六 臨時水夫トルルの戦い ①
トルルは現在のフランスでいうノルマンディー地方、リファニア世界でいえばヘロタイニアのデリャング部族領の若い農夫である。二十になったトルルは来春の農繁期の前に幼馴染みのリャシカと結婚が決まっていた。
トルルは、自分の顔には不満はなかったが、鳶色の目と髪には多少劣等感があった。
ヘロタイニア人の間では、髪と目の色は薄い方が異性にもてるし、ヘロタイニア人の美徳を現しているとされる。
といって、プラチナブロンドの者が最ももてるかというとそうでもないのが人間の難しいところである。
容姿の基準など主観的なものであるのが、婚約者のリャシカが見事なブロンドと青みがかった灰色の目を持っていることにトルルは羨望と嫉妬を感じていた。そして、そのリャシカが婚約者であることが誇らしくもあった。
トルルの家は自営農であった。まだ、働ける父親にトルルの弟がいて労働力に余力があったので領主である千人長から請け負った小作地も耕していた。
また、トルルの村は千人長から近くの川で漁をする権利を与えられていたので、トルルも農閑期には小舟で川に出ては網で、そこそこの魚を水揚げしては、近くの街の市場で売っていた。
豊かとは言えないが、トルルはヘロタイニア人農夫の中では、働いてさえいれば食べることはそう心配しないでいい幸せな部類の農夫だった。
その年は、春になると遠い海の彼方の島に千人長の家臣達が、千人長の弟でもある百人隊長に率いられて出征するということで、臨時の年貢の徴収があった。臨時と言っても年貢の先払いと、千人長の直営農地での賦役である。
ただ、直営農地の農民は、千人長の下人という立場で、出征のおりには兵士として動員される。
そのために、出征中は領地の農民に賦役が課される。滅多に無いことだが大規模な戦いや、領地に敵が迫った場合は領民も兵士として動員される。これは、ヘロタイニア地域の社会ではそう珍しいことではない。
ところが、この年は更に、ファレスリーの港湾での荷役作業という賦役が加わった。一村について十人という割り当てで、ファレスリーまでの食糧は自弁だが、ファレスリーでは食事と宿舎を提供してくれるという話だった。
トルルの村では抽選でこの十人を決めることになった。そして、トルルはこの抽選に当たった。
トルルは抽選に当たってファレスリーに行くことになってもそう落ち込んではいなかった。むしろ、ファレスリーという一生に一度も行くことのない街に行けることの方が嬉しかった。
また、トルルがいない間は、村が共同でトルルの家の農地の世話をしてくれるので、年老いた父親にかえって楽をさせることができると思った。
そして、トルルは荷役作業とは荷車で荷を運んだりする仕事だと聞いていたので、つらい農作業よりも楽ができるのではないかとさえ思っていた。
村を出発するときは、村の神殿の神官が見送りにやってきた。初老の神官は、いつものように笑顔でトルル達が見えなくなるまで手を振っていた。
トルルは、その神官が好きだった。子供の頃から、神殿を訪ねるといつも菓子をくれたり、いっしょに遊んでくれた。
元来、ヘロタイニア地域のロメオル教の神官は気難しい者が多いという。また、信仰には熱心だが信者ではなく、組織の上層部ばかりを見ていると庶民の間では言われていた。
しかし、トルルの村の神官は出世して、田舎の神殿から出るような歳になってもトルルの村の神官のままだった。トルルの村の神官は出世できなかったが、トルルを含めて村の者から信頼されていた。
トルルを入れた十人の村人は、千人長が集めた他の村の農民とともに、千人長の家臣であり、トルルの村を担当している役人でもある顔見知った監督官に率いられて一週間の道のりでファレスリーについた。
トルルは生まれて初めて見る港湾に目を見張った。そして、故郷の村に近くにある街の数倍の大きさのファレスリーの街にも驚いた。
トルル達の宿舎は港湾に面した倉庫を改造したものだった。
到着した日は、宿舎に案内され寝場所があてがわれた後で約束通りに食事がでた。トルルは、宿舎で生まれて初めて二段ベットを見た。そして、食堂では百人以上といっしょに食事を食べるという経験もした。
初日は、それで終わったが翌日からは荷役作業が始まった。トルル達の仕事は、倉庫から荷を馬に挽かせた荷馬車に積み込み、その荷馬車を埠頭に届けるという仕事だった。
埠頭にはアサルデ人の奴隷がおり、荷馬車の荷を船に積み込んだ。アサルデ人どころか、奴隷というものをトルルは初めて見た。
最初は、浅黒いアサルデ人を一日中、帽子も被らずに働いているので、えらく日に焼けているのだと思っていたほどだった。
また、アサルデ人の奴隷は艀に荷を積み込んで、埠頭が一杯なために沖合に投錨している船にも荷を積み込んでいた。
仕事はトルルが考えていたのと大体同様で、倉庫から荷を運び出すのが重労働なだけだった。荷車が埠頭ついても艀がもどってきていなければ一休みである。
食事も、ライ麦パンにスープ、そして、魚が必ず出た。内陸からきた賦役者は、たまには、乳製品が食べたいと言っていたが、川魚を食べ慣れているトルルは、海の魚の方が美味しく感じられて不満はなかった。
一週間ほどたった頃、トルルは村の仲間達と荷役を差配する役人に呼び出された。
何か、不始末でもして叱責されるかと恐る恐る役人の前に行くと、船を操れるかと聞かれた。
トルル達が川で漁をするので、小舟なら操れると言ったところ翌日から艀の船頭に配置換えになった。
トルル以外の村の者は比較的大きな艀が割り当てられたが、トルルは川で使っていた小舟の二倍ほどの小さな艀を一人で任されることになった。
艀は荷車一台分ほどの荷を積んで、二人のアサルデ人奴隷に漕がせる。トルルも船尾で艪を操って操船した。
艪は史実のヨーロッパ地域にはない推進方法であるが、リファニア世界のヘロタイニア地域では一般的な小舟の推進方法である。
アサルデ人奴隷は簡単なヘロタイニア語がわかり、トルルは右や左だと指示した。
目的の船につくと、船との間に板を渡して奴隷が船に荷を積み込む。トルルは黙ってそれを眺めているだけである。
トルルはよく老人といったよいほどのアサルデ人奴隷を割り当てられた。比較的小柄な老人は苦役が真につらそうだった。トルルは二三度、その老人がほかの艀で監督から鞭打たれているところを見た。
トルルは、しばらして老人を自分の艀に乗せた方がよいと思いついた。これは、老人に同情したためではない。早く荷を船に積み込めば、余計に埠頭と船を往復して仕事が増える。
老人は仕事が遅いので、トルルの仕事も減る算段だった。トルルは少しばかり親しくなった荷役監督に老人を回してくれるように言った。
これは、誰も艀が何回荷を運んだかを数えていないことに気がついたトルルの一寸した機転だった。
荷役監督は他の奴隷と調子をあわせて仕事のできない老人を厄介払いできると思い、この申し出を聞いてくれた。
船へ荷を積むときは、奴隷が動いていさえすれば大概は船員が文句を言うことはなかった。
たまに、早く積み込めと言われた時は、トルルは大仰に奴隷を罵倒して、監督官から持たされていた鞭で船の甲板を叩いて威嚇した。
一週間ほどすると、トルルは老人と片言の会話をするようになった。老人はネファリ(北アフリカ)から来たのではなくリファニア人だと言った。
老人はリファニアでは、ヘロタイニア人の子孫やアサルデ人の子孫がリファニア人としていっしょに暮らしており、奴隷などはいないのだと言った。
奴隷が身近にいない生活をしていたトルルには、奴隷がいないという話よりも肌の色が違う人間が同じリファニア人だということが驚きだった。
トルルは老人から奴隷の食事は、エン麦の粥と野菜の切れ端だけだと聞いたので食事の時に少しばかりライ麦パンを取っておきそれを老人に与えた。いつも、老人はそれを口で何事かつぶやきながら受け取った。
何を言っているのかトルルが老人に聞くと、神々への感謝と、トルルに神々の加護があらんことを祈っていると言った。
ある日、老人がひどくつらそうにしていた。話を聞くと腰が痛いという。トルルは老人に船を漕がさずに荷の横で隠れて寝ていればいいと言った。
そして、船につくと、トルルは奴隷は一人だけなので、自分が手伝うと言って、もう一人の奴隷といっしょにトルルが荷を船に積み込んだ。
二日ほどそうやって老人を労っていると、老人はトルルの手に、ヒモがついて首にかける小さなメダルと、木の実で作った手製の数珠を渡した。
老人は「そのメダルは災厄を防いでくれる。困った時は出して拝みなさい。ただし、他のヘロタイニア人に見せててはいけない」と言い足した。
次の日、トルルが埠頭に行くと、アサルデ人の奴隷は一人も来ていなかった。
村からトルル達をファレスリーに連れてきた監督官はトルル達を集めると、アサルデ人奴隷は、アサルデからの穀物の対価かわりにアサルデに帰ったとだけ説明した。そして、今日から船への荷の積み込みもしてもらうと言う。
一斉に不満の声が上がる。横にいた役人が「荷の積み込みを行う者は日に銅貨五枚を支払う」と言った。
日雇いが銅貨十枚というのが相場である。トルル達は宿舎と食事が提供されているのでそう悪い金額ではない。
誰もが黙っていると、役人が働けと大声を出した。それを、合図に荷役作業が始まった。
その日からトルル達は、船へ荷を積み込む作業も始めた。トルル達のような賦役者とアサルデ人奴隷はほぼ同数いた。
その半分のアサルデ人奴隷がいなくなっても、積み込む量が半分にはならなかった。トルルの目算で六割から七割というところだった。
このことは他の賦役者も気がついて「アサルデ人は怠け者だ」「オレ達のほうがずっと力がある。あいつらは虫けらだ」といったようなアサルデ人を罵倒する言葉があちらこちらで聞かれた。
トルルは、報われない仕事と、給金が出る仕事では力の出し方が違うのだと思っていたが、それは、口に出さずにアサルデ人奴隷を罵る言葉には頷いていた。
トルル達が荷役の仕事をしているうちに、季節は夏から秋、そして、冬になった。ファレスリーの港は海沿いでトルルの住む村より南にあるので寒さが厳しくなく荷役作業も、トルル個人としては順調だった。
賃金の大半は貯金していたが、配船の関係からか二三日ほど続けて荷役作業のない時も多かった。そんな時には、トルルと村の仲間はファレスリーの街に遊びに行った。
最初は田舎者で戸惑ったりぼったくられることもあったが、何軒もある酒屋で酒を飲み、村では食べたことのない海産物を食べた。そして、何度か女を買った。
トルルが遊びに使うために用意した金では、何人も子供を産んだような三十代から四十代というような母親と同年配の女しか買えなかった。
性におおらかなリファニアと違ってヘロタイニア地域では売春行為を行う女、特に売春で生活する商売女は罪ある女として蔑まれる。
トルルが買っていた女は、寡婦や、時に亭主も子供もいる下層の堅気の女である。
ファレスリーは港町なので、水夫を亭主に持つ女は多い。しかし、中世段階で、船の耐久性にリファニア以上に問題のあるヘロタイニア地域では、船乗りは危険な職業である。
統計はないが、一般に船乗りと結婚した女の四人に一人は十年以内に寡婦になるとさえ言われていた。
それでも、生きていれば他の男よりは実入りがいいので、覚悟して船乗りといっしょになりたがる女は多い。
貧しい者にとっては、十年先の心配より明日の糧が大事である。
実入りがよくとも亭主が死ねば、もちろん、海難保健や労災があるけではないので、たちまち残された家族は貧窮する。そのために、身を売る寡婦が多い。
その他に、不安定な日銭だけが頼りの下層住民も多いので亭主がいても身を売る女も結構いる。
ただ、身だけを売れば売春婦のレッテルを貼られるので、港町のファレスリーでは船員や行商人相手に、別のモノを買ってくれたお礼だという口実で女は身を売り家計を支えようとする。
お礼なら、女に亭主がいて騒ぎ立てない限りは売春と見なされないからである。
この形ばかりの売る品物の代表は藁人形である。日本の感覚なら縁起が悪いにもほどがるが、ヘロタイニア地域では、藁人形は貧しい子供の玩具である。
その手の女のたむろする場所にいくと、「藁人形はいらないかい」と何人もの女が近寄ってくる。
女が気に入れば、そこで値段を聞いて、負けろというと、負けることはできないが買ってくれたらお礼をすると女が言う。また、値段の交渉を繰り返して、双方が折り合って交渉成立である。
大抵は銅貨二枚から三枚で交渉成立なので、日に銅貨五枚を稼ぐトルルのような賦役者なら、余程の女好きで節操がないような男でなければ稼いだ金を女遊びに使い切ってしまうことなどない。
大概は荒屋のような女の部屋で、子供を追い出して行為をする。時には路地の奥ですり切れた毛布をひいて行うこともあった。
トルルの青春はいささかすさんだような雰囲気もあるが、村では謳歌できない自由な生活をファレスリーの街で送っていた。
トルル達の賦役の期間は年が改まった三月半ばまでだった。交代の賦役者の到着が遅れたので予定より十日ほど多く仕事をしなければならなかったが、賃金は日に銅貨六枚ということで留め置かれた。
ようやく、故郷に帰れる前日、トルル達は一杯やるのと土産を買うためにファレスリーの街に繰り出した。
また、ファレスリーで最後の夜であるから、ちょっとこましな女を買って見ようという話が仲間内で出ていた。
本格的な女郎屋があるのは街の西の外れである。トルル達は徒党を組んで、その場所に行った。
以前、ひやかしに来た時は、大勢の女が店の前に並んで客引きをしていたが、どういったわけか、女は一人も通りにいなかった。
女郎屋の前で手持ちぶさたにしている客引きの男に聞いて見ると、昨日、南の方からきた軍勢が三百人ばかりで繰り出してきて、どの女も手一杯になっているということだった。
トルルは少しがっかりしたが、故郷に帰れば数ヶ月ぶりで婚約者のリャシカと会えることを思えば、今日、女に使うつもりだった金で、リャシカに土産を買おうと頭を切り換えた。
トルルがぼんやりそんなことを考えていると、店から背の高い中年の男が出て来た。服装から貴族かもしれないなとトルルは思い、頭を下げて男の進路をあわてて開けた。男は何も言わずにトルルの横を通り過ぎた。
男はトルル位置からから二三歩進むと、トルルの方を振り返って「港湾の賦役者か」と聞いた。
トルルは、賦役者であるが、明日、故郷に帰ることを男に伝えると、男は「期限より長くなってすまなかった」と、優しげな口調で言った。
その時、着飾った女が、店から転がるように出て来た。女は「マルニド様、明日もきてください」と男の手をさすりながら言った。男は微笑むと何も言わずに去って行った。
女は大層な美人だった。トルルは思わず、貴婦人に対するように頭を下げた。
女が店の中に入ってしまうと、トルルは仲間から娼婦に頭を下げる男がいるかとからかわれた。
しかたなしに、一同は自然に解散になった。そこで、トルルは年が近いので親しい二人と酒屋に入った。
懐が温かいので、トルル達は上手いモノをたらふく食って、ヘロタイニアでは一般的なジンのご先祖様のような火酒で何杯も乾杯を重ねた。
一刻ほどして宿舎に戻ろうとした時に、荷役監督が店に入ってきた。荷役監督は見慣れない男といっしょだった。
監督はトルル達の姿を見ると声をかけてきて、別れの宴だから相席しようと言った。
顔を見合わせているトルル達に監督は、これからの飲み食いは奢りだと言った。そこまで、言われてはトルル達は断れなかった。
監督に同行していた粋な服装の男は水軍の十人隊長だと名乗った。トルルが服装から船乗りさんには見えないと言うと、男はファレスリーの港で水軍のために働いているのだと言った。
あまり話をしないうちに、トルルが飲んだことのないような強い酒が次から次にと出て来た。
十人隊長の話ではアサルデ人の酒で、トルルが知らない果実であるナツメヤシから作った酒をさらに蒸留したものだった。その甘美な味のする酒をトルル達はすすめられるままに飲んだ。
何杯かの酒を飲んだ時に、十人隊長が羊皮紙を取り出して何事か言っているところでトルルの意識はとんだ。
トルルの意識が戻ったのは翌朝だった。
二日酔いの鈍い頭痛がする中でトルルは藁のベットに寝ていた。トルル達が宿舎にしていた倉庫と同じような感じの広い部屋だった。
そこには、トルルが寝ているような藁のベットは幾つもあり青ざめた顔でベットに座っている男や、まだ、寝ている男などで三十人以上の男がいた。
その中にはトルルの仲間もいた。トルルが声をかけようとするとドアが開いた。
部屋に数人の男が入って来た。さらに、完全武装の兵士が五名入って来る。トルルは男の一人が昨夜の水軍の十人隊長だと言った男だと気がついた。
田舎者のトルルでもはめられたことがわかった。それでも、なんとこの場を逃れたくて、十人隊長に向かった歩き出したとき、部屋にトルル達を村から連れてきた監督官の顔が見えた。
トルルは安堵した。下っ端だが役人である監督官が領民である自分をこの窮地を救ってくれるに違いないと思った。
この監督官は顔見知りで、なにかとトルルの村のためには骨を折ってれていた。そのような監督官にトルル達は藁にもすがる思いで期待したのだ。
ところが、トルル達三人の領民を呼び寄せた監督官は、水軍と三年奉公の契約書が取り交わされておりこれを覆すのは無理だと告げた。
窮余の策として今年中だけの契約に短縮してもらったことと、一日銅貨二枚の給与が出ること、トルル達に支払われた荷役の給金は、契約終了後に水軍が責任をもって給与とともに返却するという約束を取り付けたと監督官は言った。
トルル達はあわてて財布を捜す。財布はあったが中身は何も入っていなかった。
頭が真っ白になったトルルは監督官に、村で待っている両親と許嫁にこの事態を知らせて、自分の帰還を待っているように言って欲しいと頼むのが精一杯だった。
監督官は、小さな羊皮紙をトルルと仲間にそれぞれ渡した。監督官は、羊皮紙は水軍が預かっているトルル達の金の預かり証なので身につけて無くさないようにと言ってから部屋を出て行った。
毎日、一人か二人ほど部屋の中の男達が連れ出された。乗る船が決まった男である。部屋の男達の食事を届ける兵士の話では、後になるほど軍船への乗船になる確率が高まって商船に乗せられるよりずっと助かる見込みがあるということだった。
トルル達は無敵ヘロタイニア水軍を素朴に信じているだけに、早くに連れ出せれる男達を同情の目で見送った。
四日目に、例の十人隊長がやってきてトルルと同じ村の男のうち一人を連れて行くから誰がいくか決めろと言った。トルル達はベットの藁でクジを作った。
トルルはくじ運だけには自信があった。
行くことになったのはトルルだった。トルルは屠所にひかれていく羊のような気分で十人隊長と部屋を出た。
トルルの、くじ運はこれ以上ないほどによかった。
先に商船に乗った者はリファニア水軍の襲撃や海難事故でほとんどの者は海の藻屑になった。
そして、この夜、リファニア軍船の襲撃があり、港に近い倉庫に閉じ込められていた男達は鍵のかかった部屋で一人残らず焼死した。
この後、数奇な運命を辿ることになるトルルが、そのことを知るのはかなりの年数が経ってからであった。