宮廷魔道士
よろしくお願いします。
しんと静まり返った部屋にアスナリアの声が響く。
「俺は獣人族です。言うまでもありませんが、今獣人族は人間に支配されています。それが悪いとは言いません。支配者と非支配者がいることは世の常ですから。ですが──」
ここで漸く我に返った貴族達。国王に、単なる一冒険者が直接進言しているという事態に青筋を立て始める。
「な、なんたる無礼な!」
「控えよ!誰を相手に講釈を垂れておる!」
しかし、
──「よい」
国王の短くも、有無を言わせぬ許可の声が部屋に響く。然程大きな声では無いが、それは確りと頭に届く。
「続けよ、アスナリア殿」
国王は話の続きを促すように顎をしゃくる。
コクリと頷きながらも続けるアスナリア。
「奴隷も分かります。犯罪奴隷、借金奴隷も仕方ないと分かります。ただ、村に行き、攫ってくるのだけは許せません!何の罪もない獣人を力で捩じ伏せ、己が利益の為に他人を踏みつける。十にも満たない幼子を攫い、親から引き離す!俺はこれだけは許せません!」
「ふむ。先が見えんな。何が言いたい?」
「俺が宮廷魔道士となり、陛下に仕えても、獣人に対して第一に動きます。獣人に対する圧政や虐殺、それらを絶対にしないとお約束いただけるなら、宮廷魔道士になるお誘い、お受けします」
それは宣戦布告に近い言葉だった。もし、将来獣人と人間が対立したら獣人に付く。そう宣言したのと同様だ。さらには交換条件まで出した。栄えある宮廷魔道士への誘いを、一条件として語っているのだ。
国王はアスナリアの瞳を遠目ながらも覗き込む。狂っていたり、何か策を考えているようにはとても見えない真っ直ぐな瞳だ。
冷静に考える。今ここでアスナリアを罰しなければ、国王としての威厳が落ちる。と。
(こやつは……。そこまで自分に価値があると踏んでいるのか?)
当然アスナリア自身は自分の価値を分かっている。この世界でどれだけ自分が個として強い力を持っているのかも。ただ、惜しむらくはそこまで深く考えて発言をしていないところか。
アスナリアはただ単にお願いしているだけ、実は絞首刑一歩手前まで来ていることに全く気付いていない。
封建社会に置いての、王に対する対応を見謝っているのだ。やはり人間を、どこか他種族に思える思考があるからだろうか。
さて、そこで顔を青くしているのが、ミュレルを始め、アスナリアの実力を知っている者達。
アスナリアの擁護に回れば同様に罰せられる。唯一免れるのはミュレルだけだろうか。
かといって、このままアスナリアが絞首刑になる流れになれば、アスナリアの暴走を止めれる者は誰もいない。
先程ミュレルが言った、アスナリアが敵に回ったらという言葉が現実味を帯びる。
ミュレルを始め、ロゼルや永遠の雲、そして、ローグシェラー伯までもが国王を見つめて懇願する。
皆の気持ちは唯一つ。
『アスナリアの発言を笑って流して下さい!』
国王はそんな様子を一瞥して、
「くっ!ハッハッハッ!」
いきなり笑い出した。
祈りが通じたのか?いやいや、まだ分からない。怒りすぎて笑うということもありえる。
「なるほど、なるほど。このような強者をどのようにミュレルが手懐けたかと思っていたが……」
クックッと含み笑いをして、言葉を続ける。
「逆であったか」
その言葉の意味が分かったのは極少数だけだった。当然アスナリアは入っていない。
「よかろう。其方の願い聞き届けよう。その代わり、王国の為にも働くのだぞ」
パァと一部の人間の表情が歓喜に変わる。
「ありがとうございます!」
そんな状況とは露知らず、アスナリアは単に自分の要求が通ったのだと喜ぶ。
「ふふ、其方とは一度腹を割って話をしなければならないようだな」
「は、はぁ」
いきなり笑い出した後、よく分からないこと言い出した国王。アスナリアにはそう写った。
(やっぱ、一国のトップは普通では勤まらないのかなぁ)
しかし、それで収まらない人達も当然この場には居る。アスナリアの実力を把握していない貴族達や、王子殿下であるロズベルだ。
その者達は些か国王に向けるべきではない目を向けている。国王として決定したことには異論は挟まない。だが、それで納得しているかどうかは別問題だ。
「陛下、宜しいのですか?」
ヴィルマルク侯の言葉は重い。このままでは王国が二つに割れる可能性があるが宜しいのか?という意味を言外に込める。
「あまり宜しくはないな」
小声でヴィルマルク侯にだけ聞こえるように呟く。
なら何故?という視線を送るが、国王はニヤリと笑いヴィルマルク侯に囁く。
「其方がいるではないか」
それはつまり、ヴィルマルク侯が何とかしてくれる筈。ということ。
そういうことか、と溜め息を吐きつつも苦笑を国王に送る。
「なに、私の目が雲っていなければ、アスナリア殿は国一つ掛ける価値があろう。いや、私の娘の目が、だな」
その言葉にヴィルマルク侯は驚き、思わずアスナリアを見る。単なる獣人にしか見えない。変わったところと言えばあの魔力が込められていそうなローブぐらいだろうか。
とても一国と秤に掛けるような人物には見えない。
「あの者が……ですか?」
「帝国との差を縮めるいい機会になるやもしれんしな」
ヴィルマルク侯はコクリと頷きながら剣呑な目をしている貴族達を一瞥する。そして、そんなに上手くいくのか?と一つ溜め息を吐いたのだった。
部屋から出たアスナリアを迎えたのは、妙な笑い方をしているミュレルとロゼル。
「アスナリア殿。ちょっと私の部屋まで行きましょうか」
そのセリナを彷彿とさせるミュレルの顔に戸惑いながら、ミュレルとロゼルに引き摺られていくアスナリア。
「えっ?えっ?何?」
ミュレルの説教が続くなか、アスナリアは、冒険者としてはもう動けないのか?と少し不安になってきた。
折角獣人の村まで商人が行くようにしていたが、アスナリアの護衛が無ければ行くとは思えない。
「アスナリア殿!聞いているのですか?!」
ミュレルが気も漫ろなアスナリアを一喝する。
「姫様、そんなことより聞きたいんだけど」
「そ、そんなこと……」
一瞬唖然とするが、溜め息を吐きながら「なんですか?」と説教を諦めた。
「俺が商人の護衛をしてたのは知ってるよね?あれってもう出来ない?」
ミュレルは手を顎にやり、少し思案したのちに答える。
「いえ、可能ですわ。冒険者としては無理ですが、獣人の発展の為と言えば問題ない筈ですわ。お父様がハッキリとそれをお認めになられましたからね」
「よかった。うん?それじゃ、宮廷魔道士って一体何をするの?」
「基本的には魔法の研究が主ですわね。これはアスナリア殿はする必要はないでしょう。後は、国の依頼を受けることと、回復魔法が使える魔道士は教会に派遣されたりしますわね」
宮廷魔道士と言ってもやってることは冒険者と変わらない。個人でやるか、国がやっているかの違いだ。
「あぁ、それと、王都に家を買った方がよろしいですわよ。宮廷魔道士なのにいつまでも居候では外聞がよろしくないですわ」
「ええぇぇええ?」
面倒臭い。と顔一杯に表現するアスナリア。転移でいつでも戻れるのに、態々家を買う必要性が無いからだが。
「その辺は私とロゼル隊長が準備致しますわ」
「そうですな。私の家の近くがよろしいでしょう」
監視が楽だからとは当然言わない。
「あっ、そう?ありがとう」
「メイドはどうします?こちらで適当に見繕うのもいいですが……」
人間のメイドでいいのか?という後に続く言葉にアスナリアは気付き、ふむ。と思案する。
出来れば止めてほしい。人間が居る家での生活なんてのんびり出来そうにない。
「いや、いいよ。村にいる人に頼んでみる」
ミュレルが意地悪そうに笑う。唯一といっていいほどのアスナリアの弱点なのだ。
「セリナ殿とファスミラ殿ですわね?」
「んぐっ?!」
ゲホゲホと咳き込むアスナリア。飲んでる紅茶を吐き出さないのは流石と言うべきか。
「愛の巣になるのですわね?」
ニッコリと笑っているミュレルにジト目を送る。
王女殿下に相応しくない下世話な話だが、アスナリアをからかえる数少ない好機をミュレルが見逃す筈もなかった。
唯一の救いはこの場に永遠の雲が居ないことだろうか。
「それは……。分からないよ。村での仕事もあるだろうし。誘うつもりだけど……」
「ふふ。分かりましたわ。では家だけ手配致しましょう」
それと、とミュレルが腕輪を取り出す。
「何それ?」
「宮廷魔道士の証みたいな物ですわね。これをしていれば無用な諍いは回避出来ますわ」
それは助かる。とアスナリアは腕輪を受け取る。
今まで王都で絡まれたのは一回や二回ではない。一々相手をするのも面倒臭いと思っていたのだ。
「『鑑定』」
アスナリアの魔力に反応して腕輪が一瞬だけ光る。
「鉄の腕輪、特殊効果は無し、付加魔法も無し、何も無しか……」
「便利ですわね」
身に付ける物だ。一応鑑定の魔法でどのような物かは見ておく必要がある。
無いとは思うが、変な効果が付いた装備だと言うこともあり得ないとは言えない。
ミュレルが意図してなくとも、アスナリアをよく思っていない者はいるのだから。
「『鑑定』ぐらいなら、使える魔道士いるんじゃないの?」
「ええ。でも、使える者は商人が囲うのですわ。宮廷魔道士にもいるとは思いますけど」
「あぁ、商人には必須だろうね」
この魔法が使えるだけで、変な物を掴まされる確率がグッと下がる。
アスナリアも魔道具を買う度に鑑定したものだ。
商人には何度もアスナリアが身に付けてる物を鑑定させてくれとせがまれたが、その度に断っていた。
面倒臭いことになるのが目に見えるからだが。
アスナリアの装備は間違いなく国宝よりも上回る代物だ。命を懸けて奪いに来る者も出てくるだろう。一々そんな輩を相手にはしてられない。
「宮廷魔道士かぁ。そうだ姫様、何で誘われるって言ってくれなかったの?焦ったよ」
「焦ってたのですか?全くそのように感じませんでしたが……」
話を聞くに、ミュレルも宮廷魔道士に誘うとは思ってなかったそうだ。
今回のは、国王にアスナリアの実力の一端を掴んでもらうのが目的だったらしい。悪い話ではなかったから口を挟まなかったが。
「ただ、こうなるとお兄様の派閥の動きが気になりますわ」
「ずっと睨んでたね」
ロズベルと、それに連なる貴族の視線。当然アスナリアは気付いていた。
「お父様が手を回すでしょう。ヴィルマルク侯とこそこそ話をしていましたし」
ミュレルは以前よりかは軽い気持ちになっている。国王がアスナリアの価値を認めたのが大きかった。
アスナリアのあの言葉を聞いても宮廷魔道士に迎えたのだ。これは、国王としての威厳よりもアスナリアを選んだということだ。
聡明な父を誇らしく思いながらも、多少肩の荷が降りたと安堵してもおかしくはないだろう。
「じゃ、一端村に戻るよ。今日のことを言わないと」
「そうですわね。やめてくださいましね?止められたから宮廷魔道士になるのをやめるとか」
そんなことを言ったら今度こそ庇いきれない。そこまで言うことを聞かないのなら、強大な力を持っているのは逆効果になる。
「そっちが約束を守るなら俺も守るよ」
釘を刺したつもりが逆に刺されたミュレルは、苦笑いで転移の魔法を使うアスナリアを見送った。
お読みいただきありがとうございます。




