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犬耳たちに繁栄を!  作者: 涼
34/51

王国の会議

よろしくお願いします。

 レミルトン城の中心部に程近い部屋。レイブラント王国王子ロズベルはそこに向かっていた。今日は軍事に関することゆえ、後ろに従者は引き連れてはいないが、数名の貴族を従え歩いている。

 以前はこの数が倍はいた。チラリと後ろを振り返り、あからさまに不機嫌な顔を見せる。

 その隠そうともしない苛立ちに後ろの貴族が気まずそうにロズベルから視線を逸らす。


(くそ!くそ!くそ!)


 ローグシェラー伯のいきなりの手のひら返し。これは長年保たれていた王子と王女の力のバランスをいとも簡単に崩した。

 元々獣人保護など荒唐無稽なことをしていたミュレルに付く貴族は少数だった。従って、消去法的にロズベルにすり寄る貴族が増え、ミュレルのそれを圧倒的に上回っていた。

 逆転されたわけではないが、これが今や均等に近いぐらいに力のバランスが変わってしまった。

 緩やかな傾斜の王への道が、途端に険しい道へと変貌したのだ。

 特にローグシェラー伯が率先して手回しをしているわけではない。だが、あれほどの大貴族は自分の考えを表明するだけでも効果がある。


 広い廊下を無駄に肩を怒らせて歩き、道行く騎士達を恐縮させる。そうなのだ。王子というのは本来このように、皆頭を垂れるべき存在なのだ。

 それをあの獣人は全く敬意を表さない。王子であるロズベルをまるで路傍の石を見るような目付きで見てくる。


 ──到底許されることではない。


 妹でもあるミュレルの客人という立場ゆえ、手を出すことは適わないが。


 目的の扉に近付き、後ろの貴族が扉をノックする。こんな雑用をロズベルにさせるわけにはいかない。

 扉が開かれ中の様子が見えてくる。


(少なすぎる……!)


 ロズベルは愕然とそこに集まった面々を見つめていた。

 三名いる大貴族。そのうちの一人であるローグシェラー伯が居ないのは分かる。しかし、残りの二人とも来ないとはどういうことだ。いや、内一人のヴィルマルク侯は中立を貫いているから分からないでもないが、王子派のベルメール伯も居ないとは。

 ロズベルは焦る心の中を表に出さないようにゆったりと椅子に座る。


「ベルメール伯は?」

「今日は体調が優れぬゆえ辞退したいと仰ってました」


 明らかな仮病で王子の呼び掛けに来ないとは。ロズベルは拳をギリギリと握り締める。

 ともすれば歪みそうになる顔を懸命に抑えて、ひと言「そうか」と言うのが精一杯だった。


 これは、ロズベルが功を焦って無駄な会議を開いたのが悪い。

 増援の要請があれば、何処の騎士を、どれぐらい、何時、誰が率いて、どのような道で、何日かけて、など、話し合う必要がある。その上武功や貴族の力関係を考慮したりと議題がいくらでもあるが、増援すらも要請されていないのに一体何を話し合うというのか。

 大貴族というのはそれほど暇ではない。


 ここに、近年稀に見る無駄な会議が始まった。


 伝わってくる限りの現状は、魔物の大群がマタイの村を襲った。その後、その場所を塒にしている。

 今は気付かれずに騎士にて偵察を行い、合わせて討伐隊を編成しているところである。


「ふむ。動いていないのですな」

「だが、ルンカの街を見付けたら即座に動くのでは?」

「それはどうでしょうな。以前起こった時は一ヶ月も同じ所に留まっていましたぞ」


 未だに魔物の生態ははっきりとしていない。故にどう動くかの予測が出来ない。

 ロゼルは騎士団として、他の貴族よりも遥に多く魔物との戦闘を行っているが、それでも説明出来るほど詳しくはない。


「餌が多い森が近いから動かないのでは?」

「だったら森から出ないだろう?」

「どっちにしろルンカの街に来ることを想定すべきだろう」

「そもそもあの森は、魔物が出ないことで有名だったのではないか?」


 貴族の会話をじっと動かずに聞いているロズベル。

 こんな中身の無い会話を何をそんなに真剣に聞いているのやら。と、ロゼルはともすれば出そうになる欠伸を何とか堪える。


「私が騎士を率いてルンカの街を救いに行きたいと思う」

「王子殿下……」


 ロゼルが何を言っているのだ。という視線を向ける。


「増援の要請も無いのに……ですか?」


 それは、取りも直さずそこの領主を信用していないということと同義になる。

 ロズベルは「うむ」と大仰に頷く。


(いや、うむ。じゃないだろ……)


「しかし、今回の魔物の大暴走はたかだか三百という報告でした。王都から増援がいるとは……」


 確かに魔物の中には、騎士の力を大幅に上回る力を持つ個体がいる。だが、数は暴力だ。千も騎士がいれば十分対処可能だろ。

 高位の魔物がいるのなら、個別に高ランク冒険者を雇えばいい。ルンカの街にも冒険者組合はある。Sランクはいないが、Aランクは数組いる。

 そこに呼ばれもしない増援が行けば、余計な混乱を招くのは必至だ。


「増援に行った方が確実であろう」


 それはそうだが。という空気が流れる。レイブラント王国は絶対王政ではない。だが今ここには三人の大貴族がいない、国王もいない、王子の意見が罷り通る条件が揃っていた。

 それに、王子が増援を独断に行うのだ。別にそれは自分の領地に影響はない。あるとすれば、ルンカを治めている領主と王族との間に、ちょっとした亀裂が生じるぐらいだ。

 故に、ロゼル含め他の貴族はこう思ってしまった。


 ──まぁ、いいか。


 ロゼルは最後の足掻きのように、五百の騎士を三百に減らすことを進言した。

 どうせ王子はこの魔物の大暴走で、少しでも点数稼ぎをしたいだけだろう。五百でも三百でも変わりはない。


「では此度の会議はこれで終わる。騎士の準備を早急に整え出発する」

「畏まりました、王子殿下。御武運を」


 王子殿下の退室に合わせて皆最敬礼で送り出す。その後を金魚のふんのように貴族達が部屋を出て行き、残ったのはロゼルと数名の貴族のみ。

 残った貴族がロゼルに躙り寄って来る。最近とみに増えたこのような貴族。またか。と溜め息を吐きながらもその貴族に目線を送る。


「どうしましたかな?」

「いやいや、先程のロゼル殿の見事な進言。感服致しました!」

「そうです!敢えて苦言を呈する勇気!見習いたいものですな!」


 上辺だけのおべんちゃらを宣う風見鶏の貴族。保身に満ちた心の内が透けて見えるようだった。

 元々獣人保護派だったロゼルには忌避感しかない。だが、ぞんざいに扱うことも出来ない。

 腹芸の苦手なロゼルにとっては堪らなく苦痛な時間だ。


「王子殿下には困ったものですな」

「しかりしかり、ルンカの街に着いたら終わっていましたとか笑い話にもなりませんぞ」


 これは決して荒唐無稽な話ではない。王都からルンカの街までは普通の馬車で約一週間。つまり、マタイの村が襲われてから既に二週間近く経っている。

 行軍の遅れを入れると、ロズベルの増援が着くのは事が起きてから有に一ヶ月も経った後になるだろう。

 当然、増援を頼んでいない領主はそれを待たずに討伐を開始するだろう。

 ルンカの街に着いたら討伐が終わっていました。というのは、あながち考え過ぎとも言えないのだ。

 そうなるとロズベルは比喩ではなしに何をしに来た?ということになる。貴族と王族の間にいらない軋轢を生むだけだ。


(もう少し考えて行動してほしいものだ)


 ロゼルはとても思慮深いミュレルを思い、溜め息をついていた。




 ──しかし、ルンカの街の討伐隊が全滅したと報告があったのは、それから三日後のことだった。




 レミルトン城、王族が住む宮殿の中に、一際豪華な会議室があった。国王が参加する時のみ開かれることとなる部屋。

 現在その部屋には王族と大貴族が集まっていた。


「だから増援がいると言ったではないか!」


 ロズベルの怒号が会議室を包む。いやに得意気な顔で周りを見渡すロズベル。

 簡易式の玉座に座るのは当然現国王であるレミルトン十三世。その前には丁寧に磨きあげられた縦長のテーブルが置いてある。

 国王に一番近い席に、テーブルを挟むようにミュレルとロズベルが。そして、ミュレルの隣にはロゼルが椅子に座っている。

 それに続くように、大貴族もテーブルを挟んで椅子に座っている。

 テーブルには羊皮紙が散乱していて、いかにこの会議が急であったかを物語っている。

 置かれた水差しは幾度も中身を継ぎ足しされ、今も給仕が慌ただしく部屋を出入りしている。


「王子殿下、今はそのようなことを言っている場合ではないでしょう」


 どっしりと椅子に座り、貫禄を出しているのは大貴族の一人であるヴィルマルク侯。

 年齢は五十をちょっと超えたぐらいだろうか。さすがに年齢に伴い体は衰えてきているが、声には張りがあり、威圧感はまだまだ健在だった。


「ルンカの街がいつ襲われてもおかしくはない。早急に増援部隊を編成しなければ」


 綺麗に整えられた髭を撫でながらでっぷりと太った貴族が進言する。大貴族の一人であるベルメール伯。

 言っていることは立派なのだが、軽薄さが拭い取れないその顔が、好意を全く抱かせない。


「此度の全容をまず掴む事が優先では?」


 身なりよく、どこか優雅なその仕草はまさに王国貴族。それは一朝一夕で身に付けるものではなく、長い家の歴史により身に付けられた所作。大貴族の一人であるローグシェラー伯。


「先ずは魔物の大暴走の規模。これは三百程で間違いはないですな?」


 ロゼルの言葉に皆一様に頷く。


「生き延びた騎士の証言では、黒いドラゴンが現れて討伐隊が壊滅したと」

「それだがね?本当にドラゴンが現れたのかね?その証言の信憑性はあるのか?偵察で発見できなかったのかね?」


 ねちっこく喋るベルメール伯。ミュレルはその喋り方を聞く度に怖気が走り、嫌な気分に落とされる。

 そんなことを確信を持って言える者が、この場にいるわけがないだろうに。

 命からがら情報を持ってきた騎士に対して礼を失するとは思わないのだろうか。

 その場に居る何人かの目に冷たいものが宿る。


「それは信じるしかなかろう。今まで襲われなかったといって、これからも襲われないとは限らん」

「ヴィルマルク侯、それがですね。二百年程昔の話ですが、ドラゴンがゴング大山脈から降りてきて、王国を襲ったという資料が残っています」


 ほう。と頷き、皆一様にローグシェラー伯に注目する。


「その時の被害はまさに甚大。王国の五分の一が焼き尽くされたとあります」


 部屋の中が一気にざわめく。ミュレルとロゼルの二人は前もって聞いていたのか、冷静だった。


「それが真なればそれこそ王国存亡の危機ではないか?──ふん!盛っているのではないのかね?」


 僅かに声のトーンは落ちたが、それでも軽薄さを消しきれずにベルメール伯はローグシェラー伯に問い掛ける。


「王国書庫にあった文献です。信憑性は確かかと」


 文献の写しを配りながらローグシェラー伯は答える。皆がそれらに一通り目を通したのを確認すると、ローグシェラー伯がさらに言い募る。


「文献にある通り、ドラゴンが相手では人海戦術は意味をなしません。炎のブレス一吐きで騎士団は壊滅してしまいますので」

「うむ。最低限ブレスを防ぐ魔法を使える者でないと相手にもならぬのか」


 ヴィルマルク侯が羊皮紙の端をピンと指で弾きながら重々しく呟く。ベルメール伯とは真逆の、重みを持った話し方だ。


「炎を防ぐ魔法というと、確か……何だったか……」

「二段の高位の魔法で、『炎封殺(ファイアシール)』ですよ」

「そうそう!それだ!」


 魔法を思い出せないベルメール伯にロゼルが助け船を出す。


「宮廷魔道士の中で何人それが使えるのだ?」


 ヴィルマルク侯の言葉にロゼルが困ったような顔をする。


「まさか、いないのか?!」

「いるにはいるのですが……。ドラゴンを相手取るには些か歳を取りすぎています」

「若くて優秀な魔道士は冒険者の方が稼げますからね」


 ミュレルがズバリと痛いところを突く。確かに宮廷魔道士になれば、箔も付くし危険なことをすることは減る。だが、二段を使える魔道士なら冒険者パーティーからは引く手数多だ。なので、若い内は危険な冒険者で稼いで、年老いてから宮廷に入ろうと考えている若い魔道士が大多数なのだ。

 現状若いけど『炎封殺』が使えないか、年老いているが『炎封殺』が使えるかのどちらかしか宮廷魔道士にはいなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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