騎士の末路
よろしくお願いします。
騎士の名前はベズライヤ=ルワンダ。この地を治めるルワンダ辺境伯のお世継ぎだ。
ベズライヤは、小さい頃より政治を学び、父の後を継ぐため勉強に明け暮れていた。
それでどこか歪んでしまったのだろうか。いつしか下の者に配慮出来ない人物となってしまった。
勉強だけでは駄目になると思ったルワンダ辺境伯は、此度の盗賊退治に息子を連れていってくれとロゼル隊長に頼み込んだ。
快く請け負ったロゼル隊長。しかし、肝心のベズライヤは、その意味を全く理解せずに盗賊退治は終わったしまった。
ベズライヤは飛び出した幼い獣人には、余り興味を示さなかった。
それよりは、その後ろに居た獣人だ。
なんと綺麗で野性味溢れる獣人なのだろうか。
ベズライヤは当然貴族なのだが、人間の女は着飾って駄目だと最近思っている。
ギッチギチに締めたドレスに、これでもかと塗りたくる化粧。虚栄心に満ち溢れた心。
何を取っても美しくない。
それに比べてこの獣人はどうだ。
長く綺麗な茶色い髪を、何も弄らずストレートに下ろしている。
化粧っ気など微塵も感じない顔。それにも関わらずとても整って見える。
正に素材が良いと言える。
そこまで可憐なのに、どこか野性味を感じさせる雰囲気もベズライヤ好みだ。
「ほしい……」
ベズライヤは思わず呟いた。
そして、それを聞いた周りの騎士が驚愕する。
まさかルワンダ辺境伯の御子息とあろうものが獣人に惚れた?
そんな騎士達の驚愕に気付いたベズライヤは、ハッとして訂正する。
「そういう意味では無い!知り合いに綺麗な獣人が欲しいと言っている奴がいるのだ!」
すぐに嘘と分かる言い訳に、他の騎士達は苦笑するが、ベズライヤはこの獣人を奪う方法を考えるのに必死で、気付くことはなかった。
人間は獣人に対して、好き放題行っているように見えるが、貴族などの上の地位に居る者はそうでもない。
少数派だが獣人を保護しようとする派閥があるからだ。
それの筆頭はロゼル隊長。その他にも、少ないながら貴族の名が連なっている。
特に理由もなく獣人を連れ去るのは、盗賊や名も無き冒険者や下っ端の役人ならいざ知らず、貴族であるベズライヤは不味いのだ。
馬に乗りながら、必死に獣人の子供を宥めてる女を見つめる。
よし。と一言呟き声を張り上げる。
「そこの子供!誰に口をきいている!不敬であるぞ!」
「すみません!何分幼い者でして!」
必死に謝る年老いた獣人。お前ではない。
舌打ちしたい気持ちを堪え、さらにベズライヤはいい募る。
「いいや!勘弁ならん!」
「何卒!何卒お許しを!」
「お前達の態度如何では許してやらないでもない」
「我らはどうすれば?」
上手くいった手応えを感じ、ベズライヤの口角がツーっと上がる。
周りの騎士はそのあまりにもわざとらしい物言いに呆れ気味だが、当然ベズライヤはそれには気付かない。
「そこの女!私の元に来い!」
女は少し狼狽えながらも、近くの獣人に子供を託しベズライヤの元に来る。
間近で見ると、さらにその美が際立つ。
ますます手に入れたい欲求に駆られるベズライヤ。
「……何でしょうか?」
「名はなんと言う?」
「……セリナ」
何とも胡乱な目付きでベズライヤを見ているが、当然それを咎めるつもりなどベズライヤには無い。
それがいいのだ。
「お前が俺の元に来るならその幼子のことは多目に見よう。どうだ?こんな村に居るよりいい生活をさせてやれるぞ」
騎士の面々は、始めの言い訳はどこに行ったと突っ込みたい気持ちに駆られるが、勿論口は噤んだままだ。
ただ、このベズライヤの言葉に嘘は無い。
奴隷にされた獣人は、皆一様に酷い目にあわされていると思われがちだが、事実はそうではない。
少なからず人間に気に入られ、よくされている獣人もいる。
当然この村に居て、外の情報が入ってこないセリナには知るよしもないことだが。
そして、それを知ったからといって、セリナが人間の元に行くかどうかは又別の話だ。
答えに詰まるセリナを見て、アスナリアは呆れて物も言えなかった。
(なんじゃそりゃ……。めちゃくちゃだ……。まさか受けたりしないよな?)
だが、ではどうする?
めちゃくちゃな理論だが、ここで騎士に刃向かって反旗を翻すのか?
それでこの村はどうなる?アスナリアの一存で決めていいものなのか?
只管自問自答を繰り返すアスナリア。
セリナがチラッとこちらを見るが、直ぐにベズライヤに目線を戻しハッキリと告げる。
「お断りさせていただきます」
その言葉を聞いた瞬間、周りの騎士が一気に色めき立つ。
口々に罵詈雑言をセリナに浴びせかける。
「獣人風情が生意気な!」
「ベズライヤ様に見初められたのに!」
「貴族とは何なのかも知らない蛮族が!」
黙ってそれを聞き入れるセリナ。
ベズライヤは当然セリナに対して怒りなど無い。
これがその辺の領民や獣人だと話が違うのだが。
しかし、ここでセリナを許すのはベズライヤには出来なかった。
何故ならここで許してしまうと、ベズライヤは獣人に甘いと思われる。
いくら保護される派閥があったとしても、まだまだその反対の派閥の方が大きい、だからそれは宜しくない。
従って、結局は力押しに頼ることになってしまった。
これは、周りの騎士が憤慨した時点で決まってしまったことなのだ。
「この獣人を捕らえよ」
しかし、この言葉に一番早く反応したのは──アスナリアだった。
「何か用か獣人」
セリナが連れていかれる。そう思った瞬間に、体はセリナの前にと動いていた。
チラッとセリナを見ると、泣きそうな顔でアスナリアを見ている。
(そんな顔するなよ……。セリナは何も悪くない!)
もうアスナリアは、村がどうこうとか、騎士だからどうこうとかは考えてなかった。
セリナを守る。アスナリアの頭の中はそれしか無かった。
「セリナは連れていかせない。どうしてもと言うなら俺を倒してからにしろ!」
テンプレの台詞に、若干顔を赤らめながらアスナリアは宣言する。
取り敢えず、ヘイトを自分に集めるために。
作戦が成功したのか、騎士達の殺気は全てアスナリアに集まる。
「いい根性をしているな。ではお望み通りにしてやる。やれ」
ベズライヤの言葉に、二人の騎士が前に出ることで答える。
獣人風情に対して多対一などプライドか許さない。
だからと言って一対一で怪我などしても仕様もない。
結果二人の騎士が馬から降り、アスナリアに向かうこととなった。
それはつまりこうとも言える──始めに死ぬ騎士が決まったと。
アスナリアはスッと杖を突き付けて、魔法を一つ唱える。
「『闇の捕食者』」
騎士の真上、手を伸ばせば届きそうな位置に闇が現れた。
闇は異様な速度で渦巻いている。だが、それにも関わらず音は一切聞こえない。
それはあたかも、全てを飲み込むブラックホールのようだった。
この異様な光景に、真下の騎士より先に後ろの騎士が気付く。
しかし、あれは何だと口を開けてボーッと見るしか出来なく、真下の騎士に注意を促すことすら頭から抜けていた。
そして、闇が降りてくる。
闇は騎士の二人を優しく包み込み、そのまま小さくなって消える。
後には何も残らない。死体すらも。
──静寂。
ゆっくり十ほど数えた後に、漸く騎士達が喚き始める。
「な、なんだ今のは?!」
「ま、魔法なのか?!」
「ありえん!相手は獣人だぞ?!」
アスナリアはここで又一つ勉強をした。
ロゼル隊長の事が頭にあり、闇属性の最上級即死魔法を使ったのだが、相手は見たことも無い魔法だったようだ。
「落ち着け!所詮は獣人一匹!魔法を使おうと囲んで仕留めるぞ!」
ベズライヤが大声を張り上げ騎士を鼓舞する。
あまりにも異様な光景だったが故に、騎士達は恐怖が沸き起こるより混乱が先に立つ。
そこに聞き慣れた命令。騎士達は考えるより先にその命令に自分を託す。
馬から降り、アスナリアを半円形で向かい打つ陣形をとり、各々剣や槍などを構える。
(魔法は使わないのか?)
アスナリアは知らないことだが、ここにいる騎士は魔法が使えない。
勿論使える騎士はいるのだが、それらは一括に魔法部隊として纏められている。
故にここにいる騎士達は、近接戦しか出来ない。
「一斉に掛かれ!」
『おおおぉぉぉおおお!!!』
黒の宝石が煌めき、杖が宙を舞う。
この二日間お世話になっている杖。
アスナリアの期待に存分に答え、騎士の攻撃を尽く受け、弾く。
ただの一太刀もアスナリアには届かない。
目の前の騎士が、幾度目かの攻撃を弾かれ蹌踉ける。
アスナリアはその隙を逃さず、手に戻った杖を降り下ろす。
グシャ!
真っ赤な花が咲いたように血飛沫が舞う。
鉄で作られている兜がひしゃげ、頭蓋が割れる。
頭から腰までを綺麗に潰された騎士が、足をバタつかせ崩れ落ちる。
受け、降り下ろす、受け、降り下ろす……。
グシャ!グシャ!グシャ!グシャ……。
いつしか回りには、元騎士と呼ばれた肉塊が十ほど出来上がっていた。
返り血に染まったアスナリアのローブが、黒から赤へと変色している。
「お前は……。何者なのだ……」
「ただの迷子の獣人だよ」
ただ一人残されたベズライヤは漸く気付く。
目の前の獣人は相手にしてはいけない存在だったと。
ゆっくり近づいて来るアスナリアを見るしか出来ないベズライヤ。
絶望が胸を埋め尽くし、目が泳ぐ。
着込んだ鎧は何の役にも立たないばかりか、体が小刻みに震えガチャガチャと音を立る。
その音が、ベズライヤに更なる恐怖を与えた。
「ま、待て!俺を殺したら」──グシャ!
ベズライヤの最後の言葉はアスナリアには届かず、黒く輝く杖に潰され、掻き消えた。
「『水球』」
バシャ!
体を振り、水気を飛ばす。それだけでローブは漆黒を取り戻していた。
(……やらかした~!)
そっと後ろを振り返るアスナリア。
アスナリアの耳はペタンと垂れ、尻尾も足の間に逃げ込もうとしていた。
セリナは何とも言えない顔をして、アスナリアを見ている。
(やっぱり追放されるのかな?)
ソロソロと機嫌を伺うようにセリナに近付く。
上目遣いになり、怒られるのを待つ子供のように身を縮こませる。
「なんて顔してるのよ。私を助けてくれたんでしょ?ありがと」
パァと晴れやかになるアスナリア。
だが直ぐに不安に胸が押し潰される。
「でも村が……」
「そんなこと気にしなくていいさぁね」
「おばば様!」
いつのまにやら村長が来ていて、セリナの近くに立っている。
「どうせ潰される村だぁね。それより、セリナを助けてくれてありがとう」
「お兄ちゃん!凄いかっこ良かったよ!」
「おばば様、マチュピア……」
おばば様とマチュピアの言葉に周りの獣人も笑みを溢す。
「あの変な黒いのと、最後の水の球って魔法でしょ?やっぱりアスナリアは魔法使えたんだね」
「あう?!やっぱりって?!ばれてた?!」
「あれで誤魔化せてたつもりなんだから。アスナリアって抜けてるわよね」
アスナリアがセリナと話している間に、おばば様がこれからの行動を皆に示す。
「取り敢えずは知らぬ存ぜぬを通すよ。この村には騎士など来なかった。いいね?アスナリア。あの残骸を処分しておいておくれ。馬は魔の森にでも放しとけばいいさぁね。その後で私の家で話し合いをするよ」
てきぱきと指示を出し、皆を動かす村長。
こんな小さな村でも、百人もの獣人を纏めていただけのことはある。
「アスナリア。あんたはあれを片付けたらすぐに来るんだぁね。この村の行く末はあんたが握ってると思うんだぁね」
ごくりと唾を飲み込み、おばば様の迫力にただ頷くしかないアスナリア。
その手をそっと握るセリナとマチュピア。それは大丈夫だと言ってくれているようで、アスナリアの心は安心感で満たされた。
お読みいただきありがとうございます。




