盗賊の塒にて
よろしくお願いします。
もうとっくに日も落ち、辺りは暗闇に包まれようとしていた。
その中でアスナリアの持つ杖だけが異様な輝きを放っている。
そして、未だに喚き散らすロザを余所にアスナリアは行動に出る。
悠然と護衛の間をすり抜け馬車へと向かう。
馬車は鉄などは使ってなく全てが木製、当然エンジンなどもない。
馬で牽くのが動力だ。教科書とネットでしか見たことが無いもの。
やはり機械文明などは無いようだな。
村の様子で、産業革命すら起きていないと予想していたアスナリアは一人納得する。
アスナリアが思案しているその間も、剣士と盗賊が只管斬りかかって来ているが、全て杖が受けて止めていた。
「なんなんだ?!なんなんだよこれは!」
キン!と杖に弾かれ、今度は折れない短剣を握りながら叫ぶ剣士。
「はっ、ははは……」
すでに壊れかけているのか、只管笑いながら向かって来る盗賊。
その二人を見ながらも、ロザを必死に宥める神官。
アスナリアは四人を無視して馬車の内部を見る。
さして広くない空間に一人の獣人が寝転がされていた。
目隠しと猿轡とご丁寧に足と手も縛っている。
痛み付けられたりしていないようで、元気に手足をばたつかせていた。
(うん。当たりだな。……念の為)
「『睡眠』」
アスナリアがボソッと呟いたら、ばたばたしていた手足がポテッと静まる。
「さて、あまり時間を掛けれないから手早くやらせてもらう」
護衛に向き直り宣言する。
ボヤボヤしてたら村の人達が来てしまうから、早いところ用事を片付けてしまおう。
それだけが理由で、別にバカになどしていない発言だったのだが、剣士はそう取らなかったようだ。弱いとバカにされたと取ったのか怒りに顔を染めた。
「獣人風情が生意気な!少し変わった杖を持ってるからって……!」
剣士以外の護衛は何かを感じているのか文句は出ない。
「こいつおかしいよ!逃げようよ!」
「私も賛成です」
女二人は既に戦意はないようだが、剣士は引かない。
因みに盗賊はずっと笑ってるだけだ。
「ふざけるな!獣人一匹におめおめ逃げ帰ったなんて知れたらこれから「『死』」
パタン……。
静かに倒れる剣士。
ただ五月蝿かった。それだけの理由で一番最初の餌食になった剣士。
夢もあり、思いを寄せる相手がいたかも知れない。
この仕事が終わったら結婚するのかも知れない。
それがたった一つの魔法で全てが泡沫のごとく消えていった。
ただそれは、他の三人よりは幸せな死に方だったのかも知れない。
ゆっくり十秒程たった後、一体どうしたのかと神官が近寄る。
「し、死んでる……」
「えっ?!嘘……でしょ……」
「ははは!ハハハ!」
アスナリアが盗賊目掛け距離を一瞬で詰める。
杖を一振り。
パァァン!
それだけで盗賊の頭は砕け散った。
まだ体は死んでいることに気付いていないのか、ピクピクと痙攣している。
グロいな。と思いながらも、人を殺したことに何も感じていない自分に気付く。
まぁ、今は獣人だから当たり前か。と変な納得の仕方をし、女に向き直る。
「いやぁ!ローズ!ドストラ!」
ロザの叫びにどっちがどっちなんだろうと益体も無いことを考えていたら、ミリスという神官が逃げようと後ろを向いていることに気付く。
仲間を見捨てて逃げるミリスに、アスナリアは杖を突き付け魔法を放つ。
「おっと、『麻痺』」
パタンとミリスが倒れ、死んだと勘違いしているのかロザが再度喚き散らす。
「あ、あ、ミリス……。みりすぅ!」
「五月蝿いな。少し黙れ」
思っているより低い声が出て、ピタッとロザは口を閉じる。
杖から溢れでる黒い輝きが闇夜を照らしているが、それだけでは表情まではしっかりと見えない。しかしながら、ロザが恐れ戦いてこちらを見ているのは何故か感じられた。
「まだ死んでないよ。お前達には聞きたいことがあるから」
とても平坦な声でロザに告げる。
ロザは気付いた。これはもう駄目だ。こいつは私を殺す。人を殺すことにまるで何も感じていない。
ロザは生き延びることを──諦めた。
☆★☆
(意外と簡単に喋ったな)
火炎球で全てを焼き払った後を見つめる。
当然マチュピアは外に出していて、アスナリアの横にて静かな寝息を立てている。
取り敢えず村に帰るかとマチュピアを背負ったところで、村の方から何人かやって来ていることに気付いた。
「アスナリア!無事?!」
セリナが何人かの獣人を連れて来たようだ。
一応若い獣人ばかりで女性も居る。
応援に来てくれたのだろう。アスナリアのモヤモヤしていた気持ちがスッと晴れる。
セリナはもう辺りは真っ暗なのに、真っ直ぐにアスナリアの方に近寄って来る。
匂いがするのだろう。アスナリアも周りは見えないが、セリナが何処に居るかは、はっきりと分かった。
「人攫いは?!」
「たお……。に、逃げてったよ。でも安心して。ちゃんとマチュピアは保護したから」
倒したと言おうとしてアスナリアは思い止まる。
死体をどうしたと聞かれたら答えられない。
(よし!ナイス俺!よく気付いた!)
「えっ、でも肉の焼けた匂いがするけど……」
「えっ?!あっ、あの、お、追い付いた時に人攫いが魔物と戦ってたんだよ。きっとそれじゃないかな!あは、アハハ」
「……そう?まぁ、いいわ。でもやっぱり魔法使いが居たのね……。よく追い払えたわね?」
「魔物と戦ってたからだよ!」
上手く誤魔化せたとアスナリアが勝手に思って、ホッとしながら村へと続く道を歩いていると、さっきの男が話し掛けてきた。
「アスナリアといったよな?マチュピアを助けてくれてありがとう」
「同族を助けるのは当たり前ですよ」
「くそっ……!人間め!好き勝手しやがって……!」
その言葉を聞き、この男もセリナ同様今の状況を良しとしていないと分かった。だが、アスナリアはまだ、それに答えるだけの言葉を見つけてはいなかった。
「『飛行』」
村に着き、マチュピアの両親に何度も礼を言われ、漸く解放されたアスナリアは、夜の散歩をしていた。今日手に入れた情報を整理する為に。
セリナに聞くのは憚られて聞けなかった人間の情報だ。
まずは、この村を治めているのが、村から見て東にあるレイブラント王国。
その中のルワンダ辺境伯が領主だそうだ。
そして、村から一日程東に行くと、ユンダという中々に大きな街があるそうだ。
村の南にはリューリュー大草原があり、それを抜け、さらに南東に行くとザラスーラ帝国がある。
(俺が始めに居たのはその大草原だろうな)
王国は典型的な封建制度。帝国は中央集権に成功している国家だ。獣人の扱いは共に似たような状況らしい。
はぁ。とアスナリアは溜め息を吐く。
そして、村の北にはゴング大山脈が広がっていて、西には魔の森がある。
魔の森をぐるっと迂回した先には共和国があるらしいが、詳しいことは彼奴らが知らなかった。
そして、一番重要な情報である人間の強さ。
これは中々にいい情報が聞けた。
驚いたのが、彼奴らが冒険者と呼ばれる便利屋みたいな人間で、犯罪者でもなんでもなかったことだ。
これは宜しくない。
一般人までもが獣人を蔑ろにしている証拠だからだ。
やはりこの状態を先に何とかするべきか。
毎度毎度助けてたらキリがないし、毎回上手く行くとは限らない。
それに、下手をすると獣人にヘイトが集まる。
もう王国に極大魔法を撃っちゃおーかと、絶対に上手くいきっこない案をアスナリアが短絡的に考え始めた時に、眼下から光が目に入ってきた。
(街はもっと東の筈……)
東に目を向けると僅かな光が仄見える。あれが恐らくユンダという街だろう。
この世界は魔道具と呼ばれる物があり、夜でも比較的明るい。人間の街は、だが。
ならこの眼下にある光は何だろうとアスナリアはそれに近付く。
どんどん高度を下げ、次第に鮮明になってくる。
(焚き火か……)
それはどうやら盗賊のようだった。
見た目からして野蛮な空気を醸し出して、卑下た笑い声が聞こえてくる。
多分こういう奴等にも獣人は狙われてるのだろう。
アスナリアは暫し考え、ある案を思い付く。
(解決はしないけど、時間稼ぎにはなるかな)
今日の盗賊達の機嫌は頗るよかった。
たまたま襲った獲物が、思ったより稼ぎがよかったからだ。
その為、今日は少し長く宴会を続けた。
歌い、踊り、飲み、抱き、殴り、皆思い思いの楽しみに没頭していた。
そこに、スタンと軽い着地音が盗賊達の耳に入る。
それを見たものは、呆けて闖入者を見つめる。
始めは誰かがぶっ飛ばされて来たのか?と思ったが、それは違う。どう見ても無傷だからだ。
それに、一番の違いはそいつが獣人だということだ。
勿論盗賊の仲間に獣人族なんぞいない。いたらいくら頭の緩い盗賊達でも覚えているだろう。
「なっ?!何だお前?!どっから湧いて出てきやがった?!」
一番近くに居た盗賊が声を上げる。
その場に居た盗賊達の心の声なのだが、それが闖入者の興味を引いた。
「お前でいいか……。ここのお頭?ボス?まぁ、お前らを纏めてるやつの所まで案内してくれない?」
ひどく平坦な声が辺りに響く。
少しの静寂の後に盗賊達はこの闖入者を嘲笑する。
「ぶはぁ?!ブハハハ!おい聞いたかよ?!こいつ今何て言った?!」
「くくくっ、あぁ聞いたよ。お頭の所に案内しろだってよ」
「頭おかしいんじゃねーのか。この獣人」
口々に笑い声を上げる盗賊。
闖入者は特に気にすることもなく、始めに決めていた男の襟首を、左手で鷲掴みにして──持ち上げた。
男はかなりの巨漢で、決して片手で持ち上げられる体重ではない。
いくら獣人が人間と違い身体能力に優れていたとしても、これは異常だ。
だが、酒が回り高揚していた盗賊達は気付かない。
目の前の獣人が、常軌を逸した存在だということを。
「なっ?!てめー!離せ!」
バタバタと暴れる盗賊にさして興味を示さず闖入者は問い掛ける。
「お頭の所に案内してくれるか?」
「おい!テメーら!こいつをやるぞ!」
『おう!』
(上手くいかないな……)
持ち上げた男をそのままに、アスナリアは特に何もせずに盗賊達を眺めていた。
盗賊達が振るう剣、槍、ナイフがアスナリアに向かって来るが、全てが杖により弾かれていた。
杖は目にも止まらぬ速度で動き、効率的に攻撃を防ぐ。
次第に焦り始める盗賊達。
(やっぱり何人か殺すか……)
アスナリアがそう決め、自身の案が半ば失敗したかな?と思ったところで、想定外の事が起きた。
アスナリアは喧騒のど真ん中に入って来たのだが、そこに下っ端らしき盗賊が慌てて飛び込んで来て、思わぬ事態を告げる。
「皆!騎士だ!騎士団が来やがった!」
その言葉を聞き、周りの盗賊が色めき立つ。
確かに耳を澄ませば盗賊らしからぬ声が聞こえてきた。
──オオオオオォォォオオオ!
かなりの人数のようだ。
その怒号は徐々に近くなり、ここに至るまでには後数分といったところか?
慌ただしく戦闘の準備を整える盗賊達。
気付けばアスナリアは放ったらかしにされていた。
攻撃してこないアスナリアより、騎士団の方が驚異度が高いと判断したのだろう。
(えっ……?どうしよ……?)
取り敢えず掴んでいた盗賊を放すアスナリア。
剣戟の音が近付く。
どうやら騎士団の方が優勢らしい。周りの盗賊が焦りだしていた。幾人か逃げ出す者もいる。
未だに結論を出せずにいるアスナリアの前に、馬に乗った騎士団が現れる。
「獣人?!連れ去られた者か?!」
「あっ、はいそうです」
思わず返事をしてしまい、隠れればよかったかなと後悔したアスナリアだが、もう遅い。
隊長らしき人間に見咎められてしまった。
刈り上げられた黒髪、顎には疎らな無精髭、正に無骨という言葉が似合う男だった。
馬上から強者特有の空気というのか、一般人なら震え上がるような視線をアスナリアに向けている。
しかし、アスナリアは動じない。
この世界での自分の実力をある程度把握出来たのもあるだろうが、実際は少し違う。
誰が犬に吠えられて縮こまるだろうか?皆が皆そうではないが、普通は五月蝿い犬だなと思うぐらいだ。
つまりはそういうことだ。
隊長らしき人間はアスナリアの態度に疑問を抱くが、それよりも任務を優先したようだ。
「後で話を聞く!そこに居てくれ!」
そうアスナリアに告げると、馬を走らせ行ってしまった。
お読みいただきありがとうございます。




