王都見学
よろしくお願いします。
松明の変わりに魔道具のランプが光を灯す。揺らめく明かりではなく、一定の明かりが部屋に満ちている。
今日は月に一度の定例会議。アスナリアが来るまでは何か理由が無いと会議を行っていなかったのだが、アスナリアの提案により、月に一度会議を行うことになった。
当然だが、何か緊急を要する案件があればその都度集まることになっている。
今は特に喫緊の問題は無いので、比較的緩んだ空気で会議は行われていた。
「村の区画を拡げる計画はこのままで大丈夫だぁね」
「はい!おばば様!お任せください!」
アズスの問い掛けに建築関係の奴隷をしていた若い獣人が答える。
人間の為の家ではなく、獣人の家を作るのが余程嬉しいのか、尻尾がブンブンと揺れている。
「ちょっといい?」
アスナリアが手を挙げて発言の許可を得る。
「家を建てるときはファスミラと相談してほしいんだ」
会議に参加している面々が不思議そうな顔でアスナリアを見る。聞かなくても分かる。何でだ?と顔に書いてあるから。
「家を無計画に建てるんじゃなくて、田畑との兼ね合いを考えて建てた方がいい。誰が住んで、何処の田畑を使うかとか」
「それはそうだにゃ!住んでいる家と使う田畑が離れていたら大変にゃ!」
「田畑の管理はファスミラがしているからね」
「また仕事が増えるにゃ~」
ごめんねとファスミラに謝るが、ぷぅと膨れた頬は直らない。だが、また王都のお土産買ってくるからさ。とアスナリアに言われて、銀色のブレスレットを撫でているうちに何とか機嫌は直ったようだった。
「アスナリアの頼みならしょうがないにゃ!」
ふんすと鼻息荒く了承してくれたファスミラ。猫耳だからか余計にその仕草が似合っている。
「ちょっと?!私もファスミラを手伝っているんですけど?!」
セリナが手を挙げて存在を示す。最近はファスミラに字を習い、事務作業を手伝っているようで、帰ってきたアスナリアに自己アピールをしていた。
因みに毎日の掃除は華麗にスルーされた。当然セリナの機嫌は悪くなり、アスナリアは困惑していたのだが、結局言われるまで理由には気付けなかった。
「分かったよ。セリナにもお土産買ってくるよ」
「何そのついでみたいな言い方……」
「そんなことないよ!」
ワタワタと焦るアスナリアに会議室に笑いが起きる。
セリナも本気で怒っているわけではなく、髪に着けた髪留めを撫でながら笑っている。
それを見ていたアズスが、パンパンと手を鳴らし場を引き締める。
「はいはい。そういうのは外でやってほしいだぁね。続けるよ。アスナリアが王都からまた獣人を連れてきたからね」
愚痴っぽく言うアズスだが心の中は勿論違う。人口が増えることは大変な半面決して損な事ではない。
人口の差が国力の差に直結するぐらい、人口は国を富ます重要なファクターなのだから。
「じゃ最後に動物の皮を売って得たお金で何を買うかだぁね」
やっぱりランプじゃないか?まだ無い家も多いし。いやいやここはポーションだろ?狩りで怪我してもアスナリアがいないことも増えたことだし。
侃々諤々している皆をアスナリアは微笑ましく見る。来た当初とは全然違う活気のあるこの空気に、やはり自分はこの村が好きなんだなと再認識する。
結局最後は、健康に直結するポーションが重要だと決まり、会議は終了する。
うぅん。と伸びをしているアスナリア。会議で凝った体を解す為に風呂でも入るかと家へと向かう。
「お兄ちゃ~ん!」
トテトテと歩いてきたマチュピアがボフと足に抱き着いてくる。相変わらずにフンフンと匂いを嗅いでいるマチュピア。
「久しぶりのお兄ちゃんの匂いだぁ」
えへへと笑うマチュピアの頭を撫でていると、セリナとファスミラもやって来る。
「じゃ、『種族変化』も『転移門』もばれちゃったの?」
「うん。うっかり村に戻ったことをズーに喋っちゃって。口止めはしてるけどね」
「ズーって姫様の護衛だっけ?」
「そうそう。いい男だよ!真面目だし!」
「えらく気に入ってるのね」
アスナリアはズーに素直に聞かれただけだと思っているが、実はミュレルが明らかに移動時間がおかしいことに気付いて、ズーにそれとなく聞かせたが正解だ。
相変わらず脇の甘いアスナリア。
「これからはちょくちょく帰って来れるのね?!」
嬉しそうなセリナにうんと頷き見つめ合う。だが、その空気をぶち破るようにファスミラが話に入ってくる。
「だったら私達が王都に行ってもいいんじゃないかにゃ?」
「え?王都に?行きたいの?」
「確かに一度は行ってみたいかも」
「マチュも行きた~い!」
アスナリアは大したこと無いと感じているが、それは現代日本で暮らしていたからだ。
王都はユンダの街に比べて人も多く、街の規模も段違いだ。危険が無いなら行ってみたいと思うのが普通だろう。
恐らくマチュピアは深く考えてはいないだろうが。
「じゃ皆で王都に買い物に行こうか!」
アスナリアがいる限り危険など皆無だ。王都を見学するぐらいならロゼルも五月蝿く言わないだろう。と勝手に決めて、四人で王都に行くことがあっさりと決まった。
ここにロゼルが居たらこう突っ込んでいただろう。確かに獣人側は危険じゃない、危険なのは回りの人間と俺の胃だ。と。
ロゼルの屋敷に転移したアスナリア一行。ガチャリと扉を開けて廊下に出る。擦れ違うメイドや執事が皆挨拶の途中で言葉を止める。
「あ、あ、あ、アスナリア様?!そ、そ、その方達はいったい?!」
いつかの執事がかなり吃りながらやって来た。いつもの完璧な執事振りが台無しだが、執事はそれどころでは無いようだ。
自分の主人の家に見も知らない人物が居たら焦るのは当然だろう。アスナリアがいきなり帰って来ているのは慣れたようだが今回は意味が違う。
ロゼルの許可無しに違う獣人を屋敷に勝手に入れているのだ。下手をしたら衛兵の首が飛びかねない程の事態。
そして、そんな執事のことなど一切気にかけず、違う意味で焦るアスナリア。
「えっ?!何て言えば言いのかな?」
セリナもファスミラも、アスナリアが何て答えるかを興味津々に見ている。マチュピアは当然ながら全く理解していない。
「友達だよ」
はぁと女性陣から溜め息が聞こえる。
(あれ?!間違った?!仲間が正解だったか?!)
検討違いの答えを出しているアスナリア。そこに、偶々休みだったロゼルが騒ぎを聞きつけやって来る。
「アスナリア殿……!これはまた……」
アスナリア以外の三人の獣人を見て言葉を無くすロゼル。
「皆で王都の見学をしたいんだけどいいよね?」
許可を得る問い掛けではなく、決定事項を伝えるような言い方。
ロゼルは今日の休みは無くなったなと早々に諦めた。
「はぁ……。分かりました。ただし、私も付いていきますよ?」
「はい」
マチュピアを肩車して、両側にセリナとファスミラ。その後ろをロゼルが溜め息混じりに付いてくる。
「この前お土産を買った店に行くね」
先ずは約束である王都のお土産の店に向かう。
相変わらずに繁盛しているようだが、アスナリア一行が店に入った瞬間に皆そそくさと店から出る。まさに営業妨害。店のお姉さんが顔を引き攣らせながら挨拶をしてくる。
「見て見てファスミラ!これ綺麗!」
「こんないっぱいの装飾品初めて見たにゃ!」
「セリナお姉ちゃん!これピカピカ~!」
「値段は気にしなくていいからね。ゆっくり選んで」
アスナリアの言葉には~い。とお座なりの返事で答える。何処の世界の女の子も光り物には弱いんだな。と思いながらロゼルと店の外で待つ。
(やっぱり自分で選んだやつの方がいいよな)
獣人の村では見れない三人の顔を見ながらニコニコしているアスナリア。いくら見ていても飽きない。
──セリナはこれの方が似合うにゃ!ええ?!こっちの方がよくない?マチュはこれがいい!マチュピアはまだ小さいからこっちの方が……。
(ごめんなさい。飽きてきました)
「長いな」
ポツリと呟いたその言葉にロゼルが反応する。
「ははは、女性の買い物は長いと相場が決まってますからな」
「そう言えばロゼル隊長は奥さんは?」
「残念ながら今までは騎士団一筋でして。して、アスナリア殿はどちらが本命なのですか?」
ニヤニヤと厳つい顔に似合わない表情をしているロゼル。流石は騎士団隊長。いつまでもやられっぱなしでは無い。
「えっ?!そんな!えっとぉ……」
もしかしたら初めて見せるかもしれない、人間に対して焦ったアスナリア。言葉に詰まり顔を真っ赤にしているのをニヤニヤとロゼルが見ている。
「セリナはいつも世話を焼いてくれてちょっと抜けてるのが可愛いくて、ファスミラは頭がいいし村のことを一生懸命してくれて、それで……」
「ほうほう」
こんなアスナリアは初めてだといつになくニヤけるロゼル。やっぱり人間も獣人も何も変わりはない。仲良くやっていけるとロゼルの心に深い確信が湧き上がる。
「アスナリア~!決まったよ!」
「あっ!うん!」
セリナの言葉に助かったとばかりにロゼルから離れる。
「何か顔赤くない?大丈夫?風邪でも引いた?」
セリナの心配に大丈夫と返し、商品を受け取る。
「あれ?皆一緒にしたの?」
手渡された商品は、丁寧な銀細工が施されたネックレスが三つ。全部同じ物だ。
「折角だからお揃いにしたんだにゃ!」
「おそろい~!」
店員に渡し、綺麗に梱包されるネックレス。
それを一人一人アスナリアが手渡すと、皆一様に尻尾を揺らして喜んでくれた。満面の笑みの三人娘とアスナリア。
「ちょっと休憩しようか?ロゼルさん、この辺にちょっと休憩出来るようなところってあります?」
「そうですな。『金色の林檎』という高級宿の食堂が有名ですな。値は張りますが」
「じゃそこに行こうか。案内お願いします」
普通は獣人だけで行くと門前払いでもおかしくない程の高級宿。
四、五人が並んで入れる程の大きな扉。その左右には宿屋が雇っている護衛が一人ずつ微動だにせずに佇んでいる。普通の騎士の装備ではなく実利を重んじている装備だ。
獣人が近付いて来ているのには気付いていた。だが、ここに来るとは思わずに、若干姿勢が崩れる護衛。
アスナリアが話すと不味いことになると分かっているロゼルが、一行の先頭に然り気無く移動し、護衛に話し掛ける。
「私は王国騎士団隊長のロゼルだ。後ろの方々は王女殿下の御客人。丁重に持て成すようお願い申し上げる」
獣人が?!とは顔に出さない。王女殿下に獣人の客人が来ていることは利に聡い商人なら当然掴んでいる。なので、護衛にもそれを含んでおくように言っているのだ。
「畏まりました。ごゆっくり御寛ぎ下さい」
確りと油がさされているのだろう。思ったより小さな音を伴い扉が開かれる。
目に入ってくるのはゆったりとしたエントランスホール。下手な貴族の家より広いそれに、三人娘は感嘆の声を漏らす。
「なんだこれはにゃ……」
「ひろい……」
「わぁ~!すご~い!」
ロゼルが率先して受付に歩いて行き、食事だけだと告げる。
少なからず動揺しているだろうに、その様子をおくびにも出さずに席に案内してくれる。
席一つに一人の給仕が付く食堂。当たり前だが、どんなメニューがあるか分からないアスナリア達。全てロゼルにお任せでメニューを決める。
「ちょっと!」
王都の感想を言い合っている時に、些か刺のある言葉が聞こえてきて、マチュピアがその言葉に驚きビクンと尻尾を震わせる。
食堂で食事をしていた幾人かの好奇の目がアスナリア達に注がれる。アスナリアが煩わしそうにそちらに目を向けると、一人の女性が腕を組みこちらを睨んで立っていた。
短い金髪の女性。目付きはキッと吊り上げられ、機嫌が悪いというのが一目瞭然だ。
「これはユミエール殿。何かご用ですかな?」
そこには『永遠の雲』のリーダーであるユミエール=サザンベルクが居た。後ろの席には残りのメンバー三人も居る。
絡まれないでくれよ。と願っていたロゼルだったが、その願いが虚しくも霧散した瞬間だった。
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