十二フネルラル湾海戦 中
上陸部隊を乗船させた艦隊の苦境にヘロタイニア主力艦隊が気がついたのは、リファニアの輸送船団を湾頭方面に追跡して三リーグばかり進んだ地点だった。
旗艦”ガデレ(牡牛)号”とその他の軍船は慌てて回頭して上陸部隊を乗せた艦隊の方に行こうとするが、操船の困難さと練度不足は否めずリファニア王立水軍のように一斉回頭などできない。
旋回半径がそれぞれの船で大幅に違うので、ゆっくり回頭しながら僚船の動きを見て衝突を避けなければならない。
それでも、三隻が衝角で味方船の船体を傷つけ、四隻が側舷をかなりの衝撃でぶつけ合った。
ようやく、全艦が回頭を終える頃には、リファニア艦隊が二度目の上陸艦隊への突入を終えていた。
リファニア艦隊は、一時的にリファニア王立水軍の麾下に入った軍船を含めて九十六隻、そのうち大型船は五十八隻、ヘロタイニア艦隊は八十隻、そのうちリファニアの大型船並みの軍船は新造船を中心に十七隻である。
リファニア艦隊の全貌を見たファナシエヴ水軍長は驚愕した。ファナシエヴ水軍長がリファニア艦隊の本拠地を襲撃する作戦に出たのは相手が三十隻前後という情報が最大の拠り所であった。
相手の五倍近い軍船を揃えて、二隻が沈めらる間に一隻を仕留めることが出来るだろうという覚悟だった。
それが、相手の方が数に勝り、大型船では三倍近い差をつけられている。「敵船、百、大型船はその半分」と頭上の帆柱の上から報告してくる見張り員の言葉にもファナシエヴ水軍長は、ワケのわからない腹立たしさを感じた。
ともかくも、ファナシエヴ水軍長は自分が相手の罠に飛び込んでしまったことは理解した。
ファナシエヴ水軍長は「強行突破、湾外に脱出する」と命令を出した。今は、後先のことではなく虎口を逃れることが優先される。
「バラバラに逃げましょう。その方が助かる艦が増えます」副官が悲壮な声で進言した。ファナシエヴ水軍長は、冷静に敵船より自軍の船が多少多いことを見て取っていた。副官の言うようにバラバラに逃げた方が得策かもしれないと迷っていた。
「湾の奥から霧が迫ってきます」
頭上で見張りの水兵が叫ぶ。
副官が「神の助けだ」と唱和するように言った。
不運続きだったヘロタイニア艦隊に初めて自然現象が味方したとファナシエヴ水軍長は思った。そして、副官が言うように神が与えてくれたのであろう霧に感謝した。
この霧は比較的表層が暖かい内湾のフネルラル湾に、湾の奥から吹いてくる冷たい風が接触してできるものだった。
「一旦、湾の奥に逃げる。後進」ファナシエヴ水軍長が言う。
帆船が後進とは現実の世界では奇妙なことであるが、リファニア世界の軍用帆船の多くは櫂が装備されている。いつもの漕ぐ方向を逆にして櫂を操作して後進するのである。
海戦では衝角攻撃を行うリファニア世界では、敵船に食い込んだ衝角を抜くために行う戦技でもある。
この判断は、賛否が分かれる。
損害に構わずに一気に、フネルラル湾を脱出すればリファニア艦隊にも多少に損害が出て隊形も乱れただろう。その機に乗してヘロタイニア艦隊の半分以上の艦艇は逃げられただろう。
しかし、すでに艦隊の四割を失い、さらに残りの半分を失ってはイースにおけるヘロタイニア艦隊が存在する意味は失われる。
下手をすればカフ島に閉じ込められ食糧不足で戦力を喪失する。そのままヘロタイニアに逃げ帰る手もあるがイースの友軍を見捨てた咎でファナシエヴ水軍長以下主だった者は処刑されるの恐れがあった。それでも、水兵の命は救えるかもしれない。
霧を頼りにフネルラル湾に逼塞して出来るだけ多くの艦艇を脱出させる策を練るのも一気に脱出するのと結果は同じかもしれない。ただ、秩序だった陣形を組んで敵の裏をかけれられるかも知れないという希望がある。
しかし、リファニア艦隊も当初は陣形が乱れていた。敵に時間を与えればリファニア艦隊も策を練って陣形を整えてしまう。
ファナシエヴ水軍長は咄嗟の判断で後者を選んだ。
霧の中の睨み合いが始まった。
ファナシエヴ水軍長の考える最善手は、できるだけ損害を出さずにフネルラル湾を脱出してカフ島の基地にもどって、リファニア艦隊に好き勝手をさせない戦力を保持することである。
反対にヨンオロフド提督は、ヘロタイニア艦隊の無力化である。一隻残らずは難しいが、少なくとも半数以上のヘロタイニア軍船の破壊もしくは捕獲を狙っていた。
濃い霧の中にいては、敵を見落とす心配があるので、ヨンオロフド提督はフネルラル湾の入り口付近に艦隊を移動させた。
フネルラル湾の霧は湾口の水温の低い海域で消滅する。ヨンオロフド提督は視界の利く湾口で相手が出てくるのを待つことにした。
そして、膠着状態になったのでヨンオロフド提督は各船の兵員に食事を摂る命令を下した。そして、交代で睡眠を含む休息を許可した。
実はヘロタイニア艦隊が予想よりやや早くフネルラル湾に接近したために、リファニア艦隊の兵員は朝食を食べ損ねていた。
霧の中と外で相手が見えないまま時間は過ぎていく。しかし、ヨンオロフド提督は何も手を打っていなかったワケではない。
数隻のボートを霧の中に偵察に出していた。そして、用意周到にボートには、ヘロタイニア語のできる兵と二人の巫術師を乗せていた。
ボートでヘロタイニア軍船に近づいて発見されると、「巡視だ。かわったことはないか」と言って誤魔化した。
敵船の様子がわかってきた。かなり密集して不定型ながらV字のような隊形を取って強行突破をはかるつもりのようだった。相手の様子がわかるとヨンオロフド提督は再び数隻の巫術師を乗せたボートを派遣した。
ボートに乗った二人の巫術のうち一人は、霧の中におぼろに見えるヘロタイニア軍船に”雷”を浴びせかけた。
数隻ほどは”屋根”がかかっていなかったらしく、”雷”の直撃を受けた。直撃を受けた周囲の軍船からは、あわてて反撃の”雷”が発動されるがボートの巫術師の一人は”屋根”専門なので効果がない。
リファニア世界では、ボートに一人の巫術師が乗れば、巫術師の乗っていない大型船を打ち負かすことができる。
それでも、”雷”の攻撃を受けたボートは霧の中に姿を隠す。しばらく、平穏な状態が続いたかと思うとボートが姿を現して”雷”を浴びせかけてくる。
そのため、ヘロタイニア軍船の巫術師は、常時、”屋根”をかけつづけなくてはならなかった。
反対に、巫術師の人数に余裕のあるリファニア艦隊は、適度に巫術師を交代させて嫌がらせの”雷”を放った。
数時間、このような状況が続いた。どちらにも、損害はないが、ヘロタイニア艦隊の巫術師は軍船全体を覆う”屋根”をかけ続けるために体力が消耗していった。
また、攻撃に晒され続けるヘロタイニア艦隊の水兵達も戦闘準備の状態におかれたまま食事さえ摂ることが出来ずに疲労が蓄積していた。
正午に近い時間、潮が満ちてくると湾外の冷たい海水が湾内に入りだした。すると、湾の奥から吹いてくる冷たい風との温度差がなくなり霧が急に薄くなった。
ヘロタイニア艦隊の命懸けの突進が始まった。
意外にも、旗艦”ガデレ(牡牛)号”先頭にしてV字型に隊形を組んで突進してくるヘロタイニア艦隊の避けるように、横陣の隊形になっていたリファニア艦隊の中央が左右に移動して穴を開ける。そこから、ヘロタイニア艦隊が湾外に逃れる。
これは、決死の覚悟で突っ込んでくるヘロタイニア艦隊とまともにぶつかるのは味方の損害が多くなるというヨンオロフド提督の判断によるものだった。
一旦、相手の決死の覚悟が消えて、生への執着が生まれてから相手をしようという考えである。
決死の心持ちでは兵士は死兵となり戦いへの恐怖心が消えて手がつけられない。しかし、生への執着が生じると死への恐れが兵士の心を苛むからである。
湾外に出たヘロタイニア艦隊に対してリファニア艦隊はすぐさま追跡にかかる。
この日の海戦は”フネルラル湾海戦”という呼称だが、正確には”フネルラル湾から始まった海戦”とでも呼称すべきものだった。
リファニア艦隊は、巫術師が”雷”を行える距離以上は離させないようにねヘロタイニア艦隊についていく。
ヘロタイニア艦隊の軍船に乗船している巫術師は基本二人である。一人しか乗船していない軍船もあった。
これに対してリファニア艦隊では最低でも三人、半数以上の船で四人の巫術師ないし”送風術”専門の巫術師モドキが乗船している。
ヘロタイニア軍船の巫術師は、一人は”屋根”をかけ続けて”雷”を防がなければならない。帆走に回せるのは一人だけになる。
これに対して、四人の巫術が乗船しているリファニア軍船は、ヘロタイニア艦隊に接近して、一人が”雷”、一人が”屋根”、あとの二人で切れ目無く帆に風を送り続けた。
リファニア軍船で、三人の巫術師が乗船した軍船は、ヘロタイニア艦隊からの”雷”の射程外に出て、三人の巫術師が余裕を持って帆に風を送った。
ヘロタイニア艦隊では、一人の巫術師が途切れ途切れに風を送るだけなので帆走だけではリファニア艦隊に追いつかれてしまう。そのために櫂走も続けていた。また、一人しか巫術師のいない軍船は櫂走だけで航行するしかなかった。
櫂走は長時間使用するときはかなり力を加減しなければならない。この時のヘロタイニア艦隊には余裕がなかった。どの軍船も手が折れよとばかりに漕ぎ続けた。
各軍船自体の能力、乗っている人間の能力、このいずれにも差がある。四半刻ほどするとヘロタイニア艦隊からしだいに落後する軍船が出始めた。
ヨンオロフド提督は、これを待っていた。
旗旒信号が旗艦”ミナゲゼル号”に掲げられる。すぐさま、リファニア艦隊も帆走に加えて櫂走を開始する。
落後したヘロタイニア軍船はたちまち数隻のリファニア軍船に取り囲まれる。リファニア軍船は、甲板に固定した大型の弩から帆を切り裂く特殊な形の大型の矢を打ち込む。
さらに、軍船用の投石機で石の弾丸を撃ち込む。初期の大砲から打ち出された弾丸と比べても投石機からの弾丸の初速は比べものにならないほど遅いが帆に当たれば大きな穴を開ける。
船体に当たればその部分が凹むほどの損傷を与えられる。そして、人間に当たればその人間はひとたまりもない。
投石機からの攻撃が始まれば上甲板の兵員は相手船からいつ弾丸が飛んでくるのかと目を離せなくなる。
なまじ、飛んでくる弾丸が目で見えるので避けられるからである。当然、操船がおろそかになった。
ぐっと速度の落ちたヘロタイニア軍船に後ろから衝角攻撃のためにリファニア軍船が接近する。
リファニア王立水軍は、常時、戦技向上のために種々の実験が行われている。主要な戦法である衝角攻撃については、自船が損害を被らないためには斜め前方向から相手船の船尾を狙ってすぐさま離脱する方法が奨励されている。ヨンオロフド提督はあらためてこの攻撃方法を徹底させた。
敵船の真横から突っ込む方法と比べると一撃では致命傷を与えられないが、敵船は浸水に対応するために多く兵員を取られて戦闘力や操船能力が一気に低下する。操船能力が低下した敵船に再び衝角攻撃をかけることは容易である。
一刻ほどの追撃戦で、落後しだしたヘロタイニア軍船七隻がリファニア艦隊によって葬られた。
追撃戦の最中なので、海に放り出されたヘロタイニア軍船の兵員は味方どころかリファニア艦隊にも救助されずイース近海の冷水の中に放置された。
これを見てヘロタイニア艦隊の兵員達は櫂を漕ぐ手を緩めることができない。
ファナシエヴ水軍長は迷っていた。まだ、根拠地のカフ島までは一日ほどの行程がある。
その間に何隻のものヘロタイニア軍船が食われてしまうだろう。ある程度の隻数に減ってしまえばリファニア艦隊は一斉攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
それならば、戦力が残っているうちにこちらから反撃に出てリファニア艦隊に追撃を諦めさせる方法もある。
この反撃に出る方法が結局は、多くの味方を救うことになるだろうとファナシエヴ水軍長は判断していた。
問題は練度が低い味方艦隊が一斉に反撃に出る艦隊行動ができるのか。また、恐怖から逃げることに必死になっている各軍船の兵員が攻撃に出るほどの気力があるのかということだった。
能力に優れた幾隻かの軍船は、艦隊から離れて我先に逃げようとしていた。
「”送風術”を行う巫術師がへばってきました。交代は随時させていますが、今の速度を保った櫂走もそろそろ限界です」と艦長が深刻な声でファナシエヴ水軍長に告げた。
旗艦はよりすぐりの水夫を配置している。旗艦の状態が限度に来ているということは他船が今の速度を維持することはより逼迫していると考えていい。
「艦長、わたしといっしょに神に会いに行ってくれるか」とファナシエヴ水軍長は少し微笑みながら言った。
神に会いに行くとは死を覚悟した時に言うヘロタイニアの慣用句である。ファナシエヴ水軍長の言葉に、艦長はすぐに「よろこんで」と返事した。
「第三種集合の信号を出せ」ファナシエヴ水軍長は甲板にいる水兵全員に聞こえるような大声を張り上げた。
第三種集合とは、事前の打ち合わせで旗艦が直接指揮する大型艦十七隻を旗艦の周辺に集合させることである。これは有力な敵の隊形を打ち破る時に想定されていた。
徐々に旗艦の周囲に集まりだした大型艦を見てファナシエヴ水軍長は「横陣形」と次の指示を出す。
旗艦を真ん中にして、苦労しながら四半刻ほどかかって大型艦がなんとか横一列に並んだ。
「全艦がこの旗艦ほど練度があれば面白いこともできるのだがな」思ったより隊形を組むのに時間がかかったことでファナシエヴ水軍長は嘆息しながら言った。
「通報艦を呼べ」ファナシエヴ水軍長が気を取り直したように言った。すぐに快速で取り回しのいい通報任務専用の小型艦がやってきた。
「以下のことを全艦に伝えよ。我々が敵艦隊の相手をする。その間に、思い思いの方向へ逃走せよ」ファナシエヴ水軍長は、直接、通報艦に二度同じ事を指示した。通報艦の上甲板にいた者達は全員が泣きそうな顔で手を振った。通報艦はすぐに旗艦から離れて行った。
「第三種信号と”我に続け”を並べてあげろ」
マストに二旒の旗が揚がる。
「ゆっくり回頭」とファナシエヴ水軍長は覚悟ができた人間が発する腹から絞り出すような声で言った。
「古参軍船が後ろに続いています」
古参軍船と言う言い方をヘロタイニア艦隊でもしているが、ファナシエヴ水軍長が前に現役の水軍長を務めていた時に、ヘロタイニア水軍の技術向上のために、教導艦隊として組織したのが古参軍船の艦隊である。
古参軍船はヘロタイニア水軍では例外的に、身分に関係無く下位の貴族階級出身でも腕のいい者を艦長にして、副長は水兵上がりの者を据えていた。水兵も七年以上艦隊勤務をしたものだけで構成されていた。
すなわち、古参軍船とは艦が古参の古い船体ではなく乗員が古参なのである。
この古参軍船の者達は、ファナシエヴ水軍長を心から慕っていた。水軍という技術職を優先しなければならない兵種でありながらヘロタイニアでは、出世は身分門地が優先されていた。
その上、大陸国家のヘロタイニアでは戦士といえば陸兵が花形で水軍は補助的な兵種という見方が強い。
そのために、水軍に入ってくる貴族階級の者は一族でも鼻つまみ者や、小柄や体が弱いために戦場では充分な働きをすることが難しいと思われる者が多かった。
当然ながらヘロタイニア水軍が人的に精強であるわけがなく、指揮官の能力と意識の低さは長年水軍にいて、掌帆長や甲板長といった平民が出世できる最高位の仕事をしている者がなんとか補っていた。彼らこそがヘロタイニア水軍の屋台骨を支えていた。
そのような者に日の目を見させて、優秀な指揮官を与えてくれたファナシエヴ水軍長に古参軍船の乗組員たちは心から感謝していた。
「今更、引き返せと言っても遅いな」ファナシエヴ水軍長は残念そうに言ったが、心のどこかでは嬉しさがあった。
ヘロタイニア艦隊は大型艦十七隻に、二隻は取り回しのいい地中海型帆船を含む古参軍船六隻、併せると二十三隻である。
リファニア艦隊は、ヘロタイニア艦隊の大型艦以上の大きさの二十三隻とヘロタイニアの大型船よりやや小ぶりな二十四隻、併せて四十七隻で構成されていた。
まともに太刀打ちすればヘロタイニア艦隊に勝ち目はない。もとよりファナシエヴ水軍長は勝利ではなく味方が逃げるために、自分達の命を引き替えにした時間稼ぎしか考えていない。
このファナシエヴ水軍長が下した悲壮な決意を下す半刻ほど前に、リファニア艦隊旗艦”ミナゲゼル号”ではちょっとした騒ぎがあった。
「まずいです。衝角の根本に亀裂が出てます。今度、衝角を使えば折れます。相手艦にも損傷を与えられません」艦の状態を点検していた副長が慌てて指揮所に駆け込んできた。
旗艦”ミナゲゼル号”は、早朝の海戦で敵船との位置関係もあって敵船を二つに引き裂くような派手な衝角戦をした後には、自重して斜めから衝角を当てたが、それでも続け様に三隻のヘロタイニア艦に突入した代償かもしれなかった。
衝角がなくとも戦えるが、一撃で相手を葬ることはできない。ここで、”ミナゲゼル号”の乗組員達が衝角にかわる兵器を自分達で急造した。
予備の碇に救命筏の浮力を増すために使用される豚の皮をつかった浮き袋が数個取り付けられた。
この浮き袋を付けた碇にロープをつけて艦から曳航し敵艦の船体に碇をぶつけようという算段である。
この工夫は誰が言い出したかは記録にない。
軍記物のような読み物ではヨンオロフド提督自身が言い出したということになっているが、ヨンオロフド提督は公式な王への報告書で明確に否定している。
水兵の誰かが衝角が使えないと聞いて「碇でもぶつけてやれ」と言い出したのを聞いた士官達が船大工の助言を受けて、本気で碇を敵艦にぶつける工夫をしたというのが真相のようである。
「大型船が回頭を始めました」見張り員が大声で叫ぶ。しかし、言われなくとも誰の目にも敵船の回頭は明らかだった。
「おもしろくなってきた」とヨンオロフド提督は嬉しそうに呟いた。
「相手大型艦は第一戦隊で対応。第二戦隊、第三戦隊は他のヘロタイニア艦を追跡。カフ島沖で再集結。損傷した場合は原則としてバナエルガに帰還せよ」ヨンオロフド提督は意識して言葉をできるだけ明徴に発音した。
リファニア艦隊では元のイース派遣艦隊は第一戦隊、先にイースに到着した救援艦隊を第二戦隊、後から到着した救援艦隊を第三戦隊としていた。
ただ、この内容を信号旗で伝えるのは流石に面倒である。リファニア王立水軍には手旗信号が存在していた。
この手旗信号はリファニア王立海軍の隠された兵器の一つで他の水軍ができないような艦隊や個艦ごとの連携した行動が可能になっていた。
この時送られた信号は日本語にすると「イチ セン テキ ト カッセン、ニ セン、サン セン ツイ、カフ ニ シュ、ソンカン ハ ゲン バナ」となり、初めての者には何を言っているのかわからないが(第一戦隊は敵艦隊と合戦、第二戦隊と第三戦隊は敵艦を追跡、カフ島に集結、損傷艦は原則、バナエルガへ帰還せよ)ということを約束事で略した言葉にしている。
このような略語が使えるのはリファニア文字が、平仮名や片仮名のような表音文字であることも大きい。
ヨンオロフド提督が直接指揮する第一戦隊だけが、ヘロタイニア艦隊に向かっていく。
第二戦隊と第三戦隊は左右に分かれて、向かってくる大型艦からなるヘロタイニア艦隊を避けて、退避中のヘロタイニア艦隊を追いかける。
ファナシエヴ水軍長としては、左右に展開したリファニア艦隊をも足止めしたいところである。
しかし、今更、進路を変えて左右の艦隊を追うような動きをすれば、向かってくるリファニア艦隊に横腹を晒してどうぞ突いてくださいということになりかねないので、味方艦艇を追うリファニア艦隊が多少とも自分達を避けて遠回りをしてくれていることで我慢せざる得なかった。
それに、それが例え自分の生還の機会を減じることだとしても、思惑より多い敵艦隊の半数が自分達に向かってくることは満足すべきことだった。




