戦争-1
よろしくお願いします。
帝国が軍をリューリュー大草原に集めている。
その報が王都まで届くや否や、レミルトン十三世は直ぐ様三人の大貴族を召集し、軍事会議を開いた。
机の上には散りばめられた羊皮紙があり、そこにはあらゆる方面から齎された情報が載っている。
焦って書かれたのか、とても読み取れない文字で書かれた物もあり、ヴィルマルク侯が叱責を飛ばす。
ここ何十年もの間、国同士での戦争と呼べるものは無かった。平和ボケした貴族達にとってはまさに晴天の霹靂。ある程度のへまは仕方のないことだろう。
何度目かの叱責の後、ヴィルマルク侯は溜め息を吐きながら呟く。
「ふぅ、ここまで混乱するものなのか」
水差しから自ら水をコップに注ぎ、それを一気に煽る。
「仕方ありませんよ。私だって多少は混乱してます。帝国の状況を知っていた私でもこうなのです。何も知らない者なら致し方無いでしょう」
ヴィルマルク侯の呟きを目敏く拾い、ローグシェラー伯がフォローを入れる。
「ふん。役立たずな者達だな」
ベルメール伯の嘲りが聞こえるが、今はそれを嗜める者はいない。そんなことで言い争いをするほど今は余裕が無いのだ。
「どのぐらいの規模になるのだ?」
「あらゆるところの領地から騎士を集めている情報があります。明確な規模はさすがに分かりませんが、仮に帝国の全ての領地から、国境警備や魔物に対抗する騎士を引いた数を単純に推測すると──約十万です」
国王の問いに答えるロゼルの言葉に時間が止まる。誰一人動けない中、一人の人物だけが口を開く。
「帝国は本気ですわね。本気で王国を取りに来てますわね」
ミュレルの美しい顔が歪む。
十万もの兵を国境沿いに並べる。これは、国が国に対する宣戦布告に他ならない。
お互いに商人の行き来は許していたが、国としての付き合いはほぼ皆無。間者を送り送られしていた間柄だ。こういう状況になっても何らおかしいことではない。
「これは……。こちらも総力戦をせざるを得ないな……」
国王の苦悶に満ちた発言に三人の大貴族はコクリと頷く。戦争は数の差で決まる。これは抗いようのない真実だ。
帝国は恐らくリューリュー大草原を決戦の場にするつもりだろう。なだらかな地形では地の利は効かず、単純に数がものをいう。
それだけの規模の兵を集めるつもりなのだろう。
「かき集めるとして、どのぐらいになる?」
「概算ですが……。十万はとても……」
未だに人間のみで騎士を構成している王国と、獣人を騎士に組み込み始めた帝国。この差が顕著に表れる。
原状動かせる騎士は、三人の大貴族が三万、二万、二万で、王都に居る近衛兵等の一万を合わせて八万だ。これは国境警備を除いた、余力をほぼ残さない上での数字となる。
帝国が出してくるであろう十万には届かない。負け戦、とは言わないが、かなり厳しいのは明らかだ。
「二万の差、ですか」
ミュレルは一人考え込む。アスナリアなら二万の差ぐらいならひっくり返せるだろうと。
原状分かっているアスナリアの戦力の物差しとしては、黒のドラゴンが適当だろう。
王国を焼き尽くせるそのドラゴンを、アスナリアは片手間で倒すのだ。そのドラゴンを二万の騎士で倒せるか?答えは否だ。
しかし、アスナリアとて生物だ。限界と言うものがあるだろう。
いくらなんでも十万もの──
(いや、さすがにそれは……。どちらにせよ、アスナリア殿には先頭に立っていただかないといけませんわね。しかし……)
それを納得させるのが難しい。ミュレルはチラリと三人の貴族を見やる。
ローグシェラー伯は大丈夫だろう。問題はヴィルマルク侯とベルメール伯。とくにベルメール伯は納得しないだろう。
彼等からしたら、Sランク冒険者よりちょっと強いという認識だろう。それは、黒のドラゴンの強さを認識していないので仕方がない話だ。
「冒険者を使ってはどうですか?」
「それは止めた方がいいでしょう」
ローグシェラー伯の提案はミュレルにあっさりと却下される。
「全員が全員素直に従うとは思えないですわ。よしんば起用出来たとしても、必ずそれは帝国に伝わりますわ。帝国にも当然冒険者はいますので、こちらが冒険者を集めていると知ったら同じことを帝国もしますわ。そうなれば数の差がそれほど詰まることもないでしょう」
なるほどとローグシェラー伯が頷く。
「ふむ。どちらにせよ、早急にリューリュー大草原に軍を送るように」
『はっ、畏まりました』
部屋に戻ったミュレル。こと軍事に関しては出来ることはそれほどない。王族の私兵は、近衛兵と一緒に騎士団隊長であるロゼルの管理下に入るからだ。
「さて、アスナリア殿。此度の件、参加してくださいますわよね?」
ズーに呼ばせて、部屋に来ていたアスナリアに目線を送る。
「はぁ、戦争かぁ」
何とも絶妙なタイミング。今暫く時間があると踏んでいたミュレルだが、予想以上に早く帝国が攻めてきた。
二万の数の差は確かに大きい。しかし、必勝か?と言われればそうでもないだろう。でも、そんなことを言っていても始まらない。相手が来てしまったら戦争は始まるのだから。
本当ならこちらも獣人を騎士に採用して帝国に対抗したかった。
ミュレルとしてはあまりアスナリアという存在を表には出したくはない。個の力として強すぎるのだ。
出すとしたら、黒のドラゴンのような時だけにしたかった。
もしアスナリアの力が分かり、どの国にいるか分かったとしたら、絶対に自国に引き入れようとするだろう。
ミュレルなら、王国の獣人を解放するから一緒に王国を滅ぼそうと誘うだろう。そんなに上手くいくとは思えないが、無いに越したことはない。
アスナリアの力は認めさせたいが、やり過ぎたら逆に毒になる。
しかしそうも言ってはいられない。実際奥の手を隠したまま国が滅ぶなど愚の骨頂だろう。
こうなると宮廷魔道士になっててもらって本当に助かった。そうでなければ、アスナリアは傍観を選んだ可能性が高い。
なにせこちらの軍には人間しかいないのだから。
アスナリア率いる獣人達は、一番美味しい所で参戦するだろう。帝国と王国の両方の軍が疲弊するのだから。
(さすがに穿ち過ぎ……ですわね)
「相手には獣人もいるんだよね?」
「ええ。やはり……嫌ですか?」
「そりゃね。でも──」
突然言葉を切り考え込むアスナリア。
「どうされました?」
アスナリアとしてはあまり手札は見したくない。だが、獣人が死ぬのもできる限り避けたい事態だ。しかし、さすがに乱戦となれば相手を選んで戦うことなど難しいだろう。
暫く思案し、よし。とアスナリアは呟いた。
「分かった。参戦するよ」
ミュレルはホッと胸を撫で下ろす。
確かに宮廷魔道士として、国王から参戦の要求は出来るが、アスナリアにはそれを跳ね除ける力がある。
この切羽詰まった時に参戦しろ、しないとかのゴタゴタはしたくはない。
「姫様、まだぶつかるまで時間あるよね?」
「えっ?ええ。後一月はあるでしょう」
じゃ、と言い。転移の魔法で姿を消すアスナリア。
相変わらず自分勝手だなとミュレルは溜め息をついた。
帝国の動きに呼応して、王国も同じく兵を集め始めてから約一ヶ月。続々とリューリュー大草原に兵が集まっていた。
現在はユンダの街とリューリュー大草原の間にて野営をしているが、数が数だ。見渡す限りの天幕がそこには広がっていた。
専門騎士のいいところは、時期を問わずに戦争に参加させる事が出来ることだ。これが民兵だとこうはいかない。
王国民の大多数が農民なのだ。収穫の時期等は当然戦争に参加出来なくなる。無理矢理参加させても士気が低いのが目に見えるし、犠牲が多ければ来年の税収が著しく落ちる。
戦争の相手に、収穫の時期は攻めないで下さいとでも言うのか?そんなことが通用する筈がない。
こちらが攻めなければ攻めて来ないなんて考えは、単なる愚か者か、思考を停止させた者の考えだろう。
何十年も戦争がなく、ともすれば無駄飯食いと揶揄される騎士団。来る日も来る日も訓練と魔物刈り。これが漸く日の目を見るのだ。多少羽目を外す騎士が出ても仕方のないことだろう。
今ユンダの街は、そのような騎士達のお陰で空前絶後の喧騒に包まれている。
万を越える騎士を養うには膨大な食料が必要だ。
騎士達の横を、食料を山程積んだ荷馬車が通る。即席の食料庫に運び込まれたそれらは直ぐ様分配され、また荷馬車が来る。
当然その費用は全て国持ちだ。飛ぶように売れる食料や嗜好品。そんな旨い話を利に聡い商人達が見逃す筈もない。
結果、ユンダに元々いた商人と稼ぎに来た商人が、鬩ぎ合いの相乗効果を産んで、朝から晩まで客寄せの声が響き渡る。
ロードルス=ルワンダ辺境伯の領主館。そこは今、その喧騒に負けるとも劣らない程に慌ただしかった。
「メイヤ!間もなく大貴族の方々がお入りになられる!お出迎えの準備はどうなってる!」
「はい。万事滞りなく整っております」
「流石だ!」
今回は国を挙げての大戦争。絶対に負ける訳にはいかない戦だ。士気を上げるために、国の上層部が最前線の街に入るのは当然だろう。
ロードルスはここ最近、めっきり獣人保護派になったと言われていた。始めはなんたる屈辱と歯を噛み締めていたのだが、徐々に風向きが変わった。
先ずは大貴族であるローグシェラー伯の転身。さらにはあの憎っくき獣人の宮廷魔道士入り。
確かに、反乱されたのはロードルスが悪いとされたが、それ以上にそんな獣人との和平を結んだ事が国王に評価された(ロードルス自身は結んだつもりは無かったのだが)。
国王からしたら要らない軋轢を防ぐための方便だったが、周りはそうは取らない。
なんと聡明な領主か。と言われ始めた。
そうなると強い者には弱いロードルスだ。あっさりと獣人保護派になるのを受け入れた。
「アスナリア様もいらっしゃるのか?」
なんとアスナリアを様付けである。これにはメイヤも呆れるしか出来ない。
まぁ、対立するよりいいか。と黙ってはいるが。
「おいでになるはずです」
「ふむ。最上級のおもてなしをするように」
当たり前だがこれは保身だ。以前は対立していた二人なのだ。アスナリアの機嫌を損ねないようにしないといけない。
アスナリアからしたら、「どうでもいい」と切って捨てられるだろうが。
この辺はメイヤの方がよっぽど理解している。余計なことをしない方がいいと。
「辺境伯様。アスナリア様はそんなことは気になさいません。むしろ、変に構う方が不審を買いますよ?」
「む。そうなのか?分かった。その辺はメイヤに任せる」
バタバタと走り回る従者やメイド。それに伴い着々と国王を迎い入れる準備が整う。
大貴族の後には、国王であるレミルトン十三世もこの領主館に入ることになっている。
国王と三人の大貴族。最後の軍事会議がここ領主館で開かれるのだ。
バタンと扉が開かれる。普段はロードルスが書類仕事をしている部屋なのだが、今そこは一つのテーブルと椅子が並んである会議室へと姿を変えていた。
入って来たのはロゼル。王都に居る騎士一万を率いて到着した。
「ロゼル殿、陛下は如何された?」
「王子殿下と王女殿下と共に来られます」
ヴィルマルク侯の言葉にロゼルが答え、部屋をキョロキョロと見渡す。
「ベルメール伯はどうされました?」
「まだ着いてはいないな。兵もまだ来ておらん」
「兵も?」
うむ。とヴィルマルクが頷くのを見てロゼルは訝しがる。
ベルメール伯が来ていないのはまだ分かる。だが、その兵もまだとは些か不自然だ。
行軍というのは時間が掛かるものだ。普通は先に軍を送る。現にロゼルは、国王より先にユンダの街に入っている。
ヴィルマルク侯、ローグシェラー伯、国王のそれぞれの兵は、既にリューリュー大草原にいつでも進軍出来るように準備を始めている。
そこにベルメール伯の二万の軍だけが未だに来ていない。
「何かあったのでしょうか?」
「まさかまたドラゴンとか言わないだろうな」
ローグシェラー伯の心配をヴィルマルク侯が冗談で返す。
ローグシェラー伯も冗談だと分かっているようで、ふふ。と笑いながらそれを流した。
「まぁ、行軍には不測の事態があるものだ。今暫く待とう」
ヴィルマルク侯の言葉に「ですな」と二人の男は頷いた。
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