボディはきっと陸上で培ったものなのだろう。

  我の幼なじみながら間違いなく美人の範疇に入る。

  そう、こいつこそが俺を電話で呼び出した張本人、汐である。

  あと、これは蛇足だが、胸は絶望的だ、擬音で例えるならぺっターンッ!というのが一番似合う。

「てか、お前まだ巫女服じゃねえかよ。まさかそれで回るのか?」

「お、いいねそういうのもありだね。あ、ちなみに知ってる? 巫女服って昔の女の人下着」

「さっさと着替えてこい。」

  話がいらぬ方向に逸れようとしたので遮ってやった。

  ちなみに汐はここの巫女でもあり、基本的に土曜日と日曜日は巫女服姿で過ごしている。

「はいはい、どうやら海人は私の下着姿には興味がないようです。」

「安心しろ、男の下着を見ても面白くないからな。」

「ん? もしかしてうちのこと馬鹿にしてる? 」

「馬鹿にはしてないぞ、ただ、お前を女として見てないだけだ。」

  うっざ、と唾を吐かれ彼女…いや、彼は神社の裏へと消えていった。

  なんかここに来るだけで疲れた…

  ふぅ、と息を吐き改めて周りを見回してみる。相変わらず人数で賑わっており、これから祭りを回る気を失せさせてくれるには、充分過ぎる光景だった。

「…やっぱり帰りたい。」

  この人混みを一瞬でも見たくなくて空を仰ぐ。すでに西の空は赤い色の配色で染まっていて、東からは青黒い夜が降りてくる。

  だいたい時間帯的には7時頃なのだろうか…

  視線を戻して、もう一度辺りを見回す。

「あ…」

  そしてその視線は、ある一点で止まった。

  それは境内に設置されたベンチに座っていた長い黒髪の少女だった。

  さっきは遠くて見えなかったが、間違いなくあのステージの子だ。

「でも、なんで一人なんだろ。」

  誰か待ってるのかな?

  すると、その少女もこちらに気がついたのか、次は確実に視線があった。その目は真っ直ぐ俺を見据えている。

  少し間を置いて、ハッと目を逸らした。なぜか? 理由は単純、見ず知らずの女の子をじっと見つめているのは、きっと良くない。

  しかし、その視線を逸らした一瞬、少女が微かに微笑んだように見えたが…気のせいか?

「お、ま、た、せ! それじゃあ行こっか!」

  と、スキップをしながら汐が戻ってきた。格好もさっきの巫女服とは違い、白のミニスカートに、肩が露出した淡い青色のトプッスといった夏らしい格好をしている。

  のちに教わったのだが、肩の露出している服は『ショルダーカットトップス』と言うらしい。

  てか、スカート履いてスキップするな、見えてるぞ。こっちが恥ずかしくなる。

「おう、ずいぶん遅かったな。ま、良いけど。」

「ん? どしたの? 顔赤いよ。」

「なんでもねぇよ。」

「あ、もしかして、うちに惚れた? いいよ、海斗ならギリ範中。」

「…ウザ。」

「アハハ、なんて冗談だよ。あれだよね、うちのパンツ見えてたんでしょ? 知ってるよん。」

  分かってんならスキップするなよ。あと、自分から下着を見せるのはわいせつ行為だからな。

  一息ついて、

「まぁいいや、そろそろ回ろうぜ、そして早く帰ろう。」

「了解! それじゃあレッツゴー!」

  嬉しそうで、楽しげな表情に一瞬見とれる。汐のいい所は常に明るく笑顔と冗談を絶やさないところだ。

  その性格を言葉にするならきっと太陽になる。

「あ、そうだ、ねぇ海人、手つなぐ?」

「ふざけんな、殴るぞ。」

「アハハ、冗談だよ。冗談。」

  と、こんなふうに息を吐くように冗談をかますのだ。

  時々それがウザイと思う時もあるけど、面白いからいいとしよう。

  ごった返す人混みの中、隣からは彼女の鼻歌が聞こえてきた。それと一定のリズムで弾むサンダルの音。

  言ってるそばからスキップしてるよ、てか、よくこんな狭いところでスキップできるよな。

「だからスキップするなって。」

「ん? だって楽しんだもん。あ、もし海人が手を繋いでくれたらやめるよ。」

「死ぬまでスキップしてろ。」

  …

「あー、ちょっとなんか疲れてきたなー、ということで、今から普通に直立二足歩行に変更っと。」

「あ、進化した。」

「…蹴るよ?」

「言葉より先に手が出るあたり、進化は失敗のようです。ホント誰だよBボタン連打したやつ。」

  その瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。

「いった! 本当に蹴りやがった。」

「うるさい! このハゲ!」

  そう言って足を蹴り続ける汐は本当に頭がペッターンになってしまったようだ。

  …かわいそうに。

「なんで何回も蹴るんだよ、あと、お前力強いんだよ。」

「女の子に向かって猿みたいな事をいったあんたが悪い。」

「いや、お前はどちらかと言うと男だ。」

  パチン!乾いた音が鳴り響き、俺の視線は180度回転した。

「次は首、回すね?」

「…すみませんでした。」

  そして、少しの沈黙のあと。

「あー! 見て見て海人! ベビーカステラあるよ! 私食べたいなぁー。」

「イヤです…」

「わ、た、しー、食べたいなぁー。」

「ムリです…」

「ねぇ海人。」

  声のトーンが一つ落ちた。

「首、回すよん。」

「あー! ホントだ! あんな所にベビーカステラがあるぞ! よし、仕方ない、今日は俺の奢りだ!」

「え?、いいの? やったー! 海人だーいすき!」

  アハハハ、ハハハ、ハ…

  俺は思わず空を仰ぐ、なんでかな、さっきから涙がとまらねえよ。

  結局その後も度々奢らされることになって、合計で5000円ぐらい食われた。

  そして時刻は9時50分、今日の祭りは終了した。今頃、明日に備えてお神輿や山車の準備で町の集会場は大忙しだろう。

  祭りが終わっていくあの寂しさを感じながら俺達は帰路についていた。

「あー、楽しかった。」

「俺の5000円…」

「ねぇ、海人はどうだった? あ、あとあの太鼓の人凄かったー、かっこよかったなぁ。」

「俺の5000円…」

「ほら、海人、せっかくの祭りなんだから、笑ってみせて。」

「うるせえ、お前が食ったんだろうがよ…」

  あぁ、もうなんか怒る気も起きない。

  その後は汐からの一方的な会話に頷きながら歩いた、今日は早く家に帰って早くテレビ見たい。

「海人、ちょっと寄りたいところがあるの。」

  いや、やっぱり早く寝よ。今日はどっかの誰かのせいで疲れた。

「おーい、海人さーん。聞こえてる?」

  あぁ、そうだそもそもこんな祭りがあるのがいけないんだ…さっさと終わってしまえばいいのに…

「海人!」

  後ろからの叫びに俺は振り返る。汐は俺の5mぐらい後ろにたっていた。

「お、すまんボーッとしてた、それでなんだ?」

「うち、寄りたいところがあるの、ちょっと怖いから付いてきてくれない?」

  そう言うといつもより真剣な表情で、すぐ横の細い階段を指さした。

  そしてそこは場所から察するにお墓だ。

「墓に何の用だよ…肝試しとかはやらねぇからな。」

「ねぇ、分かってるんでしょ。とぼけないで。」

  …

「やだ、俺は行かねぇぞ。」

  言い放って、また歩き出す。墓参り?冗談じゃない…俺は早く忘れたいんだよ。

「また、そうやって逃げるの? 」

  反射的にピタッと足が止まった。

  後ろを振り向かず、そのまま、

「うるせえ! ほっといてくれ、大きなお世話だ!」

  叫ぶと同時に走り出した。その時後ろから「海人待って!」と聞こえたがもちろんそんなのは無視だ。

  今更墓参りなんてしてどうするんだよ…そんなことしたって()()()は戻って来ない。


 

  ―生まれ変わり

  さざなみ祭りで再開を許された死者のことを『生まれ変わり』と呼んでいる。しかしこの生まれ変わりが存在できるのは8月9日の深夜12時まで。彼らは海へ帰っていくと言われている。



  俺には二人幼なじみがいた。一人は『露白沢 汐』そしてもう一人『鈴波 綾乃(すずなみあやの)』という女の子。

  もちろん綾乃は同い年で、この街生まれこの街育ちである。

  いつも気が付いたら隣にいるような奴で、汐と同じく気が強い。その癖、意外と涙脆くて、映画を見に行った時なんかはホントにひどかった。

  長い黒髪に、桃色の薄い唇、眼力があるにも関わらずどこかふんわりとした大きく可愛らしい目。シュッと高い鼻。

  身長は俺より少し低いぐらいだが、女子の平均身長から見たらずいぶん高い方に位置するであろう。

  頭から足元まで無駄のない八頭身はまさに女優の様だった。

  二年前の夏、俺は綾乃と祭りを回っていた。その時汐は巫女の手伝いで忙しかったらしく、また来年、と残念そうな顔をしていたのを覚えている。

「ふー、やっぱ人多いな…」

「ホントいやになっちゃう。」

  隣でそう返した綾乃は今一度周りを見渡しため息をついた。そして小さくボソッとつぶやく。

「これじゃデート楽しめないじゃない…」

「ん?なんか言ったか?」

「うわぁ! な、なんでもない! あ、そうだかき氷! かき氷食べよ!」

「お、おう。」

  何故だろう、急に焦り出した綾乃は怒涛のかき氷ラッシュを押してきた。あと、祭りの提灯が反射しているのかな、顔が少し赤いような気が…

  ひとまずかき氷の列に並び順番を待つ。その間にも俺の貧乏性が影響して、氷を削ってシロップを掛けるだけの作業でできるかき氷の原価率は一体どれ位なのだろうか…と考えてしまう。

  あ、けど原価率が一番高いのは綿アメと聞いた、なんせ少量のザラメに機械をレンタルすればいいだけだ。仮にそこまでが2万円だとして、ひと袋300円だとしたらおおよそ70個で黒字になる計算。

  俺も綿アメやろうかな…

「海人…海人はどうするの?」

  綾乃に呼ばれてハッとする。原価率のことを考えていたらいつの間にか順番になっていたようだ。

  台に置いてあるシロップを一通り見て、

「それじゃ俺はブルーハワイで。」

「え、海人もブルーハワイ? それじゃあ私はやっぱりメロンで。」

「はいよ、600円ね。」

  俺が財布から300円を出す。一方綾乃は物上目遣いでこちらを見つめる。

「早くしろよ。」

「ん? 私の分も奢ってくれるんじゃないの?」

「ふざけんな、割り勘だよ。わ、り、か、ん。」

  …

「早くしろ、後ろの列が詰まってるぞ。」

「アハハ、私財布持ってきてないの。」

「は?」

「あの、兄ちゃん、後ろが詰まっとるから早く頼むよ。」

「あ、はい。」

  チッと舌打ちしながらも、後ろの方からチクチクと視線を感じたので、財布に200円を戻し500円円を取り出す。

  お皿の上に600円を、置いて退散した。

「わー! やっぱり海人やっさしぃー! 愛してるー!」

「300円で買える愛…安すぎ。」

「お買い得でしょ?」

  と、自虐なのかジョークなのか分からないことを言うと、境内の中に設置されたベンチに腰掛け、早速かき氷を口に運ぶ。

「うん、やっぱり美味しい。」

  それを合図に俺も一口食べる。口に広がるブルーハワイの味が今年初のかき氷だった。

「んー、普通だな。いつも通りだ。」

「ふーん、あ、一口ちょうだい。」

「おいこら、勝手に取るな、こぼれたじゃねーかよ。」

「ごめんごめんって、それじゃあ、いただきます。」

「絶対に謝る気ねぇーだろ。」

  はぁー、とため息を付く横で、綾乃は「やっぱブルーハワイだわ。」と満足そうな表情をしていた。

  しばしば見とれてみる。祭りの提灯に照らされてか、それとも他のなにかがそうさせているのか、その横顔がいつもより何倍も色っぽく見えた。

  長いまつ毛が小刻みに動く動作、小さな笑窪、華奢な息づかい…

「海人、はーい、あーん。」

「ん? あ。」

  すると口の中にメロンの風味が広がり甘い香りが鼻を突いた。

「さっきのお返しね。」

「…美味い。」

「そうでしょそうでしょ。あと、それ関節キスだからよろしく。」

  あ、そういえばあのスプーンは綾乃が使っていたものか…

  なんかそう考えたら、すこし顔が暑くなってきた…

「そういうの最初に」

「スプーン、ベロンベロンに舐め回しといたからどちらかと言うと()()()()関節キス?」

  台無しだ。一気に覚めた。

「てか、汚ったね! おえぇ…」

「ちょっと! 汚ったねってなに? てか、わざと指突っ込んでまで吐こうとすんな!」

  その5分後…

「俺、もう生きていけない…」

「だからなにその言い方、傷つくんですけど…」

  俺たち2人はそんな感じで会話をしながら海を目指していた。もちろん、夜の砂浜といったらちょっとしたデートスポットなので、俺達は海に一番突き出した防波堤を目指す。

  波の音が大きくなる。海に近づくにつれて祭囃子は遠ざかり、波の音がより鮮明に。

  そして、防波堤の端までたどり着いた俺達は腰を下ろした。

  静かな時間がその場を支配していた。

  真っ暗な地平線、月の明かりでぼんやりと映る砂浜。

  時間が経てば経つほど、より夜の世界の景色が鮮明になる。

「…今日はありがとね、私に付き合ってくれて。」

  なんの突拍子もなく先にこの静寂を割ったのは綾乃だった。

  おう、と返事を返す。

  そしてまた沈黙。綾乃にしては珍しく、会話のテンポが悪いな。

「ねぇ、海人。」

「ん?なんぞや。」

「今日さ、私と一緒で楽しかった?」

「なんだよお前らしくないな…どう」

  した、いきなり。 と言おうとしたところで言葉が止まった。

  二人の目が合う。綾乃の目はいつもより真剣な眼差しだ。見事な黒い瞳に吸い込まれる感覚に陥る。

「ちゃんと答えて。」

  綾乃の顔が少し近づく。

  月の明かりでその綺麗な顔がハッキリと白く映し出されていた。

  高まる心拍数。照れにも似た感情。それらがいつもより変な緊張感を生み出した。

「楽しかった…です。」

「そうなんだ。」

  それだけ言うと、顔の緊張をほぐし、前のめりの体制を元に戻す。

  …ってちょっと待て、本当にそれだけか?

  一応確認のために、

「それだけ?」

「これだけ。」

「…」

  なるほど、さっきの本当に一緒にいて楽しかったかどうかの確認だけで、それ以下も以上もないという事か。

  正直、告られたらどうしようとか考えちゃったじゃねーか。まじでびっくりさせんな。

  …

  うわぁ、恥ずかしい…

  そんな勘違いをしていた自分に対して思わずため息が漏れる。

  そして彼女はそんなため息も拾う。

「え、なに? もしかして期待してた?」

「うっせぇ。」

「へぇー、そーなんだぁ。期待してたんだぁー。」

  からかっているのか、煽っているのか…いや、両方とも同じ意味だけど。

  すると何かがツボにはまったのだろう、隣の彼女はクスクスと笑い始めた。

「海に落とすぞコラ。」

「いやゴメンね、海人がそんなこと考えてるって思わなくてさ。」

  あー笑ったー。と満足そうに息をつく綾乃であった。

「でもさぁー、私ちょっと安心しちゃった。」

「なんで?」

「だって、少なくとも私のことをそう思ってくれてるんでしょ?」

「…」

「ほら、何とか言いなさいよ。」

  と、ツンツンされる。

  でも、実際はどうなんだろう…俺は本当にそんなふうに思っているのだろか。だってこいつは幼なじみで、いつも隣にいて、まるで恋愛対象として考えたことなんてない。

  それじゃあ、この胸のモヤモヤ一体なんなんだ?

「分からない。」

  俺は続けた。

「分からない、分からないけど…」

  でも、一つだけ、これだけは確かなことがある。

  それは…

「俺の隣にお前以外の奴がいるなんて考えられない。」

  だって、俺達は生まれた時から隣りにいたんだから。

  一際大きな波が打ち付ける。

  遠くの太鼓の音が小さくなったような気がした。

  フフッ。 綾乃が肩を震わせて笑いを堪えている。

「…んだよ、肩震わせてねえで言いたい事言えよ。」

「ふふ…ちょっと、海人、ふふふ…ぶっ!」

  アハハハハハ! ふーっ、ふーっ…ハハハハ!

  ダムの決壊、ゲリラ豪雨。

  表現するならそんなふうに、吐き出すように笑い始めた。

  静かな砂浜に笑い声が響き渡る。

  てか、いつまで笑ってんだよ。あとお前の腹筋はどーなってんだよ。

「いい加減うるさい。」

「だって…海人が変なこと言うんだもん。」

「変なことって…」

  さっきの言葉を思い返す。

  俺の隣にお前以外の奴がいるなんて考えられない。

  …

  あ。

  フシュー。そんな音が俺の頭から聞こえてきたような気がした。

「ちょっと、大丈夫? 今頭からフシューって…」

  うん、聞き間違えじゃ無さそうだ。あぁ、安心した。

  って、安心できるかい!

  文字通り、顔から火が出た俺は顔をブンブン振って。

「すまん、さっきの忘れてくれ。まじで!」

  すると綾乃は、

「やーだ。」

  とイタズラに笑った。

  その表情に見とれながらも、結局、恥ずかしさのあまりガックリとうなだれる。

  そんな俺に対して、それに。 と綾乃は続ける。

「海人からの告白を忘れるなんて、私絶対にしないよ。」 

  さっきのイタズラのような声とは違って、どこか本気な声色。

  思わず俺も真っ赤な顔をゆっくりとあげる。

  当然、二人の視線はぶつかった。

  静かな時間が2人を包み込む、夏だというのに風がひんやりしている。これもきっと海風のせいなんだろうか。

  今、2人だけのこの世界の邪魔をする者なんて誰1人としていない。そんな世界はちょっとだけ居心地が良かった。

「海人。」

「なんだよ。」

「…」

「なんだその間は。」

「好き。」

  …

「知ってる。」

  いつの間にか重なった手。ぶつかった視線。

  重なる唇。

  この世界を彩るにはどれも充分だった。

  そして、2人だけの時間は一際大きな波と共に終わりを告げる。

「あーぁ、私のファーストキス奪われちゃった。」

「うるせぇ、でかい声で言うな恥ずかしい。それにそれはお互い様だろ。」

「ふふっ、でも海人キス下手だね。」

「大きなお世話だ。」

  仕方ないだろ、緊張したんだから。

「よし、これからは毎日キスしようよ。そうすれば少しづつ上達するからさ。」

「なんか俺の幼なじみが変なこと言ってるんですけど…」

「冗談冗談、私だって毎日はやだね。キスって言うのは時々するから希少価値があるの。」

  謎のキス理論を語りつつも、綾乃は続ける。

「あと、さっき幼なじみって言ったけど、これからはちょっと違うからね。」

「と、言いますと?」

「これからは()()()()兼、幼なじみだからね。」

「はいはい、分かったよ。」

  すると綾乃は満足そうな顔で笑った。

  また、少しだけ心拍数が上昇するのを感じた。

「かーいとっ。」

「なんだ鬱陶しい。」

「やん酷い。」

「そんでなんぞや?」

「最後にもう1回だけ。」

  と綾乃は顔を近づける。

  対する俺は、軽くため息をつき、「分かったよ。」と唇を合わせた。

  数秒短い時間、幸せに包まれる。

  ゆっくりと顔を離し、見つめ合う。

「また、来年もここに来ようね。」

「おう、そうだな。」

  その時のカノジョの幸せそうな顔が、妙に頭の中に張り付いていた。




  はっ、はっ、はっ…

  自分でも分かるぐらい大きく呼吸を乱していた。

  こんな街灯の少ない道を転げ落ちたら、救急車沙汰は免れない。

  そう考えるだけでさらに呼吸は大きく間は小さくなる。

  しかし、それでも俺は走ること…いや、逃げることをやめなかった。

  その証拠に墓から少しでも距離が離れてきていると考えただけで、背中になにか重いものが乗っかっているような感覚が消えていく。

  でも、その反面、心の中でベットリとした罪悪感がこびりつくのを感じた。

  二年前の祭りが終わってから二学期の学校。

  綾乃は既にこの世を去っていた。だけど教室には当然のようにまだ机がポツンと置いてあって、明日にはひょこっと顔を出すんじゃないかと考えていた。

  祭りのすぐあと、具体的には祭りが終わった1週間後のこと。綾乃は救急車に運ばれた。

  癌だったらしい。

  既に脳への転移が確認されており、先も長くない。確実に言えることと言えば、卒業は難しいことだ。

  絶望。

  そんな表現が軽いなんて初めて思った。きっとこの時の心情を絶望の二文字じゃ表せない。

  しかし、癌だと言われても、余命宣告を受けても、カノジョはいつもの笑顔を絶やすことはなかった。

「海人、私癌だって…ガーン。」とかそんな寒いこと平気で言っちゃう。

  だからきっと俺も安心したんだと思う。癌と診断されても綾乃はなんだかんだで生きてる。

  俺の隣からいなくならないって。

  そう、過信してならなかったのだ。

  また一週間後、綾乃は死んだ。

  その知らせを耳にしたのは8月23日の朝。

  病状が悪化し、意識を失ったまま戻ってくることはなかった…そう、母の口から言い渡された。

  妙にセミの鳴き声が耳に響く。

  そして、カスカスの乾いた笑いが飛び出す。

「ハハ…母さん冗談よしてよ…いくら何でも怒るよ?」

  すると、母さんは俺を抱き寄せた。その瞳に大粒の泪を浮かべながら。

「母さん? やめてくれよ…ねぇ、冗談なんだろ?」

  だってそんなはずはない、昨日だってあんなに元気に…

「いい加減…放せよ。」

「海人…」

  さらに腕にチカラが籠る。それはまるで今にも飛び出しそうな俺を必死抑えるようにも見えた。

  やめろ、それじゃまるで…

  綾野が本当に…

  結局、後日に執り行われた葬式にも行かなかった。だってそこに行ってしまったら何かが終わってしまうような気がして。

  そして夏休み最後の日。

  顔を見慣れた綾乃の母が家を訪ねた。要件は簡単で一通の手紙を渡されただけ。

  嫌な予感がしたものの、綾野からの手紙と言うので読むことに。

  でも、その行動を俺は人生で一番公開することになった。

 

  もし海人がこれを読んでいるんだとしたら、私は死んだと言うことなのでしょう。

  そうたどたどしい文字で始まった手紙は、俺の中の何かを殺した。

  内容はよく覚えてない。

  しかし一つだけ確かなこと。

  それはこの手紙によって綾乃の死は確定してしまったこと。

  その瞬間、俺の人生の半分が死んだ。

  それからの毎日は灰色で、まるで色素が抜け落ちていた。

  それこそもう一人の幼なじみ、汐のことすらも眼中に入らないほどに。

  俺には辛すぎた。それはそうだ、気がつけばいつも隣にいた綾乃の顔が記憶の半分以上に写っている。

  それが一瞬で空っぽになった。

  ダムに大穴が空いたなんて表現が可愛く見える。本当にそれぐらい衝撃的だった。

  致命的に病んだ俺は辛うじて地元の底辺校に入学。汐も同じ高校なのだが、きっと俺のことを気遣っての事だろう。こうやってほかを巻き込む自分も同時に嫌う。

  そんな時、頭の中に魔法の言葉が舞い降りた。

  人間が都合の悪い時に使う言葉。

「忘れよう。」

  そんな責任逃れな言葉が、俺には魔法のように聞こえた。

  だからずっと、「忘れよう。」を唱え続けてきたんだ。

  どうしても、綾乃の死から逃れたくて。

  そして気がついたら、引っ張られるようにあの防波堤の端に立っていた。

  葬式の日以来、ここには一度も来なかった。色んなものが頭の中に流れてくるから。

  ふとその時、大切な人の笑顔とは接着剤みたいなものだと思った。その証拠にまだ瞼の裏側には綾乃の顔が張り付いている。

  …

  ちょっと違う、こびり付いているの方が表現として正しいかもしれない。

  それは何年も貼ったまま放置したステッカーによく似ていた。

  そこまで考えて、ハッと我に帰る。

「俺はなんて最低な人間なんだ…」

  綾乃の思い出を「こびり付いている」なんて思ってしまっている自分がそこにいたことにゾッとした。

  怖い…

  足に力が入らなくなって、頭を抱えながらゆっくりと座り込む。

  妙に心臓の音が響く。

  そして気がついたら波の音すら聞こえくなり、人の温度も、声も明かりも、全部消えていた。

  しばらくして、急に時間が知りたくなった。

  今は8月8日なのか9日なのか、何時なのか。

  しかし、生憎時計はしていない。

  俺は仕方なく顔を上げた。

  欠けた月がちょうど真上にあった。位置からしてだいたい11時三十分とか、もしくは12時ぐらいだろう。

  月の明かりは砂浜を、堤防を、俺をぼんやりと白く照らしていた。

「あの日も、こんな夜だったな…」

  月を見上げると、なぜかこの街に伝わる言い伝えを思い出した。


  ―死んだ人が会いに来る。

  しかし、姿形は別の人。死者は自分からそれをいってらならない。

 

  意地悪だと思った。そんなの手っ取り早く死んだ人本人の容姿で来てくれた方が、両者ウィン・ウィンの関係なのに。

  ため息が漏れた。

「会いたい。」

  ボソッとつぶやく。

「もう一度だけ。」

  もし、神様が聞いていてくれるのだとしたら。

「もう一度だけでいいから…」

  願ってみるの悪くないかと思った。

「綾乃に合わせてください。」

  ズザーン、ズザーン…

  いつもより少し大きい波が防波堤に打ちつける。お尻からその振動を感じた。

  …

  しばらくして、やっぱりバカバカしいとため息を吐き出す。

  そうだ、死んだ人が会いに来るなんて非現実すぎるんだ。

「やっぱり忘れよう。」

  明日の祭りは家に引きこもっていよう。もし汐から何かしらの連絡が来ても無視。それでいい。

「帰ろ。」

  ポケットに手を突っ込んで後ろを振り向く。

  その瞬間、ボシャンッと大きな音がなった。

「え、おいまさか!」

  音が鳴るコンマ何秒か前、防波堤から足を滑らして落ちていく人影が目に入った。

  急いで海面を急いで覗き込んだ。不自然に波だった跡があるものの肝心な人が見当たらない。

「ヤバイ、早くしねぇーと。」

  勢いに任せて俺も海へ飛び込んだ。もうこの際着ている服とかそういうのはどうだっていい。

  目の前で命が失われようとしていいるんだ。

  この時ほど海の近くに生まれて良かったと思ったことは無い、毎年海水浴をしているせいか、海の中でも目が開けられた。

  と言っても夜の海はまさに一寸先は闇。最終的には手探りで探すしかない。。

  頼む、見つかってくれ。

  必死に手を伸ばして海の中を泳ぎ回る。

  しかし、それでも見つからない。

  だいたい1分半ぐらいたって、俺もそろそろ息継ぎをしないと、と思った瞬間、真っ暗な海の中で一つだけぼんやりと白い塊が目に入った。

  見つけた。

  俺はその子を抱えると一気に浮上した。

  本当は一気に浮上するのはよくないのだが、それ以上に俺の酸素が持たない。ゆっくりと浮上している最中に俺が意識を失った本末転倒だ。

  海面に顔を出すと一気に酸素を取り込むように口を開けた。心臓が軋むようにギュウギュウ音をたてている。

  なんとか砂浜まで泳ぎ切るとすぐさま、

「おい! 大丈夫か?」

  肩を揺らした。しかし、返事がない。

  手首の脈、心臓の音、呼吸。

  どれも吹けば消えそうなぐらい弱々しいが異常はない。どうやら気を失っているだけのようだ。

  思わず安堵のため息が漏れる。

「よかった…間に合って。」

  俺も力尽きたかのように砂浜に腰を下ろし、続いて視線を右へ。

  …

  ん?

  違和感、ではないがどこかで見たような気が…

  透き通るような長い黒髪、白のワンピース。

「あ、この子。」

  そうだ思い出した。あのステージで歌ってたあの子だ。

  しかし、なぜかこの子がここに、しかもこんな時間にいるのか…という謎が頭に浮かぶ。

  風が吹き付ける。海水に浸ったせいか夏だというのにものすごく寒い。

「…まずは運ぶか。」

  そう言って少女を抱えた。

  海水に浸ったせいか、妙に重い。

  たぶん誰もいないから大丈夫だと思うが、きっとこの状況を見られるのは非常によろしくない。

  海水が服から滴っているだけでも不審なのに、更に気絶した女の子を担いでるなんてマイナス要因だ。

「軽いミッションインポッシブルだな…」

  その背中を月の明かりがぼんやりと照らしていた。

こんばんは、お久しぶりです。嘘つきです!

…と言っても最近試験勉強でいそがしいので後書きは後編で詳しく書きたいと思います。

ちなみに後編は8月の終わり頃に出す予定ですので、ぜひ評価、指摘、コメント下さい! 小説を書く励みになります。

それではいい夜を、おやすみなさい。


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