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七 臨時水夫トルルの戦い ②

 トルルが連れていかれたのは、傍目にも船齢が古いかなり大型の商船だった。


 トルルは荷役をしていた経験で小舟に乗せられると思っていたのでちょっと拍子抜けした。


 この時期、ヘロタイニア地域では、将来のリファニア出兵をにらんだ軍船の就航が相次いでいた。

 それも、イース情勢の思いがけない展開から、その建造は早められていたために乗組員が不足していた。


 そこで、商船の古参船乗り引き抜いて軍船に乗せるとともに、商船にトルルのような無理矢理に徴募した新米をあてがったのだ。


 トルルが乗船した船は、”ジャジーネ(アジサシ)”号という名だった。トルルはさっそく、同じ船に配属になった三人の男と船長の前に連れていかれた。


 赤ら顔の年配の船長はフレドリドと名乗ると、トルル達の船の経験を聞いた。トルルが艪をあやつって艀の船頭をしていたと聞いた船長はトルルに操舵を担当する甲板員をするように命じた。


 そして、掌帆長しょうはんちょうが甲板の下の船室に案内した。案内といっても顎先で、階段を示して「そこが寝床だから入れ」と言っただけである。示された階段を降りると天井が低い大きな薄暗い部屋があるだけである。

 少ししてやって来た掌帆長は、ここは後部の船室で水夫はここで寝起きするのだといってトルル達に毛布を二枚渡した。そして、しばらくここで待っているように言った。


 半刻ほどすると、船が動き出したのがわかった。トルル達を乗船させた”ジャジーネ”号はその日の昼に出港した。どうも、トルル達を逃亡しないように出港間際に乗船させられたようだった。


 掌帆長がやってきて甲板に出てこいと言う。トルルは操舵を行う船尾に連れて行かれた。船はファレスリーの埠頭を離れるところだった。

 トルルは離れていくファレスリーの街を見ながらここに帰ってこれるのだろうかと思わずにはいられなかった。


 操舵と言われても、中世段階の船であるので、舵輪(だりん)を回して舵を動かすとはいかない。船の左右に出した舵櫂を力任せに動かして船の方向を操作するのである。

 梃子を使って多少は力が増強されるようにはなっているが左右の舵櫂を調子を合わせて操作しなければならない。


 ヘロタイニア地域より、リファニアの方が船の造りには一日の長があり、リファニアの大型船は、滑車を使って人力で動かす船尾の舵を持っていた。


 トルル以外の男達は見習い甲板員ということになり、フレドリド船長から雑務一切を行うように命じられた。


 トルルは早速、古参の船員に舵櫂の操作方法を仕込まれる。「なれてくれば一人で操作できる。それまでオレが動かす時の補助だ」といかつい顔の古参船員はトルルに言った。


 トルルは操作を間違えるたびにど怒鳴られ尻を蹴り上げられた。また、質問すると「見て憶えろ」と言われ尻を蹴られた。


 ただ、他の見習い甲板員になった男達はもっと四六時中怒鳴れて、殴られていたからトルルは自分の待遇はまだましだと納得するようにした。


 舵櫂は四六時中操作するものでもない。風がかわったりすると、船長や航海士の指示で急いで操作しなければならないが半刻ほどもまったく固定して動かさないということもあった。


 また舵櫂は艪ではないので推進のために動かすこともない。風がいつかわるかわからないので持ち場を離れることはできなかったが、農作業はおろか荷役作業と比べても仕事としては比較的楽である。



挿絵(By みてみん)




 トルルが作業をしている船尾にはもう一人重要な仕事をしている男がいた。巫術師である。

 最初は巫術師はいなかったが、夕刻近くになって風が船首の方から吹くようになると巫術師がやってきた。


 巫術師はかなりの老年で、頭は耳のあたりに申し訳程度に白髪が残っているだけで禿げ上がっていた。顔も深い皺で覆われて、時々、トルルの方を見ては歯のない口を開けて笑った。


 巫術師の術は、言われてみればわかるほど微妙なものだった。船首方向に巫術師の起こした風が吹いているかと思うと、その風が止まり少しばかり帆が前の方へ膨らむ。その帆が後ろに膨らみかけるとまた術を発動して巫術師が風を送る。


 誰も文句を言わないのでそのようなものかとトルルは見ていると、巫術師は「長くやるにはこれぐらでないと続かない」とトルルの心情を見透かしたかのように言った。


 統計があるわけではないがリファニアと比べてヘロタイニア地域は、人口比で二三割ほど巫術師は少ない。また、強力な巫術師はより少ないと言われている。


 ヘロタイニア地域では難度の高い”突風術”の応用である船を進ませる”送風術”のできる巫術師は少ない。

 その上に、ヘロタイニア水軍が増強されつつあるので、巫術師は、バスチアム総領命令で水軍に取られて船舶の巫術師不足は深刻である。


 本来なら、複数の巫術師を乗船させて、常時、順風が欲しいところだが商船ではなんとか一人を確保するのがやっとだった。


 ”ジャジーネ号”の巫術師はトルルに、自分の名はギガムスレントだと名乗った。そして、引退していたところを軍用輸送ということで、顔馴染みの船長に口説かれて引っ張り出されてきたとぼやいていた。


 巫術師が風を送り出すと操舵の仕事は忙しくなる。元の風の具合、巫術師の起こした風の具合、特に微妙に異なる方向を見定めて船が直進するように舵櫂を操作する。


 トルルは船の前を見定めていたが、目印になるものがない海では方向がわからない。さて、どうしたものかと思っていると、古参の水夫が時々、船尾を見ていることに気がついた。


 トルルが何を見ているのかと見定めていると、航跡を見ているようだった。航跡が真っ直ぐになるようにすれば船は直進している。


 トルルは午後の遅くに、船のやや後方、水平線の彼方に二隻の船がいることに気がついた。かなり遠かったが、なんとなく、ファレスリーの港で見知った商船とは雰囲気が異なっているように思えた。

 九ヶ月ほどもファレスリーの港で、種々の船を見てきたトルルの直感だった。トルルは、その二隻の船をファレスリーを警護するヘロタイニア軍船だろうと思って誰にも何も言わなかった。


 トルルが見た軍船らしき船は、この夜、ファレスリーの港を焼き払ったリファニア王立水軍の軍船だった。


 リファニア軍船は単独で航行するヘロタイニア商船を見れば見敵必撃である。ただ、今回は大事の前の小事とばかりに、”ジャジーネ”号を視認すると急いで離れていったので、トルル以外に存在は知られなかった。


 夕方になって、トルルは古参の水夫から船室にもどって飯を食べてこいと言われた。どこに行けば飯が食べられるかわからなかったが、質問をして殴られるのは嫌だったのでトルルは他の水夫が行く方向について行った。


 船に乗船した時に案内された船室の奥に小さな厨房があった。そこに調理人がいて並んでいる水夫に食事を配っていた。

 

 夕食は豆と野菜を煮込んだスープとライ麦パンが出た。この日からトルルは毎日のように煮込んだ豆を見ることになる。


 多少は船に慣れているトルルは船酔いになることはなかったが、トルルと一緒に配属された男達は食欲がわかないのか一口も食べなかった。

 その様子を見た水夫達がいらないのなら寄越せと言って、青い顔をしている男達から皿を取り上げると、たちまち平らげてしまった。


 トルルは食事が終わると、持ち場にもどった。古参の水夫は一人で番をしておけと言って食事にいってしまった。トルルは先に自分を食事に行かせた水夫はそう悪い人間ではないように思えた。


 一人で番をしておけと言われたが、トルルの担当は右舷の舵櫂で、左舷には別の水夫がいるので船があらぬ方向に行ってしまう心配はなかった。


 船の仕事は二直制だった。トルルと古参水夫は夜中で仕事を交代した。


 中世段階のヘロタイニア地域でも、通常の商船は三直制である。ところが、水軍に水夫を徴発されてしまい減員になっているので、ジャジーネ号を含めてほとんどの商船は二直制になっていた。


「わたしはトルルです。お名前は?」


 トルルは殴られてもいいと思って聞いた。


「オレはウォータンだ。これから、船室で腹押さえの夜食を食って寝ろ」


 ウォータンと名乗った古参水夫は面白くなさそうに言うと先に船室に降りていった。トルルが船尾を見ると夜光虫の光で航跡が一直線に伸びているのが見えた。


 船は、リファニア世界では大洋と呼ばれる大西洋をしばらく西に進んだ。現在のビスケー湾の端あたりまでくると、進路を北に変えた。


 ファレスリーを出港してから、毎日、トルルは古参水夫のウォータンに怒鳴られ時には殴られた。そして、四日目の朝起きるとトルルは船長室に呼ばれた。

 フレドリド船長はトルルに字が読めるかと聞いた。トルルが自分の名の読み書きぐらいしか出来ないというと一枚の手紙を見せた。


 その中にはトルルの名が数箇所あった。また、トルルの村の名もあった。トルルが読めたのはそれだけだった。


 フレドリド船長は手紙を読み出した。書いたのはトルル達をファレスリーに連れてきた領主にあたる千人長の家臣でもある監督官だった。


 手紙の内容は衝撃的だった。


 トルルの父親は、村の神官、そして村人七人とともに一揆を画策した謀議の罪と不信心の罪で処刑された。また、家族は奴隷に落とされ売り払われた。

 ついては、トルルが村に帰っても奴隷に落とされるのがおちである。冤罪であるが自分としてはいかんともしがたい。

 トルルが強制徴用にかかったのが返って幸いである。自分は、領民がこれ以上難儀に遭うのを黙って見ていられない。どうか、トルルを船乗りとして面倒を見てくれという内容だった。


 フレドリド船長は、出港直前に手紙をトルルの村の者がもって来たと言う。そして、手紙の信じがたい内容に呆然としているトルルに、フレドリド船長は補足の話をしてくれた。


 トルル達の領主である千人長は気骨のある人物である。度々、バスチアム総領から出される物資徴発の命令にこれ以上は農民が疲弊すると言って断った。

 すると、バスチアム総領の直轄の軍勢がやってきて、すぐに命令された物資を引き渡せと強要した。


 それでも、千人長が抵抗すると、バスチアム総領の軍勢の長は、老年の千人長は隠居して息子に家督を譲るべきというバスチアム総領の勧告文を示した。

 勧告といっても実際は命令である。すぐさま、千人長は隠居となり息子が新しい千人長になった。


 息子は父親ほど気骨がなかった。そして、軍勢の長の入れ知恵で、周辺の神官から異端視されていたトルルの村の神官を捕らえて異端審問で有無を言わさずに処刑した。

 そして、その神官を釈放して欲しいと嘆願書を持ってきたトルルの父親達も捕らえて処刑した。


 その後で、新しい千人長は物資の供出を命じたのだ。


 供出を拒めばどのような事態になるか、直前に見せしめを示されている領民達は泣く泣く食糧や家畜を差しだした。


 そして、フレドリド船長は、この話はトルルが閉じ込めらている間に、ファレスリーにも伝わっており、公然とは話すことはできないが噂になっている言った。


 あまりの話の内容に、トルルが呆然としていると、フレドリド船長は、トルルに船乗りになって見ろと言った。

 トルルが力なく首を横に振っていると、フレドリド船長はドアを開けて、人を呼んだ。すると、古参水夫のウォータンが船長室に入ってきた。


 船長は、ウォータンにトルルの船乗りとしての相性があるかと聞いた。ウォータンは鍛えがいがあると返事した。

 船長は、トルルを一目見たときから船乗りの資質を感じていた。それを確かめるためにウォータンにトルルの様子を見させていたと言った。


 ここまで言われると帰る先のなくなったトルルは「はい」というしかなかった。



 ”ジャジーネ”号とフレドリド船長は一度イースに航海したことがある。その時は、僚船が犠牲になってくれたおかげでリファニア軍船から逃れることができた。しかし、今度は独航である。


 そこで、一度、北に進んでイースの緯度ないしそれより北にまで行ってから、イースに回り込むようにして接近するという案をフレドリド船長は考えていた。


 海図上の直線では南東方向からイースに進入するのを、北ないし北東方向からイースに進入してリファニア水軍が待ち構えている海域を避ける考えだった。


 また、フレドリド船長は、春から夏にかけてはイース近海は霧が出ることを知識として知っていた。

 その霧はイースの南より東の海域で見られるとも聞いていた。霧を利用してイースに接近するのには、今、考えている航路は好都合だった。


 北に向かった”ジャジール”号は、イギリス本土とアイルランドの間にある現在のセントジョーンズ海峡に入った。

 そして、現在のアイルランドのダブリンあたりに位置するタナステンという小さな港に寄港した。


 実はファレスリーでは”ジャジーネ号”号を満たすほどの物資を積むことができずにタナステンで残りの物資を積み込めと言う命令が、財務担当官と水軍本営から出ていた。これは、フレドリド船長にとっては、渡りに綱だった。


 フレドリド船長は霧がでなければ何週間でも、イースの沖に留まるつもりだったので水や食糧を、ファレスリーを出港した後でも、どこかに寄港して補給しておきたかったのだ。


 トルルとジャジール号に配属された男達は逃亡をするかもしれないという理由で上陸できなかった。

 手持ちぶさたに甲板からひっそりした感じのタナステンの街を見ているトルルに、ウォータンが声をかけてきた。


おかにいっしょに上がるぞ」


 きょとんとしているトルルにウォータンは、船長にかけあってトルルが上陸できるようになったと言った。


「ここは女が安い。そこそこの女でも銅貨四枚。一晩でも銅貨十枚だ」


 タナステンの埠頭に上がったウォータンはトルルに表情を変えずに言った。


 リファニアとヘロタイニアでは異なった貨幣を使っているので比較は難しいがリファニアの相違の四分の一から三分の一、ヘロタイニアの他の地域と比べても三割方安い。


 古参水夫のウォータンの話では、タナステンのあるブルガマゼ島(アイルランド島)は冷涼で、まともに育つのはジャガイモとエン麦くらいであり非常に貧しい島ということだった。それで、春をひさぐ女のなり手も多く値が安い。


 船員の給料は後払いだが、上陸するような時は船長が立て替えを出してくれる。トルルも銅貨十二枚をもらって上陸した。


 ウォータンは、何度か来たことがあるのか迷わずに一軒の店に入った。そこで、火酒と食べ物を注文すると、店の亭主にトルルが知らない言葉で話しかけた。


 怪訝な顔をしているトルルに、ウォータンは、リファニアの言葉だと言った。


 ヘロタイニア語といっても方言差があるために、離れた地域のヘロタイニア人だと意志の疎通が難しい。

 同じ日本語でも関東方言しか理解しない人間が、八重山方言しか理解しない人間と話すのはかなり困難だろう。


 そのため、あちらこちらに行く商人や船乗り、また、地元でそれらの人間を相手にする者は共通語としてリファニアの”言葉”を利用している。

 交易語として成立したリファニアの”言葉”は習得が容易で日常会話くらいなら、年単位で聞き覚えているうちに話せるようになる。


 ウォータンは、女と一晩過ごした上に朝食付で銅貨十二枚で交渉したから、好みの女はどんな女か教えろとトルルに言った。そして、女を抱くのは最後になるかもしれないから遠慮するなとも言った。


 トルルは持ち金では、酒代と食事代を出せば足りないからと言うと、ウォータンは、笑いながら酒代と食事は奢ってやると言った。そして、トルルに女を買う金だけは自分で出さないと男ではないとも言い添えた。


 トルルは恐縮して可愛い子がいいですと小さな声で言った。


 ウォータンが、亭主にトルルが知らないリファニアの”言葉”でそのことを伝えると亭主は大笑いをした。


 トルルとウォータンは、店の二階の別々の部屋に案内された。部屋は狭く、ベットが部屋の半ば以上を占めていた。上を見上げると天井はなく藁葺きの屋根が見えていた。


 しばらくすると、ドアがそっと開いて女が入ってきた。赤毛がかった金髪の女はまだ十代半ばというような感じだった。

 リファニアでも同じだが、ヘロタイニアでも十代半ばの女性は性交が可能というのが常識である。


 トルルも婚約者のリャシカと、おたがい十八(数えなので満年齢では十七)の時に初めて性交をした。トルルの村では婚約者同士であれば妊娠させても誰もおかしいとは言わない。


 付け加えておくと、トルルの住む地域は性にはあまり五月蝿くなく、男性が十六七になると、大麦の袋などの多少の教授料を持っていけば、村の寡婦が最初の相手をしてくれる。トルルも、ある寡婦の世話になった口である。


 農村では娘でも貴重な労働力なので二十歳をいくらか過ぎて、男が相応の結納を持ってこないと娘の両親は結婚を許さない。娘が結婚しないで、子が出来た方が労働力が増えたと喜ぶ親もいる。


 実はトルルと婚約者のリャシカの間にも男の子が一人いる。ようやく、リャシカしか子供のいないリャシカの親が、その男の子を自分達の養子にすることで結婚を認めてくれた。


 トルルは本来なら今頃は故郷に帰ってリャシカと婚礼をして正式の夫婦になっているはずである。それが、異郷の地で女を買っているという自分を後ろめたく感じた。

 しかし、トルルの父親が処刑され、家族は奴隷となったとなると、リャシカと結婚することなど夢の話になってしまった。


 そんなことが、トルルの頭の隅を横切っていると、女がベットに座っているトルルの横に座った。痩せた小柄な女だった。


 トルルは村では中程度からやや上の方の暮らしでだが、トルルより経済的に下層の村の家の娘は毎年何人か女衒ぜげんが連れて行く。

 一度、金で身を売った女はリファニアとは異なりヘロタイニア地域では穢れた存在だとされる。


 だから、女衒に買われていった女は二度と故郷の村に戻ってくることはない。噂では半数以上の女がアサルデ人に売られるということだった。

 トルルは目の前の少女と言っていい女もそうして売られてきた農家の女なのだろうと思った。


 女は突然、トルルを抱きしめると口づけをした。女の舌がトルルの口の中を動き回った。


 トルルも二十歳になったばかりの男である。その夜は、二度続けて女を抱くと、少し寝てから、もう一度、女を抱いた。トルルは三度目に果ててから、自分のことをトルルだと名乗った。


 女はマエルと名乗った。年を聞いたがなかなか通じなかった。それでも、女は十七だと言った。さらに、女は手振りも交えて、これから遠くに稼ぎに行くのだと言った。


 翌日、トルルが起きるとマエルは髪の毛を整えながら子守歌のような歌を口ずさんでいた。トルルは、女郎屋を兼業しているような感じの酒屋で朝食を食べてから、いい女にあたって上機嫌の古参水夫ウォータンと”ジャジーネ号”号に戻った。


 昨日、トルルが上陸するときに羨ましそうにしていた、トルルと同じく強制的に乗船さされた二人の男が、トルルと入れ替わりに数名の水夫と上陸して行った。

 フレドリド船長は、トルルが問題なく戻ってきたことと、ここまで遠方に来たら逃げることはないだろうという判断をしたためである。


 その日から、新たな荷の積み込みが始まった。


 トルルは経験を買われて、ボートに荷を積んで”ジャジーネ号”まで、艪を漕いで運ぶ仕事を言いつかった。


 トルルは三日目に最後の荷を積んだ。そして、その荷はまったく想像していなかった荷だった。


 フレドリド船長から波止場の先端で、荷が待っているから運んでこいとトルルは言われてボートを艪で漕ぎながら波止場の先端に近づくが、そこには荷など無く、数人の人影があるだけだった。


 波止場の先端に近づくと、年配の二人の兵士と、毛皮に身を包んだ中年の男がトルルを呼び寄せた。

 波止場にトルルがボートをつけると、毛皮の男は「荷物を持って逃げずに船に届けろ」と軽口で言った。


 トルルは「荷はどこですか」と聞きくと、毛皮の男は「お前達、ボートに乗れ」と後ろの方にいた四人を波止場の端に押し出した。


 トルルは目を疑った。四人は若い女性だった。そして、その内の一人はトルルが買った商売女のマエルだった。


 女達は、トルルが手を取ってボートに乗せた。どの女も一言もしゃべらない。トルルがボートを漕ぎ出すと、女達はずっとタナステンの街の方を見ていた。


 トルルはマエルに「トルルだ。憶えているか」と声をかけると、マエルは少しばかり微笑んで首を縦に振った。


 女達とその僅かな手荷物を乗せたボートが”ジャジーネ号”号に近づくと、船べりには船員達が張り付くようにしていた。”ジャジーネ号”号から縄ばしごが降ろされると、女達は怖々と船に乗り込んでいった。


 トルルが船に戻り、ボートが収容されると、フレドリド船長は、四人の女を横に置いて、全乗組員を甲板に集めた。

 フレドリド船長は、女達はイースのヘロタイニア軍の隊長格に届ける女であることを話すと、女に手を出すものは海に叩き込むと言った。


 乗組員達は不承不承解散した。  

 

 新たな食糧と水を搭載した”ジャジーネ号”は、四人の女達を乗せてからすぐに、さらに北を目指してタナステンを出港した。

 


挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)

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