引けない想い
よろしくお願いします。
騎士団の雄叫びが草原に轟き、アスナリアの眼下を白い津波が流れていく。
「おぉ~!すげぇ。映画みたいだ」
領軍が村に来たときにはのんびり観賞する状況でもなかったアスナリア。この現代日本では決して見ることの叶わない騎兵の突撃に心が踊る。
何だかんだ言っても、男はこういうのが好きなのだ。だが、ずっと見ているわけにもいかない。
黒のドラゴンを退治するという仕事があるのだ。
人間が死ぬのは別に気にならない。だけど、ドラゴンがセリナやファスミラを襲うと考えると胸が苦しくなる。
「よし、じゃ俺も行くか」
森の方に視線を向け魔法を唱える。
「飛行」
アスナリアの体が重力に逆らい宙に浮く。物理法則をねじ曲げ、魔力の力で空に舞う。
そのまま百メートル程上昇する。地上からは確りと見上げないと何があるか分からない距離。騎士達に魔物と間違えられたら厄介だから、目に入らない距離まで昇る。
朝日が照らし始めた空の下、廃墟と化した村より奥の、鬱蒼とした森の方に目を向けて空を翔る。
アスナリアが翔んでいる下では、既に騎士団と魔物との戦闘が始まっており、至るところで魔法や剣戟の音が鳴っている。
「余裕そうだな」
若干高度を下げ騎士団の状況を伺う。手を出さなくてもいいと言われているが、状況を確認する分には構わないだろう。
そのまま戦闘区域を飛び越えて森の入り口へと降り立つ。
倒せるレベルは五十だとは思うが、もしかしたら違うかもしれない。奇襲を警戒して、念の為森の中では歩いて行くことにする。
舗装など当然されていない、踏み締めただけの獣道。飛び出した枝などが視界を奪う。木々に遮られ、剣戟の音もどこか遠くの場所からのように思える。
「魔の森とはまた違った感じなんだな……」
鬱蒼とした森を進んでいるとふと違和感を覚えた。
(見られている……?)
はっきりとは言えない。単なる勘とも言える感覚。だが、何故かそう感じる。
気のせいかとも思うが警戒するに越したことはない。
ドラゴンがこちらの様子を伺っている可能性もある。
「『完全物理防御』」
「『全属性封殺』」
「『上位速度上昇』」
「『上位筋力上昇』」
「『潜在する魔力』」
「『迷いの霧』」
「『感知上昇』」
次々と強化魔法を唱えるアスナリア。その度に魔法の煌めきが体を包み、刹那に消える。
(上?!)
バッと頭上を見上げる。しかし、そこには先程と変わらぬ鬱蒼とした木々。
「あれ?消えた……?」
見られている感覚が霞の如く消えて無くなっていた。
「何だったんだ……?」
首を傾げ、一人ごちるアスナリア。その周囲には何も、そう。ドラゴンすらもいなかった。
☆★☆
ユミエールの刃が煌めき、ゴルゾーラの戦斧が力任せに振るわれる。ルーナの回復魔法が傷を癒し、サーナの攻撃魔法が戦場を駆け巡り魔物を穿つ。
『永遠の雲』を中心とした討伐隊は順調に魔物の数を減らしていた。
流石はSランク。と言われる戦い振りなのだが、どこか釈然としない顔で戦い続けていた。
「おらぁああ!つぎぃぃいい!」
「ゴルゾーラさん!少し下がって下さい!」
騎士の制止を無視して魔物の群に突っ込んでいく。
「ゴルは生真面目」
「ゾーラは機嫌が悪い」
「でも力尽きちゃ駄目なんだけど」
ユミエールが居心地悪そうにポツリと呟くと、双子が全く同じタイミングで振り返った。
「因みに私もモヤモヤしている」
「因みに私もイライラしている」
結局『永遠の雲』は、アスナリアにもロゼルにも相談ををせずに、トワイセン男爵の言う通りに行動してしまった。
「うっ?!」
ユミエールはそんな双子のジト目に怯む。
魔物はもう既に半数以下にまで減っていて、騎士達の犠牲も最低限で済んでいた。駆逐されるのは時間の問題だろう。だからこのような会話も出来るほど余裕があるのだが。
「ユミエール殿、お疲れ様です」
「ロゼルさん……」
ロゼルが出るほどの魔物もおらず、後方にて騎士の指揮をしていたお陰か、鎧には一切傷もなく変わらぬ白さを見せている。
そして何より、『永遠の雲』が参加したことが大きいだろう。
「お陰で騎士の犠牲も少なく済みました。ありがとうございます」
ビシっとユミエールに敬礼をする。騎士団隊長だと言うのに冒険者に頭を下げる。騎士の中には不満気な者もいるのだが、ロゼルはそれを一切気にしない。
そのあまりに真っ直ぐ過ぎるお礼に、ユミエールは居心地悪そうに目線を外す。
どうしたのかとロゼルが訝しむが、理由など分かろう筈もない。
「どうし──」
「ギャオオオォォォオオオ!」
全ての者の時間が止まる。それほどの咆哮が遥か彼方より聞こえた。いや、違う。目視出来るほどの距離だ。
そのあまりの咆哮に、希望的観測が入ってしまったのだろう。
人間に元より備わっている生きたいという欲求。それを直に揺さぶられる咆哮なのだ。それは仕方の無いことなのだろうか。
──逃げろ!にげろ!ニ・ゲ・ロ!
全力で本能が訴え掛けて、騎士達の心が砕かれる。
死ぬ気で潜り抜けた訓練、口を酸っぱくして言われた騎士としての矜恃、それら全てが無駄だったと分かる明確な差。捕食者と非捕食者の差がいやが上にも教えられる。その心に、無理矢理に。
あれほど士気を保った騎士団が、一気に恐慌状態に陥り隊形が脆くも崩れ去る。
「ひっ?!」
「いやだ!いやだ!いやだ!」
「死にたくない!死にたくない!神様!」
「助け──」
まさに阿鼻地獄と叫喚地獄。
次々とガチャンガチャンと捨てられていく剣や槍。退却の報を知らせなくても勝手に退却していく騎士達。だだ、この中でも恐怖に打ち勝つ人物もいる。
「な、何故ここに……」
ロゼルが若干顔を青ざめながらも呟く。
それに答える事が出来るのは『永遠の雲』。
「そんなこと言ってる場合じゃねぇな……」
「何なのアレは……?」
「明らかに前のと違う」
「ヤバくない?」
徐々にこちらに近付いてくる暗黒の魔物。
「アスナリア殿は……。どうなったのだ!」
ロゼルの叫びとも言える絶叫が辺りに響く。
「行くわよ」
ユミエールの静かな宣言。
前倒したドラゴンと同格ではない。それは直ぐに感じ取れた。格が違うというのだろうか。肌に直接伝わる感覚がそれを教えてくれる。
だが、ここで引けない。引けるわけがない。
「駄目だ!退却だ!アスナリア殿が負ける筈が無い!恐らく入れ違いになったのだ!アスナリア殿が戻るまで逃げるんだ!」
しかし、ロゼルはそれを許さない。声を張り上げ撤退を促す。
ピクリとユミエールの肩が揺れる。思わずその言葉にすがり付きたくなる。だが、そんなことは許されない。
この状況を作ったのはユミエールなのだから。最低限、騎士達の退却する時間は稼ぐ。
「まぁ俺も完全には反対しなかったしな」
「それは私も。だから付き合う」
「私は寝てたけど、付き合う」
ロゼルは何の話かは分からないが、『永遠の雲』があの黒いドラゴンと戦うつもりなのは理解した。
「待て!」
そのロゼルの言葉に返事は返ってはこなかった。
魔物はもう数えるぐらいしか残ってはいなかった。『永遠の雲』は、まずはそれらを処分する。
「ごめん……。勝てないかもしれないのに付き合ってくれて……」
ユミエールが震える声を極力抑え、振り向きもせずに謝る。
「ふん。情けないねぇ。負けるつもりで戦ったら、勝てるもんも勝てねぇぞ」
「そう。私達は負けない」
「そう。早く帰ってご飯奢って」
零れる涙を拭いながら振り返るユミエール。それを迎えたのは、いつでも頼りになり、ずっと一緒に戦ってきた仲間達の笑顔だった。
もうドラゴンは目と鼻の先の距離にまで来ている。
会敵するのはあと数分だろうか。
迫り来るドラゴン。黒の翼を羽ばたかせ、体には漆黒の鱗がびっしりと張り付いている。光沢のあるその鱗は太陽の光を反射して、キラキラと煌めいている黒い宝石が並んでいるようだった。
開いた口からは凶悪な牙が見え隠れしていて、一咬みで人間など噛み千切ると容易に想像出来る。
顔は蜥蜴に似た顔をしているのだが、掛かる圧力がそんな可愛い存在ではないと主張している。
「『多重魔法・炎封殺』」
ルーナの魔法で炎のブレスへの対策を行う。
「皆、ありがと」
もうユミエールは泣いてはいなかった。
「『速度上昇』」
「『筋力上昇』」
ルーナとサーナの魔法が、ユミエールとゴルゾーラを強化する。
「いくぜぇぇええ!『剛力』!」
「『斬撃』!」
始めから特殊技能を使った攻撃。それは、出し惜しみは無しだと言っているようだった。
ユミエールが振られる腕を紙一重で避け、切れ味が上がったサザンベルク家に伝わる魔法剣にて斬りかかる。そして、腕を振り切ったドラゴンの隙をつくように、ゴルゾーラが戦斧を叩きつける。
阿吽の呼吸にて繰り出された攻撃は、僅かな時間のズレののちにその鱗にそれぞれダメージを与える。
感じたことの無い手応えに手が痺れ、一瞬二人の動きが止まる。
瞬きする時間より短いその一瞬。だが、ドラゴンにとっては十分過ぎる時間だった。
──ブゥン!
ドラゴンが体を回転させて、尻尾が死角からユミエールに迫る。
避けられない。と判断したユミエールは剣を盾に体を守る。
「ぐぅ?!」
予想よりも圧倒的に強いその圧力に体を支えきれないユミエール。バチィという音と共に後ろに弾かれ、飛ばされる。
追撃をさせないため、ゴルゾーラがその間に入り込む。
振られる腕を受け止めるが、反撃には移れない。
ゴルゾーラの『剛力』をもってしても、黒のドラゴンの腕力は凌げない。
頭の上に戦斧を構えたまま、力比べに負けるゴルゾーラ。ズッズッと段々地面が陥没してくる。圧倒的な圧力が掛かり逞しい筋肉が悲鳴を上げる。
そのまま押し潰されるかと思われたゴルゾーラ。だが、そこにユミエールが疾風の如く現れ、腕に斬りかかる。
押し潰さんとしていた腕の圧力が一瞬緩む。その隙をゴルゾーラは見逃さない。
「ぐぅぅうう?!おぉらぁぁああ!」
はち切れんばかりの筋肉をさらに脹らませ、ゴルゾーラがドラゴンを押し返し、思わず蹌踉けるドラゴン。
──好機。
打ち合わせもしていない『永遠の雲』。だが、長年一緒に戦ってきた仲間達だ。皆今何をすべきかを確りと把握していた。
ユミエールとゴルゾーラは揃ってその場から跳んで離れる。
「いま!」
「いくよ!」
双子の姉妹が手を天に翳し、魔力を頭上に集め始める。
お互いの魔力が頭上にて絵の具のように混ざり合う。青の魔力と赤の魔力が渦を巻くように合わさり、一つの魔法を造り出す。
「『天雷』!!」
双子が、同じ動作、同じタイミングにて魔法を発動させる。
──ドォォン!
雲一つ無い空から雷が落ちてくる。ドラゴンの全てを包むような光の柱は全てを焼き尽くす天の裁き。
バチバチと五月蝿いそれらは辺りの空気に放電する音。それほどの電流が流された生物は生きること否定され、形も残らず燃え尽きる。
──それが普通の魔物ならば。
「グガァ!グォォオオオ!」
ダメージはあるようだが、とても致命傷には見えない。まだまだ戦えるとギョロリと『永遠の雲』を睨み付ける。
「うっ、そ、だろ……」
「あれを食らって……」
「はぁ、はぁ」
「くぅ、はぁ」
四人の瞳に絶望の色が灯る。
前衛の二人はまだ戦える。だが、双子の姉妹は青息吐息。
普通は使えない三段の魔法を無理矢理発動させたのだ。その代償は双子の魔力を根こそぎ奪い去ること。
それに構わずにドラゴンは『永遠の雲』に迫る。
口を開け、炎のブレスを吹き掛ける。
「きゃあぁああ?!」
ルーナの魔力がつきかけている。それは取りも直さず、『炎封殺』が弱まっていることを示す。
本来の威力には程遠いが、炎の息吹が『永遠の雲』全体に行き渡る。
ブスブスと焦げた臭いが辺りに充満する。よく体を見てみると、所々が溶けている。
魔道具に辛うじて守られた『永遠の雲』。だが、『炎封殺』の効果が切れたら万事休すだ。
打つ手は無い。
「みんな、ごめん」
「勝てなかったなぁ。こいつつえぇわ」
「はぁ、リーダーと一緒で楽しかった」
「はぁ、はぁ、死ぬときは皆一緒」
諦めた『永遠の雲』。皆一様に目を瞑り、今までの冒険を思い出す。
楽しかったこと、死にかけたこと、ムカついたこと、喜んだこと。それら全てが昨日のことのように思い出される。
泣いてはいない。最後までSランク冒険者として逝こう。四人の気持ちは話してもいないのに統一されていた。
『炎封殺』の効果が切れた。弱々しく纏っていた魔法の加護が空気の中に霞んで消える。
ドラゴンが再度口を開けて最後の攻撃をする。
迫り来る炎に熱さを感じ、じっと最後の時を待つ。
だが、
──炎はいつまで待ってもやってこなかった。
「おぉ、ぎりぎり」
死を覚悟した『永遠の雲』の頭上から、とても朗らかな、そう。逢瀬の約束の時間に、ぎりぎり間に合った恋人から掛けられるような声が聞こえる。その声は緊張感など皆無で、とても場違いに感じられた。
お読みいただきありがとうございます。




