初めての国王
よろしくお願いします。
部屋に入ったアスナリアを迎えたのは其処此処から送られる好奇の目だった。
ある貴族は値踏みするように、ある貴族は汚ならしい物を見るように、またある者は憎悪を込めてアスナリアへと視線を送っている。
アスナリアはそれらの視線に晒されながらも、怯むことなく国王であるレミルトン十三世を見据える。
ミュレルの言葉を信じるなら、そこは謁見の間ではなく単なる私室。だが、赤い絨毯が敷かれていて、その先には玉座がある。
アスナリアは、ここが謁見の間と言われても納得出来るほどの部屋だった。
少しばかり高い場所にある玉座に座る国王は、アスナリアのその堂々した姿勢に感嘆する。
始めて見るであろう国王の姿に呆けることもなく目を合わせている。国王が見つめても、目を逸らすことなく鋼の意思を込めた瞳で見返している。
そのふてぶてしい態度に、国王の両側に居る数名の貴族が眉を顰める。彼らの気持ちを代弁しよう。
──獣人風情がなんと不遜な態度か。獣人がこの部屋に入ることすらおこがましいというのに。アスナリア殿、変なことを言わないで下さい。お願いします!──
「王国を襲った災厄、黒きドラゴンを退けし者達!騎士団隊長ロゼル!冒険者パーティー『永遠の雲』!並びに、獣人族アスナリア=ファング!陛下の御前に!」
アスナリアがドラゴン退治の一番の立役者、にも関わらず、呼ばれた名前は一番最後。
こんなところでも……。とアスナリアは思うが、いやいや、と思い直す。
大きな手柄を、身内がしたことにするなど当たり前にあることだ。と。
実際に周りの魔物を倒したのは騎士団が中心だ。貢献度としては中々のものだろう。
魔物がいたからといって、アスナリアがドラゴン退治に手間取ったかはまた別の話だが。
その言葉を聞いたロゼルが玉座に繋がる階段、その手前一メートル程のところまで進み、膝をつく。
アスナリアは悠然と、永遠の雲は少し焦りながらそれに倣う。
アスナリアのその堂々した姿に、心の中で舌打ちをしている者がいた。ロズベルだ。
謁見の間にしろ、このような部屋にしろ、こういう儀式は大抵が王国の威光を示す場になっている。
そのような場では、あの永遠の雲のように恐縮するのが普通だろう。
ロズベルはアスナリアのあの不遜な態度が唯々気に食わなかった。
「ふむ。急な呼び出しにも関わらずよく来てくれた。皆面を上げよ」
アスナリアはその言葉に即座に反応を示す。人間としては最高峰にあるロゼルや永遠の雲を越える反応速度で顔を上げる。
「私が、このレイブラント王国国王のレミルトン十三世である。此度は正式な謁見ではないが故な、固くならずにざっくばらんにして構わんぞ」
国王がそう言うと、永遠の雲からあからさまにホッとした空気が流れてくる。
「此度の働き誠に大義であった。して、どのように撃退したのだ?報告は受けてはいるがやはり直接聞いてみたいものだ」
「はっ!我等騎士団にて魔物の大群を抑え、アスナリア殿と永遠の雲とがドラゴンを退治致しました!」
ロゼルが詳細な話をするのを、国王はうんうんと頷きながら聞いている。
そして、ドラゴンが退治される段になり、永遠の雲へと話し手は移る。
討伐隊が恐慌状態になり、永遠の雲が足止めの為にその場に残った所では、周りから感嘆の声も聞こえた。
しかし、
「私達では相手になりませんでした。切札も無駄に終わり、最後は全滅を覚悟しました。その時、ここに居るアスナリア殿が助けに来てくれたのです。大魔法を連発してドラゴンを圧倒し、私達の傷まで回復魔法で治してくれたのです」
ユミエールのこの言葉にて空気が変わる。
ざわざわと騒がしくなり、隣に居る者と言葉を交わす者もいる。話には聞いていたのか、幾人かは普通の顔をしているが。
「そんなバカな!それでは攻撃魔法も回復魔法も二段以上ということになるではないか?!」
そんな中、一際大声を上げる人物が居た。黒のローブを身に纏い、何かしらの金属でできた杖を握っている。
その手は年齢とは裏腹に、音が聞こえてきそうなほど握り締められていた。
「そうです。アスナリア殿は両方二段以上使えるのです」
ハッキリと言い切るユミエール。その瞳は、簡単に嘘だと断罪出来ない何かがあった。
しんとなった部屋。誰もが押し黙った中、ロズベルが声を荒らげる。
「適当なことを言うな!いきなりそんな獣人が出てくる訳無いだろう?!」
その言葉を聞いた国王が漸く口を開く。
「ロズベルよ。よく考えるのだ。そんな嘘を言って冒険者に何の得がある?強さが全ての冒険者だぞ?それに、魔法を使えるなど嘘を言う程馬鹿な話は無い。実際に使ってくれと言われたらそれまでではないか」
国王は視線をずらし、先程声を上げた魔道士を見る。
「其方はどう思う?」
短い問い掛け。国王自身もどう取ったらいいか難しいところなのだろう。
「むぅ。そうですな。是非とも魔法の指南をしていただきたいものです」
国王が「そういう意味では無い」と疲れたように言い。アスナリアへと視線を向ける。
「さて、ではアスナリア殿に問おう。今の話は真実か?今其方が話しているのはこの国の国王だということを念頭に置いて答えてほしい」
嘘をついたら──分かっているな?と重圧を掛けてくる。当然だが、国王の質問に虚偽で答えたら重罪だ。
しかし、そんな重圧など、アスナリアからしたら草原に吹くそよ風の如くだ。全く萎縮しないで答える。
「永遠の雲の言う通りです。俺はどちらの魔法も二段以上使えますし、ドラゴンを倒したのも俺です」
ここで目を逸らしたら負けだとばかりに国王を見据える。
「ふむ。ロゼルよ。今までの話、其方はどう思う?」
「はっ!私は以前よりアスナリア殿の実力は確認しております。永遠の雲も嘘は言ってはいないと私も保証します」
「そうか……」
何やら思案するように押し黙る国王。暫く時間が止まったかのような雰囲気が部屋を包み込む。
「Sランクが倒せないドラゴンを一人で倒す獣人か……。ミュレルよ」
「はい。お父様」
ぼそりと呟いた後にミュレルを呼ぶ国王。その顔は考えが纏まったと誰もが分かるような顔だった。
「確か其方の客人として王都に来ていたのだな?」
「その通りですわ。お父様」
「このような素晴らしい人材をよくぞ見出だしてくれた。よくやった」
ミュレルは服の裾を少し持ち上げ「勿体無いお言葉、ありがとうございます」と頭を下げた。
「それでだ、アスナリア殿。この国に宮廷魔道士として仕える気持ちはあるか?」
唖然、茫然。その言葉を聞いた周りの貴族が口を開けて呆ける。
名誉ある宮廷魔道士に獣人を登用する?国王は今そう言ったのか?
ロゼルを騎士団隊長に推したのとは訳が違う。王女殿下専属護衛のズーですら騎士にならなかったのに。
「へ、陛下!お待ちを!それは些か短慮に過ぎるかと!」
「短慮、だと?」
貴族の一言に国王はギラリと睨み付ける。その瞳には剣呑な雰囲気が宿っている。怒鳴りつけたくなる気持ちをグッと堪え、冷静にその貴族に問い掛ける。
「ふむ。では其方に聞こう。このアスナリア殿より強い魔道士を其方は知っているのか?」
「……いえ」
「で、あろう」
国王はミュレルの進言により、帝国と王国の現状は確りと把握していた。
さすがにこの獣人がここまで力を持っているとは思ってはいなかったが、聡明な自分の娘がこれ程特別扱いしているのだ。何かあるとは思っていた。それがドラゴン退治を経て、今確信に変わる。
娘が整えてくれたお膳立てを、父親である国王が引っくり返すわけにはいかない。発せられたメッセージをしかと受けとり、的確な返事を国王として行う。
「どうだ?アスナリア殿。受けてくれるか?」
視線がアスナリアへと集まる。その肝心のアスナリアは一切揺れることの無い瞳をしている。
それを見た者は素晴らしい胆力だと感心する。
しかし実際のアスナリアは、
(ちょ、マジかよ?!宮廷魔道士って宮仕えだよな?!これって受けた方がいいのか?!王様の誘い断ったら不味いよな?!)
パニックになっていた。
味方についてくれたらいいなぁ、ぐらいの気持ちで来ていたので突然の展開に頭がついていけない。
ミュレルもアスナリアに、一言こうなるかもと言っておけば良かったのだが、驚かしたかったのか、実際にこうなるとは確定していなかったのか、アスナリアには言わなかった。
(落ち着け!悪い話では無い。それは確実だ)
跪いたまま軽く深呼吸をして、気合いを入れる。しかし、その気合いは一先ずお預けになる。横槍が入ったのだ。
「父上!お待ちください!」
ふぅ。と溜め息をつき、「どうしたのだ?ロズベルよ」と返答する。
「その獣人はユンダの街で反乱を起こした人物です!そのような者を王宮に招くなど言語道断です!」
ふふん。と得意気な顔をミュレルへと向ける。
しかし、
「はぁ。ロズベルよ。だから何なのだ?」
「へっ?」
国王は隠しきれない失望をその顔に浮かべて息子に再度問う。
「それが何か問題なのか?と聞いている」
「えっ、いや、だって……」
想定外のその返しに、ロズベルはしどろもどろになり答えに詰まる。
「もうよい。ミュレルよ。分かるように説明してあげなさい」
「はい。お父様」
ミュレルがスッと前に出る。
アスナリアも(俺も詳しく聞きたいと思いながら)ミュレルを見る。
「よくお調べになられましたわね、お兄様。確かにアスナリア殿はユンダの街を治めているルワンダ辺境伯とぶつかりましたわ。いいですか?ルワンダ辺境伯の治世に不満があり、反乱を起こしたのですわ。王国に対して反乱を起こしたのではないのですわ」
「き、詭弁だ!」
「そう。詭弁ですわ。だからお父様はこう仰ったのですわ。何か問題はあるのか?と。それに、アスナリア殿とルワンダ辺境伯は既にお互いに手を取り合っていますわ。一時的にですが、軍の治療をアスナリア殿に任せる程に」
そこまで調べてはいなかったのか、ポカンとロズベルが呆ける。まさか反乱を起こした人物と、起こされた領主が手を取りあっているとは思ってもいなかったのだろう。
「ですから、ルワンダ辺境伯の治世が悪かった言えば、それを否定する要素が無いのですわ。事実ルワンダ辺境伯が圧政を敷いていたのを、私とロゼル隊長が確認していますわ。そうですわね?アスナリア殿?」
いきなり話を振られたアスナリアだが、その持ち前の対人間のポーカーフェイスを存分に発揮して答える。
「ええ。酷いものでした。一つ一つあげましょうか?」
「いや、報告はちゃんと届いておる。苦労を掛けたな」
これが国王直轄の領地ならこうはいかない。明確に国王に逆らったことになるからだ。
一つ問題があるとすれば、ルワンダ辺境伯と王族の間に少しばかり軋轢が出来るぐらいか。
「ふむ。では改めて問おう。アスナリア殿は王国に仕える気持ちはあるのか?」
押し黙ったロズベルを放って、国王はアスナリアへと視線を向けた。
「願ってもない申しでです。ですが、いくつか聞いていただきたい願いがあります」
国王に直訴する。封建社会においてこれ程有効な手は無いだろう。アスナリアはそう考え、それがどれだけ失礼な行為かは全く考えずに喋りだした。
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