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犬耳たちに繁栄を!  作者: 涼
33/51

二人の涙

よろしくお願いします。

 王都の最高級宿の『金色の林檎』。当然ながら選ばれた客のみがそこを利用している。

 そんな場所だからか、今まで細かいいざこざなどはあったが、血を見るようなことは終ぞ無かった。

 だからだろうか、周りの客はユミエールの刺のある言葉に侮蔑半分、興味半分の視線を送っている。

 その視線を一身に受けているユミエール。だが、そこは流石Sランク冒険者。一切怯まずに騎士団隊長であるロゼルに相対する。


「ロゼルさんに用事はありません。あるのはそこの獣人です」

「えっ?俺?」


 アスナリアは目をぱちくりとさして驚いている。

 全く知らない人間。アスナリアは当然ロゼルに用があるのだろうと思い、早々に興味を失っていた。

 そこに相手が用があるのはアスナリアだと。いくら頭を捻っても誰だか思い出せない。


「え~と。あなたのこと俺知らないんですけど?」


 その言葉を聞いた周りの客がどよめく。王都に居て『永遠の雲』を知らないなんて。獣人だからな。などの雑音がアスナリアの耳に届く。


「私の名前はユミエール。カロリックの幼馴染よ!」


 どちらの名前にも聞き覚えの無いアスナリア。首を傾げて未だにキョトンとしている。

 ここで漸く『永遠の雲』の他のメンバーが、ユミエールを止めるためにやって来る。


「リーダー!何やってんだよ?!止めろ!」

「ゴルの言う通り」

「ゾーラの言う通り」


 だが、幼馴染の敵を目の前にしたユミエールは、その激情を止めることは出来なかった。しかも、相手は殺した者の名前も知らない。カロリックはそんな有象無象とは違う。怒りに思考が支配され、顔が憤怒の形相に変わる。


「あなたが殺したのよ!冒険者のカロリックを!それを覚えて無いだなんて!ふざけないで!」


 ふうふうと息を荒くしてアスナリアを問い詰める。殺気を撒き散らしたお陰で周りの客の顔が青ざめているが、当然アスナリアは意に介さない。

 そこで漸くアスナリアが納得する。ユンダの街でアスナリアは腐るほど冒険者を殺した。恐らくその中にカロリックという人間がいたのだろうと。

 完全に逆恨みだと思ったアスナリアは、表情を消して坦々と答える。


「人攫いはどっちにしても死刑だろ?そもそも攫いに来たやつを返り討ちにして何が悪い?お前はバカなのか?」

「カロリックは人攫いなんかしない!領軍と一緒に討伐に行ったのよ!」


 あれ?と思い、アスナリアは考え違いに気付く。暫し考え、手をポンと叩く。


「あぁ、そう言えば領軍の中に冒険者がいたな。名前は知らないけど。Sランクだったかな?」


 そんなついでのようにカロリックは殺されたのか。どうせ何人もの獣人で囲って殺したいう卑怯な方法のくせに。

 そのふざけた態度にユミエールの心は爆発寸前だ。ユミエールはここまでバカにされるとは思ってなく、頭の中が怒りでどうにかなりそうだった。


「アスナリア殿!挑発はその辺で勘弁してください!君達も!早くリーダーを止めないか!」


 ここで漸くロゼルがユミエールが怒る理由に思い至る。


(『忘却の空』と知り合いなのか?!面倒な……!)


「いや、別に挑発しているつもりはないんだけど……」


 それが余計に相手を刺激していることに気付いていない。


「ふざけないでですって?」


 セリナがマチュピアを膝から下ろし、ゆらりとアスナリアとユミエールの間に立つ。初めはユミエールの殺気に押され、マチュピアを抱いて震えていたのだが、今は震えも収まり怒りに顔を歪めている。


「それはこっちの台詞よ!アスナリアがいたから私達は生き残れた!そうでなければ殺されていたのよ!あなたの言うそのカロリックとか言う人間に!」


 怒りに任せて大仰に振ったセリナの手がユミエールの鼻先を掠める。常人なら思わず反応するその動作を、ユミエールは眉一つ動かさずに見逃している。


「殺しに来た人間を殺しても獣人が責められるの?!そんなの勝手すぎるわよ……!」


 セリナの目には涙がたまっている。顔も紅潮して、怒りから悔しさに変わっているようだった。心の中に溜め込んでいたものが口を伝わり、溢れ出す。


「私達が、どれだけっ……!仲間を攫われていると……!どれだけっ……!仲間を、殺されてきたか……!人間を恐れて、魔物の出る森に、身を隠していたか……!」


 最後の方は嗚咽混じりの声。

 心からの叫び。獣人達の現状。アスナリアへの感謝。人間の身勝手さ。全てがセリナの中でごちゃ混ぜになり、涙が溢れて頬を伝う。


「アスナリアがいなければ、私達の村は人間に潰されていた!アスナリアは私達を守っただけよ!何も責められることなんてしていないっ!」

「セリナ」


 アスナリアが優しくセリナの名前を呼ぶ。


「なんで……!なんで、アスナリアが責められないといけないのよ……!そんな勝手なことってないよ……!」

「セリナ。俺は気にしてないから」


 そっとセリナを抱き寄せて、ポンポンと背中を叩いた後に頭を撫でてあげる。

 セリナは体を震わせて、アスナリアの胸で噎び泣く。


「リーダー。もういいだろ」

「……」


 ユミエールはゴルゾーラの言葉に無言で食堂を出ていく。その背中は何を思ってなのか、震えていた。


「ロゼルさん。うちのリーダーが迷惑掛けた。ここは奢らせてくれ」

「あんな人間の施しなんて要らないわよ!」


 ゴルゾーラの言葉にセリナが即座に反応する。


「そっか」

「あれはユミが悪い」

「あれはエールが悪い」


 冒険者は何時如何なる時も命懸けだ。それは裏を返せば相手も命懸けということ。それを返り討ちに遭ったからといって相手を恨むのは見当違いも甚だしい。

 当然ゴルゾーラもルーナもサーナもその事は百も承知。それを今まで放ったらかしにしていた。どうせ会いに行かなければ会わないだろうと高を括っていたから。それに、ユミエールの気持ちもまた分かってしまっていた。

 カロリックは反乱の鎮圧に行った。言うなれば官軍として行ったのだ。そして、相手のアスナリアは賊軍。これがこのままなら、賊軍を討つという名目で敵討ちが出来る。だが、もうルワンダ辺境伯と獣人の村は和解してしまっている。そして、あまつさえ王女殿下の客人としてこの王都に来ているのだ。

 これで相手を殺すと言うのなら、言うまでもなく『永遠の雲』が犯罪者となる。


「リーダー!待てって!」


 漸くユミエールに追い付いた残りのメンバー。ゴルゾーラが震える肩にそっと手を置く。

 暫くそのままにしていたら、うっ、うっ、と嗚咽が聞こえてきた。


「なぁ、リーダーの気持ちも分かるが……」

「放っておいてよ!」

「うちらのリーダーなんだから放っておけるわけねぇだろ!」


 ユミエールも頭では分かってはいるのだ。獣人を責めるのは筋違いだと。

 それではこの心の中にある怒りを誰に向けたらいい。誰に思いをぶつけたらいい。


「うっ、うぐっ……」


 ゴルゾーラの胸で噎び泣く。

 奇しくもそれは、アスナリアの胸で泣くセリナと同じ構図となっていた。




「もう大丈夫……」


 アスナリアの胸からそっと離れてセリナが呟く。

 目が若干腫れぼったいが、顔はアスナリアが気が済むまで泣かせたままにしていたお陰だろうか、幾分スッキリとしていた。

 目尻に残った涙をアスナリアが優しく拭い取る。


「セリナが泣いているの初めて見たかも」


 デリカシーの欠片も無いその言葉に、場の空気が少しだけ和らいだ。


「ぷっ、なによそれ。もっと気の利いたこと言えないの?」

「えっ!ご、ごめん……」

「ふふ、いいのよ」


 見つめ合う二人。置いてけぼりの周囲。


「まただにゃ。ほっとくとすぐこうなるにゃ」

「マチュ恐かった……」


 よしよしとマチュピアを宥める。未だに体の出来上がっていないマチュピアにはあの殺気は頗る効果的で、未だに尻尾を縮こまらせている。


「──で、あれは何だにゃ」


 ひどく冷たい目でロゼルを問い詰める。会話の発端をファスミラは忘れていなかった。ロゼルがあの失礼極まりない女と知り合いだと言うことを。


「む。あの女性は冒険者だな。王都に二組しかいないSランク冒険者『永久の雲』のリーダーだ」

「それでカロリックとかいう人間を殺されたから怒ってるのかにゃ?身勝手だにゃ!」


 ファスミラとてユミエールの言葉にセリナ程ではないにしろ怒りを感じている。

 なにしろ、自分の村を人間に潰されているのだから。


「それは私も初耳だった。いや、知らなかったといって……」

「もういいですよ。獣人に差別があるのは分かっていたことですし」

「アスナリア殿……」


「それよりご飯食べようよ」とアスナリアは努めて明るく振る舞う。アスナリアの視線はテーブルの横に注がれていた。

 ロゼルがそれを追うように横を見ると、料理を持った給仕が所在なさげに立っていた。

 食事を終えたその後は、王都を暫く散策して三人娘の王都見学は終わった。


 ロゼルは直ぐ様ミュレルの部屋に行き、今日起こった事を報告する。


「ややこしいですわね……」

「ええ。冒険者なので圧力なども無駄でしょう」

「Sランクなら組合が総力を挙げて守るのが当たり前ですわね」


 いくら王族と言えども、王都の治安に絶大な貢献をしているSランク冒険者を抑えるのは難しい。これがDやEとかならどうとでもなるのだが。


「しかし、よくアスナリア殿が動かなかったですわね?」


 ロゼルの話では、そこまで言われたら何らかのアクションを起こしていても不思議では無い。いや、起こしてほしいわけではないのだが。

 するとロゼルがニヤリと笑った。


「男は惚れた女の涙には弱いのですよ」

「えっ?!」

「あの二人がどれだけ仲睦まじかったか……」


 ミュレルの視線がズーの元へと動く。その意味に気付いたロゼルは、ミュレルが疑問を口にするより早く答える。


「当然ズー殿とのやり取りより遥にですよ」

「それは是非とも見てみたかったですわね」

「いずれ機会もあることでしょう」


 ロゼルの屋敷にアスナリアは、恐らく一番大事にしているであろう獣人達を連れてきた。これは少なからずロゼル、ひいてはミュレルを信用していると思ってもいいだろう。

 そうでなければ人間の街になど連れてきはしないだろう。


「『永遠の雲』とはあまり会わせないようにしないといけませんですわね」

「ええ、トラブルの元になるのは極力排除すべきでしょう。とは言え、最近アスナリア殿は直ぐに村に戻りますからね」

「『転移門』と言うのは便利なものですわね」


 あれがあれば、軍事、流通など、あらゆる方面に対して絶大な効果を上げるだろう。いや、アスナリア自身がいれば大抵のことは解決するのだが、その協力を取り付けるのが一番難しい。

 まず人間の勝手な都合では動かないだろう。それを簡単に見抜いたミュレルは、先ずは信用を得ることから始めていた。


 会話が一段落して、ミュレルが優雅な動作で紅茶を一口飲む。洗練された滑かな動きで行われるそれは、王族に相応しいものだった。


「そう言えば、ルンカの街近くで魔物の大暴走(スタンピード)が発生したと聞きましたが?」

「はい。私も耳に入ってきました。今日この後対策会議を行う予定です」


 ルンカの街近くの村が魔物の大群に襲われた。未だルンカの街には来ていないが、ここを治める領主の名の元これの駆除に当たる。と報告が王都に届いていた。

 増援の要請は無かったのだが、ロズベルの呼び掛けにより、取り敢えず情報を共有しようと会議が開かれる運びになった。

 当然ロゼルは騎士団隊長としてこれに参加する。


「王子が点数稼ぎをしようとしていることが目に見えますがな」

「最近焦っていますからね」


 ローグシェラー伯に裏切られてからロズベルは目に見えて焦っていた。自身最大の支援者を失ったのだから当然とも言えるが。


「焦ったところで事態が好転するとは限りませんのに」

「ですな」


 二人で笑い合い紅茶を口に含み、その味を噛み締めながら喉の奥に流し込んだ。

お読みいただきありがとうございます。

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