戦争-2
よろしくお願いします。
ユンダの街へと続く街道を三台の馬車が進む。
その内の一台には一羽の鷲が羽を広げ、飛び立とうとしている紋章が彫り込まれている。
以前ミュレルが同じ道を通った時よりも豪華な馬車。国王が乗るときにのみ使われるその馬車は漆黒の色をしていて、太陽の光を反射して輝いている。
晴れ渡る青空の下、百人の騎士に囲まれた三台の馬車はゴトゴトと進む。
剣呑な目をしている護衛の騎士の雰囲気と同様に、国王の乗っている馬車の中も、些か刺のある空気を醸し出していた。
これから国の存亡を掛けた戦に行くのだからそれは仕方ないと言えよう。
国王は何かを考え込むように目を閉じ、ソファーに深く沈み込んでいる。
その馬車には後二人。王女と王子が乗っていた。最近特に仲の悪くなった二人は、一切口を利くことなく旅を続けていた。
しかし、ミュレルは不思議に思う。アスナリアが宮廷魔道士になってから途端に大人しくなったロズベル。
必ず何かしてくると思っていたが、特に獣人に対して何かをするでもなく。ベルメール伯と宮殿で会っているだけだった。
(お父様があからさまに獣人を擁護しだしたから諦めたのかしら……)
まぁ、それならそれでいいとミュレルは思っていたので、特にロズベルに対して何もしなかった。
それが裏目に出たのだろうか。いや、いくら聡いミュレルだとしても、今から起こることを予測することは出来なかっただろう。
馬の嘶きと共に急に馬車が停止する。
二人は驚き、一人は嫌らしい笑みを浮かべる。
「どうした?」
国王が目を開けて呟く。当然ミュレルには分からない。途中の街に着くにはまだまだ時間が掛かる筈。
これほどの護衛が居る馬車を襲う頭の悪い盗賊などいないだろう。
なら何故止まる?その答えは直ぐに分かることになる。
コンコンコンと馬車の扉が叩かれ、護衛である騎士が顔を見せる。
「どうしました?」
ミュレルの問いにその騎士は一礼をして答える。
「ベルメール伯の騎士達が街道を塞いでおります」
「何ですって?」
とっくにユンダの街へと着いている筈のベルメール伯の騎士達。何故こんな所にいるのか。
しかも街道を塞ぐなど意味が分からない。
「ベルメール伯はいるのか?」
国王の問いに見える所にはいないと騎士が答える。
「一体何をしているのだ?」
国王のその呟きは、周りの護衛によるざわめきで潰される。
突然浮き足立つ護衛達。
それもその筈で、ベルメール伯の騎士達が国王が乗った馬車を包囲するように動き出したのだ。
それを知らされたミュレルは、「まさか……」と呟きロズベルに目を向ける。
「ロズベル……。お前……」
国王のその言葉を受けたロズベルは、どこか狂った、そう。とても正気とは言えない表情をしていた。
そのまま狂気の顔を張り付けたままのロズベルは、徐に口を開く。
「父上が悪いのですよ。ここまで私を蔑ろにした父上が」
剣戟の音が聞こえてくる。
勝てる訳がない。いくら精鋭揃いの近衛兵でも多勢に無勢に過ぎる。ミュレルは既に次善の策を頭に浮かべ、実行に移す。
バッと立ち上り、護衛の騎士を押し退けて馬車から飛び降りる。
ロズベルは逃げれる訳がないと確信しているのか、動かない。
目的の人物を見つけ、息を思いっきり吸い込み、叫ぶ。
「ズーぅぅぅううう!!!」
呼ばれた獣人の偉丈夫は既に傷を負い、血を流して騎士と切り結んでいる。だが、敬愛する自らの主君の声をズーが聞き逃す筈がない。
ピクリと反応して、目線を向けずに耳をそばだてる。
「アスナリア殿に!知らせに!行くのですぅぅううう!!!」
揺れるズーの心。この一大事の場面で主君から離れる。そんなことは出来ない。出来る筈がない。
だが、悩んだのは数瞬。ズーは徐々に包囲の輪から遠ざかる。
今自分がこの場に居ても主君は救えない。情けないのは分かっている。だが、そんなプライドより何より、ズーはミュレルを救出することを優先する。
──付いてこれるなら付いてこい。
本気の獣人の走りは、人間には到底追い付くことは出来ない。
どうか間に合いますように、とそれを祈るように見送ることしか出来ないミュレル。
そこに、馬車の中からロズベルの声が聞こえてくる。今までミュレルが生きてきた中で、今さっき一番嫌いな声にランクアップした声が。
「妹よ、もう詰んでいるのだ。諦めて馬車に戻れ」
ロズベルをキッと睨むが素直に馬車に戻る。ここで逆らっても意味が無いと分かっているから。
「お兄様……。いえ、ロズベル。この国の危機に何てことをするのですか。こんなこと……。上手くいっても帝国に飲み込まれますわよ」
ロズベルはその言葉を聞き、クックックッとミュレルを嘲る。
「帝国とは既に話はついている。このクーデターが成功したら俺が王になる約束をしている」
開いた口が塞がらない国王とミュレル。
二人はそのロズベルの間抜けぶりより、帝国の方へと意識が移る。
──やられた。
漸く何故こんなに早く帝国が仕掛けたのか分かったミュレル。ロズベルの動きに便乗したのだ。
ここまでタイミングが一致しているのは裏で繋がっていたからだろう。
どちらから声を掛けたかは分からない。いや、事ここに至ってはそんなことはどうでもいい。
問題は、ベルメール伯の二万がここに居るということ。それはつまり、ユンダには今六万しか騎士がいないことになる。しかも、総指揮者である筈の国王もいない。
アスナリアも、そんな状況ではどうすればいいか分からないだろう。
──負ける。
王国が終わる。終わってしまう。
ガクンと頭を垂れるミュレル。
「ロズベルよ……!本当に帝国がその約束を守ると思うのか……?!お前はそこまで愚かだったのか……?!」
国王の絞り出すような声。その声を聞いたロズベルが顔を歪め、喚きだす。
「黙れ!だまれ!だまれぇぇええっ!!!俺は愚かなんかじゃない!愚かなのは父上とミュレル!お前だ!あんな獣人を重宝して!この俺を蔑ろにして!王子であるこの俺を!!!」
そこでスッと無表情になるロズベル。情緒不安定を絵に書いたような状態だ。
「ストラニアは俺を聡明だと言ってくれた。テュイもだ……」
「テュイ……?」
聞き覚えの無い名前に眉間に皺を寄せる国王とミュレル。
そこに、アスナリアを彷彿とさせる明るい声が聞こえてくる。
「僕のことだよ!」
ピョコと擬音が付きそうな雰囲気で馬車を覗き込む十才ぐらいの男の子。
ブカブカのローブの先から指だけを出して、ピコピコと動かしている。
「テュイ、何故ズーを逃がした?」
「僕の仕事は国王を確実に抑えることなんで」
えへっと笑いながら、全く悪びれずにロズベルへと手を振る。
「ふん。まぁいい、獣人一匹では何も出来まい」
「そ、そ、細かいこと気にしちゃ王様になれないよ!」
「ロズベル殿下、外は制圧完了しましたぞ」
そこに、無駄に腹を揺らした男が馬車を覗き込む。
見なくてもその怖気の走る声で分かる。ベルメール伯だ。
「ベルメール……!お前も帝国に踊らされたか……?!」
「陛下──いや、もう陛下ではない。あのような獣人に誑かされた者など王とは呼べん!」
「父上、もう大勢は決しました。王都に戻り、俺が王になるのを黙って見てて下さい」
国王はその言葉にガックリと膝を着く。
「どうせ部の悪い勝負なのです。騎士が死なないだけロズベル殿下は英断を下したと思いませんか?」
ベルメール伯、いや、ベルメールがニヤリと嫌らしい笑みをミュレルへと向ける。
(この男……!まさか……!)
そう。ベルメールは、ストラニアと一緒にロズベルを籠絡したのだ。
この男はロズベルを王位に着かせる気など無い。ミュレルは分かってしまった。だが、全ては遅かったのだ。
☆★☆
王都の貴族街の端、今アスナリアはそこの屋敷に住んでいた。
こんな大きな家は要らないとミュレルに言ったのだが、遠慮せずにと押し付けられてしまった。
ミュレルからしたらロゼルの家の近く、つまり貴族街にアスナリアの家があるのだ。あまりに見窄らしい家なら他の貴族からアスナリアが叩かれる。当たり前だが、それは避けたい事態なのだ。
セリナはその屋敷を見て一言。「この家、私が一人で掃除するの……?」と言った。
さすがにそれは可哀相なので、アスナリアは掃除だけお手伝いさんを雇うことに決めた。
「アスナリア~!朝御飯出来たよ!」
「は~い。今行くよ!」
掃除の人がいない時の屋敷は、その大きさが故に些か寂しい。だが、そこは新婚ホヤホヤの二人だ。存分に二人の時間を楽しんでいた。
「今日行くんだよね?」
「そうだよ」
アスナリアは軽く答える。その声色はとても戦争に行く者とは思えないものだ。
とっくにロゼルも国王もユンダの街に向かっているが、アスナリアは未だに王都でのんびりとしていた。
転移の魔法を使えば一瞬でユンダに行けるのだから当たり前だろう。
「死なないでって言うべきなんだろうけど──」
セリナはふふふ。と笑い、言葉を続ける。
「あすな──神様が死ぬわけ無いわよね」
「ちょっと、その呼び方は止めてよ!」
ごめんごめんと謝るセリナに、始めは嫌な顔をしていたアスナリアだが、それは直ぐに笑顔に変わる。
食事を終えたアスナリアは玄関に行き、身なりを整える。
「じゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
言葉を交わした二人の顔が重なる。
たっぷりと愛を確認した二人は、名残惜しそうにその顔を離した。
──ドンドンドン!
その時、そんな甘い空気に似つかわしくない騒音が、玄関の扉から発せられた。
「アスナリア殿!アスナリア殿!居ますかっ?!」
ズーのとても普通とは言えない切羽詰まった声。
二人はお互いに首を傾げながら扉を見る。
「ズーさん、だよね?どうしたんだろ?」
「もうユンダの街に着く頃の筈なんだけどね」
アスナリアが扉に手を掛けゆっくりと開く。
体ごとノックをしていたズーは、ゴロゴロと玄関を転がるように入ってきた。
「ちょ?!どうした?!ズー?!」
「あ、アスナリア殿……。姫様が……!姫様が……!」
鎧も脱ぎ捨て、泥だらけのズーが必死にアスナリアに訴え掛ける。
「姫様がどうした?!それだけじゃ分かんねぇよ!セリナ!水を持ってきてくれ!」
「わ、分かった!」
水をゴクゴクと喉を鳴らして飲み干したズーは、漸く一息ついたようでアスナリアに事情を説明した。
「うん。状況は分かった。取り敢えず王様と姫様を助けないとね」
「アスナリア殿……!俺一人では無理なのですっ!お願いします!姫様をっ!どうかっ!」
嗚咽を交えたズーの嘆願。アスナリアは知っている。ズーがどれだけあの姫様を大事に思っているか。
その姫様から離れてまでアスナリアへと助けを求めに来たのだ。そこにどれだけの覚悟があったかはアスナリアには伺い知れない。だが、胸が張り裂ける思いでその決断をしたのだけは分かる。故に、
「任せとけ」
と、アスナリアは胸をドンと叩き、ズーにそう告げた。
お読みいただきありがとうございます。




