人攫い
よろしくお願いします。
掘っ立て小屋から出て、朝の太陽に目を細める。
村の人達は既に動き出していて、畑仕事に精を出していた。
こう見ると正に田舎の村というのがしっくり来る。広大な畑にぽつぽつある民家。
これだけの畑があれば飢えることなど無いだろうに、村では食料不足になっている。
その理由は、税で大部分を取られているからだろう。男手が足りないというのもあるかもしれない。
奴隷として連れ去られるのは主に若い女だが、若い男も決して例外ではない。恐らく労働力として奴隷にされているのだろう。
人口は百人足らずで、年寄りが多いそうだ。
そして、今しがたセリナに言われた仕事は、畑仕事では無く森に入って狩りをすること。
「畑を手伝わなくていいの?」
「うん。ほんとはそうしたいんだけどね……」
村に若い者が居ると奴隷として連れていかれるのだそうだ。
昨日の警備の若い男も、昼間は森に入って狩りをしている。
ここの支配者はバカなのか?
そんなことをしていたらいずれこの村は破綻する。
いや、別にいいのか。そうなったら人間を移民として送り込む算段なのだろう。
アスナリアの胸にチクリと棘が刺さる。
本当に詰んでるじゃないか。
俺はここでも負け犬になるのか?
上司や同僚に嫌味を言われたのを思い出す。
何とか現状を変えたい。
そう思いながらセリナに付いて行き、森に入り暫く歩く。
「見付けた」
ぼそりと呟くセリナの目線の先には大きな猪。
アスナリアの知っている猪じゃない。でかすぎる。
二メートルはある猪を前に怯むアスナリアとは裏腹に、セリナはナイフを構え戦闘体制に入っている。
(おい?!ナイフ一本でいくのか?!)
ダッと勢いよく飛び出すセリナ。
引き締まった筋肉を存分に生かし、猪に飛び掛かる。
いきなりの襲撃に猪は力の限り暴れるが、セリナはそれを押さえつける。
そして、構えたナイフを首筋に刺し入れる。
次第に大人しくなる猪。
ぐったりとした猪を素早く血抜きするセリナ。
(た、逞しい……)
息一つ切らさずにでかい猪を仕留めたセリナが、呆然としているアスナリアの元に戻って来た。
「こんな感じで狩るの。出来る?」
この体のスペックが分からない。
どうやらスタミナは十分らしいが、力などはどうなっているのだろう?
はい。と渡されたナイフを丁寧に固辞し、アイテムボックスより黒い片刃のナイフを取り出す。
ぬらりと光る刃には、毒が絶え間なく流れていて、ポタポタと地面に落ちる。その度にジュワジュワと嫌な音を立てている。
中盤辺りで手に入る『バジリスクの毒』というナイフである。
その名の通りバジリスクの毒が絶え間なく流れていて、レベルの低い敵なら即死の効果がある。
これ以下の武器はさすがに処分しているので、一応一番攻撃力の低い武器だ。
「なにその禍禍しいナイフは……」
セリナが若干引いている。
それを敢えて無視し、獲物を探す。
うまい具合にすぐにそれは見つかった。
でかい鹿だ。
(だからでかいって……!)
うん。とセリナに確認し、そっと近寄る。
一気に飛び掛かり頭を力一杯地面に叩きつける。
ドガァァン!
……頭がグチャグチャになった鹿だった物がそこにあった。
(おう……。予想以上だったな……)
呆れて声も出ないセリナに向かって親指を立ててアピールをするアスナリア。
取り敢えず同じポーズを返してくれたセリナ。
頭の無くなった鹿を、セリナに教わり血抜きする。
「ま、まぁ、狩りは余裕で出来そうね」
「そうだね。よかったよ」
本当によかった。
何も出来ないなら追い出されたりされたのだろうか?
それは困る。
ここを追い出されたら、何処に行ったらいいかわからない。
「この村の人は皆セリナさんぐらい狩りがうまいの?」
「獣人族ならこれぐらいは皆出来るでしょ。あぁ、年にもよるけどね」
「人間は?」
「……接近戦なら負けない!でも人間には魔法がある。私達獣人族には使えない魔法がね」
重要な情報だ。
下手に使うと仲間外れにされかねない。
からっきしとは言っていたがまさか獣人族全てが使えないとは……。
安易に使わなくてよかった。
魔法は気を付けて使わないと。
アスナリアはそう心に留める。
そのまま二人で狩りを続けていると、綺麗な湖が目に入ってきた。
「ここで暫く休憩しましょう。私はあっちで水浴びしてくるけど、……覗かないでよ」
「しないよ」
アスナリアも水浴びをしようと服を脱ぎ、湖に浸かる。
(わかってはいたけど……)
湖に写る自分の姿をまじまじと見つめる。
中々端正な顔をしている。
年は二十才前ぐらいだろうか。茶色の髪にピンと立った耳。三十センチぐらいの尻尾。
共にモフモフだ。
『アニクエ』の主人公そっくりだ。
ふと思い付き、セリナの方を伺う。まだ大丈夫だろう。
「『水槍』」
バシャッ!
湖に魔法を撃つ。
アイテムボックスの時と同様に分かる。
まるで使えるのが当たり前の感覚。
(やっぱ使えたか……)
昨日から感じていた感覚で分かってはいたが、実際に試さないといざというときに恐い。
ある程度すっきりし、湖から上がったアスナリアは布の服を着ようとして手を止める。
そして、アイテムボックスから一枚の漆黒のローブを取り出した。
裾に白い刺繍があるが全体的に地味なローブだ。
地味な装いだが、膨大な魔力が込められている『暗黒のローブ』。
物理防御はそこそこだが、魔法防御がピカ一の一品で、さらに低位の魔法は全てシャットアウトする。
このローブと『完全物理防御』の魔法が、裏ダンジョンの常識だった。
いそいそとそのローブを着込む。
そして、何度か地味な魔法を使っていたら、セリナが戻って来る気配を感じた。
「そっちに行っても大丈夫?」
「大丈夫だよ」
セリナの綺麗な毛並みが太陽の光に照らされてキラキラしている。
しっとりと濡れた髪が何とも艶っぽい。
そんなセリナがアスナリアを見て目を見開く。
「何なのその服」
「着替えがあったから……」
「人間の魔法使いが着る服みたい」
特に嫌悪しているわけではなさそうだ。
魔法というよりは人間が嫌いなんだろう。
昼は狩った獲物を食べ、後は日が暮れるまで狩りに勤しんだ。
そして、村に戻ったのだが、何やら様子がおかしい。
ざわざわしているのだ。
セリナも小首を傾げている。
そして、通りに居た男の獣人にセリナが問い掛ける。
「何かあったの?」
「あぁ、セリナか。又攫われた」
「誰が?!」
「マチュピアだ……。どうやら森と村の間で待伏せされていたらしい……」
「……!うっ、くっ!」
そのまま俯き震えるセリナ。
どうやら最近村の近くに若い獣人が居ないくて、人攫いが頭を捻ったらしい。
「何時攫われたの?」
「ついさっきだよ……」
「まだ間に合う……!」
そのまま走り出そうとしたセリナが男に引き留められる。
「セリナが行ってどうする?!獲物が二人になるだけだ!」
「だって……!マチュピアが……!あの子はまだ十才よ!」
「気持ちは分かる!だけど一人じゃ……」
「俺が行くよ」
アスナリアの思わぬ発言にキョトンとするセリナと男。
「誰だあんた?それより話を聞いてなかったのか?少人数で行っても仕方ないんだ」
「アスナリアといいます。でも、待ってたら手遅れになるんですよね?」
「それはそうなんだが……」
渋る男とは裏腹に、アスナリアの身体能力が分かっているセリナが目を輝かせアスナリアを見る。
「行ってくれるの?!でも気を付けて。多分魔法使いがいるから」
「おい!セリナ!」
「この村と人間の街を結ぶ道は一本しかないから!お願い……!マチュピアを助けて……!」
「わかった」
しっかりとセリナに頷き直ぐ様走り出すアスナリア。
村を出て、街道というより踏み固めただけの道をひた走る。
別にアスナリアは、マチュピアという子供をどうしても助けなければならない理由などない。
確かに同族としては助けてあげたいが、危険を冒してまでは……。というところだ。
でも、逆に言えば、危険でないなら助けたい。
恐らくこの体はこの世界の基準からしたら高スペックだ。それは今日のセリナとの行動で分かった。そして、装備もちゃんと整っている。
多分大丈夫。アスナリアはそう考えていた。
無理そうなら転移の魔法でマチュピアを連れて逃げればいい。
理由は後三つある。
まず、これ以上獣人が少なくなるのは避けたい。今でさえ村はいっぱいいっぱいなのだ。
次に自分の実力の把握。人間相手に何処まで戦えるか。
最後の一つは……。
「見えた……」
街道の先に一台の馬車が見える。
恐らくあれだろう。
周りを囲んでいる護衛らしき面々がアスナリアを指差し戦闘体制に移行する。
人数は全部で四人。
男が二人に女が二人の構成だ。
男の一人は剣士風で軽鎧を着ている。
もう一人の男は盗賊だろうか?身軽そうな装いだ。
女の一人は神官だろう。白いローブを着込み、十字のアクセサリーを握りしめている。
最後の女は魔道士だ。こちらは黒いローブに、木でできた杖を持っている。
「敵襲!」
「一匹だけだ!ミリスとロザは馬車を守れ!陽動の可能性がある!」
『はい!』
(匹だと……?)
アスナリアの胸が締め付けられる。
まるで動物や虫を呼ぶかのように獣人族を呼ぶ人間。
アスナリアはアイテムボックスより黒い宝石の付いた杖を取り出す。念には念を入れての『常闇の杖』だ。
黒い輝きが暗くなり始めた周りを照らす。
もし間違いなら、と思い奇襲は止めたが、間違いでもいいだろうとアスナリアは思い直した。もう人間に対する恐怖心など微塵もない。
「おりゃ!」
先頭の剣士がアスナリアに問答無用で斬りかかる。
バキィン……!
「えっ?」
「えっ?」
剣士とアスナリアが同時に驚愕する。
アスナリアが反応する前に杖が動いた。そう。勝手に動いたのだ。
アスナリアの意志とは無関係に杖が浮き、剣を受け止める。
特にしっかりと杖を握っていたわけではないが、すり抜けるほど弱く握ってもいない。にも拘らず、杖はアスナリアの手を離れ、アスナリアを守った。
(何これ?)
手に戻った杖をしげしげと眺める。
そんなアスナリアより混乱しているのが護衛の面々。
「んだよ……。今の……」
「剣が……。折れた……」
「魔法?」
「獣人が?」
まぁいいか。と、アスナリアが気を取り直したところで、護衛も意識を戦闘に戻す。
「魔法だ!ロザ!」
コクリと頷き、黒いローブのロザと呼ばれた魔道士が杖を翳す。
その目は自信に溢れているようで、しっかりとアスナリアを捉えていた。
獣人に魔法はとても有効。これが人間内での通説だ。何故なら、獣人は魔法に対する有効な手段を持たないから。
唱える前に術者を倒すか、避けるしか無い。
これが人間なら、マジックアイテムを使用したり、対抗する魔法を唱える。など、色々対応出来るのだが、獣人には出来ない。
魔法が使えないからだ。魔法が使えないとマジックアイテムも作れない。
だから今、ロザは勝利を確信している。
前衛はちゃんと二人いるし、この距離を一瞬で詰めるのは不可能だろう。
さらにはロザの魔法が避けられた際のフォローだろう。剣士と盗賊が左右に別れ、アスナリアを睨んでいる。剣士は折れた剣の代わりに小振りのナイフを握り締めながら。
「『火炎球』!」
何かをしようとして止めたアスナリア。
諦めた。と今まで幾人もの獣人を屠ったロザは確信する。そして、勝った!とも。
──しかし、
パン!
アスナリアに魔法が着弾するや否や、渇いた音を立てて魔法は掻き消える。
火炎球と聞き、唱えかけた魔法障壁を止めたアスナリア。
火炎球程度の魔法ならこのローブが無効化してくれる。
「き、消えた……。魔法が消えた?」
確かにある。魔法に対抗する手段に魔法障壁というものが。だが、相手は魔法を唱えた素振りはなかった。
それに、魔法障壁を唱えたとしても魔法は消えない。術者は守るがちゃんと周りに炎を撒き散らす筈。
そもそも相手は獣人だ。魔法が使えない筈。
一気に混乱の一途を辿るロザ。
──ワカラナイ、アリエナイ、ワカラナイ、アリエナイ……。
しかし、ロザの仲間はそうは思わない。単純に魔法をミスしたと思っている。
神官の筈である女までもが魔法を失敗したと思っている。
三人共がロザを見ている。
この時点でアスナリアはホッと一息吐く。レベルが低いと確信したからだ。
火炎球を無効化しただけであの反応だ。とても強者とは思えない。
ハッと剣士がアスナリアに向き直る。
「ロザ!ちゃんと魔法を撃ってくれ!」
「違うの……。私はちゃんと魔法を撃ったの……。撃ったのよ!」
理解してくれない仲間に焦燥をぶつけるロザ。
ロザ以外にロザがちゃんと魔法を使ったと理解していたのは、皮肉なことに唯一アスナリアだけだった。
お読みいただきありがとうございます。




