セリナ
よろしくお願いします。
黒い塊が現れる。ぬっとそこから手が出てきて、数瞬もしないうちに体全体が現れる。
そこまで久しぶりではないが、やはり自分の家は良いなとアスナリナは一つ頷く。
(あぁ、そっか、王都に家買うんだったな。あれ?そう言えばお金はどうするんだろう?)
まっいっか、と呟き、お風呂の準備をする。
「クッハァ!!!やっぱ風呂は痺れるぐらいの熱さじゃないとね!」
ロゼルの家に居候していた(寝泊まりはしていなかった)が、風呂の温度が低いのだ。正確な温度は分からなかったが、些か不満があった。
「これで圧政が無くなればいいなぁ」
ふぅううぅ。と長く息を吐きながら今日のことを思い出す。
宮廷魔道士になったことの条件としては中々良かったのではなかろうか(ミュレルに盛大に怒られたが)。ああいう場での国王の約束は重い筈だ。
アスナリアが獣人の村を全て把握するなど不可能なのだから、王国全土にアスナリアという名前を響かせるよりかはよっぽど現実的だろう。
風呂から上りローブを身に纏う。この下着を着けない生活も大分慣れてきた。
最近この村の獣人達にも下着が出回り、若い女獣人を中心に人気を博している。文化交流が上手くいっている証なのだが、寂しくないと言えば嘘になるだろうか。
「あ、アスナリア!どうだったの?」
家を出たら直ぐ横にセリナの家がある。スッとそちらに目を向けると、セリナが笑顔で手を振っている。
「う~ん。色々あった。取り敢えずおばば様に報告に行くけど、一緒に行く?」
「行くわ!」
元気よく返事をしたセリナを伴いアズスの家へと足を向ける。
ふと横に目を向けると、セリナの綺麗な横顔が目に入る。
相変わらずに何もせずに伸ばしているストレートな茶色の髪。最近化粧品が入ってきた影響か、ほんのりと何かを塗っている顔。それがより自然な美しさを醸し出していた。
そんな不躾なアスナリアの視線に当然セリナは気付く。
「ん?どうしたの?」
「えっ?!いや!何でもない!」
変なアスナリア。と呟き、再び前を向いて歩き出すセリナ。
アスナリアは小さく気付かれないように溜め息を吐く。
人間にはあっさりお世辞が言えるのに、本命を前にするとヘタれるアスナリアであった。
アズスの家は木造から石造りの家へと建て替えられていた。
この村の顔とも呼ぶべき家なのだ。職人達が気合いを入れて入念に建てられた。
広い玄関を通り、アズスの部屋へと歩を進める。途中アズスの世話をするのだろう獣人に出合い、アスナリアは深いお辞儀で迎えられる。
「えっと……。どこ?」
「アスナリアは建て直されてからは初めてだっけ?こっちよ」
家の間取りも変わっていて、アスナリアには何処にアズスが居るか分からなくなっていた。
「ここよ」
想像していたよりもずっと立派になった扉。おぉ、と感嘆の声を上げてから中へと入る。
「アスナリアかい。久しぶりだぁね」
「はい。おばば様。お久しぶりです。村には帰ってきてるんですけどね」
暫く近況報告が続き、順調に村の拡張も進んでいることも語られる。
そして、
「今日王国の国王に会ってきました」
アスナリアのその言葉に、ガタンと思わず机を鳴らして驚愕を表すアズス。
アスナリアの非常識の強さは知っているし、ミュレルと懇意にしているのも知っている。だが、まさか獣人が国王と会うことがあるとは思ってもいなかったのだろう。
「そ、それで、何の話をしたんだぁね?」
「先ずはドラゴン退治の話で──」
たっぷりと間を空けた後、アスナリアは切り出す。
「宮廷魔道士に誘われて、それを受けました」
「何で?!」
次はセリナが間髪入れずに問い掛けてくる。
確かにこれだけを聞いたら、アスナリアが獣人を裏切って人間に付いたように聞こえる。
綺麗な顔を怒りで台無しにして、アスナリアに詰め寄る。
「セリナ待って!最後まで聞いて!」
アスナリアの言葉に「分かった」と言い、セリナは何とか怒りを抑えつける。
「交換条件として、獣人に対する圧政や人攫いを確りと監視させると王と約束してきました」
「お、お、おぉぉおお」
確かに原状この村は平和だ。だが、王国全土に散らばる獣人の村まで広げると話は変わる。
アスナリアは全ての獣人を救おうなどという烏滸がましい考えは持ってはいない。どうしても目の届かない場所は出てくる。
王都によく行くようになっただけで、アズスの部屋が分からなくなるのだ。情勢はアスナリアの知らないところでも着々と変化する。
よしんば力で抑えつけても必ずそれは破綻する。何故ならアスナリアがそこを離れたら元に戻るから。その度に一々力で抑えつけに行くのか?いくらなんでもそれは無理だ。
では、人間の王が言ったらどうだ?それをすると途端に監視の目が増える。誰でもない人間の目が。
後は、その王が獣人を裏切らないことを見とけばいい。それならばアスナリア一人でも可能だ。
そして、ゆっくりと獣人が人間の技術を身に付けていけばいい。アスナリアがいなくなっても大丈夫なように。
一番良いのが獣人に対する差別意識を無くすことだが、それは交流していくうちに無くなるのを祈るしかないだろう。
「そんな……。アスナリアを犠牲にするような……」
アスナリアの説明を聞いて怒りは収まったセリナだが、代わりに一人の獣人の人生を変えるほどの重荷をアスナリアに背負わせたことを気にかける。
「犠牲だなんて思ってないよ。俺にしか出来ない方法で獣人達の環境をよくしてるんだ。嬉しいんだよ」
アスナリアの笑顔が眩しい。セリナは目を細めてその手をアスナリアの手に重ねる。
「それに獣人第一に動くとも約束しましたから」
「はぁ、よくそれで受けてくれたぁね」
アズスはそれが如何に非常識かに気付く。セリナは当然気付かないが。
それは置いておいて、まだ言わなければならないことはある。
「それで、王都に家を持つことになりました。いつでも帰っては来れますが、頻度は下がると思います」
さすがに王都に家を買っておいて空っぽにしていたら駄目だろう。拠点を移すと考えた方がいい。
「えっ?!ええぇぇええ?!アスナリア王都に行っちゃうの?!」
「それでなんだけど……。え~と。あのぉ」
チラリと喚いているセリナに目を向けて、忙しなくアズスへと視線を戻す。
「はぁ。アスナリア。奥手なのも大概にしときな」
「は、はい!」
アズスの一喝にてアスナリアは腹を据える。
「セリナ!」
「えっ?!あっ、はい!」
真剣な眼差しのアスナリアに、セリナは思わず姿勢を正し向かい合う。
「俺に着いて来てくれないか?!王都の家で一緒に暮らそう!」
最後の最後で視線を逸らす、へたれのアスナリア。だが、その真剣な言葉は十分伝わったのか、セリナはニッコリと笑い頷いた。
「はい!」
「はぁ。やっとかい。それはプロポーズなんだぁね?」
「えっ?!」
そこまで考えてなかったアスナリア。だが、ここが勝負どころだとは気付いた。
そして、
「セリナ!俺と一緒にこれからの人生を歩んでほしい!」
「はいっ……!」
セリナの目には涙があった。そのとても綺麗で澄んだ涙は、アスナリアの姿をぼやけさせるが、拭っても拭っても溢れ出てきて止まらなかった。
その日は宴が開かれた。この村を救った英雄の結婚式。元々結婚式何て言う洒落た文化は無かった獣人達。だが、これも文化交流の影響か、商人から聞いた催しだと一部の獣人達が盛り上がり、騒ぎ始めた。
「あ~あ、セリナに先を越されたにゃ。アスナリア、第二婦人はどうかにゃ?」
「ファスミラ!何言ってるのよ!」
主賓の席に座る二人をからかうファスミラ。
「ほんと、どこまで本気なのか分からないんだから。ちょっとアスナリア!」
そんなファスミラを見送っているアスナリアをギロリと睨む。
「えっ!何?!」
「それも良いかも、とか思ってるでしょ?」
「思ってないよ?!」
「はぁ、別にいいけどね」
「いいんだ?!」
「アスナリアみたいな人を独り占め出来るなんて思ってないよ」
獣人の村でも一夫多妻は普通にあること。人間のそれとは意味合いが違うが、別に珍しいことではない。
そんなことは一切知らないアスナリアは、元々の知識の重婚禁止が頭を過る。頭では理解できるが、いまいち感情が納得しない。
「でも、暫くは二人っきりがいいなぁ」
上目使いのセリナ。それだけでアスナリアはノックアウトだ。デレたセリナも格別だなと。
「うん。俺も」
見つめ合う二人に一人の幼子が飛び掛かる。
「うお?!マチュピア?!」
「きゃっ!びっくりしたぁ」
「えへへ~」
フンフンと相変わらずに匂いを嗅いでは満面の笑顔を向けてくる。アスナリアが王都に行くとは聞かされてないのか、その顔に悲しみはない。
「お兄ちゃん!マチュも王都に一緒に行くぅ!」
「えっ?!」
「はっ?!」
今セリナと暫く二人っきりがいいと言ったばかりなのに、マチュピアがとんでもないことを言い出した。
「え~と、マチュピア?王都に行くってお父さんとお母さんは?」
「う~ん?マチュが行きたいなら止めないって」
「あ、相変わらず無責任な……」
セリナがマチュピアの両親を探し、一睨みする。そして、いつか見た光景と同じようにスッと目を逸らされる。
「どうする?」
「どうしよ?」
さすがに新婚ホヤホヤなのに子連れは厳しいとマチュピアを説得する。
泣き出すマチュピア。途方に暮れるアスナリア。溜め息をつき両親を呼びに行くセリナ。笑っているファスミラ。
それを見て、この平和が続けばいいなぁ。と感慨深く思ったアスナリアだった。
だが、平和な時間は次の戦争への準備期間だということは有名な話だ。忘れてはいけない。人間の国が王国一つだけではないということを。
アスナリアが獣人としては異例とも言える、宮廷魔道士に就任した日から数えること約一ヶ月。帝都にいるストラニアの元にある情報が届けられた。
「クックッ、ハハハッ!」
帝城にある一室から、これ以上ないほどの笑い声が聞こえた。中央集権に成功した時にも笑い声は轟いたが、これ程では無かった。
一体何があったのか。その声が聞こえた従者達は首を捻る。
「笑えるわ!何とも言えないタイミングだな!面白い!それに乗ろうではないか!」
未だに笑いを堪えきれない様子のストラニアだが、それからは次々に命令を下す。
取り急ぎの指示を出した後、ストラニアはゆっくりとソファーに身を沈める。そして、足を組んで中空を見つめる。
これは罠ではないのか?いいや、罠だとしても原状は変わらない……。
あらゆる可能性を吟味し、考察して、それに対応する動きを頭の中で組み立てる。
ある程度纏まった後、またもや堪えきれない笑いがストラニアを襲う。
帝城を覆うかのようなストラニアの笑い声は、この日夜が更けるまで聞こえ続けた。
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