静風の申し子 2
「お前馬鹿じゃねぇの?」
悠太と向かい合っているCクラスの契約者が蔑むような視線と共に言った。
「この人数をお前一人で相手するっての言うのか?」
フィールド上には十二人もの契約者たちが上がっている。
既に全員が力を解放した状態だ。
普通なら……というより誰から見ても悠太に勝ち目などはない。
その理由はここにいるほとんどの人間が分かっている。
その余裕からなのか、前に出てくるのは一人だけだった。
「まぁ、いいや。仕方ねぇから俺が相手をしてやるよ」
先程から悠太のことを罵る様な言葉をかけてくる男だ。
もう既に聖剣を顕現している。
淡く緑の輝きを放つその剣からは、相手の心の余裕も感じることが出来る。
だか、悠太は……
「…………」
何もせずに棒立ちのままだ。
「おいおい、せめて傷の一つはつけてくれよ?」
返事も返さない。
相手は舌打ちを鳴らし、聖剣を構える。
(んだよ……その冷めた目は……)
目が合う度に体に悪寒が走る。
フィールドがやけに広く見えるくらいには集中はしている。
だが、目の前の相手は集中をしているようには見えなかった。
(魔法しか使えねぇ能無しが、俺に———)
「油断してるよ、君」
「なッ!?」
そう、これは野試合だ。
誰が試合の開始を宣言することもなく、誰の許可も得てない、所謂喧嘩みたいなものだ。
融合剣術=時走。
魔法と体術を合わせ、相手の目の前に瞬間移動する技だ。
いつもなら複製した剣を持っている時にしか使わないが、流石にここでイリーの《聖剣 ゼウス》の複製を使う訳にもいかない。
「てめぇ!!まだ用意が———」
「用意?」
相手の腹部に掌打を打ち込む。
「君は弱いと決めつけた相手に用意する程に臆病者かい?」
悠太は一歩踏み込み、更に掌打を腹部に抉り込ませる。
「融合魔法=雷嵐掌撃」
攻撃を喰らった相手の後方からは学生ではまず見ることのない魔力が噴き出す。
声もなく崩れ落ちるその男の奥には呆れにも似た悠太の冷めた表情が見える。
観戦している学生たちは皆茫然としている。
そして、悠太は冷めた表情で気を失い、膝から崩れ落ちる男を眺める。
その後ろにはもう、魔力の姿はなかった。
入り口の方で生徒によって道を阻まれていた教師が、フィールド上に駆け上がって来た。
「おい、上代!!何をしているんだお前は!?」
「何もしてませんよ?ただ、売られた喧嘩を買っただけです」
「それにしてもやりすぎだろ!?相手がこんなになるまで……」
「ほぼ正当防衛みたいなものですよ、相手は聖剣を発動していましたし」
そう言われると、教師も何も言えなくなる。
教師ですら何も言えなくなるということはそれほど優劣がついていた試合だったということだ。
この学園での思考回路は契約していないものは契約者には勝つことが出来ない、という固定概念を持っている。
実際に、魔法だけ使えるやつと契約者であり魔法も使えるが戦ったら間違いなく契約者の方が有利だ。
それなのにも関わらず、悠太は相手を圧倒したのだ。
流石に世の中を見て来た教師でも返す言葉がなくなる。
「とにかく全員かかってきなよ、僕はまだ怒ってるんだ」
先程まで悠太の事を侮っていた学生も押し黙る。
「やりすぎだよ?ゆう君」
「そうね」
髪がフワッと浮き上がるとほぼ同時に悠太を囲むようにドーム状の暴風が吹き荒れた。
「え?淳さん、昴さん?」
「誰かのために憤りを感じるのは悪いことだとは思わないけどやりすぎだ、悠太」
「でも——————」
「でもじゃないの、相手が〝後方に飛ばない〟なんて本当に手加減がないんだから……」
本来、この技は相手の内部に強い衝撃を与え、体自体を戦闘不可能にする技だ。
Eクラスの実践形式の授業でよく使用する技だったが、それはほんとうに力を抑えて放っているのだが今回は全く加減をしている様子はなかった。
実戦形式では相手を後方に飛ばしフィールドアウトを狙って放つ技だが、男の体はその場に留まって倒れ込んだということは全ての威力が〝体をすり抜けて相手の内部を貫通した〟ということになる。
一歩間違えれば内臓が弾け飛び、大変危険な技だ。
それを躊躇なく使うあたり、悠太は完全に魔力を制御しているということだろう。
今この瞬間、悠太が完全にDクラスの契約者に敵対されたのは確かだろう。
フィールド上から立ち去ろうとする悠太たちに周りの生徒達の視線が釘付けになる。
「なるほど、ね」
観衆の中で一際目立つ両性的声音が発せられる。
悠太には届いていなかったが、淳と昴の耳には確かに届いた。
そしてイリーは……
いつになく獰猛な笑みを浮かべていた。
「魔女……」
イリーのその呟きは誰にも聞こえてない独り言だった。
その人物とは国光明華。
自分のことを「その程度」と言い、世界最強と遜色ない魔力と力を持つと感じさせた女……
「選抜戦が楽しみです」
一瞬のうちに表情は戦闘狂から乙女に様変わりし悠太の隣まで駆けて行った。