静風の申し子 1
ことはを抱え、琴乃葉家から直接学園長室まで空間を繋げ転移し静かに降り立った。
室内にあるソファの上にことはを寝かせスマートフォンを開き兵蔵に電話をかける。
「師匠、まだ家の前にいる?」
『あぁ、もう終わったのか?』
「うん。僕のやりたいことは終わったよ。あ、後で家に行くからその時に色々話すよ」
『分かった』
通話を終わらせ、悠太もソファに座る。
学園長が来るまではことはを置いてはおけないという口実で授業もサボれるしで悠太には非常に好都合な展開だった。だが、問題なのはここからだ。
自らの独断専行によりことはを連れ出し学園に入れようだなんて身勝手な考えがまかり通るとはとても思えない。それにこれから始まる〈剣聖杯〉選抜メンバーの争い————下剋上が始まる。
〈剣聖杯〉のメンバーから出場権を奪い合う、合戦だ。
〈剣聖杯〉の戦闘種類は三つに分けられている。
一つは個人戦。
二つ目はスリーマンセルの連勝戦。
三つめは五人チームの団体戦だ。
個人戦と連勝戦は一個人としての応募が出来る、つまりは学園として出るのではなく一人の「契約者」として出るのだ。
だが、もちろん条件はあり。学園での〈剣聖杯〉出場者。あるいは出場したことのある人でなければ個人として応募が出来ないのである。
更に問題は重なりその悠太自身は「契約者」ではない。
「はぁー、問題が山積みだ……」
この天神学園に「契約者」ではない悠太が入学できたのは師匠である近藤兵蔵と学園長のおかげだ。
悠太の登録されているクラスはSからEの中での最下層だ。
しかも悠太を除く全員が「契約者」だ。
人知を超えた魔力と膨大な知識によって全部をカバーしてきたが、選抜はそれでは勝ち取れない。
イリ―の時は完全に初見殺しだ。
たまたま運が良く、たまたま動揺してくれたからこそ勝てた戦いだ。
きっとこれからも、初見で動揺させないことには有無を言わさない神と悪魔の力で押し切られてしまう。
魔法が使えるなんてのは「契約者」にとっては当たり前。
悠太は応用に応用を重ね魔法を創ってはいるが、この程度ではCクラスの連中にも勝てない。
それほどまでに聖剣や魔剣の力は強い。
魔法なんて簡単に喰らってしまう……
ことはの場合だってそうだ。
魔剣は完全には目覚めていなかったし、操りきれてもいない。
ただ暴走していたのを対抗出来うる力を示して無理やり説得しただけだ。
冷静に見ていれば誰にだって可能だし、契約者なら力で対抗出来た。
深く溜息が出る。
自分の中には何もない。
孤児院の頃の記憶は本を読んでいた、生まれた頃の記憶はほとんどない。
楽しい思い出もない。一人で本を読み漁り突如魔力に目覚め『異端児』と気味悪がられ、先生ですら見放している状況での近藤兵蔵からのスカウト。
そこから自分の中での記憶が動き始めた。
今思えば何故スカウトされたのだろうか?自分ではよく分からないが、そこからが自分の人生の転機が訪れた。
兵蔵の娘は双子でありつつもどちらも違ったタイプの人間だった。
周りから孤立していた悠太であったから分かったのかも知れない、純粋な人間の心。
孤児院には先生もそこにいる子供たちも誰も持っていない不思議なものだ。
今ですらその心に助けられている。
近藤家は自分の唯一の家族と断言できる。
知らぬ間に助けられ、知らぬ間に守られ、知らぬ間に伝えてくれる。
血の繋がりもない自分を助けてくれたあの人たちには恩返しがしたいが返せるものが何もない。
「あぁ、どうすれば強くなれるんだろ……」
聖剣、魔剣を自分で作ることの出来る魔法を考えたがほとんど不可能に近い。
何故ならオリジナルの神、悪魔を魔法で形成することは出来ないからだ。
劣化版ならいくらでも創れるが本物はどうしても創れない。
「まぁ…ないものを強請っても仕方がないか」
毎日が特訓の日々だ。
幸いにも腐るほどの魔力はある。
自分でも学生……いや、人の領域を超えているとまで思っているくらいだ。
魔法で「契約者」に勝つことだって出来る。それは自分で体現している。
そうだ。
偽物が本物に勝らないなんてことは誰も証明していない。
「頑張ろう、いい案が閃くまで」
息を大きく吸い込み、吐き出すと扉が無造作に開かれた。
「おっ、おかえり~」
手をヒラヒラと降りながら入って来たのは学園長だった。
「学園長。一つ頼みを聞いてくれませんか?」
レザー素材で作られた、いかにも高級そうな椅子に座る学園長。
「内容によるね」
「あそこに寝ているのは急に「契約者」に目覚めた琴乃葉ことはちゃんです」
特殊なケースだが、学園長は普通に聞いている。
「うん。私が頼んだことだからね、知ってるよ?」
「単刀直入に言いますと、中等部に入れて上げて貰っていいですか?」
「ご両親は?」
「……その子に怯えていました。勿論了承は貰いました」
「住む場所は?誰が面倒みるの?」
「そこらへんは大丈夫です。僕がこれからは家族なので」
「ゆ、悠太くん。まさか中学生に——————」
「いや、師匠に頼んで養子にして貰います。向こうには僕が直接行きます」
「…………切羽詰まってるねぇ。ゆっくりやりなよ?全部任せるから、安心して全部誰かに任せても良いしね、何なら私に頼ってもいいからね」
「ありがとうございます」
感謝を示し一例すると、扉が突き破られるような音で開かれる。
学園長は驚きもせずそこに目をやる。
「学園長!!大変です!!!」
「何?どうしたのさ」
「転入生と風紀員が———」
「学園長ッ!!ことはちゃんが起きたら電話よろしくお願いします!!」
本能が悟った。
胸騒ぎが止まらない。
なりふり構わずに魔法を執行する。
「学園での魔法は禁止だって何回言えば—————」
悠太にとっては今はそんなことを言っている場合ではない。
転入生とはきっとイリー、それは間違いない。
それは簡単に悟れたが悠太が気になったのはそちらではない、
(昴さん、淳さんだ。絶対……)
天神学園での風紀員はBクラスから上の「契約者」が入ることが出来る機関。
風紀員関係で転入生のイリーと問題を起こしそうなのは二人、双子の義姉。
悠太は一度訓練場の外へ転移し、かなりの人だかりが出来ているのを確認する。
(やっぱりここか)
かなりの人でとても入れるスペースがなく、訓練場からは土煙が舞い上がっている。
特別大きな音はしないが確実に剣同志がぶつかり合っている音はする。
「とにかく中に入って三人を止めないと……」
訓練場に生徒全員の視線は釘付けだ。
だから瞬時に魔法を展開し、訓練場の中へと転移する。
転移する場所は訓練場のフィールド上。
きっとあの三人は切り合っているはずだ。もうこの際、先生に見られて普通に自宅謹慎を受けてもいい。
あの三人を戦わせるのは非常に危うい。
フィールド上空に転移し、三人の様子を伺うと意気揚々と斬り合っていた。
フィールドの周りにも生徒が多数、先生は止めに止められずにいた。
衝撃魔法を自分の足元に展開、空中から一気に三人の間に入る。
「ちょっと三人共……何やってんの!?」
「悠太!?」
「「ゆうくん!?」」
悠太の突然の登場により、周りの観客が静まり返る。
その静まり方は驚きのあまり静まった静まり方ではない……
「んだよ、あいつ……」
「誰?あれ」
「邪魔すんなよな……今、いいとこだったのに」
「あ、あいつ契約者でもねぇのに天神学園に入ったコネ野郎じゃん」
「あぁー、あの『異端児』とか言う」
そう〝紛い物”〝弱者”へ送る———蔑みの静まりだ。
(まぁ慣れっこだけどね)
そうもう慣れている。
E組、つまり実力的にEクラスの男であり聖剣にも魔剣にも目覚めていない……
Eクラスの人とは仲が良い方ではあるが、一つ上がると対応はまるっきり違う。
Dクラスの人は最下層の中でもかなり辛辣な関係だ。
Cクラスという平均に上がりたくて仕方がない欲望のため仲間でも平気で蹴落とすクラスだ。
良い意味で捉えるなら競争率が高い、悪い意味で捉えるなら性根が腐っていると言える。
現状、ひそひそと言っているのは大半がDクラスの人たち。
「さっ、帰るよ三人共」
いかに悪口を言われようとも関係はない、この三人さえ止めればいいのだ。
そして素早く立ち去れば何も問題はない。
「悠太は馬鹿にされて嫌ではないのですか?」
そう思っているのは悠太だけだった。
真摯な瞳だ。
濁すことも逃がすことも出来ないような圧迫感がある。
「嫌だよ、だけど仕方がないんだこれは。僕はただの魔力がある人間だからね」
ふと周りに目が行ってしまう。
そうだ……ここにいる全員が契約者だ。
自分とは違う。
「ただ魔力がある人間……?」
「うん。そう——————」
イリ―の問いに答えた瞬間に悠太の隣に雷撃が落ちた。
その光景に周りの生徒は釘付けだった。
次は興味を持った静かさだ。
フィールド上に大量の視線が集まる。
「下らない言い訳をしないでください。それでは、負けた私は何ですか?」
この声は響いた。
訓練場に、悠太の心の中に……
「私は貴方と戦った」
徐々に近づいてくるイリ―の姿。
「そして負けました」
本当に悔しそうな表情だ。
偶然が重なって勝てたような戦いだ、所見ではなかったら確実に悠太は死んでいた。
段々と早足になって近づいてくるイリ―を前にして悠太は一歩も下がることは出来なかった。
下がってしまったらダメな気がしたから……
「悠太の後ろにいる人は強いです。でも、私は負けていません」
「それは僕が止めたから……」
「そうです。でも負ける気はありません」
その言葉に触発されたのか二人からは魔力が吹き荒れていた。
後ろから痛いほどに伝わってくる殺意、それでもイリ―の進行は止まらない。
「私は世界最強の攻撃力とまで、あの過の英雄〈壊滅王〉とまで言われた強者です、もちろん他の国とは戦ったことはありません。自分の国から最強の再来と言われ続けてから公式戦でも非公式戦でも負けることはありませんでした。その時、貴方に負けた」
もうすぐ目の前に来ている。
手を伸ばさなくとも届く距離。
「何故か分かりますか?」
イリ―のは両手は悠太の頬に触れる
「それは—————貴方が強いからですよ」
ドクンッと心臓が跳ねた。
その言葉で後ろからの殺気も失われた。
何もかも穏便に済みそうな雰囲気の中、観客席から声が聞こえた。
「強いわけねぇだろ?もし本当に世界最強が負けたなら、世界最強弱すぎだろ」
笑いが孕んだその声音。
それによって緊張が解けたのか周りからはイリ―も含んだ陰口が始まった。
「ゆう君……?」
「淳、イリーさん。ここを離れるよ」
みんながクスクスと笑い、自分だけではなくイリ―も笑っていると思ったら無性に腹が立った。
今まで自分の感情がここまで昂ぶったことはない。
怒りでもなく
悲しみでもなく
悔しさでもない。
ただただ純粋な殺意……
「今、笑った人……」
学園長、イリ―、昴に淳以外には見せなかった————
「僕の前に立ちなよ?」
莫大な魔力の圧………
まるで訓練場自体が沈んだと思ったくらいの圧迫感がその場にはあった。
「僕のことを悪く言うのは構わないよ。もう言われ馴れた」
悠太の周りには魔力の姿が見えた。
この世界に存在する魔力の素である魔粒子が悠太の魔力に反応して姿を見せたのだ。
輝きは徐々に強くなり、
「でも、僕の大切な人を笑われることとはわけが違う」
異常だ。
昴も淳もこれほどまでに激高している悠太を見るのは久しぶりだ。
「ゆうくん?」
「悠太……?」
淳と昴の声がし振り返る。
「なん…………ですか?あれ……人?」
とても心配そうな顔だ。
でも、ここは止められるわけにはいかない。
「大丈夫だよ、淳さん昴さん」
多数の足音がする。
目の前には聖剣やら魔剣を構え、悠太に敵意を剝きだしている複数の生徒たちだった。
「おいおい、かっこつけてんじゃねぇぞ?」
「本当にこの人数を相手に出来ると思ってんのか?」
見た限りでも十人と少し、しかも全員が契約者ときた。
だが、今の悠太には契約者だとかそんなものは関係ない。
「うるさいよ」
冷たく言い放ち、自らの胸に手を当てる。
「君たちには時間はやらない……」