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犬耳たちに繁栄を!  作者: 涼
38/51

認識の違い

よろしくお願いします。

 態々時間を空けてユミエール達の部屋に来たトワイセン男爵。到底まともな話とは思えない。


「……何の用でしょうか?」


 ユミエールが訝しみながら問い掛ける。トワイセン男爵は元から細い目をさらに細くして笑っていて、何か得体の知れないものを感じる『永遠の雲』。


「実は王子殿下からこの様な羊皮紙が届いたのですよ」


 そう言って、ペラリとユミエールに羊皮紙を見せる。その内容は、どうにかして例の獣人を取り除き、『永遠の雲』にドラゴンを討伐させろ。だった。

 何とも曖昧な指示だ。しかも、これは決して表に出すなとまで書かれてある。

 確かにこんな指示を王子殿下が出したとすればかなり問題になる。国王にその気が無かったとしても、その指名依頼に真っ向から歯向かうことになるのだから。

 気持ちは分かるが、奥歯に物が挟まっているような後味の悪い指示だ。


「それにしても曖昧ですよね。具体的な方法が一切書かれていなくて、全て丸投げなのですから」


 本来、こんな指示が来たら即刻国王に報告すべきだ。王国の貴族は、王子に仕えているのではなく、国王に仕えているのだから。だが、トワイセン男爵はこの指示に従うことを選んだ。

 これは、次の国王がロズベルになると思っているからだ。

 確かに味方の貴族のパワーバランスは五分になった。だが、所詮は男社会。ミュレルが女で、ロズベルが男なのは覆せないだろう。そうトワイセン男爵は睨んでいる。

 次の国王となる人物には、恩を売れるときには売っておいた方がいい。

 それに、ロズベル自身が表に出すなと言っているのだ。失敗したとしても、トワイセン男爵としてはそこまで痛くはない。


「私も不安なのですよ。あんな足手纏いのような獣人がいて、『永遠の雲』のドラゴン討伐が失敗したらどうしようかと」

「それは……。分かります」


 確かにユミエールもそれには一抹の不安を抱えていた。連携の取れていない獣人を一人入れて、それが全くの足手纏いだったとしたらドラゴンを倒せるのかと。それより長年一緒に戦ってきたこの四人だけの方がいいんじゃないかと。

 そのユミエールの心の隙間に、ぬるりと何かが入り込む。得たいの知れない、されど、ユミエールの自尊心を擽る何かが。


「あんな依頼内容は冒険者の強さを知らない王女殿下だからですよ。Sランクの冒険者より獣人が強い?そんなことあり得ないですよ。それに、別に指名依頼に背くわけではないんじゃないですか?」


 そうだ。さっきロゼルに言われたじゃないか。『護衛の仕事は終わり』だと。


「『永遠の雲』の方々がドラゴンと戦ってほしいのですよ。そちらの方が確実じゃないですか?」


 そうだ。本来Sランク冒険者の扱いとはこうなのだ。王都の冒険者組合での扱いの方がおかしいのだ。


「領民の為にも一肌脱いで下さいませんか?」


 そうだ。これは民の為でもあるのだ。ドラゴン討伐に失敗したら多くの民が犠牲になる。


「分かりました……」


 ユミエールは頷いていた。

 トワイセン男爵はそれを見てにっこりと頬笑む。


 ゴルゾーラは心の中で舌打ちをする。うまく乗せられたと分かっているから。だが、ゴルゾーラとて腕一本でのし上がった人間だ。あそこまで馬鹿にされて黙ってはいられないのもまた事実。

 それに、トワイセン男爵の言うことも間違ってはいないし、言いたいことも分かる。ドラゴン討伐が失敗して一番被害を受けるのは、ここトワイセン男爵の領地なのだから。


「でも男爵様よぉ。ドラゴンの塒を教えたじゃねぇか?今さら……」


 トワイセン男爵がニィっと口角を上げる。

 とても似合っているのだが、とても気持ちの悪い笑顔。


「私はこう言ったのですよ?確信は無いですが、と」

「嘘なのか?!」

「嘘なんてついていませんよ。ただ、言ってないことがあるだけです」


(食えない男だ……。こんな男は御免だな)


 こんな見た目だが、男の趣味にはうるさいゴルゾーラ。だから今だに男と付き合ったことが無いのだが。


「ドラゴンと確実に会敵する方法があるってこと?」

「確実とは言いませんが、ほぼほぼ会えるかと」


 ルーナの言葉にトワイセン男爵が頷く。


「実は始めに騎士団が壊滅してから、ドラゴンがいないときを見計らって何度か討伐に行ったのですよ」

「何で?!」


 ルーナが珍しく声を荒らげる。神官として、命を無駄に散らす行為が許せないのだろう。


「何故って、魔物の討伐までも王都に任せたら私の評価が下がるでしょう?」


 呆れて反論も出来ないルーナ。この男は騎士の命よりも自分の評価の方が大事だと言ったのだ。

 神官であるルーナには考えられない思考回路。

 トワイセン男爵はそんなルーナの様子には頓着せずに話を続ける。


「それで、毎回戦っているとドラゴンが乱入してくるのです。よっぽど耳が良いのでしょうねぇ」

「つまり──」

「そう、明日討伐隊と一緒にいればドラゴンと戦うことが出来ますよ」


 ユミエールの言葉を横から奪ったトワイセン男爵。

 実は森から飛んで来るというのも嘘ではない。実際に何処に居るのかは知らないが、騎士が森の方から飛んで来ているのを確認している。


 言いたいことは理解できるが、やり方が気に入らない。これが『永遠の雲』の総意だ。だが、ここで断っても、明日の討伐隊にドラゴンが襲い掛かるだけだ。


「今の話はここだけの話でお願いしますよ。今日私はここには来なかった。『永遠の雲』の方々は明日討伐隊に加わるだけです」


 トワイセン男爵が部屋から去る。

 後には後味の悪い思いをした『永遠の雲』だけが残っていた。




 翌日、討伐隊を前にロゼルとアスナリアがいた。

 まだ日が上る前で漸く空が白み始めた所だ。ここから二日掛けてマタイの村を目指し、三日目の朝、魔物の大群の討伐に取り掛かる。


 整然と並んでいる騎士達は、魔物の数が二百に減ったと知らされたにも拘わらず、依然として士気は高いままであった。

 王命であることも無関係ではないだろうが、よく訓練されている騎士達。

 ロゼルは頼もしい騎士達を見て満足そうに頷く。しかし、ふと横を見ればそんな騎士達を鎧袖一触にする存在が居る。

 神話の魔法を操り、国宝だと言われてもおかしくはない神具を身に纏う非常識極まりない存在。

 今回のドラゴン退治が普通のドラゴン退治では無いことは理解している。アスナリアが言っていることが現実になれば、王国にはそれに抗う術は無かっただろう。


(本当に味方で良かった……)


 あの時にミュレルがアスナリアに会いに行かなかったと思うと気を失いそうになる。

 恐らく獣人の為にドラゴン退治はするだろうが、ここまで早く動くことは無かった筈だ。早くてユンダの街が襲われてからだろう。

 その頃にはもう、王国は立ち直れないぐらいのダメージを受けていることは想像に難くない。

 そうなれば帝国が黙ってはいないだろう。ドラゴン退治が終わってから、ゆっくりと王国を飲み込めばいい。

 アスナリアはあっさりと帝国に付くだろう。それは獣人の扱いの差を見れば火を見るより明らかだ。

 現状ロゼルは、他の人間よりかはアスナリアと仲は良いとは思っている。だが、やはり獣人との会話を聞くと一線を画されている感は否めない。

 獣人の為となればあっさりと裏切られそうに感じる。そうなると、ズーの存在が途端に大きな意味を持つ。ズーはどんな騎士よりも高い忠誠心をミュレルに捧げている。

 ズーがミュレルを裏切るのは考えられない。それはつまり、ズーを裏切らないアスナリアは、ミュレルを裏切らないことに繋がる。

 余程変なことをしなければ。という注釈が付くだろうが。


(王女殿下は、王国一の幸運の持ち主なのかもしれないな……)


「どうしました?」


 アスナリアを見つめていたら不思議そうな顔をロゼルに向けてきた。


「あぁ、いや、『永遠の雲』がいきなり態度を変えましたのでね」

「そういえば討伐隊と一緒に行動するって言ってましたね。俺は一人の方が楽だからありがたいですけど」

「それはそうでしょうね」


『永遠の雲』には悪いが、はっきり言って足手纏いなのだ。いや、これは『永遠の雲』に限った話ではない。ロゼルとてそうだ。王国一の剣の腕を自負してはいるが、アスナリアにとって、そんなことは何の意味も持たない。

 だが、『永遠の雲』が人類の最高戦力には間違いない。討伐隊に加わってくれるならありがたいことだ。その分騎士達の生存確率が上がるのだから。


「さて、そろそろ行きましょうか」

「はい」


 ロゼルの号令のもと、千の騎士達が移動を開始する。

 ザッザッっと一子乱れぬ動きでマタイの村を目指す討伐隊。

 綺麗に磨かれた鎧兜が昇り始めた朝日を反射する。キラキラと輝くそれらは、これから懸ける命の煌めきに似て、美しかった。




「見えてきたな……」


 少しだけ高くなっている場所からロゼルは呟く。アスナリアはその声に目を細めてロゼルの視線を追う。その視線の先にはかつて村と呼ばれた場所があった。

 家の残骸や、家畜を囲っていただろう木材が其処此処に打ち捨てられている。ドラゴンの炎で焼かれたのか、炭と化している木材もある。

 村民は皆逃げるか食われるかしたのだろう。人影は見当たらない。代わりに見えるのは見渡す限りの魔物達。

 それらは何かを食べている。事が起こってから一ヶ月以上経っているので、さすがに人間を食べているとは思えない。森などにいる動物が魔物達の主食だろう。


「よし、ドラゴンはいないな」

「じゃ俺は森に行きますね」

「ちょ、ちょっと待ってくだされ?!」


 騎士団は大分後方に待機させており、まだ魔物には気付かれてはいない。千からの人間が見える距離まで近付くとさすがに気付かれるからだ。

 森はマタイの村を越えた先にある。今ここでアスナリアが飛び出すと魔物に気付かれかねない。

 どうせ奇襲などは出来ないが、アスナリアには出来るだけ騎士団に行動を合わせてほしかった。


「分かりました」


 ロゼルの要望にそれはそうかと納得し、アスナリアは念の為にここに残る。

 ロゼルは急いで後方に下がり、騎士団の元に戻る。そして、部下へと突撃の準備を整えるように告げる。


「いよいよだな……。アスナリア殿、ドラゴンは頼みましだぞ」


 そう一人呟き、森の方へと視線を向けた。アスナリアには、騎士団が突撃してから森に移動してもらうように頼んでいる。

 この国の行く末を、一人の獣人に託すことに思うところが無いとは言えない。だからと言ってこれ以上出来ることが無いのも事実。


 ──情けない。


 この言葉がロゼルの胸に突き刺さる。

 普段蔑ろにしている獣人がこの国を救う。なんと皮肉なことだろうか。

 しかもそれを理解しているのは極少数。ロズベルなどは最後までグチグチと文句をつけていた。

 これが終わってからも大変だ。この討伐計画の中での優先順位は低いのだが、『永遠の雲』にアスナリアの実力を認めてもらうことも一応計画していた。ドラゴンと魔物が離れていることから水泡に帰したが。

 これでは結局アスナリアの実力が陽の目を見ない。ミュレル曰く、あまり広がるのも考えものらしいが。


「ロゼル隊長。突撃の準備が整いました」

「うむ」


 ロゼルが騎士団に向き直り、気持ちを落ち着かせる。

 いくら数の上で勝っていて勝利が間違いないとしても、戦場では何が起こるか分からない。一瞬の隙が己の命に直結する。

 無駄なことを頭から追い出し、目の前の魔物の大群のことに全力を尽くす。

 よしと呟き、ロゼルが騎士団に宣言する。


「とつげきぃぃぃいいい!!!」


 ──オオオォォォオオオ!


 騎士団という名の白い津波が、一斉にマタイの村を目指して突き進んだ。

お読みいただきありがとうございました。

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