ルンカの街へ
よろしくお願いします。
王都レイブラントとルンカの街とを繋ぐ街道。その街道を少し逸れた草原に、魔物の大暴走の討伐隊が野営を行っていた。
魔物避けである簡単な柵を周囲に作り、その中に天幕を並べる。豪華な天幕を中央に並べ、その回りに見窄らしい天幕が並ぶ。
千人もの騎士が天幕を張るとかなりの規模になり、端から端まで目視できない程になっている。
既に日もとっぷりと暮れた時間帯、総指揮者であるロゼルは当然柵だけで安全が守られるとは考えてはおらず、五人一組の四チームを野営地の柵沿いに巡回させている。
今回の遠征に選ばれた騎士は何れも練度が高く士気も高い。従って、魔物を一匹たりとも通すものかという気概を持って巡回をしていた。
中央近くのロゼルが居る豪華な天幕、その近くに『永遠の雲』は天幕を張り、昼間の行軍の疲れを癒していた。
決して豪華な天幕ではないが機能性に優れた冒険者らしい天幕。本来なら護衛対象であるアスナリアと共に天幕を張るべきなのだが、女性の冒険者ということもあり、天幕だけは別になっている。というより、アスナリアが嫌だと断った。
その肝心のアスナリアはロゼルの天幕で寝ている筈だ。
「何なのあいつ!何なのあいつ!」
ユミエールは天幕の中に入ってからずっとこうだ。行軍中は仕事中ということもあり、口には出していないがかなりストレスが溜まっている。
原因はただ一つ、あの憎たらしい獣人アスナリア=ファングだ。
行軍が始まってから数日がたった今日の朝、獣人の嗅覚を存分に発揮して、アスナリアは徐にユミエール達にこう言ってきたのだ。
「あんた達、汗臭いよ」
冒険者であるユミエール達からしたら、仕事の間に風呂になど入れる筈もなく、毎夜水で体を拭くだけだ。
下着などはさすがに変えるが、上着やズボンなどはそのまま着続けるのが旅人としての常識だ。着替えなど余計な物を持っていくより、持っていかないといけないものは腐るほどある。ユミエールの知り合いの冒険者などは下着すら変えないのも珍しくはない。
当たり前だがそんなことをしていたら汗臭くなる。ただそれは、暗黙の了解として言わないのがマナーというもの。余程仲の良い冒険者パーティー同士なら話は別だが、決して始めて一緒に旅をする相手に言うことではない。
そうじゃなくても『永遠の雲』は女のパーティーだ。マナー云々の前にデリカシーが無さすぎる。
いくら日頃血生臭いことで糧を得ていても、そういうことには男より遥かに敏感なのだ。
「まぁ、確かに汗臭いのは否定しないけどな」
「アスナリア、良い匂いがしていた」
「羨ましい」
そう。これもユミエールの感情を揺さぶる一因だ。一緒に行軍しているのに、何故かアスナリアは毎日体から石鹸の匂いをさせている。
大方ロゼルに無理を言って、風呂を用意させているのだろう。
当然アスナリアと仲の悪い(ユミエールが突っ掛かっているだけだが)『永遠の雲』にはお風呂に入るお呼びは掛からない。
ミュレルだけではなくロゼルもまた、アスナリアの方にウエイトを置いているからだ。
「明日にはルンカの街だ。風呂にも入れるだろう」
ゴルゾーラの言葉に頷きながらも釈然としないユミエール。
ルンカの街に着く。それはドラゴンとの決戦が迫っている証でもあった。
アスナリアの強さを信用していない『永遠の雲』。彼女達はアスナリアの護衛で終わるつもりはなく、ドラゴンと戦う気概で向かっていた。
工業都市として有名なルンカの街。街には煙突が、数えるのも馬鹿らしいぐらい聳え立っている。
ゴング大山脈から運ばれた鉱石を精錬して、武器や防具などに変えて輸出している。
街の雰囲気は男臭く、女は娼婦などが出稼ぎに来ているぐらいだ。街の規模としては小さいのだが、王国の中でも重要度が高い街。
魔物の大群が側に居るからだろうか、住民の顔は些か優れないようだ。とはいえ、今の生活を捨てるわけにはいかない。未だにルンカの街には来ていないのも相俟って、街の住民はごく普通に生活をしていた。
ロゼル達は、居酒屋から聞こえる仕事終わりの鉱夫達のざわめきを聞きながら領主の元に向かっていた。
領主館は別の街にあるのだが、此度の魔物の大暴走で領主はルンカの街に来ている。先ずは増援として領主に挨拶に向かわなければならない。
騎士を街の外で野営させ、ロゼルとアスナリアと『永遠の雲』で挨拶に行く。
アスナリアは周りをキョロキョロと見渡し、そろそろ獣人の村にも製鉄所ぐらい作った方がいいのかな。と思いながら歩いていた。
「ちょっと!田舎者みたいにキョロキョロしないでよ!私達も馬鹿にされるじゃない!」
ユミエールがそんなアスナリアに注意を促す。嫌味のつもりで言ったのだが、アスナリアは然程気にせずに切り返す。
「えっ、こんなのが都会なの?」
アスナリアにしたら王都ですら都会とは思えない。都会というのは東京みたいにビルが摩天楼のように建っている状態なのだから。
その基準からいうと、アスナリアが都会と感じる街はこの世界には存在しないことになるのだが。
「都会ってわけじゃないだろ。都会といったら王都のような街だろ」
「ふ~ん」
ゴルゾーラの言葉に、あんな街が都会ねぇ。とはさすがのアスナリアも言わない。都会と思っている街の住人にこの言葉は禁句だからだ。
「はは、アスナリア殿は王都に来たときも然程驚いてはいませんでしたな。一度アスナリア殿の故郷に行ってみたいものです」
「行けたらいいんだけどね」
ロゼルとの会話に違和感を覚える。まるでアスナリアの故郷が王都より都会だと言っているようだ。
ユミエール達の常識ではあり得ない。獣人がそんな発展した街を作るなど。
不思議そうな顔をしているユミエール達だが、ロゼルとアスナリアはそれ以上話すつもりはないようだった。
「お待ちしておりました」
現状領主が居を構えている屋敷に着く。
時間としては仕事が終わっていてもおかしくはないのだが、玄関には執事とメイドが整列していて、アスナリア達を歓迎する。
「王命により此度の増援の総指揮を任されている騎士団隊長ロゼルだ。領主殿に挨拶に参った」
「畏まりました。主は既に客間にてお待ちしております」
領主が居る屋敷としては些か威厳が無い。これは領主が急遽ルンカの街に詰めることになったので仕方の無いことであった。
「トワイセン男爵様、騎士団隊長ロゼル様がお見えになりました」
「入ってください」
聞こえてきたのは思ったよりは若い声。だが、どこか冷たい印象を感じる。
客間に入るとその感覚はより顕著になる。
ソファーには金髪を後ろに流した男が座っていて、細い目で妖しくこちらを見ている。
顔色は青白く、ひょろっとした体型も相俟って、獲物を見ている蛇のようだった。
年齢は三十代に届いていないように見えるが、顔色が悪いせいかはっきりとは言い切れない。
アスナリアは引きこもりみたいだな。という印象を抱く。
「お待ちしておりました。ロゼル隊長、それに、冒険者の方々」
方々と言いながらもアスナリアの方には目線を向けない。アスナリアとしても、特に親しくする必要性を感じていないので気にしてはいないが。
「此度は大変でしたな」
「そうです!まさに晴天の霹靂!ドラゴンが我が領地に現れるなんて、なんたる不幸なことか!」
トワイセン男爵が苦しげな表情を見せて大袈裟に手を振りる。
「こんなことは神ですら予測は出来ません!そのお陰で大事な!大事な騎士を死なせてしまいました!この身の全ては陛下の物、つまりは陛下の騎士を死なせてしまったのです!」
大仰に身ぶり手振りを加えながらロゼルに熱弁する。ロゼルは厳つかった顔を崩し、トワイセン男爵を宥める。
「ま、まぁ、ドラゴンが襲ってくるなど誰にも予想は出来ないでしょうな。陛下も此度のことで、トワイセン男爵を叱責するつもりは無いでしょう」
「おぉ!ありがたき幸せ!」
感極まったように頭を下げるトワイセン男爵。だが、アスナリアはその圧倒的な動体視力にて見ていた。目が笑っているのを。
何だかんだ言っているが、結局言いたいことは自分は悪くないだ。確かにその通りなのだが、ロゼル以外はそれに気付き白けた顔をしている。
「それで、今の魔物達の様子はどうなっているので?」
「マタイの村を中心に動いています。壊滅はしましたが、以前の討伐にて百程は魔物を討ち取りました」
「それは重畳。百討ち取れたということは始めはドラゴンがいなかったので?」
「魔物との戦闘中に突如、そう!いきなり!飛んできたのです!」
ロゼルはすっかり魔物の大群とドラゴンは一緒に行動しているものと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
ロゼルは、何故偵察で発見できなかったか理由が分かり、小さくなるほどと頷いた。
「ふむ。ではアスナリア殿がドラゴンとの戦闘に集中出来るように、魔物と一緒にいない時を狙うべきだろうな」
「偵察で分かったのですが、特に魔物と一緒に行動しているとは思えないのです」
「何処にいるかは掴んでいるので?」
「森の方から飛んできました。森の中を少し進んだ所にかなり開けた場所がありますので、確証はありませんがそこが塒かと」
ふむ。とロゼルが思案する。
魔物の大群を相手取る戦力は十分。アスナリアからしたら騎士団など足手纏い以外の何者でもないだろう。
(となると……。離れて戦った方がいいな……)
「では、アスナリア殿は森にドラゴンを討伐に。私達騎士団はその間に魔物を殲滅する。これでいきましょう」
アスナリアと『永遠の雲』に同意を求めるようにロゼルは視線を向ける。
「いいんじゃない」
「私達はどうするのですか?」
アスナリアはどうでもいいかのように答える。そして、『永遠の雲』は自分達がどう動けばいいかを聞いてくる。
「アスナリア殿にはもう護衛は必要ないで──」
「まだ依頼は終わってません!ドラゴンを退治するまで護衛は続けます!」
ユミエールの断固たる言葉に、ロゼルがチラリとアスナリアを見る。答えは「好きにしたら」だった。
はぁ。と溜め息を吐きつつ『永遠の雲』に向き直る。
「分かりました。では引き続き護衛をお願いします」
話が纏り、細かい部分を詰めたら大分夜も更けてきていた。
「今日はこの屋敷で行軍の疲れをお取りください」
挨拶を終え、アスナリアは割り振られた部屋へと赴く。意外とまともな部屋だ。
アスナリアへの扱いから、一人だけ貧相な部屋かもと考えていたのだが、そこまで差別するつもりは無いようだ。
「あぁ、そっか、明日早いんだっけ……」
転移の魔法を使おうとして思い止まる。明日朝早くにはルンカの街を出て、マタイの村へと向かうことになっている。ルンカの街へ向かう行軍の時とは違い、何時ドラゴンが襲ってきても不思議ではない。もし寝過ごしたらロゼルの胃に穴が開くだろう。
アスナリアは仕方無いか。と呟き、今日は早く寝ようと布団に潜り込んだ。
『永遠の雲』が領主から与えられたのは四人部屋。ここの領主の対応から、一人一部屋かとも思ったのだが、ここでもそこまで重要視はされていないのだろうか。
「別にいいけどね。明日の確認もしたいし」
少し不満気にユミエールが呟く。ゴルゾーラは始めの方の意味は分からなかったが、取り敢えずは明日の話の方に反応する。
「リーダーよぉ。本当に明日一緒にドラゴンと戦うのかよ。依頼内容と違えるぜ」
「そんなの、護衛していたら巻き込まれましたって言えばいいのよ!」
確かに、護衛することと一緒に戦うこととは紙一重だ。しかし、ミュレルには頑なにアスナリアとドラゴンの一騎討ちにしろと言われている。
ゴルゾーラはそこに引っ掛かっている。別に認めているわけではないが、アスナリアが『永遠の雲』より強いとしても一緒に戦った方が討伐の確率は上がるのは明白。
何故そこまで拘るのか、一つの可能性がゴルゾーラの中にはある。Sランク冒険者が決して認めてはいけない可能性が。つまりは──『永遠の雲』が足手纏いという可能性。
(だけどドラゴンは前に倒してるしよぉ。分かんねぇなぁ……)
「リーダーの決定には従う。だけど、アスナリアへの私怨が入ってない?」
ルーナがピンクの前髪の間から剣呑な視線をユミエールに送る。
因みにサーナは既にうとうとしていて、話は聞いてなさそうだった。
「そんなこと……。無い、わよ。あんなこと言われて引き下がってちゃ、冒険者としての矜恃が許さないでしょう!」
その視線を避けるようにユミエールが答える。
ならいい。と答え、ルーナは魔道具である神官服と、サーナのローブの埃を落としながら目線を外す。
「そこは俺も同じ気持ちだな。あそこまで馬鹿にされて引っ込んでちゃ、Sランクが泣くってもんだ!」
「でしょ!」
──コンコンコン。
扉がノックされる。ユミエールはロゼルが何か言い忘れたのかな。と思いながら返事をし、扉を開ける。しかし、扉を開けて居たのはロゼルではなく、手に羊皮紙を持ちながら妖しく微笑んでいるトワイセン男爵だった。
お読みいただきありがとうございます。




