徴税官
よろしくお願いします。
村長の家にて数人の獣人が集まっていた。
何度目かになる村の方針を決める会議だ。
そこには当然ながらアスナリアが居て、横にセリナ、ファスミラも居る。
壁に掛けられた蝋燭の火がユラユラと揺れ、辺りを照らす。
その灯りに照らされた獣人の顔は、皆一様に引き締まっている。
ピーンと張り詰めた空気の中、村長であるアズスが話始める。
「じゃ、明日に迫った徴税に関して、この村がどうするかの最終確認をするよ」
空気に似合わない朗らかな口調。
勿論村長が空気を読めないなどでは無い。敢えてこうしているのだ。
緊張感があるのはいいことだ。だが、そんなものはいつまでも続かない。いつか張り詰めた糸は切れ、気持ちにぽっかりと穴が開く。
いくらこの村がアスナリア頼みだとしても、それでは余りにも情けない。
獣人族が一貫となって、事に当たる気構えが必要なのだ。
流石は年の功とも言うべきか、周りの空気が少し緩み、獣人達の顔に余裕が戻ってきた。
「明日の徴税官には減税を頼む。三割にしてもらうだぁね」
「そうですにゃ。それぐらいなら村にも余裕が出来て貯蓄も可能となりますにゃ」
この村の帳簿を預かっているファスミラが真面目な顔で答えた。
アスナリアは真面目な顔とこの語尾のギャップに笑いそうになるが、何とか堪える。
「うまく行けばいいんだがね。多分無理だぁね。それで税を下げてくれるならここまでになってないさぁね」
当然ながら、今までにも再三税を下げてほしいと懇願してきた。
だが、答えは決まって否だった。
ロードルスはこの村を破綻させたいんだから、これは当たり前といえる。
「だから今回は、始めから三割しか納めないつもりでいくだぁね」
「徴税官は驚くだろうにゃ!」
いつもは減税を頼みながらも、六割の物を村の入り口に積み上げる。
これを、初めから三割しか村の入り口に置いておかない。
これで納得しないなら好きにしろ。ということだ。
今まで村長は、それでも村を生き永らせる為に六割を納めてきてた。
「それしかないのですか……?」
ここで一人の年老いた獣人が村長に問い掛ける。
まだ村の中には、人間に逆らうのを反対している獣人も少ないながらも存在している。
殆どが年老いた獣人だ。
彼等は残り少ない人生を穏やかに過ごしたいと願っている。
年寄りはそれでいいのかもしれない。だが、まだまだ若い獣人もいるのだ。
村長が今まで何度もした話を再度繰り返す。
今回逆らう事を決めたのには二つの理由がある。
一つ目はこのままなら確実に村は滅ぶ。
二つ目は当然アスナリアの存在。
座して死を待つぐらいならアスナリアに賭けよう。
これが大多数の獣人の判断だった。
アスナリアが裏切ると途端に瓦解する、作戦とも言えない根拠だが、勿論アスナリアは裏切るつもりなどない。
他の獣人達も、セリナを守る為に体を張ったアスナリアを見ている。
それが例えセリナだったからでも、そこに獣人の未来を見たのだ。
「アスナリアは徴税官の動きを見張るんだぁね。恐らく六割を強行手段で回収してくるだぁね」
「はい。おばば様。誰一人通さないつもりです」
出来るかどうかなんかは分からない。
なんといってもアスナリアは一人で、腕は二本しかないのだ。
いくら飛び抜けた魔法を使えても、認識出来ないところは助けようがない。
一番いいのが、相手の戦力が全部アスナリアに向かってくることなのだが。
そんなことはやってみないと分からない。
「徴税の時は念の為に皆をこの家、若しくはこの家周辺に集めておくさぁね」
「はい!」
「アスナリア……。全部あんたに任せることになって申し訳ない……」
ここに居る若い獣人皆が頭を下げる。
皆歯を食いしばり、力が無く悔しいのか俯いている。
だが、アスナリアの意見は少し違う。
「何言ってるんですか?ここに集まった村民を守るのはあなた達の仕事ですよ?」
「そう……だな。おう!後ろは任せてくれ!」
アスナリアと若い獣人はにっこりと笑い握手をする。
これは何も無茶を言っているわけではない。
『魔封じの珠』を使えば、若い獣人も確かな戦力となる。
人間とは身体能力が根本から違うのだから。
「明日は私とアスナリアが徴税官と話をするさぁね。皆はここで寛いでいたらいいさぁね」
何でも無いような軽い口調でアズスが締める。
こうして、獣人族としての最初の反乱が静かに決まった。
メイヤは溜め息を吐いた。
その理由は後ろに続いている騎士の面々だ。
どいつもこいつも腑抜けた顔を晒している。
この徴税を休暇か何かと勘違いしてるのか。というほど緩んだ空気だ。
確かにロードルスは騎士を十人用意してくれた。
ちゃんとその中に魔道士も三人居る。
だが……。はぁ。と再度溜め息を吐くメイヤ。
「今日は旨いものがあればいいなぁ!」
「俺は女だな!」
「最近彼奴等女隠してるからそれは無駄だぜ!」
「だったら引摺り出したらいいじゃないか!」
「それなら、ちょっとぐらい反抗して殴らせてほしいぜ!」
今回は十人ということで気が大きくなっているのだろう。
いつもは三人ぐらいで、それなりに緊張感がある。
メイヤも騎士の横暴を見て見ぬふりもしてきた。
でも今回は違う。冒険者を何人も返り討ちにした獣人がいるのだ。
それがどういうことか分からないのだろうか。
これまでの獣人の村の扱いを考えて、ここまで追い込んだら鼠だって猫を噛もうとすると、考えられないのだろうか。
メイヤは騎士でもなければ魔道士でもない。ただの事務員だ。
下手をしたら……。いや、下手をしなくても子供の獣人にも勝てないだろう。
(いざとなったらさっさと逃げよう……)
実際の時間より遥かに長い体感時間の末、漸く村が見えてきた。
簡素な入口を潜り、いつも通り所定の場所に馬を進める。
「ようこそおいでくださいました。徴税官様」
違う。いつもと雰囲気が全く違う。
そもそも横の杖を持っている獣人は誰だ。いつもは村長一人で対応しているのに。
違和感があったメイヤだが、取り敢えずはいつもと同じように対応する。
「はい。物は何処ですか?」
「あれ?見えないのかぁね。ここにあるだぁね」
そこには確かに積み上げられた肉や野菜などがあった。
しかし……。
「少ないですね?これで六割ですか?」
「今回から三割にしてもらいたいです。どうぞお持ち帰り下さい」
「それは無理です」
キッパリと断るメイヤ。付け入る隙など全く無いほどの断り方だった。
やっぱりかと村長が俯き溜め息を吐く。
メイヤは少しホッとした。
どうやらいつも通りの、減税の嘆願で終わりそうだ。
いつもなら初めから六割置いているのだが、今回は少し趣向を凝らしたのだろう。
そう思ってメイヤが表情をほんの少しだけ緩めた時に、村長からメイヤへと信じられない言葉が掛けられた。
「そうですか。わかったぁね。でももう私達は三割しか払わない」
「な、何ですって?」
「聞こえなかったのかぁね?もう六割も税を払わないと言ったんだぁね」
不味い。いつもと違う。
何故こんなにも自信に満ち溢れているのか?
その答えはもうメイヤには分かっていた。
「それは領主様に反乱することと受けとることになりますよ?!いいのですか?!」
「いいよ」
やはり迷いなく、ハッキリと反乱を肯定する。
さすがに領軍には敵わないと思うが、今の戦力では不安が残る。
ここは一旦引いて──「獣人が何舐めたこと言ってるんだ?!」
メイヤが口に出すより早く、後ろの騎士が怒気を含めた声を上げた。
「ふざけるなよ!」
「とっとと出す物出せよ!」
まるで盗賊であるかのような粗暴な騎士達。
メイヤは口をぽかーんと開き何も言えない。まさかここまで酷いとは。かくも集団心理とは恐ろしい。
そのまま騎士は村長に詰め寄ろうとするが、そこに割って入る人物が居た。
今まで一言も喋らずただ横に居ただけの若い獣人。
(やはり彼が例の獣人か?!)
その獣人は杖を突き付け、えらく平坦な声で宣言する。
「これ以上おばば様に近寄るな。近寄ると殺す」
「はぁ?!やれるも」──グシャ。
まだ台詞の途中なのに騎士の声は聞こえなくなる。
その理由は簡単だ。腹から上が綺麗に潰れて、下半身がピクピクしているから。
メイヤは何が起こったのか理解するのに、幾許かの時間が必要だった。
騎士の残った下半身を見つめ漸く理解する。
「きゃあぁぁああ!」
「な、こいつやりやがったな?!」
「囲んでから「『風斬』」
──スパン。
とても軽い。そう。まるで真夏に西瓜を真っ二つに切ったような音が聞こえる。
それだけで騎士の頭は、胴体と永遠の別れをすることとなる。
残った胴体から噴水のように血が吹き出し、辺りを真っ赤に染め上げる。
メイヤはもう逃げることなどすっかり頭から抜け落ち、蹲って頭を下げることしか出来なかった。
「なっ?!獣人が魔法だと?!」
「おい!魔道士!何とかしろよ!」
「くそが?!獣人が調子に乗るなよ!『火炎球』!」
「『土槍』!」
「『氷槍』!」
燃え盛る火炎が、土塊の槍が、煌めく氷の槍が、次々放たれ獣人に向かう。
獣人が『魔法障壁』を唱えた様子は無い。
しかし──パン!パン!パン!
渇いた音が三つ聞こえた。
騎士の魔法の結果はそれだけだった。
「これで帰ってくれないかぁね?全滅しちまうよ?」
村長の言葉にメイヤは一気に理性を取り戻す。
帰れる。そう思っただけで、メイヤは小躍りしたい気分に駆られた。
「は、はいぃぃ!かえらせ「ふざけるな!」
メイヤの言葉を騎士が遮る。
(折角帰れるのに!本当に余計な事しかしない!)
メイヤは思いっ切り舌打ちをし、騎士達を睨み付ける。
しかし、もう遅かった。
「村長だ!そのばばぁを狙え!」
悪くは無い。確かに人質を取ることは強者に対向しうる方法だ。だがそれは、確保出来ればだ。
「おばば様に近付けると思っているのか?」
そう言って、先頭の騎士との距離を一瞬で詰める若い獣人。
「なっ?!はや」──ゴパァァン。
頭が消える騎士。
さらに近くの騎士が脇腹から鎧ごとひしゃげる。
煌めく風の刃がまた一人の騎士を切り裂く。
もう残ってる騎士は既に半分。騎士達は戦意を失いつつあった。
「え?え?え?まって」──グシャ。
「たすけ」──スパン。
「『魔法障壁』!」
残った魔道士の騎士三人が魔法障壁にて身を守る。
そして、ある程度の距離を取り、自慢気に宣言をする。
「俺達に魔法は効かない!」
基本的な一段の魔法。これを防ぐ方法で、一番手っ取り早いのがこの魔法障壁だ。
「ここから魔法でそのばばぁをやれるぞ!」
「大人しくしろ!」
何故かあの若い獣人には魔法が効かない。しかし、村長は話が別だろう。
ある意味、離れたままで人質を取ったようなものだ。
だが、
「そんな方法が効くならおばば様をとっとと逃がしてる筈。そう思わないのか?」
最もなことを若い獣人は言う。
正論だ。戦闘が始まった段階で、村長は足手まとい以外の何者でもない。
なのに何故まだ居るか?それは守りきる自信があるからじゃないのか?
メイヤはそう思ったが騎士はハッタリと受け取ったようだ。
「ほんとにやるぞ?!いいんだな?!」
自信に満ち溢れている若い獣人に、少し怯みながらも声を張り上げる騎士。
それに対して、若い獣人は杖を突き付けポツリと呟く。
「『地獄の業火』」
ゴウ!
魔法障壁は一段の魔法を防ぐ。だが、当然それを上回る魔法を撃たれたら防げない。
業火の炎が騎士達を包み込む。
メイヤはまだ分かっていない。その炎の火力も、中で何が起こっているのかも。
炎が消えたら魔法障壁に守られた騎士が姿を現す。
そう信じて疑わない。
そして、天まで焦がすかと思われた炎が漸く収まり、騎士の姿が見えて──はこなかった。
鎧すらも溶かして消した地獄の焔。
当然その中身がこの世に残るのを許す筈もなかった。
「あ、あ、あ、あ」
ゆっくりと近付いてくる若い獣人。
それに対して言葉にならない声を洩らし、下半身が生温かくなるがメイヤはそれには気付かない。
「さて、あんたはどうする?」
ここで漸くメイヤは思い出す。この獣人達は帰ってもいいと言っていたことを。
「……逃がしてくれるのですか?」
「初めからそう言っている」
だが、この若い獣人の目が怖い。まるで道端に居る虫を見るかのような目が。
そこで村長がメイヤの前に来て、ゆっくりと話始めた。
「私達は横暴な税は払わない。税は三割、人間の横暴を確りと取り締まる。それを領主様に伝えてほしいだぁね」
コクコクと壊れた玩具のように首を振り、馬に飛び乗り一目散に村から飛び出た。
顔を真っ青にしながらユンダの街を目指すメイヤ。
そこで漸く下着が濡れていることに気付いたが、それが生きていると実感させてくれて、メイヤは人知れず笑みをこぼした。
お読みいただきありがとうございます。




