街への帰り道
よろしくお願いします。
今永遠の雲は空を飛んでいる。これは比喩ではない。繰り返す、決して比喩ではない。
現実のこととして永遠の雲は空に浮かんで翔んでいる。
飛行の魔法。これは空を飛ぶ魔法だ。永遠の雲ではサーナだけが使える。
そんなサーナでも聞いたことがない。多重魔法で飛行を使うなんて。
確かに理論上は可能だろう。炎封殺が多重化出来るのだから飛行でも出来るだろう。たが、出しっぱなしの魔法や、適当に攻撃魔法をぶつけるのとは訳が違う。
一人一人に魔法を掛けて、魔力をコントロールしないといけない。少しでもコントロールをミスすると、途端に墜落してしまうとてもシビアな芸当だ。
「アスは何でもあり」
「ナリアを尊敬する」
もう双子の姉妹は憧れの目をアスナリアに向けている。親しい人にしかしない、名前を省略する独特の呼び方をして。
あんな杖の一振りをする魔道士がいるのか?という疑問は置いておいて、同じ魔道士だからだろうか、戦士二人より早くその非常識さを受け入れていた。
「ねぇゴルゾーラぁ」
「何だいリーダーぁ」
「あの獣人は一体何なの?」
「さぁ?神か何かかな?」
神がホイホイ地上に降りてこないでほしい。いや、助かったのは事実なのだが。
黒のドラゴンを圧倒したアスナリア。そして、その姿に見惚れてしまったユミエール。
冒険者として常に強さを追い求めてきたのだ。添い遂げるなら強い男と常日頃思っている。だが、相手はあのカロリックの敵。手放しに賞賛出来るとは到底言えない。
そんな自分がユミエールは嫌になる。助けてもらっておいて素直に礼も言えない自分が。
「はぁ」
溜め息を吐いたユミエールが何を考えているのか、何とはなしに分かったゴルゾーラはそっと視線を外して前を向いた。
そこには、只管アスナリアに絡む双子の姉妹が居る。
「ねぇ、アスナリア。最後の魔法は何て言う魔法なの?」
「『流星』って魔法」
「あれは綺麗だった。まさに流れ星」
アスナリアはじっとその質問攻めを我慢する。聞きたいことがあるのだ。
情報を得るためにはこちらもある程度我慢しなくてはならない。何せこの世界に来て始めて、アスナリア以外が上級魔法を使ったのだから。
双子の会話が途切れた瞬間をアスナリアは見逃さない。
「あのじょう──三段の『天雷』はやっぱりサーナさんが?」
「アス違う。あれは合成魔法」
「ナリア違う。あれは二人掛かりで使う魔法」
それを聞いたユミエールがアスナリアより先に反応する。勝手に奥の手を喋っているのだ。いくらなんでも一言言いたいだろう。
「ルーナにサーナ!勝手に喋っちゃ駄目じゃない!」
「何言ってるの?一人で使えるアスナリアには言っても言わなくても一緒。でも他の人には言わないでね、アスナリア」
「そもそもアスナリアが知ってても知らなくても、どっちにしても勝てない」
双子の言い訳が並べられる。じゃ言わなくてもいいじゃない。とは返せないユミエール。それほど、今回のことでアスナリアには借りが出来てしまっているのだ。
「へぇ、合成魔法か。どうやって使うの?」
そんなユミエールをまるっと無視して、アスナリアは双子に問い掛ける。
「私とサーナは双子の姉妹」
「私とルーナは双子の姉妹」
ルーナとサーナは同時に喋る。二人が話しているのに聞こえる声は一つだけだ。
『全ての魔力を解放させ、二人で同じ魔法を唱えるだけ』
同じポーズを同時にとり、魔法を撃つフリをする。気持ち悪いぐらいに寸分たがわず同じ動きだ。
「なるほど、ルーナさんとサーナさんの二人じゃないと成立しないのか」
「ルーナでいい」
「サーナでいい」
ふむ。と少しだけ思案するアスナリア。
たかが上級魔法一発で二人の魔力が根刮ぎ無くなるのは現実的ではない。本当に奥の手なのだろう。だが、使いようによっては獣人の驚異になる。
(消しとくか……?)
不穏な考えがアスナリアの頭を過る。
恐らく一分も掛からずにこの四人程度なら殺せるだろう。『闇の捕食者』等を使えば証拠も残さずに殺せる。
ロゼルには、ドラゴンに燃やされて骨も残らなかったと言えばいい。見ている者は誰もいないのだし。
(いやいや、そんなんじゃ人間とやっていることは一緒だ……。明確に獣人に対抗してからでも遅くはないだろう。要注意パーティーとだけ心に留めておこう)
アスナリアがそんなことを考えてるなど夢にも思わずに、永遠の雲は構わず話続ける。
「でも王女殿下は流石」
「アスナリアを見抜く眼力は半端じゃない」
「それは俺もそう思うぜ!流石はズーを見抜いたお人だ!」
「それは認めるわ。言い方が気に食わないけど」
未だに冒険者組合で馬鹿にされたことを引き摺るユミエール。
今ならあれが、アスナリアとドラゴンを確実に会敵させる為と、永遠の雲があのドラゴンと会敵しない為に、ああいう言い方になったと分かるが。
(あれ?でもそれって、あの黒いドラゴンの強さが分かってないと成り立たないわよね?それにあいつはあのドラゴンの耐性と弱点を知っていた……)
「ねぇ、あなた。あの黒いドラゴンのこと、強さとかも含めて知ってたの?」
「うん?知ってたよ」
「でも、あんなドラゴンが出たら記録に残らないわけないし……。何で知ってるのよ?」
「あぁ、俺の故郷にいるんだよ。ウヨウヨと」
「ウヨウヨって……。どんな人外魔境の場所なのよ。そこは……」
あんなドラゴンは神話の中に出てくる魔物だ。そんな魔物や、アスナリアみたいなのがウヨウヨいるところなんて想像するだけで吐きそうになる。
適当に流されているのかとも思える答えに、先程と同じように言いたくないのだろうと思い沈黙を守る。
暫く飛んでいると、ルンカの街の城壁が目に入ってくる。高さはあまりなく、五メートルあるかどうかだろう。
森からは魔物は出てこず、大山脈はドラゴンの縄張りになっており、そこからドラゴンは降りてこなかった。だから、街の防備はそれほど厚くしてはいないのだ。
ドラゴンは当然空を飛ぶ。なので、もしユンダの街のように城壁が三十メートルあったとしても今回は意味が無かっただろうが。
その城壁の上に、騎士団と思われる見回りが見える。
さすがに時間が経ったせいか、きちんと背筋を伸ばして油断なく街の外を見ている。
「おっと、降りるよ」
アスナリアは門の前に降り立つ。ドラゴンが街に来たときのことを考えて、あまり意味が無いとしても、野営ではなく街に騎士達を入れたのだろう。以前野営していたところには騎士はいなかった。
アスナリア達を発見した衛兵の一人が、物凄い勢いで街の中へと走っていく。
ロゼルとトワイセン男爵に報告に行ったのだろう。
「永遠の雲の皆様!お帰りなさいませ!」
アスナリアをまるっきり無視して永遠の雲を歓迎する衛兵。大方ドラゴンを倒したのは永遠の雲だとでも思っているのだろう。
さすがに無視はないんじゃないか?とアスナリアが眉間に皺を寄せる。
それを見たゴルゾーラが慌てて騎士にドラゴンを倒したのはアスナリアだと告げる。
「へっ?はぁ、止めを刺したのがその獣人なのですか?」
どうしても信じられないようだ。
それもその筈で、王都から来た騎士達は、ロゼルの対応やアスナリアがSランク冒険者だとは知ってはいるが、ここルンカでは全くの無名だ。ドラゴンを倒したのが永遠の雲だと信じて疑ってなくても仕方のない話。
「いや、そうじゃなくてな」
「いいですよゴルゾーラさん。別に」
「そういうわけにもいかねぇだろ?!」
永遠の雲からしたら手柄を横取りしているみたいで気に入らないのだろう。
「まぁ、私達が否定し続けていたら自然と広まるわよ」
ここで押し問答をしても仕方ないと、ユミエールがゴルゾーラを諭した。
「ゴルゾーラさんは真面目なんですね」
「呼び捨てで構わねぇよ。あんたみたいな格上がさん付けなんておかしいだろう」
滅多に見せない満面の笑みをアスナリアに向ける。
ゴルゾーラはどうにもアスナリアが憎めない。いや、ユミエールと違い別に憎む理由は無いのだが。
男がゴルゾーラを見ると、大体が苦笑いをして後退るのだ。その割にはユミエールとルーナとサーナには色目を使う。だが、アスナリアは違う。他のメンバーと同等の扱いをしてくれるのだ。
相手は獣人だが、ゴルゾーラは男がそんな対応をしてくれるのは始めてだった。
そんなゴルゾーラを見て、他のメンバーがからかう。
──アスナリアも大分演技が上手くなってきたようだ。
そして、ロゼルが物凄い勢いでやって来る。
息はぜいぜいと切れ、顔には大粒の汗が浮かんでいる。
未だに鎧姿なのはドラゴンが街に来たときの為だろう。
「あ、あ、ゴホ!あす、なりあ、どの!」
途切れ途切れに喋るので先ずは呼吸を整えて、とロゼルを諭す。
はぁ、ふぅ、と深く深呼吸をするロゼル。その姿はとても騎士団隊長には見えない。そして、息を落ち着かせてからアスナリアに問い掛ける。
「ドラゴンは?!黒のドラゴンはどうなりましたか?!」
「倒しましたよ」
あっさりと結論を言うアスナリア。それを聞き、身体中から息を吐き出してロゼルは膝を着く。
「よかった……!ほんとに……!」
あり得ないとは思いながらも、アスナリアがもし負けていたらと一日中気が気でなかったロゼル。
「見苦しいところを見せました。疲れて──はいないようですが、屋敷でゆっくりとお休み下さい」
領主が居る屋敷に向かおうとして、思い出したかのように永遠の雲を見る。
「あ、永遠の雲の皆さん。ご無事で何よりです」
その対応は永遠の雲には当然のこと。ロゼルの忠告を無視して勝てない相手に突っ込んだのだから。だが、衛兵は違う。
Sランクを蔑ろにして、何故獣人を労る?と、全く理解出来ていない顔でロゼル達を見送っていた。
屋敷に着いたロゼルはアスナリアを休ませたかったのだが、トワイセン男爵が是非ともと面会を申し入れてきた。
トワイセン男爵からしたらドラゴンを退治してもらったのだ。お礼の一つも言いたいのだろう。
客間に入ると、トワイセン男爵が相変わらず蛇のような顔をしてソファーに座っている。
「討伐お疲れ様でした。永遠の雲が無事帰ってきたということはドラゴンは討伐されたと思っても?」
「今騎士に確認に行かせています。討伐したのは……。アスナリア殿ですよね?」
ロゼルがそう言えば聞いてなかったなと、アスナリアに視線を向ける。当然アスナリアだと思っているので断定しているような聞き方だが。
コクりと頷くアスナリアと永遠の雲。
トワイセン男爵が一瞬表情を強張らせたが、直ぐに元の蛇のような顔に戻り口を開く。
「それは……意外です。てっきり永遠の雲だと」
「私達が全滅しかけたところをアスナリアに助けてもらいました」
さすがにこの言葉には目を見開き驚きを隠せないトワイセン男爵。
そのトワイセン男爵を見据えユミエールは言葉を続ける。
「残念でしたね」
それを受けたトワイセン男爵。眉を寄せ困惑した顔を見せる。
「さて、何の事でしょうか?私には分かりかねますね」
そうくるよね。と呟き、ユミエールは視線を外す。
全く分かってないロゼルとアスナリア。ここにミュレルが居たらまた違ったのだろうが。
永遠の雲がどれだけあの密談の事を言っても暖簾に腕押しだろう。
知らぬ存ぜぬを押し通すに決まっている。証拠など何も無いのだから。
あの羊皮紙があったら別なのだが、慎重なトワイセン男爵のことだ。見つからない場所に隠してあるに違いない。そしてこの後早急に処分するだろう。いや、もしかしたらもう処分しているかもしれない。
永遠の雲としても不名誉な事なので出来るだけ言いたくはないのだが、アスナリアとロゼルには真実を話そうとパーティーの意思として決まっていた。
「お強いのですね。えっと、アスナリアさんは」
即座に頷き喋りたいのだが、トワイセン男爵と話したくない永遠の雲は口を噤んだままだ。
「そうですよ。魔道士なのに私が近接で相手になりませんからね」
「ほう。ロゼル隊長がそこまで言うとは……」
変わりにロゼルがここぞとばかりにアスナリアを褒める。
ここで漸くアスナリアに興味が出てきたトワイセン男爵。次々と質問を浴びせ掛ける。しかし、肝心のアスナリアの素っ気ない態度に眉を顰める。
王国貴族としては獣人にそんな態度を取られるのは慣れていないのだろう。だが、アスナリアは仮にもドラゴンを討伐した英雄なのだ。ぞんざいに扱うのは憚られる。
後の事を考える頭のあるトワイセン男爵。ここは一歩引いた対応をする。
「では、アスナリア殿はお疲れのご様子なのでこの辺で。食事を用意させていますのでごゆっくりお寛ぎください」
アスナリアへと向ける顔が明らかに変わっているトワイセン男爵だった。
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