世界最強 一人目 1
唐突に世界最強の子守を任された悠太は自室に戻っていた。
個人的にはあのまま寝ていて欲しいが、一度起こしてしまったしそうも言ってられない。
謎の緊張感のもと自室に戻ると学園用の制服に着替えていた。
「おはようございます。悠太さん」
こちらの気も知らずにくったない笑顔を向けるイリーガル・アルバドフに少し呆れてしまう。
早朝に見たあの飛行機、あれにアメリカの皇女が乗っているとは思わなかったが…………また違う場所に伏兵がいた。それはここの学園長である国光優華だ。
空港からこの部屋までランニングをしながら帰って来た悠太よりも早くつくことなんて空間魔法での移動しか考えられない。
「おはよう……イリーガルさん」
全ては学園長の目論見通りの展開になってきているという訳だ。
「イリーでいいですよ悠太さん。呼びにくいでしょう?」
「そうだね………僕の知り合いにはあまり横文字の人がいないから」
「まぁEクラスですもんね。寧ろあまり人がいないんでしょう」
その通りすぎて何も言えなかった。
学園の中でも最低クラスのEクラスは人数も他のクラスに比べて少ない。
例えばDクラスが四十人ならばEクラスは十人くらいだ。
そのうえ、この学園は実力が低い人間への当たりが非常に強く仲良しこよしは望めないことから友達が作りにくい。要するに悠太はEクラスにしか友達と呼べる人間がいないのだ。
「あっ、悠太さんはどうやって「契約者」になったんですか?」
「え?」
興味津々とはこの表情のことを言うのだろう。
純粋に悠太のことを聞きたがっているという表情。
だがこの質問には中々答えにくかった。
何故なら学園長からのスカウトでここに来たからだ。
契約者ではない人をスカウトしてくるなんてことを言ったら、話す人は何を考えるか。
「ま、まぁ運が良かったのかな?」
だから適当なことを言って誤魔化さざる負えなかった。
確かに傍から見ればおかしいことだ。
契約していないのに契約していることになっている、まるで詐欺。
契約者でなければ魔力に目覚める事はない。これはとても一般的でどうしようもない事実なのだが上代悠太は魔力を行使できる。
そんな矛盾が『異端児』と呼ばれている所以だ。
それがどうして「契約者」が集まる学園にいるのか?
誰もが気になる事であり、良く思っていない人が多い。
「ということは強い、ということですか?」
「そうだね……Eクラスに入るくらいには。それは後にしてまずは学園の周りのことを教えるよ」
好奇な視線が悠太を見つめるが無理矢理にでも話を変えようとする。
が、相手はかなり破天荒のようで、
「強いんですか?」
全く話を聞いてくれていなようだ。
「ま、まずは学園の周りのことを教えるよ。後で教えるから」
そんな悠太の適当な返答が勘に触ったのか、
「…………そうですか」
少し怒っている様子だ。
俯いて表情が見えない。
「ならまずは————」
悠太は若干緊張気味に学園の周りのことから説明しようと試みるが動体視力がそれを遮った。
床に手を付き、頭を下げようとするのが見えてしまったのだ。
だから手を前に突き出し、制止させる。
「教える!教えるよ……」
「はい!!」
イリーはすぐに用意をし始める。
「ん?イリー、もうちょっと待とうよ?せめてクラスくらい————」
とても残念そうにするイリーを見せられた悠太はその表情に負け、
「はぁ……、分かったよ。また土下座なんてされたら困るからね」
急に笑顔になるイリー。
その笑顔を見れば、少しの無理な要望も叶えたいと思ってしまう。
学園長もこのくらいは許してくれるだろう。
世界最強の一人の子守を急に押し付けてきたんだ、一日くらい休んでも平気だ。
これで許して貰えなかったら……どうしようもないけど
「んじゃ、行こうか」
◆
「ここが……街ですか」
「アーケードって言ってね、多分イリーが欲しいものは大体なんでもあるよ」
天神学園から直通で来れるアーケードに二人は来ていた。だがあまりにも来るのが早すぎるために人はそこまでいない、基本的には開店の準備を始めている人ばかりだ。
イリ―は見るもの全てが新鮮だったらしく目を輝かせている。
日本の学園都市は治安も良く、街の雰囲気も良い。
例え、学園をサボっている二人を見たとしても年頃だから仕方ないと言って許してくれたくらいには。
悠太はアーケードを一通りイリーに説明し後は自由に回らせた。
実際のところ子守なんて言われているが、ただこの場所を知らないだけで知ってもらえれば子守なんてする必要もなくなると考えていた悠太は自分の考えが世界最強クラスで甘いことをすぐに理解することになった。
「悠太、ここは何をするところですか?」
イリーに聞かれた場所は、悠太が毎朝トレーニングに使っている旧訓練場だった。
「昔に皆ここで修業してたんだよ。今はもう使われてないけどね」
「悠太……以外はですよね?」
イリーは悠太の方を向いて笑った。
その笑みは先程の輝かしい笑みではなく……何か狂気じみていた
「朝、きっとここの上を通り過ぎたのでしょうね。とても洗礼された研ぎ澄まされた魔力が踊っていたことを知っています」
一流の契約者は意識がない状態でも魔力の動きを感じ取ることができる。
それは初めての授業で言われた言葉。
「さぁ、悠太のことを教えてくださいね。約束ですもんね」
イリ―は訓練場に入って行く。
その背中からは尋常ではない殺気と圧力が感じられる。
これが国を背負う者の圧力。
これが世界最強の攻撃力を操る人間の闘気。
悠太は息を整える。
「……、最初からこれが狙いだったのか。後でって言ったのに」
だが、内心ウキウキしている自分がいるのも確かだ。
今まで培ってきた全てをぶつけられる相手がいるのだから。
「まぁ、こっちにしても好都合…だね」
世界最強と言われる人間と弱者と呼ばれた人間の戦いが、学園の知らぬところで行われようとしていることを知る人物は……
「着けてきたかいがあったね、これは」
「そうね。淳」
二人もいた。
そのことに悠太とイリ―は気付く気配はなかった。