獣人保護派に
よろしくお願いします。
ユンダの街から西に一日程行った場所に魔の森がある。
その森の奥にはちょっとした広場があった。実際はアスナリアが魔法で均した広場だが。
その森の中でも、獣人の村に近い場所は狩りやら何やらでそうでもないのだが、森の奥、セリナと行った湖より遥かに奥なら誰も来ない。広場はそんな所にあった。
アスナリアはこの場所をえらく重宝している。ここでは何をしても人目を気にする必要が無いからだ。
気晴らしに昼寝しても、魔法の確認をしても、そして──拷問をしても。
その広場に黒い塊が突如現れる。
アスナリアはあの場からは『瞬間移動』で立ち去った。なので、この『転移門』の黒い塊は見られてはいない。
王国の宮廷魔道士でも使えない魔法を使った結果が、魔の森奥深くに現れる。誰の目に留まることもなく。
「ど、何処だよここわぁぁああ!」
いきなり切り替わった景色にグルーズは対応できずに喚くのみ。それにアスナリアは冷たく答える。
「ユンダの街近くの魔の森だよ」
「はぁああ?!」
ユンダの街とはあれか?王国と帝国の国境近くにあるあのユンダか?王都に居たのに何でそんな所にいるんだ?グルーズは自問自答を繰り返すが、一つだけ心当たりがあった。神話だ。
神話の中に、転移魔法として『転移門』という魔法がある。二段の『瞬間移動』の魔法の上位に位置付けられる三段の魔法として。
その魔法は遥か遠い場所に一瞬で移動出来るというもの。
あの死にかけの獣人を治す魔法が使えた人間だ。使えてもおかしくは無い。だが、頭で分かっていても心が否定する。そんなわけはないと。
故にグルーズはアスナリアに聞いてしまう。
「お前は……。『転移門』が使えるのか……?」
「よく知ってるな。そうだよ」
グルーズのは喉をゴクリと鳴らす。恐怖はある。しかし、それ以上に好奇心が抑えられない。
「も、もしかして『神の雷』も使える……のか……?」
アスナリアは少しだけ考え、そしてあっさりとそれを認めた。
「使えるよ」
決まりだ。この人間は正真正銘の化物だ。『神の雷』、あんなものを使えるというのなら、何処の国でもこの人間を止めることは不可能だろう。
共和国の隠された組織は、神話レベルだとの噂は聞くが所詮は噂。実在するとは思えない。
ここまでくるとグルーズの感覚は麻痺してくる。
もしこいつを味方に出来たら?こんな考えが頭を擡げる。
しかし、グルーズにしてはお粗末だ。何故アスナリアが自分の手の内を喋っているのかに考えが及んでいない。
「じゃ、始めようか」
アスナリアの声が周りの木に反射する。
然程大きくも無い声。だが、何故か耳の奥、脳に直接響いて聞こえた。
「な、何を……?」
グルーズの質問にアスナリアはキョトンとした顔だ。まるで、そんなことも分からないのか?と、心底不思議に感じているような顔だ。
「さて、先ずはお前達の組織の後ろ楯は何だ?うん?誰だ?か」
「そんなものはな「『爆発』」
周りにある木。その中の一本が粉々に砕け散る。
「ひぃぃい?!」
「そういうのいいから。早く答えた方がいいよ?」
グルーズは出来る限りの抵抗を行った。片方の足の指が全てむしり取られるぐらいには。
そして、これは当然だが、グルーズがこの魔の森から出ることは叶わなかった。
王城近く、四重の外壁の一番外。その周辺は貴族や商人等の富裕層が住んでいる。
まさに貧民街とは天と地の違いがあり、汚ならしい装いをしている者など一人たりとも存在しない。
ふんだんに金を掛けた邸宅が建ち並び、見るものを圧倒する。
しかしながら、そこを歩く者達の中身が伴っているかどうかは別の話だ。
高価な生地の服やアクセサリーを見せびらかしながら歩き、見知った者を見かけたら相手の服装を値踏みする。
貴族街と言われて見栄えはいいが、一枚皮を捲れば虚栄と欺瞞に満ち溢れた所だ。
再び王都に戻ったアスナリア。目指す場所は既に決まっている。
そこの王城に一番近い大邸宅。本館が一際大きく鎮座して、使用人や客室が使う別館が三つも備え付けられている。本館と別館の間には綺麗に整えられた庭まであり、近くの邸宅との格の違いを表していた。
王城を除けばこの辺り一帯で一番大きな邸宅だろう。
この邸宅の持主はローグシェラー伯。王都の貴族を代表する大貴族だ。アスナリアはここを目指し貴族街を歩いていた。
アスナリアは周りのヒソヒソ話す声には一切頓着せずに歩く。
確かに場違いな服装で歩いている。貴族出身のSランク冒険者がいるお陰で、時折貴族街を冒険者が歩いているのを見掛けるが、珍しいことには変わりはない。
「ここかな?」
グルーズから聞いた特徴。一番大きくて庭がある邸宅。そして王城に一番近い。
アスナリアはその邸宅の前にて立ち止まる。
当然だが、見知らぬ魔道士が邸宅の前で突っ立っているとそこの衛兵の目につく。
「何か用か?」
「うん?あぁ、ローグシェラーに会いに来た。居るか?」
衛兵はお互いに顔を見合わせて考える。いくら考えても見覚えがない。だが、大貴族であるローグシェラー伯を呼び捨てにして、会えるのが当然の態度。
魔道士の格好をしているのを鑑みれば、宮廷魔道士か高名な冒険者かのどちらか。という推論が成り立つ。
ここで失礼な態度を取れば後々叱責を受けるかもしれない。ここまで考えて、衛兵は丁寧な対応を取ることにした。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「名前?名前か……?」
衛兵は何故か考え込む訪問者を若干訝しげに見る。
「名前はサトウ・マナブだ」
聞いたことの無い名前の響き。
明らかに偽名の名前を名乗られて困惑する衛兵。どう対処すればいいのか分からない。
「ローグシェラーは居るのか居ないのかどっち?」
刺のある訪問者の言い方に衛兵は焦る。怒らせてはいけない方ならば厄介なことになる。
「ローグシェラー伯様はいらっしゃいますが……」
「そっ、じゃ入るね」
「あっ?!お待ち下さい!」
門の中に何の遠慮もなく入っていくアスナリアを見て、焦って追い掛ける衛兵。
いくらなんでも許可なく屋敷に入れるわけにはいかない。だが、アスナリアは衛兵の声を無視してズンズンと進んで行く。
「お待ち下さい!」
衛兵は思わずアスナリア肩を掴み引き留める。
その瞬間、衛兵の頭に槍が突き刺さり、パンという乾いた音を立てて破裂する。
飛び散る鮮血がもう一人の衛兵に降り注ぐが、何が起きたか理解が追い付かず、呆然とするのみだった。
アスナリアの頭の横。そこには、いつの間にか一本の槍がフヨフヨと浮かんでいた。
色は全体的に真紅に染まり、穂先には見たこともない文字が刻んである。
神槍『グングニル』。アスナリアの所有武器の中では比較的上位に位置するレア物だ。
直接攻撃より威力は落ちるが、投げると必中の効果がある。
その槍をアスナリアは掴み、再び軽く投げる。そう。本当に軽くキャッチボールをするぐらいの勢いで投げる。
だがしかし、槍はそんな動作とは裏腹に猛スピードでもう一人の衛兵に突き刺さる。
視認することすら困難なスピード。そんな槍を一衛兵が躱せる筈もなく、あっさりと頭を破裂させる。
訪れる静寂。アスナリアはそれらの死体に一瞥をくれると、屋敷の扉を開き、中に入っていった。
☆★☆
ミュレルは今、非常に焦っていた。ズーが奴隷の商店を襲って、獣人を攫った嫌疑にかけられているから。
勿論そんなことをズーがするとは思ってないし、事実が人攫いの拠点を強襲した結果だとも気付いている。だが、その拠点からは何も出なかった。
人攫いを依頼した書類も、ローグシェラー伯の名前がある書類も。
これでは何れ何処からともなく、買い入れ先は分からないが、奴隷を買ったという書類が出てくる。奴隷の売買にまで細かく書類を残す必要が無いからだが。
そうなればもう詰んだも同然。ズーが一方的に悪いことになる。ひいては責任者であるミュレルをも巻き込んで。
王族であるミュレルには、そこまで表立って罰することは無いだろうが。
それを示すようにこのタイミングでローグシェラー伯から面会がしたいと申し出があった。
恐らく今回のことでズーをお咎めなしで済ますから、王位継承権を手放せと言外に示すつもりなのだろう。
王子派のローグシェラー伯だ。この好機を逃すはずがない。
ミュレルは内心焦ってはいたが、当然それを表に出すことはなくローグシェラー伯を部屋に迎い入れた。
「ご機嫌麗しゅう。ローグシェラー伯」
「ご機嫌麗しゅうございます。王女殿下」
ローグシェラー伯を見てミュレルは呆気に取られる。髪はボサボサで、着ている服は立派な物だが、何やら赤い染みが点々と付いている。いつも虚栄に満ちた王国の貴族とは思えない装いだ。
「顔色が優れないようですがどうかされたのですか?」
「う、いや、大丈夫でございます。健勝に過ごさせていただいています」
全く健勝ではない顔色で何を言っているのだろうか?とミュレルは思うが、今はそんなことを気にしている場合ではない。ズーを取り戻すことが第一だ。
ミュレルはあれほど信頼できる部下を手放すつもりは一切無かった。王位継承権を放棄しても。
「……」
「……」
ミュレルはさらに訝しむ。何故何も言ってこない。賽はローグシェラー伯が持っているのに。
仕方なくミュレルから話を振って、会話を始める。
「本日はどのようなご用件で?」
「は、え~と。そうですね~」
何故口籠もる。ミュレルは益々分からなくなる。
「ズーのことで来たのでは無いのですか?」
「は?」
「は?」
口火を切ったミュレルの台詞にポカンとした表情のローグシェラー伯。思わずミュレルも変な言葉を発してしまう。
「あっ、いや。そうですね。広義で言えばズー殿のこととも言えますね」
いくらなんでも遠回し過ぎる。ローグシェラー伯が何を言いたいのか全く掴めないミュレル。
「ではズーに温情を与えて下さるのですね」
取り敢えずは条件無しに提示してみる。どうせ次に条件を突き付けてくるのだろうから。譲歩するのなら、それを聞いてからでも遅くはない。
何処からともなくカツンと軽い音が聞こえる。ミュレルは周りを見渡すが、この部屋にはミュレルとローグシェラー伯しかいない。ただ、その音を聞いたローグシェラー伯がビクンと体を震わせる。
「当然です!」
「わかりました。おうい……。今何と?」
「当然!と言いました!獣人の保護は王国貴族が一丸となり行わなければならないこと!」
ミュレルは口を開けて、王女らしからぬ顔を見せてしまう。
「そ、そうですね」
ミュレルはこう言うのが精一杯だった。全く意味が分からない。一体どうしたというのか。
「これからも王女殿下の元にて、ご一緒に獣人保護に努める所存でございます!」
「あっ、はい」
「私の力が必要な時には遠慮なく仰って下さい!」
では、とローグシェラー伯が部屋を去っていく。それを、ミュレルは目を見開いたまま見送っていた。
暫くして、不思議な顔をしたズーがミュレルの元に帰って来た。そこには白銀の鎧を着た偉丈夫が変わらずに居る。
「姫様。ご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした」
「ズーが無事帰って来てくれて良かったです」
「人攫い達はどうなりましたか?」
「全員死刑になりました。何故かローグシェラー伯が直々に来て」
ズーとミュレルは二人揃って首を傾げている。頭の上には二人共ハテナマークが浮かんでいた。
お読みいただきありがとうございます。




