ドラゴン討伐完了
よろしくお願いします。
スタンと軽い着地音が聞こえる。永遠の雲とドラゴンの間にアスナリアが降り立つ。まるでドラゴンからユミエール達を守るかのような位置取りだ。
「飛行の魔法……」
「二段の魔法……」
双子の姉妹が驚いた顔でアスナリアを見つめる。ある程度やるとは思っていたのだが、二段の魔法を使うとまでは思ってもいなかった。だが、魔道士である双子の常識は次々と破られる。
ドラゴンは突然の乱入者に咆哮を浴びせかける。だがそれは、先程とは違うどこか弱々しいものだった。ドラゴンとて生物だ。本能には逆らえないのだろうか。
「それは効かないよ」
若干顔を顰めて、だけど鬱陶しそうにドラゴンに杖を向ける。
「『地割れ』」
ピシともミシとも表現出来ない、今まで聞いたことの無い音が聞こえる。
音の発生場所は黒のドラゴンの足元。今そこには、さっきまでは絶対に無かった筈の皹があった。皹の大きさは、丁度ドラゴンの横幅と同じぐらいである五メートル程。
地面が割れた。そうとしか表現出来ない光景が目に入ってくる。ぽっかりと開いたその口は、ドラゴンの色と同じの黒一色。
底が見えない、どこまでも続くような渓谷にドラゴンは飲み込まれる。
悲鳴を上げる暇も無く、地割れは無情にも閉じられる。
「な、何?今の?魔法なの?!」
「地面が割れたぞ?!おい?!」
戦士である二人は魔道士の二人に疑問を投げ掛ける。当然だが質問された二人は答えられない。どんなに天才魔道士だとしても、見たことの無い魔法について詳しく話せる筈もなかった。
「あれ?これで終わり?もうちょっとしぶとかった筈だけど……」
その当の本人は、惚けた顔でドラゴンが居た場所を見ている。
レベル五十と言ってもこんなもんか。やっぱり現実になると難易度が変わるのか?と、ユミエール達にはよく分からない言葉をぶつぶつと呟きながら永遠の雲へと向き直る。
訳が分からないが、取り敢えず死ぬことは免れたと理解した永遠の雲。
そうなってくると、途端に体のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。忘れていた痛みが襲ってきて、顔が歪む。
「ルーナ、回復魔法は使える?」
「無理。魔力が空っぽ」
ユミエールの言葉に無情な答えが返ってくる。この傷では動けない。ドラゴンがいなくなったのはいいが、ここから動けないのでは魔物のいい的だ。
しかし、
「『多重魔法・中治癒』」
アスナリアの回復魔法により、ユミエール達がブレスで受けたダメージが癒えていく。爛れた皮膚は元の綺麗な皮膚へと戻り、女の命とも言える顔の火傷も瞬時に消え去る。
「す、凄い……」
「おいおい。ルーナの魔法より早く回復してねぇか?」
元の綺麗な体をお互いに見比べて、アスナリアの魔法の効果を認識する。
──ビシ。
嫌な音が聞こえてくる。それはドラゴンが飲み込まれた場所辺りから聞こえてくる。
ビシリ、ビシリと段々音の間隔が小さくなっていき、さっきとは明らかに違う皹が地面に出来てくる。そして、土が盛り上がり、一気にそれらが膨らんでいく。
まさかと思った事態が現実として目の前に現れる。
「ギャアオォォ!」
先程より幾分迫力の無い声でこちらを威嚇するドラゴン。皮膚が破れ、血が吹き出してはいるが、未だに二本の足で立っている。そして、体のあちこちがブスブスと煙を立てて燻っている。
「おぉ、炎のブレスで圧殺を防いだのか」
またもや現実として目の前に現れた恐怖の象徴に、あっさりと腰が引ける永遠の雲。
今ドラゴンは、様子を見ているように佇んでいるだけなのだが、逃げ腰の永遠の雲には直ぐにでも襲い掛かって来るように感じられた。
「あ、あ、に、逃げなきゃ……」
ユミエールのその言葉にコクリと震えながら頷くメンバー達。切り札である合成魔法でも倒せないのだ。いくら回復したとしても太刀打ち出来るとは思えない。
「あ、あなたも逃げないと!」
「あんたも早く!一緒に逃げるぞ!」
「アスナリア!早く!」
「アスナリア!逃げなきゃ!」
恐らくさっきアスナリアが使った魔法は、ルーナとサーナの合成魔法みたいに無理矢理発動させるものなのだろう。だとすると、アスナリアの魔力が回復魔法で尽きていたとしてもおかしくはない。
魔力の尽きた魔道士など出来ることは何も無い。例えそれが人間ではなく獣人だとしても変わりはないだろう。
ユミエール達はそう判断し、皆が一斉に撤退を促す。だが、その肝心のアスナリアはその場から動こうとしない。
一切永遠の雲を見ずに、興味深そうにこの世の厄災を見ている。
「やっぱり上級魔法一発じゃ沈まないよね。いくら弱点の属性でもそれは無いよな」
「あ、あんた何を言って……」
「あぁ、そう言えば誰か『天雷』使った?」
漸くこちらを見るアスナリア。
その言葉に心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
永遠の雲の切札。当然だが誰にも魔法名など言ってはいないし、他の人間が居る場所で使った覚えもないユミエール達。
思わずルーナとサーナに目を向ける。正しくその視線の意味を読み取った双子は首をブンブンと振り、私達は誰にも言っていないとアピールをする。
「ガァアアア!」
突如吹っ切れたようにドラゴンがアスナリアに向かって突っ込んで来る。
こちらを向いているアスナリア。当然ドラゴンからは目を離している。
「あ?!きゃああ!」
──キィィン。
駆け出しの冒険者のように目を瞑ってしまったユミエール。その耳に、乾いた金属音が聞こえてくる。
金属音?何故金属音が聞こえてくる?
恐る恐る目を開けたユミエールの目に信じられない光景が入ってきた。
「杖が、浮いている……?」
『えっ?!』
同じく目を逸らしていたメンバーの驚愕の声が聞こえてくる。
アスナリアの背中、死角である筈のその場所に、何故か杖が浮かんでドラゴンの振られた腕を受け止めていたのだ。ゴルゾーラですら押し込まれた筈のその攻撃を、一本の何の支えもない杖が受け止めている。
ひどい悪夢を見ているような感覚に陥る。
「レベル五十でもまだ『自動防御』は有効か。うん。いい情報だ。まぁ、今はあんまり意味無いんだけど」
またもや訳のわからないことを言うアスナリア。そして、再び手にした杖を軽く振る。そう。特に力を入れてるようには見えない攻撃。なのに、ゴキィと鈍い音が聞こえてくる。
ドラゴンの右腕、そこの肘から先がプラプラと揺れている。
──折った。
あの硬い鱗に包まれている腕を折った。獣人の魔道士の杖の一振りで。
「『天雷』」
ポツリと聞き覚えのある魔法を使うアスナリア。
ルーナとサーナが魔力の殆どを使い、二人でやっとこさ使える合成魔法。永遠の雲の最後の切札。
──ドォォン!
先程見た光景がリプレイされる。再度双子を見るユミエール。双子が唱えたわけではないと思いながらも見てしまう。それほど非常識な光景。
魔力が尽きている?逃げないと駄目?そんな永遠の雲の考えを尽く覆す。
再び光の柱に貫かれたドラゴンだが、双子が与えたダメージよりやや効いているぐらいにしか感じられない。
少なくとも杖で殴った方が効いているようだった。
(一体私は何を言ってるの?杖で殴る方が『天雷』より強いって何?意味分かんない……)
その答えをアスナリアが答えてくれる。別にユミエールに対して答えたわけではないのだが。
「やっぱ雷は耐性あるのか……。一緒だな」
何故そんなことを知っているのか?何故あんな大魔法を使った後に天雷を使えるのか?何故回復魔法も使えるのか?疑問は次々と湧いてくる。だが、その前にしないといけないことがある。
ドラゴンはギィギィと弱々しく鳴いている。そう。この世の終わりのような厄災が弱っているのだ。
「アスナリア!早く止めを!」
「アスナリア!今がチャンス!」
双子がユミエールの心の声を代弁する。
ゴルゾーラも早くこの悪夢を終わらせたいのかコクコクと頷いている。
「分かった。大体知りたいことも分かったし、実験は終わらすよ」
こちらを見もせずにとんでもないことを宣うアスナリア。
「じっ……けん?」
「リーダーよう……。俺の耳はおかしくなったのか?実験って聞こえたんだが?」
「ゴル、大丈夫。それで合ってる」
「ゾーラ、大丈夫。私もそう聞こえた」
ドラゴンはさすがに勝てないと判断したのか、翼を広げて飛び立とうとしている。
──逃げられる。
ぞわっとした物が背中を走る。逃げられて万全の体調で、また永遠の雲の前に現れたら次こそ死ぬ。毎回神話のように英雄が現れるとは限らない。
「逃がさないよ」
しかし、アスナリアの自信たっぷりの声が耳に入る。あぁ、これで大丈夫。あのドラゴンは倒される。理由は分からないが何故か安心してしまった。
Sランク冒険者、人類の切札たる永遠の雲が、一人の獣人の言葉に心底安心してしまったのだ。
「『流星』」
アスナリアの周りに、数え切れない程の拳大の石が現れる。それが一斉に、横に降る雨のようにドラゴンに向かって行く。ザァと音を立てて。
──ボス、ザシュ、ボキィ……。
それらは様々な音を、ドラゴンという楽器を使い奏でられる。翼に、胴体に、爪に、腕に、足に、口の中に石が当り、様々な所を穿つ。
全ての石が無くなった時にはドラゴンの目の輝きは消え去っていた。
ドシンと大きな音を立てて倒れるドラゴン。その体はもうピクリとも動いてはいない。
──死んだ。
永遠の雲を全滅させるまで追い詰めたドラゴンがあっさりと。たった一人の獣人により死んだ。
ミュレルの言葉を思い出す。永遠の雲全員よりアスナリア一人の方が強い。強い方をドラゴンに当てるのは当然だろう。
納得せざるを得ない。これ程実力の差を見せつけられては。
「じゃ、帰りますか」
軽く永遠の雲に帰宅を促す。返事も聞かずにトコトコとルンカの街の方に向かい歩き出す。
「アスナリアちょっと待って。何で攻撃魔法使えるのに回復魔法も使えるの」
「アスナリアおかしい。しかもどっちも二段以上の効果」
双子の姉妹がアスナリアの異常性に疑問を投げ掛ける。それだけでは無いが、先ずは使える魔法の多さから。
この世界の住民でも両方使う魔道士はいる。だがそれは、どっちも中途半端な魔法になってしまう。
当たり前だが、どっちかに絞った方が早く二段に近付ける。両方を追うと器用貧乏に陥りやすいのだ。だが、アスナリアは違う。
攻撃魔法は双子の合成魔法並。最初と最後の魔法に至っては、それを越えているようにも思える。
それだけの攻撃魔法を使えるにも関わらず、回復魔法はルーナ以上。どちらも二段以上であることは疑いようがない。一体どれ程の魔法の才があればそんなことが可能なのか。
「え~」
何やら思案顔のアスナリア。魔道士であるルーナとサーナは真剣にその顔を見つめる。
「超頑張った」
「……はい?」
その見も蓋もない答えに呆気に取られる永遠の雲。
(レベル上げ超頑張ったもんな。ほんと七十ぐらいから全然上がんないんだよ。上げるのに苦労したよなぁ)
何故か言い切った感を出しているアスナリア。どこか遠い目をしている。想像を絶する特訓をしたのだろうか。でも何か違う気がする。
「ちょっと!ふざけないでよ!」
「別にふざけてなんかいないよ」
心外だとばかりの顔を見せるアスナリア。
これは質問が悪い。アスナリアからしたら、何故使えるのかと聞かれても、ゲームで覚えたからとしか答えようがない。当然そんなこと言えるわけもないので、答えは自然と曖昧なものになってしまう。
「まぁ、いいじゃねぇかリーダー」
それを単に言う気が無いのだと判断したゴルゾーラ。ゴルゾーラがそういう考えに至っても仕方がない。そんな方法があるとしても、それを簡単に漏らす筈がない。
「それより、助かった。ありがとう」
ゴルゾーラが確りと礼をする。そして、双子の姉妹も全く同じ動作で礼を言う。
「おい!リーダー!」
一人そっぽを向いているユミエールは、ゴルゾーラに促され渋々頭を下げる。
「あ、ありがと」
そしてまたプイッとそっぽを向いてしまう。
それを見て溜め息を吐き、可愛くねぇなと呟くゴルゾーラ。
「姫様の依頼だからね。別に礼を言われることじゃないよ」
「何よ!私も別に助けてなんて言ってないわよ!」
いきなりのユミエールの言葉にギョッとするアスナリアだが、他の永遠の雲のメンバーは苦笑いでそれを見ていた。
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