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十一フネルラル湾海戦 上

 リファニア水軍の戦略的奇襲攻撃を受けて大きな損害を出したファナシエヴ水軍長が率いるヘロタイニア増援艦隊は、襲撃を受けてから二日後にカフ(現ヘイマエイ)島のヘロタイニア水軍が根拠地としている入り江に入った。


 ファナシエヴ水軍長は、乗せてきた増援の兵士を主力にして、イース沿岸部を水軍の補給を受けさせながら行軍させ、リファニア水軍の根拠地を攻める様子を見せることによってリファニア水軍に決戦を強要するつもりだった。


 ファナシエヴ水軍長はイース派遣軍が食糧不足から衰弱しているとは聞いていたが実際に兵士達の姿を見て唖然とした。そして、自分の計略に暗雲がたちこめたように感じた。


 兵士達も見るからにやせ細り目がどんよりとして動作がひどく緩慢だった。少しばかりでも動くことが大儀な様子で、これではやっと輸送してきた食糧を食べさせてもしばらくは使い物ならない感じだった。


 イース駐屯地のヒューベルスト万人隊長は、見張りしか軍務をしなくていい兵士と、通常の任務を全て行う兵士を分けて後者には四割増しの食糧を与えていた。

 全ての兵士が使い物にならないようにするためのヒューベルスト万人隊長の策だった。このため、やせ細ってはいるがなんとか使えそうな兵士は三千人ほどいた。


 しかし、すぐに使い物になるはずの二千五百の増援のうち千人は海没してしまった。何より重大なことは、食うや食わずで冬を越してきたイース本土のヌ=ヘロタイニアと名付けられた駐屯地にいる一万のヘロタイニア兵士への待望の救援物資の過半を失ったことである。


 問題は無事に運べた食糧とイースに残っていた食糧を併せて、イースにいる兵士、水夫などを一ヶ月ほどしか養えないことだった。


 これでは悠長に陸路を進撃してリファニア水軍の根拠地を突く作戦は取れない。


 ここで、ファナシエヴ水軍長は極めて投機性の高い作戦をとらざる得なくなった。イースのヘロタイニア艦隊から増援艦隊の全力でリファニア水軍の根拠地を攻撃するのである。


 ファナシエヴ水軍長は、リファニア水軍の襲撃がバルブス王国軍船の通報によるとは知らないので不期遭遇戦ふきそうぐうせんだと信じていた。

 リファニア水軍はカフ島のヘロタイニア艦隊に戦いを挑もうと出撃した時に、増援艦隊の最後尾に偶然遭遇したのだという判断である。


 確かに手痛い損害を受けたが、一番大きな損失はヘロタイニアよりの増援艦隊が到着したことをリファニアに知られてしまったことである。


 ファナシエヴ水軍長はイースのヘロタイニア艦隊で最初にリファニア水軍に挑みかかり、戦機が熟してところで、増援艦隊を投入するつもりだった。

 リファニア水軍はヘロタイニアのイース艦隊だけが敵を全てと信じているので、一気に勝利を掴めると確信していた。


 それでも、ヘロタイニアからの早期の増援艦隊到着は大きなアドバンテージである。


 ヘロタイニア増援艦隊のイース到着はすぐにリファニアに連絡されただろうが、リファニアからどのように急行しても、リファニアからの艦隊がイースに到着するのは一ヶ月はかかるだろうとファナシエヴ水軍長は見ていた。


 しかし、バルブス王国からの報告でヘロタイニア増援艦隊のイース接近を知っているリファニア王立水軍の三十隻の艦隊は、この時にイースから三日行程の場所にあり、さらに五日行程の場所には二十隻の艦隊があった。


 リファニア艦隊の襲撃においてもファナシエヴ水軍長は、敵戦力に関して大きな誤った判断を犯していた。


 ファナシエヴ水軍長はリファニア艦隊は全力で、カフ島を周辺のヘロタイニア軍船を襲おうとしたと思っていた。

 目撃されていたリファニア軍船は四十隻ほどである。実はこの内、十隻ほどは軽武装で艦隊決戦では戦力になりにくい快速船を軍船と誤認していた。


 四十隻とは予想されるリファニア王立水軍のイース艦隊の数よりやや少ないが、冬の封鎖作戦で損傷した軍船もあるだろうから、それがイースのリファニア王立水軍の全戦力に近いと思っても不思議ではない。


 また、一方的な敗北であった、リファニア艦隊の襲撃において複数の軍船から敵に重大な損害を与えたという戦果報告があった。

 特に、海没した四隻の大型軍船の生存者からの敵艦七隻以上に当面は戦闘ができないほどの損害を与えたという報告が信じられていた。


 これは、味方と誤認した商船から突然の”雷”で戦闘不能にされ、一方的な戦いなったことで処罰を恐れた者達の希望的な報告である。特に生き残った唯一の艦長が騙されたことを憚って、それを報告しなかった。


 そして、常識的な判断をするファナシエヴ水軍長は、相手が数に勝っていたとはいえ完全武装の大型軍船四隻が敵に何の損害を与えずに沈没することなどないとして、敵軍船が七隻は過大な報告だとしても複数の軍船が戦闘不能になっていると信じていた。


 これらの判断材からファナシエヴ水軍長は、イースのリファニア艦隊では戦闘可能な軍船は三十隻を多く越えないと判断した。


 それに比べて大きさでは、多くの軍船がリファニアより劣るとはいえ百三十隻をヘロタイニア艦隊は持っている。その内、新造軍船十四隻はリファニアの大型船に匹敵する大きさがある。


 リファニアからの増援到着による敵戦力増大と、現在のリファニア側の戦力が少ないという判断から、今すぐに全艦隊によるリファニア水軍の本拠地攻撃という選択をファナシエヴ水軍長はした。    


 悠長な陸路の進撃はできないので軍船に兵士を乗せてリファニア水軍根拠地のすぐ近くに揚陸する。

 それを阻止しようと、リファニア水軍は劣勢でも戦いに応じるか根拠地を捨ててリファニアまで後退するだろうとうファナシエヴ水軍長も目論見である。


 根拠地を奪われればリファニアからの救援艦隊が来航しても不利な状況で戦うことになる。

 そして、ファナシエヴ水軍長は是が非にでもリファニア水軍の根拠地を奪いたいワケがあった。


 ファナシエヴ水軍長の情け深い救助活動で最初に撃破された地中海型軍船の乗組員も幾人かは救助されていた。

 彼らの報告で何艘もの商船が奪われていたことがわかっていたので、その商船が積んできた食糧はリファニア水軍の根拠地にある確率は高い。その食糧を奪回できればしばらくはイースで持ち堪えることが出来るはずである。


 イースでのヘロタイニアの当面の戦争目的は食糧の確保という戦争の最も初期の目的になっていた。


 ファナシエヴ水軍長は、時間を惜しんで六十隻の軍船とイースに留まっていた十七隻の商船に戦力になる四千五百の兵士を乗せた。

これはそれぞれの船の限界を超える人数であるが、航海はおよそ三日から四日ほどあるので、交代で上甲板に露天で寝起きしてしても大丈夫だろうという判断である。


 そして、ファナシエヴ水軍長は、この上陸部隊を乗せた艦隊をマンフレスト千人水軍隊長に率いさせた。


 マンフレスト千人水軍隊長は、イースへの侵攻の初期からイース派遣艦隊の指揮を取っている海将である。

 このマンフレスト千人水軍隊長の指揮のもと、ヘロタイニア艦隊は、冬の間中、なんとか根拠地としたカフ島周辺の制海権を維持してきた。


 マンフレスト千人水軍隊長は、ファナシエヴ水軍長が艦隊の半分を任せるに足りる人材だった。


 ヘロタイニア側は数ヶ月に及ぶリファニア軍、イース軍との対峙でその総兵力は一万と見積もっていた。

 そのうち、ヌ=ヘロタイニアと名付けられた駐屯地周辺を薄く囲み、出撃してくるヘロタイニア軍を妨害するたに五千の兵を配備していると考えていた。


 残りが全て根拠地の守備に当たっているとすると、五千の兵力である。ただ、イース軍は元の人口が少ないので無理をした動員をしており兵の質は悪いと思われた。

 そのこともあり、同数であれば敵を圧倒できるという判断から、増援部隊の生き残り千五百と、なんとか使い物なりそうなイース派遣軍の三千を併せて四千五百の兵士でなんとか相手を圧倒できるだろうという見込みだった。


 実際はイースのリファニア側の陸上兵力はリファニア王立軍と義勇軍併せて二千六百、イース軍が二千五百での合計でようやく五千を上回る数であった。


 ヘロタイニア軍は敵の陸上兵力については過大評価していた。


 反対に、水軍については三十余隻という判断であるが、元から五十隻の軍船がイースに配備されており、さらにリファニアからの救援艦隊の来航により百隻にもなっていた。これは致命的な過小評価である。


 ファナシエヴ水軍長は、経験豊かなヒューベルスト万人隊長に上陸部隊の指揮を取って欲しかったが、弱った兵士ばかりになる駐屯地の保持を考えると、ヒューベルスト万人隊長が駐屯地に残って守備に専念してもらうしかなかった。


 ヌ=ヘロタイニアの駐屯地で兵士を乗せたヘロタイニア艦隊は様子はヌ=ヘロタイニアを監視していた斥候によりすぐさま付近の海域にいたリファニアの監視船に情報がもたらされた。



挿絵(By みてみん)




 監視船がヘロタイニア艦隊の来港をリファニア水軍の根拠地であるバナエルガ(現ブーザルダルウ)にもたらしたのは、ヘロタイニア艦隊が二日行程に迫った時だった。


 この時、すでに三十隻の救援艦隊は到着しており、後発の二十隻の艦隊が根拠地に入港途中だった。


 すぐさま、三つの艦隊の指揮官が善後策を検討する。総指揮官はあらためて、ロセニアル王からヨンオロフド提督とするという勅命があった。

 最高指揮官としてヨンオロフド提督は根拠地バナエルガ近海で、最初に自分の艦隊だけで戦いを挑み作戦的な撤退を行う。追撃してきたヘロタイニア艦隊に救援艦隊が横から突入するという作戦を提示した。


 検討の結果、囮にするのはリファニア王立水軍のイース艦隊でなく、先の襲撃でヘロタイニアから奪った十三隻の商船に、それらしく見せるために四隻の軍船を護衛のようにつけた小艦隊ということになり、他の軍船は全兵力で伏撃を行うことになった。



 六月十五日、高緯度のイースでは完全な夜はこない。太陽は束の間、姿を隠すが真夜中近くになっても薄明のような明るさが残っている。


 高緯度地域では夏季の戦いは何時に始めても、夜の闇で中断されることがない。そのために、「千年巫女の代理人」における”バナジューニの野の戦い”のように、逃げ遅れた敗者が徹底的に殲滅されるような戦いが起こる。


 勝者にしても実際に戦っている兵士には勝利の美酒を飲むために夜は来ることはなく体が疲労困憊して動けなくなるまで追撃戦を強要される。

(第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏 黒い嵐21 バナジューニの野の戦い 終結 参照)


 このことは、この日行われたフランネル湾海戦でも双方の水兵が思い知らされることになる。


 六月十五日になったころ、千人長自らが率いるヘロタイニア艦隊は、イース北西部にあるフネルラル湾湾口に位置していた。



挿絵(By みてみん)




 フネルラル湾は奥行きが二十リーグ(約三十六キロ)で幅が六リーグ(約十キロ)ほどの湾である。

 そのフネルラル湾の奥まった場所の南にあるのが、リファニア水軍が根拠地にしているバナエルガという寒村である。

 フネルラル湾は東西に延びており、北風を防いでくれる山脈が湾の北側にあった。そのため湾内は比較的静謐な海面状況だった。


 バナエルガには港湾施設こそないが、船を引き揚げて修理できる浜があり、浜の近くまで水深が深いという泊地には適した地形だった。

 その他にフネルラル湾が水軍の泊地には適した理由としては、他に湾口には幾つか小島があり、見張り所をおけば敵の奇襲攻撃を受ける心配もなかったことがある。


 バナエルガの民家の住民は疎開しており、リファニア王立水軍は住居を借りあげるとともに、急造の小屋を幾つも建てて兵員の休息に使用していた。

 水兵であっても船で寝泊まりするよりも、仮宿舎のような建物でも陸上で寝起きしてする方がはるかに快適に休息を取れる。


 これは間接的に彼我の戦力に関係してくる。


 そのフネルラル湾に、ヘロタイニア艦隊は四日かけて慎重に近づいた。イース沿岸は隠れるのに適した入り江が多く敵の奇襲攻撃を警戒したからである。

 ファナシエヴ水軍長は、今回は避け得ない状況から投機的な作戦を実行したが、本来は用心深い将である。


 旗艦の”ガデレ(牡牛)号”が率いる主力艦隊に続いている主力艦隊に続行する上陸部隊を満載した艦隊の旗艦には、イース派遣派遣艦隊司令とも言うべきマンフレスト千人水軍隊長が乗船しており、揚陸に適した浜があればいつでも兵士達を上陸される準備をしていた。


 海上は霧がかかり視界は一リーグほどしかなかった。


 ファナシエヴ水軍長は、湾の中がどうような状態かわからないので霧が薄くなって湾に入るつもりだった。


 やがて、霧が薄くなって湾口にある四つの島が見えてきた。「見つかっただろうな」とファナシエヴ水軍長は傍らの副官に言った。


 ファナシエヴ水軍長の言ったことを証明するように正面に見える小島から煙が立ち上がった。見張り所から敵艦隊の接近を知らせる狼煙に違いなかった。

 小島と言っても一リーグ四方ほどもある島なので上陸して見張り員を捕まえて黙らせるには手間がかかりすぎるので艦隊は小島の横を這うような感じで進んで行く。


 ファナシエヴ水軍長はいかにも敵艦隊が潜んでいそうな入り江を見つけた。「おい、右舷に見える入り江の中を探らせろ」ファナシエヴ水軍長の命令で一隻の軍船が入り江に向かった。半刻ほどして戻ってきた軍船は「敵影なし」との旗旒きりゅう信号を掲げていた。


 実はこの入り江は奥が細く曲がっており、そこにリファニア艦隊が潜んでいた。その奥の入り江の部分は荒涼とした地形のイースでは近寄らないと背景の陸に紛れ込んで見落とす。

 そして、未熟な上にイース海域での経験のないヘロタイニア増援艦隊の軍船の艦長と乗組員はこの奥まった入り江の部分を見落とした。


 比較的練度が高く、イースの海岸の様子について多少は経験のあるヘロタイニアのイース艦隊の軍船であれば入り江の奥の部分を見逃さなかった可能性は高い。

 しかし、総指揮官とはいえイース艦隊の司令であるマンフレスト千人水軍隊長を差し置いて、わざわざ面倒な仕事になる命令をイースの艦隊の軍船を選んで出しにくいのでファナシエヴ水軍長は直属の増援艦隊の軍船に偵察を命じたのだった。


 リファニア艦隊は見つかった場合は、強襲をかけるつもりであった。ヨンオロフド提督は個艦の能力差と練度から強襲でも勝つ自信はあったが、味方にも損害が出て相手を取り逃がす恐れもあった。


 本心は敵が自分達を発見せずに、大きな戦果が見込める罠の奥へ進んでくれることを望んでいた。

 そして、敵船が入り江の奥までこないで立ち去ったことを沿岸の見張り所の報告を受けるとヨンオロフド提督以下の指揮官達はほくそえんだ。


 敵影がないのでヘロタイニア艦隊は八十隻の純粋な決戦艦隊が先頭、その後に六十隻の上陸部隊を満載した艦隊が進む。


 主力艦隊が湾の奥に進むと薄い霧を通して船団が左に見えた。「商船。十隻以上。軍船も数隻」帆柱の上の見張りが簡潔な報告をしてくる。


「商船はヘロタイニア船、リファニアの紋章を掲げている」見張りの報告に旗艦が沸き立った。

 敵に奪われた商船がいるということは、リファニア水軍の根拠地バナエルガに商船が積んでいた食糧があるか、まだ、商船が積載しているに違いなかったからだ。


「敵軍船を撃破して商船団を奪回せよ。我に続け」ファナシエヴ水軍長が言った言葉で、後続の軍船に旗旒信号で伝わるのは「我に続け」だけであるが、ヘロタイニア艦隊の誰もがその目的を理解していた。


 あわてて商船団と護衛の軍船は方向を変えて湾の奥に向かう。「袋のネズミだ」とヨンオロフド提督は隣の副官に言う。


 主力艦隊は巫術師が総動員で”送風術”を行い速度を上げて行く。上陸部隊を乗せた艦隊は後方に取り残された。


 リファニア艦隊が潜んでいる入り江に、マンフレスト千人水軍隊長が指揮する上陸部隊を満載したヘロタイニア艦隊がさしかかると、そこには、自分達の方向に真っ直ぐに突っ込んでくるリファニア艦隊が指呼の距離にあった。


 主力艦隊と上陸部隊の乗せた後続の艦隊の間には、一リーグ半ほどの距離があった。主力艦隊が全て入り江の前面を通り過ぎるのを見計らって、入り江の奥から、リファニア艦隊を一元的に指揮するヨンオロフド提督は、漕手を増員した櫂走に加えて巫術師が全力で風を送り込んだ帆走をも行わせて入り江の出口に向かった。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 丁度、ヘロタイニアの上陸部隊艦隊が入り江の差し掛かった時には、相手が対応できなほどの距離まで近づいていた。


 地中海方面でしばしば武勲をあげ、苦しい冬の間、ヘロタイニアのイース派遣艦隊を率いてきたマンフレスト千人水軍隊長は驚愕した。

 マンフレスト千人水軍隊長ほどもあろう海将がむざむざと奇襲を許してしまったのはファナシエヴ水軍長が入り江の奥を偵察させているのを見て安心してしまったからである。


 マンフレスト千人水軍隊長は、ファナシエヴ水軍長を評価していた。その人物が用心深く伏兵のいるかもしれない入り江を偵察させたのであるから万が一にも敵が飛び出してくるとは思っていなかった。


 指揮官マンフレスト千人水軍隊長がのった旗艦に従っていた先頭近くの船は主力艦隊の援護を受けるために真っ直ぐ進む。逃げ切れない大半の軍船はあわてて、衝角攻撃から横腹を守る為にヘロタイニア軍船はリファニア軍船がやってくる方向に船首を巡らす。


 中世段階の船の上に、舵櫂で操船するヘロタイニア船は機敏には動けない。ヘロタイニア軍船だけならある程度秩序だった行動ができたかもしれないが、艦隊の中には商船が混じっている。


 商船を援護するために、艦隊の中に分散されて配置されていた商船はパニックになり自部勝手にリファニア艦隊とは反対の方向へ逃れようとしたり、湾の出口に向かおうとする船が続出する。


 商船が密集した艦隊の中でおのおのが無秩序に方向を変えるために、いたるところで衝突が起こる。


 その混乱なかにリファニア艦隊から恐るべき数の”雷”が打ち込まれる。一人しか巫術師を乗せていない商船は軍船の巫術師が発動した”屋根”に隠れようとさらに無秩序に動き回る。


 そこにヨンオロフド提督が座乗する旗艦”ミナゲゼル号”が最初の一撃をヘロタイニア軍船に与えた。


 ”ミナゲゼル号”の半分ほどしかないヘロタイニア軍船は、回頭したものの商船が邪魔になって前に進めないために、前方の主力艦隊の方へ逃れようと再びリファニア艦隊に横腹を晒したところに、かなりの速度で突っ込まれた。


 木が折れ軋む音が湾内に木霊する。ヘロタイニア軍船は、への字に折れ曲がった。さらに、”ミナゲゼル号”は直進をして半分沈んだヘロタイニア軍船に乗り上げるようにして横切った。そして、新たな獲物に向かう。


 上陸部隊を満載したヘロタイニア艦隊の六十隻の軍船は、戦闘力や耐久力の劣る軍船が主力である。そこに十七隻の商船が混じっている。

 そこに、自分達の軍船の倍ほどもある百隻近い軍船に襲われたのだ。リファニア艦隊がヘロタイニア艦隊のいた場所を突き切った時には、すでに五十隻以上の軍船と商船が重大な損傷を受けて、数隻は海底に向かっていた。


 どのヘロタイニア船にも数十から百数十人のヘロタイニア兵士が乗船している。彼らは上陸間際ということで完全武装のいでたちだった。

 ヘルメットと鎧、脛当てなどいずれの兵士も十数キロ以上の装備を身につけている。その重い装備を身にまとった兵士が海に投げ出されたのである。


 兵士達は、すこしばかり海面で最後の抵抗をした後で、海に引き込まれるように沈んでいった。


 ヘロタイニア艦隊を突き切ったリファニア艦隊は、旗艦の”ミナゲゼル号”に従って見事な一斉回頭を行う。そして、再びヘロタイニア艦隊に突っ込んだ。


 損傷鑑は行動が自由でないために、まだ動けるヘロタイニア軍船はそれを避けるための有効な回避行動が困難だった。それでも動ける軍船や商船は、なんとか湾外へ逃れようとする。

 リファニア艦隊は、湾外へ進路をずらして逃げようとする軍船や商船を集中的に狙った。湾外に向かったヘロタイニア軍船と商船はいずれも複数の衝角攻撃を浴びた。


 逃げ遅れたヘロタイニア軍船の横腹に向かっていたリファニア軍船の後部から一隻のヘロタイニア軍船が体当たりを敢行した。


 上陸部隊を率いていたマンフレスト千人水軍隊長の艦である。マンフレスト千人水軍隊長は、最初の襲撃を見事な操船術でなんとかかわすと味方の苦境を救うためにただ一隻でリファニア艦隊に挑んだ。


 マンフレスト千人水軍隊長の艦に船尾を衝角でつかれたリファニア艦の乗組員は怒り狂った。

 自分より喫水の低いマンフレスト千人水軍隊長の艦に次々へと海兵が飛び移る。それに対して上陸部隊のヘロタイニア兵が迎え撃つ。


 数では圧倒的に勝るヘロタイニア側だが、狭い船の甲板では数的な優位を生かし切れない。また、狭い船上での戦いには長い槍は邪魔になるばかりである。

 ヘロタイニア艦に乗り移った三十名ばかりのリファニア海兵が、百名近いヘロタイニア兵と互角の戦いを行う。


 そこへ、ヘロタイニア艦の左右にリファニア艦が横付けして、これも自分の方が高い舷側を利用して上から弓で雨霰のように密集したヘロタイニア兵士に矢を打ち込む。


 五分ほどの戦いでヘロタイニア兵は三十人以上が討ち取られ士気が折れた。敵は増えるばかりで狭い甲板はリファニア海兵で溢れていた。一人が武器を捨てるとたちまちほとんどのヘロタイニア兵は武器を放棄した。


 戦っているのは、マンフレスト千人水軍隊長と副官、艦長、その従卒達だけである。そこへ、巫術師が”雷”を放った。

 貴族であるマンフレスト千人水軍隊長はかろうじて立っていたが他の者は全て甲板に倒れ込んだ。


 剣を振りかざしながら、リファニア海兵の群によろめいて歩いてくるマンフレスト千人水軍隊長の胸板に、二本の短槍が突き立てられた。

 そこへ、さらに二本の短槍が背中と腹を貫いた。マンフレスト千人水軍隊長は甲板に倒れ込んだ。あっという間に、まだ三十代半ばだったマンフレスト千人水軍隊長は首を刎ねられた。


 マンフレスト千人水軍隊長は、”地中海の星”とも讃えられたヘロタイニア希望の海将である。

 本来は大陸国家であるヘロタイニアに現れた不出世の海事全般に長けた人物で、そう遠くない時期に、ヘロタイニアの水軍長になると言われていた。


 そのマンフレスト千人水軍隊長が、海戦の才に関する妙を発揮できずに、むなしく敵兵になぶり殺されるような形で戦死したことはヘロタイニア水軍にとって痛恨の出来事だった。


 マンフレスト千人水軍隊長が一隻だけで相手に立ち向かう姿に触発されたのか一隻のヘロタイニア軍船は、リファニア艦隊の方へ進路を変えると自分の衝角攻撃を試みた。


 この行動こそ全てのヘロタイニア軍船が取るべき行動だった。叶わないまでも幾分かの損傷をリファニア軍船に与えれば、まだ、ヘロタイニアの主力艦隊は無傷であるから全体として勝利する可能性が出てくる。


 敵と相打ちになっても水兵達は船が沈んでも岸から近い場所にいるので助かる確率は高い。

 ただ、軍船には上陸部隊の兵士が満載されている。兵士の多くはまず助からない。多くの艦長は自分の蛮勇で、満載した兵士を道連れに行動することを躊躇ってしまっていた。


 ただ、一隻でリファニア艦隊に正面から突っ込んでいたヘロタイニア軍船であるが、操船に勝るリファニア軍船に避けられてしまう。

 そして、二隻のリファニア軍船の間を通り抜けるときに、リファニア軍船に乗っていた海兵が放つ矢の一斉攻撃を受けた。


 揺れる船から船への攻撃であるので滅多に当たるものではない。しかし、恐怖心を感じた巫術師がかがみ込んだ。そのために、”屋根”が一時的になくなった。


 そこを二発の”雷”が直撃した。


 上甲板にいたほとんどの人間が行動不能になった。相打ちを覚悟で衝角攻撃を試みたヘロタイニア軍船は、操船する者がいなくなりフネルラル湾の北の岸を目指して進んで行った。

 このヘロタイニア軍船は座礁する。しかし、勇敢な行動の報酬として、捕虜にはなったがほとんどの人間が命を長らえることができた。


 早朝とも言えないほどの早い時間に行われた最初の戦闘によって、ヘロタイニア上陸艦隊は二十九隻が撃沈され、損傷した十七隻が捕獲された。なんとか、主力艦隊に合流して逃れたのは十四隻だった。十七隻の商船は六隻が沈んで残りは自ら降伏した。


 そして、ヘロタイニア艦隊が運んできた四千五百の兵士のうち、二千三百はほとんどがむなしく海に沈み、百人程度が切り込み戦で戦死して、千三百は捕虜になった。


 これに対して、リファニア艦隊で沈没した軍船はなかった。五隻が自身の衝角攻撃やヘロタイニア軍船との接触による衝撃で船体に外洋での航行に支障がでるほどの損傷を受けた。近代的な言い方で言えば中破である。


 また、三隻がヘロタイニア軍船からの切り込み攻撃を受けて、合計で四十名ほどの戦死者を出した。

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