消える村
よろしくお願いします。
ゴング大山脈の麓に小さなマタイという村がある。鉱山とルンカの街を繋ぐ街道からは少し外れていて、近くの森の恵みと農業で生計を立てている村だ。
人口は凡そ百人足らずで、レイブラント王国ではさして珍しくない規模の村だ。
年に一回の徴税と、年に数回来る商人、それと、外貨を稼ぐために、ルンカの街に森の恵みを売りに行く意外に殆ど人の出入りがない村だ。
ルンカの街までは人の足で二日。馬を飛ばせば何とか一日という距離にある。
農民の朝は早い。日が上ると同時に起きるとこから始まる。魔道具のランプなど無い村では、日が落ちたら寝て、日が上ると仕事を始めるのが当たり前になっている。
起きたらまずは水汲みだ。村の中央広場にある井戸まで水瓶を運び、水を入れて家に持って帰る。当然一度で済まずに、最低三往復は必要になる。水を入れることの出来る魔道具なんぞあるわけがない。
それが終われば朝食だ。乾いたパンに森で採った野菜が少々。偶に村の狩人が採った動物の肉が付く。
後は夕暮れまで農業に従事して一日の終わりを迎える。
そんな何十年も変わらない村の営み。今日もそれが続くと村人は信じて疑ってなかった。
異変に一番始めに気付いたのは小さな子供だった。
両親の畑仕事の手伝いをしていると、森の方が俄に騒がしいことに気付く。
「お父さん。あれ何?」
「うん?」
子供が指差す方。森の方に目を向ける。始めは何だか分からなかった。何やら砂埃が舞っているなと思うだけ。
しかし、徐々にそれが近付くにつれ分かってくる。
「ま、まもの……!」
それは魔物の大群だった。見たことも無い魔物の群。それはただの農民である父親の思考を止めるには十分な光景だった。
「お父さん?」
未だに理解していない息子の声にて我に返る。
──逃げなければ。
父親の頭の中にはこれしか浮かばなかった。
しかし何処に?どうやって?ルンカの街か?いや、幼い息子を連れては難しい。
「おい!おまえ!」
「は、はい!」
同様に青ざめている母親に家に戻ることを告げる。
懸命に走る。息が切れても、足が縺れても走る。
父親は走りながら何故いきなり魔物の群が森から来たのかと、今更どうしようもないことを考えていた。
これでもこの村で生まれ育ちかれこれ三十年。
当然森にも入っている。だが、魔物を見掛けたことなどついぞ無い。だからこの村が存在しているとも言えるのだが。
村長から聞いた話では森には村の守り神が居て、この村を守っていると言っていた。
話半分に聞いていたのだが、もしかしてその守り神が殺られたのだろうか。
何とか魔物が来る前に家に着き、幼い子供を床下に隠すことに成功する。
馬の嘶き、人の悲鳴、ぐしゃぐしゃと何かを踏み締める音。それらは次第に近付いてくる。
「あ、あなた……」
震える妻の肩を抱き寄せ、懸命に自身の震えを堪えて、いつもは信じもしない守り神に祈る。
どうか、どうか、この家には来ないでください。と。
他の村人のことなど頭には無い。妻と幼い息子。この二人が助かるなら自分の命すらも惜しくはない。
しかし──無情にも家の入り口の扉は音を立てて吹き飛ぶ。
そこにはオークが居た。討伐ランクはDランク。ちょっとした冒険者でも余裕で相手どれる魔物。だが、単なる農民には絶望の塊に見えていた。
「あ、あ、あ」
震える妻から嗚咽が漏れる。流れる涙が顔を濡らし、開かれた扉から入ってきた陽の光を反射する。
しかし、絶望の淵に立たされた父親はそれでも諦めない。
「うおぉぉおおお!」
声を張り上げオークに突進を試みる。
戦士ではないが、毎日の農作業で鍛えられた体を遺憾なく使い、オークに体当たりをかます。
相手のいきなりの抵抗に若干怯んだオーク。だがそれは、弱者の戯れが如きのもの。
あっさり体勢を立て直し、その太い腕を父親に叩き付ける。
ボキィと鈍い音が響く。父親の背骨が折れた音だ。
呼吸が止まり、ずるずるとオークの前に倒れ伏す父親。オークはニヤリと歪に笑い、寝転がる父親の頭を勢いよく踏みつける。
──ぐしゃ。
気味の悪い音を立てて父親の頭は潰れた。
「あなたぁぁああ!」
最愛の夫の最後を見て妻は叫ぶ。
それに刺激されたのかは分からないが、オークはゆっくりと妻に近付き、腕を振り上げて勢いよく降り下ろす。
腕で顔を覆い何とか致命傷は免れたものの、オークの攻撃を受けた腕はブランとしている。
「お母さん!」
母親は絶望の表情で顔を出した息子を見つめる。折角両親が命を掛けて守った最愛の息子。それがオークに見付かってしまった。
もう母親は、何故顔を出しのだと問い詰めることすら出来なかった。出来たのは、息子を折れた腕で抱き締め、最後を一緒に過ごすことだけだった。
村人が魔物の爪や、牙で体を穿たれる。一瞬で死ねるならまだ良い方だ。
中には嬲るように体を囓られている人もいる。死なないように弱い毒で弱らせてから食べられた人もいる。魔物が吐いた炎で燃え上がる家々の中で生きたまま焼かれる村人もいる。
そして、魔物が蹂躙している村にすっと影が差す。逃げ惑う村人はそんな影には当然気付かない。ちょっと顔を上げれば気付くことの出来たその事に。
この日、マタイの村と言う小さな村が王国の地図から消え失せた。その報せがルンカの街に届くのは、運よく村から逃げ出せた村人が街に辿り着いた二日後のことだった。
☆★☆
王都レイブラントに『金色の林檎』と言う宿屋がある。王都の中では最高級の宿屋だ。
部屋に置かれている調度品はどれも一級の物で、その辺の下っ端貴族ではとてもじゃないが手が出ない代物だ。
皮のソファーは座れば何処までも沈み込みそうな程で、敷かれている絨毯も下手をすると足を取られるぐらいに柔軟だ。
置いてあるベットは二、三人が一緒に寝ても尚余るほど。このベットが各部屋に二つずつ備え付けてある。
これだけでどれだけ広い宿かが分かることだろう。
出される食事も最高の腕を持った料理人が、最高峰の食材を調理したもので、大貴族や大商店などのごく限られた人間しか口にすることが出来ない。
食堂のテーブルの上にはフカフカのパンと焼き立ての肉が置かれ食欲を誘う。サラダも新鮮な野菜をふんだんに使い、それだけでも庶民は満足できそうなボリュームだ。
そんなテーブルに、四人の女性が食事の為に座っていた。
「リーダーはまだ凹んでいるのかい?」
一人の偉丈夫。いや、一人の逞しい女性が、豪快にパンを噛み千切りながらぼやく。
彼女の名前はゴルゾーラ。金髪を似合わない三つ編みにして頭の横から二つ垂らしている。
決して彼女にその三つ編みは角なのか?と聞いてはいけない。いや、気になるなら聞いてもいいが、明日生きている保証は出来ない。
宿屋の食堂だというのに鎧を着こみ、ばかでかい戦斧をテーブルに立て掛けている。
「ゴルは無神経」
「ゾーラは無神経」
前者の発言は、ピンクの髪を肩まで伸ばした童顔の女の子で名はルーナ。珍しく青色の神官服に身を包んでいる。
後者の発言は、青の髪を同じく肩まで伸ばした童顔の女の子で名はサーナ。こちらも珍しくピンク色の魔道士のローブに身を包んでいる。
この二人。髪の色と装備以外は全く同じの双子の女の子。
二人仲良く肉をナイフで切って、フォークで上品に口に運んでいる。
「だから名前を別々に呼ぶなっつってんだろ?!」
「うるっさいわねぇ。凹んでなんかいませんよ」
最後の一人は金髪を短く切りツンツンと逆立ている。何とも活発そうな雰囲気なのだが、今は目元に隈が出来ており、疲れている顔が全てを台無しにしている。
彼女の名前はユミエール=サザンベルク。身軽そうな軽鎧を来て、一本の長剣を腰に差している。
「だったら少しは食え!全然料理が減ってねぇじゃねぇか?!」
「口に合わないのよ!」
ゴルゾーラはあぁ、そうかい。と言い、お手上げとばかりに目線を外す。
その言葉を聞いた周りの客が、嘘だろと女四人に目を向けるが、発言した人物が分かるとそそくさと目線を逸らす。
誰も人間の限界を超えた存在に絡まれたくは無い。そう。彼女達は王都のSランク冒険者パーティーの『永遠の雲』。この王都の最高級の宿屋を塒にしている冒険者皆の憧れの存在だ。
「もう半年はたっているんだぜ。いつま「言わないでよ!」分かった、分かった」
彼女の幼馴染がユンダの街で死んだと聞いてからこの調子だ。仕事は真面目にこなしているので仲間内から文句は出ないが。
ユミエールはその凶報を聞いて即座にユンダに向かおうとしたが、王都の冒険者組合に止められたのだ。
同じSランクが殺られたのだ。感情に任せて突撃して、『永遠の雲』まで殺られたら洒落にならない。というのが理由だ。
「どうせ獣人に囲まれて殺られたのよ。私達が負ける筈が無いじゃない」
「ユミは楽観的」
「エールは楽観的」
獣人族の反乱に巻き込まれて死んだ。ユミエールはそんなバカなと鼻で笑ったものだ。だが、次々入ってくる情報に、確実にSランクの冒険者がいなくなっているとあり、顔が真っ青になった。
それでも過ぎ去る時間のお陰でマシになっていたのだが、最近その反乱の中心人物が王都に居るとの情報があったのだ。
出所が王城からなので、かなり信憑性の高い情報。
その話を聞いたユミエールがまたこんな状態になってしまった。
「どんなに強くてもルーナとサーナの合成魔法があれば負けないわよ」
「ユミ声大きい」
「エール声大きい」
ハッとして周りを見渡し、誰も聞いていないことを確認してホッとする。
冒険者として切り札は隠すのが当たり前だ。それを公共の場で喋ったのだからメンバーが嫌な顔をするのも当然だ。
「ごめん。ルーナ、サーナ」
手をパンと合わせて必死に取り繕う。だが肝心の双子はそこまで気にしてなく、のんびりとパンを囓っている。
「でもカロリックは俺も知っているが頭は良かったぜ。そんな獣人に囲まれるような下手は打たないと思うがなぁ」
「どうせ領主に無理矢理受けさせられたのよ!」
「そんなの無視するだろう?王都に帰ってきたらいいんだしよぉ」
むぅ。と膨れるユミエール。あくまでもカロリックは悪くないと言い張るつもりなのだろう。
「それよりローグシェラー伯が獣人保護に回ったのが意外だ」
「その例の獣人が来てからあの裏組織も壊滅した」
「その例の獣人は只者じゃない」
表にはまだ出ていないが、例の獣人が来てから着実に何かが変わってきている。冒険者にとってはあまり関係が無いからユミエール達は傍観していたが。
「裏組織は獣人じゃないでしょ?」
あの件は黒のローブの人間の魔道士が関わっていた筈。王都の西門であれだけ騒いだらのだから目撃者は腐るほどいた。
「あれには姫の獣人が関わっていた」
「百人の獣人を引き連れていた」
「そう言えばそうだったね」
「まぁ、何にせよ。暫く獣人関連の仕事はやらない方がいいだろ」
ゴルゾーラの最後の締めとも言える発言に、メンバーはコクリと頷き食事を再開した。
別に『永遠の雲』は人攫いに手を染めているわけではない。そんな後ろ暗い仕事を受けなくても十分過ぎるほどやっていけるのに、態々犯罪を犯すことなどする筈がない。
ゴルゾーラはただ念の為、パーティーの方針として決めようとしただけだ。そうしておかないとユミエールがどんな暴走をするか分からないから。
勿論最終決定はリーダーであるユミエールの仕事だが、ゴルゾーラの自然な誘導に疑うことなく同意していた。
(たく。うちのリーダーは世話がやけるな)
チラリとまだ食欲が無さそうなユミエールを見て、そっと溜め息を吐くゴルゾーラだった。
お読みいただきありがとうございます。




