戦争-3
本日二話投稿の一話目です。
よろしくお願いします。
国王のみが使うことを許された馬車。今そこには、とてもそれに乗るには似つかわしくない無い者達が二名乗っていた。
レイブラント王国の王子でありながら父親を裏切ったロズベル。帝国の切札の魔道士であるテュイ。
今この二名が、我が物顔で国王が乗るべき馬車を占有している。
「ロズベルさん、このまま王都まで行っちゃおう!」
「うむ」
ベルメール伯の二万の騎士は、その数からしたら少ないが、近衛兵を制圧するのにある程度の損害を出していた。
ロズベルは、自分が王になった後に使うだろう騎士達を、出来るだけ殺さずに捕らえるよう指示を出していたのだ。ただ、流石は精鋭である近衛兵。国王に対する忠誠心も高く、簡単な作業ではなかった。
それでもやはり数の差は容易には覆らず、約半分が捕縛されていた。今その近衛兵は、馬車の外を縄に繋がれ歩かされている。
国王と王女殿下と同様に。
ミュレルは周りを見て、深く深く溜め息を吐く。
(今周りにいないベルメールとその騎士達は、王都に向かわせているのでしょうね……)
その何も考えていないロズベルの行動に、唾を吐き掛けたい気持ちになるミュレル。そして、くっと呟き、悔しそうに顔を歪ませる。
その呟きを聞いた国王がミュレルに視線を向ける。
「ミュレルよ……」
「はい。お父様」
国王の言葉に何とかいつもと同じ様に返事を返す。
「私はどこで間違ったのだろうか?」
「お父様は聡明ですわ。そうですわね。唯一間違ったと言えるのは、あの男を野放しにしていたことでしょうか」
「ふふ。相変わらずきついことを言う。流石は我が娘だ」
国王の力無い笑い声が響く。そして、ミュレルは王都の方を見やる。
(ズーは、間に合ったのでしょうか……?)
「はぁ、はぁ」
スタイルを維持するためにしか運動をしていなかったミュレル。それだけでは当然体力などつかない。
それでもミュレルはまだ若いから何とかなっている。心配なのは国王だ。もういい年をした国王を、こんなに歩かせるとは正に鬼畜の所業。
「はぁ。くっ、お父様……。大丈夫ですか……?」
「まだ、生きてはおるな……」
もうあれからどれぐらい歩いただろうか。
ミュレルは天を見て、太陽の眩しい光に鬱陶しそうに目を細める。
ロズベルはどうやらミュレルと国王を生きて王都に連れていきたいようで、殺す気はまだ無いようだった。
(どうせ王になった自分を見せたいとか仕様もない理由なんでしょうけど……)
「そこのあなた」
いきなりミュレルに声を掛けられた騎士は目に見えて狼狽える。
「な、なんです──なんだ?」
思わず敬語を使いそうになった騎士を見て、ミュレルは思わず笑いそうになる。
人間そうは簡単には変われない。おそらく根っこの部分は、国王やミュレル相手にこういう扱いをするのに罪悪感があるのだろう。
それを押さえ付けているのは金か忠誠か、それとも帝国か。
「お父様がそろそろ限界ですわ。休憩させてくださいまし」
騎士は「聞いてくる」と言い、馬車へと向かう。
不意に馬車が停止して、扉が開かれる。そして、今最も見たくない顔が現れる。
「ミュレルよ、あまり我が儘を言うでない」
何とも呆れた言い分。ロズベルのその顔は、本当に我が儘を言われて困る。と言っているようだった。
「あら?これが我が儘と言うのなら、あなたの言っていることは一体何なのでしょうか?さしずめ子供の癇癪といったところでしょうか?」
ピキッと音がしそうな程にロズベルは顔を引き攣らせる。口をヒクヒクとさせながらも何とか耐えているようだった。
「言うではないか、妹よ」
「やめてくださいまし。あなたのような盆暗に妹呼ばわりされたくはありませんわ」
「……!こいつっ……!」
ロズベルが手を振り上げる。
思わず目を瞑り、衝撃に備えるように歯を食い縛るミュレル。
しかし、
──「姫様に手は出させない」
聞こえてくるのは天使の囁き。待ち焦がれた恋人の声。ミュレルは愛しい人を見るかのようにその広い背中を見る。
泥だらけの背中はいつもの白銀の鎧ではない。いつも自分の後ろに控えているので見慣れた背中でもない。だが、ミュレルがそれを見間違える筈もない。
故に叫ぶ。いや、涙が溢れてきていて、到底叫ぶという声ではないが。
ともかく声に出して、その愛しい背中の人物の名前を呼ぶ。
──「ずぅうう!」
いきなりミュレルとロズベルの間に現れたズーは、確りとロズベルの振り上げられた手を掴んでいる。
「なっ?!貴様!何処から……?!」
突然目の前に現れたズーに面白いようにパニックになるロズベル。
「は、離せ!」
鍛え上げられた獣人の力。それは、ロズベルの細腕には少々酷な力だった。
ギリギリと音が聞こえるぐらいにズーは腕を握り込む。
「ぎゃああぁぁああ!」
ロズベルの叫び。そして、ゴキッと気持ちの悪い音が周囲に響く。
右腕をプラプラとさせたロズベルが、騎士達の元に下がりながらキッとズーを睨み付ける。
「お前達!こいつを殺せ!」
『はっ!』
周りの騎士がその命に従い、ズーとミュレルを取り囲もうと動き出す。
「腕が……!くそっ!生かしておいてあげたというのに……!」
いくらズーが剣の達人だとしても多勢に無勢。勝ち目はない。だが、ミュレルは理解している。
何故ズーが急に現れたかも、傷を負い、血が流れていたのにその傷が何故治っているのかも。
答えは一つしかない。
「だから夜まで待とうって言ったのに」
何も無いところから声が聞こえてくる。ズー程の安心感は無い。しかし、ズーの次に安心できる声がミュレルの耳に入ってくる。
「『多重魔法・土槍』」
何十本もの土の槍が現れて、煌めく筋を中空に残して騎士達に向かい飛んでゆく。
わざと外したのだろうか?それらは全て、騎士までは届かずに騎士の目の前、足元にザクザクと突き刺さる。
「ひっ?!」
「うおっ?!」
出鼻を挫かれた騎士達は動きを止めてしまう。そして、少し離れた所から見慣れた黒いローブを纏った獣人が歩いて来る。手には煌めく杖を持ち、先端の黒い宝石はいつもと同じ輝きを携えている。
「お待たせ、姫様」
「アスナリア殿!」
気を取り直した騎士達は、再度取り囲もうと動き始める。
「ふん。たかが獣人が一匹から二匹に増えたところで何が出来る!」
その言葉を聞いたアスナリアは、目をスッと細めてズーに問い掛ける。
「ズー、あいつは殺していいよね?騎士じゃないし」
「あ、アスナリア殿っ!先ずは陛下と姫様の身の安全の確保からお願いします!」
その平坦だが殺気の漏れだした声に、少し戸惑いながらもズーはアスナリアに進言する。
「あぁ、そだね」
相も変わらずに軽い言葉を掛けてくるアスナリア。そして、徐に懐に手を伸ばして、そこから小さな石を取り出した。
ミュレルや国王、果ては騎士達や近衛兵までもが同じ顔をする。なんだそれは?と。
単なる石ころにしか見えない。
アスナリアがニヤリと笑うや否や石ころが光る。然程眩しくはない光。だが、普通の石ころではあり得ない現象が起きている。そして、その効果は直ぐに現れる。
音も無く石壁が現れた。丁度ミュレル達と周りに居る騎士達の間に、聳え立つように石壁が現れたのだ。
高さは五十メートル程だろうか。見上げるほどの石壁が、捕らえなければいけない者達をぐるっと囲んでいる。
しかし、騎士達は焦ることも怒ることもしない。それどころではないからだ。
確かに土壁という壁を造り出す魔法はある。だがこれは、そんなチャチなものとは一線を画している。
何十人もの屈強な男達が、何日も掛けて汗水垂らさないと実現不可能な代物だ。
それが一瞬にして目の前に現れた。これで呆けるなと言う方が無理があるだろう。
そしてそれは、その中に居る人物達も例外ではない。平気な顔をしているのはアスナリアだけで、ミュレルや近衛兵達は目をまん丸と見開き、俺達は驚愕をしているんだと顔で精一杯表現していた。
「あす、あ、アスナリア、殿?こ、これは何ですか?」
「ん?『石造りの壁』っていう魔道具」
いや、魔道具なのはわかる。聞きたいのはそこじゃない。と思ったミュレルだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
この状況でやることは一つだけだ。
「アスナリア殿!早く『転移門』を!」
「はい。ユンダの街の冒険者組合に繋げます。そこのイシュルと言う受付に俺の名前を出してください。いきますよ?『転移門』」
黒い塊が壁に囲まれた中に現れる。
ミュレルやズーには見慣れた光景。だが、それ以外の人物には耳に聞こえた神話の魔法。
「さっ!お父様早く!」
「みゅ、ミュレルよ……。こ、これに入るのか?」
国王が黒の塊に指を指しながらミュレルに問い掛ける。戸惑うのは当然だろう。全くの未知の物体に身を委ねる。これは切羽詰まった今の状況でも中々出来ることではない。だがしかし、今はモタモタしてはいられない。
ミュレルは戸惑う王を転移門に──蹴り入れた。
「おっ、おおぉぉおお!!」
よく分からない声を上げながら黒の塊に突っ込んでいき、姿が掻き消える。
続いて、自分の父親を蹴るためにスカートの裾を掴んでいたミュレルが飛び込む。
「ズー、先に──」
アスナリアは言葉を切り、バッと上を仰ぎ見る。
この魔道具は周りを囲うのであって、上空はポッカリと穴が空いている。だが、誰が思うだろうか。五十メートルの石壁を乗り越えて来る者がいるなどとは。
そこには白いローブの魔道士が浮かんでいた。そのブカブカの裾から覗く指先をこちらに突きつけている。
「『火炎球』!」
「『飛行』」
その魔法が飛び込んでくるのとほぼ同時に、アスナリアは飛行の魔法を唱えて中空に浮かぶ。
迫り来る焔がアスナリアへと着弾する。
だが──パァァン!と渇いた音を残して魔法は霞のように消え失せる。
「えっ?!何々?!すごっ?!今のどうなってるの?!」
「チッ、飛行を使える魔道士が居たのか……」
アスナリアは一つ舌打ちをして、帝国の切札であるテュイを睨み付ける。
その肝心のテュイはこれからの戦いに心が踊っているのか、子供らしい屈託のない笑顔をしていた。
「あ~あ。国王逃がしちゃったよ。っていうか凄いね。『転移門』使えるんだ?獣人が魔法を使えるのも驚きだけど」
「誰だお前」
「テュイだよ!帝国で宮廷魔道士やってます!」
えへっ、と舌を出してピースをアスナリアに送る。
なんだこいつと訝しい目を向けた後で、アスナリアはチラリと下を見る。
そこには剣呑な目をしたズーと近衛兵達。黒い塊は消えてしまっている。だが、取り敢えず必要な人物は向こうに送った。
「まっいっか。お前を潰してからゆっくり向こうに行けば」
アスナリアのその一人言のような言葉にテュイは不満を漏らす。
「あ~!僕が子供だからって舐めてるなぁ!」
いや、実際子供だろ。とアスナリアは心の中で突っ込みながら、テュイを撃退するために高度を上げた。そして、五十メートルまで上がって石壁の頂点で止まる。
頭の上に綺麗な青空が広がっている。思わず見渡してしまう程の空の景色だ。
アスナリアはぐるっと首を回した後にテュイを見る。そして、「さて、殺るか」と呟いてから徐に杖を向けた。
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