本拠地急襲
よろしくお願いします。
王都の西門。街を出る為の列に並んでいたアスナリアは、先程街に入ってきた馬車を見つめる。
(何だあれ?何であんなに獣人を運んでいるだ?)
どう見ても庶民には見えない。
「ちょっと」
「あっ?」
アスナリアが声を掛けると男は威嚇するように答える。暴力を生活の生業にしている者特有の雰囲気でアスナリアを睨んでいる。
当然だがアスナリアは一切怯まない。所詮は蟻が象を睨んでいるだけた。
しかし、相手は魔道士もいるからだろうか、アスナリアに強気で対応してくる。
「なんだお前。何の用だ?」
「何でその馬車にはそんなに獣人が乗ってるの?」
明らかに狼狽える男達。周りに居る人達もこのやり取りを聞いて、男達に胡乱な視線を投げ掛ける。
「なっ?!てめぇ!適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」
「適当じゃないよ」
男達の怪しげな態度に段々アスナリアも視線を強める。しかし、動揺している男達はそれには気付かない。
「おい!もう行くぞ!」
アスナリアを無視して馬車を進めようとし、御者が焦りながら馬に鞭を入れる。
「『多重魔法・麻痺』」
バタバタと一斉に倒れる男達。さすがのアスナリアでもこんな街中で殺すことはしない。
「なぁ。早く答えろよ」
「なあああっ?!多重魔法ぉぉ?!」
一人だけアスナリアの魔法を逃れた魔道士は驚愕する。多重魔法は二段の高位に位置する魔法で、本来単体にしか効果の無い魔法を複数同時に放つ。
魔道士の心の中で警戒の鐘が盛大に鳴り響く──やばい、やばい、やばい、やばい──と。
多重魔法を使える魔道士など、宮廷魔道士に数えるぐらいしかいない。
なんでこんな人間が街の外に出るのに並んで待っているんだ?本来なら国のお抱えになるレベルだろう?
混乱する魔道士にアスナリアがさらに詰め寄る。
「質問に答えろよ。あの獣人達は何だ?」
「さ、攫ってきました!」
ピクリとアスナリアの眉が跳ねる。そして、徐に馬車に近付く。
「鍵は?」
「お、俺達は持ってない!」
「仕方無いか……」
アスナリアは扉の隙間に手を差し入れ、こじ開けようと腕に力を込める。尋常ではない力にミシミシと必死に抗う扉だが、それは長くは続かない。耐えられる限界を超えた扉は破壊の音と共にこじ開けられる。
馬車の中には六人の若い獣人が居た。マチュピアの時と同様に手足を縛り猿轡をはめられている。中には十才ぐらいの幼児も居て、最近ユンダでは無かった行為にアスナリアの胸は締め付けられる。
順に縄を解き、獣人達を自由にする。
「お父ちゃん!お父ちゃんを助けて!」
子供の獣人が、アスナリアのローブを掴み必死に懇願する。しかし、近くに居た母親らしき獣人がアスナリアを睨みながら子供を引ったくる。
「人間……!あなたは何が目的なの?!平和に暮らしていた私達を襲って攫って……!これ以上何をしようと言うのよ……!」
目に涙を湛えながらアスナリアに向かい剣呑な眼差しを向ける。
(あぁ、そっか。仕方ないとはいえ、獣人にこういう目を向けられるのはくるものがあるな……)
「大丈夫。お父さんも助けるし、あなた達に何かを強制したりはしない」
前半は子供に、後半は母親に、諭すように柔らかい口調で話し掛ける。
「どうしたぁ?!何があった?!」
ここで漸く門番をしていた衛兵がやって来る。
二人の兵士だ。一応鎧らしきものは着ているが、薄汚れていて清潔感などまるでない。持っている槍も草臥れていて、練度が低いと察せられる。
アスナリアは直感的に、こいつ等に任せたら駄目だなと思った。
アスナリアの勘は当たっていて、この二人の兵士は裏組織に買収されている二人だった。
「獣人が攫われて街に来ているぞ。積み荷のチェックはどうなっているんだ?」
逃げようとしていた魔道士の襟首を掴み、持ち上げる。
「あっ?!ひゃあぁぁ!」
「なっ?そうだよな?」
魔道士はコクコクと頷く。二段の魔法を使い、成人男性を片手で持ち上げる相手に、魔道士は反抗する気などこれっぽっちも起きなかった。
これに焦ったのが兵士だ。いくらでも誤魔化してあげると言うのに、自白してはもう誤魔化しようが無いではないか。
「で、では、後は私達が……」
「それは無理だな。お前達は信用出来ない」
「なっ?!」
言葉に詰まる兵士。いくらなんでも公衆の面前でそうハッキリ言われるとは思って無かったのだ。
言葉を失う兵士にアスナリアは尚もいい募る。
「当たり前だろ?こんな目立つ犯罪を見逃すなんて、組んでるとしか思えないだろ?」
「わ、我々を愚弄するのか?!」
「愚弄じゃない。事実を言ってるんだ」
そうだ!そうだ!と民衆からも野次が飛ぶ。
と言ってもアスナリアも若干困っている。ここに置いていったら間違いなく厄介なことになるから。
(連れていくしかない。か……)
「よし!皆馬車に乗って!今から攫われた獣人を助けに行くから!」
兵士とのやり取りを聞いて少しは信用してくれたのか、六人は渋々ながら馬車に乗ってくれた。胡乱な視線をアスナリアに送りながらだが。
「よし、じゃ案内しろ」
手に掴んだままの魔道士に向け命令する。魔道士は逆らうつもりは一切無いようで、コクコクと頷いている。
ここに犯罪者を置いて行くのは少し気が引けるが、そんなことより攫われた獣人を助ける方が先だ。
魔道士に御者をやらせ、ゴトゴトと馬車を進める。幸いなことに馬車の中は外からは見えず、見た目は普通だったので、スムーズに裏路地にまで行けた。
「ここか?」
「は、はいぃぃ!私はこれで!」
脱兎の如く逃げようとする魔道士の襟首を再び掴む。
「まぁ。そんなに慌てんなよ。間違ってるかも知れないだろ?」
「何か用か?」
扉の横に居た、がたいのいい男が声を掛けてくる。
用心棒なのだろう。しかしアスナリアには何の役にも立たない。
竹槍で戦闘機を落とそうとするようなものだ。
「『死』」
──パタン。
ゆっくりと倒れる用心棒。金で雇われたのだろうが、アスナリアと対立する組織に雇われたのが運のつきだった。
「えっ?!ちょっ!今のって……」
神話の中でしか語られることの無い即死魔法。それを掛けられたが最後。死から逃れる術の無い伝説の魔法。
「ははは、これは夢だ夢なんだ……。はは」
魔道士の乾いた笑い。
アスナリアは一切それを気にせずに扉のノブを掴む。鍵が掛かっている。こういった怪しい所なら当然だろう。
「おい……って駄目だこいつ」
鍵は?と聞こうとするが、既に魔道士は壊れていた。それを見て、アスナリアは溜め息を吐く。
「まっ、いっか」
気を取り直して再度扉に向き直り、掴んでいた魔道士を放り出す。
そして──蹴り飛ばした。
──ドォガァァアアン!!!
豪快に吹っ飛んでいく鉄板入りの扉。
普通の人間では決して不可能な力。そうでないとこうはならない。
「あっ!」
アスナリアが何かに気付いたように部屋の奥へと駆けて行く。
反対側の壁には、招かざる者を弾く役割だった鉄板入りの扉が、その役割を果たせぬままひしゃげて落ちていた。
その扉の影から手が見える。慌てて扉を退けるアスナリア。
「よかったぁ!人間だったぁ!焦ったぁ……」
そのぺちゃんこになっている人間の無惨な姿を見ても何も感じず、只管獣人じゃなかったことに安堵するアスナリア。
「あなた……。人間……よね……?」
いつの間にか馬車から降りてきた獣人。二つの意味が込められたその問いを、アスナリアは曖昧に笑って誤魔化した。
(何も無いな……)
見渡してみても何も無い。こういうのは隠し扉とかあるんだろうな。と思い、見張りを殺したのを後悔するアスナリア。
どうしようかと思案していると、床の一部が音もなく開かれる。
「どうした?何か、な、何だお前?!」
どうやらあちらから様子を見に来てくれたらしい。ついてるな。と呟きながら男に近付く。
「なん……!」
──ゴガ!
顔だけ出している男を蹴る。面白いように階段を落ちていき、折れてはいけない骨が折れる。
そして、なんの気負いもなく階段を降りるアスナリア。獣人達もそれに続く。
ここまでの言動を見て、この人間は敵ではないと認識してくれたのだろう。
階段を降りた先は広い空間だった。
「ズー!」
その中央に、ピクリとも動かないズーが居た。側には両手に小刀を握った女。
周りには数十人の男達が居たが一切アスナリアの目には入らない。
アスナリアは脇目も振らずにズーにに駆け寄ろうとする。が、間に女が立ち塞がる。
「あらぁ。あなたは誰かしらぁ」
その舌足らずな話し方にも苛つくが、何よりズーの元に行くのを邪魔されたことにアスナリアは激昂する。
「どけ」
静かな言葉。だが、そこに込められた殺気は尋常ではない。それは、歴戦の戦士であるヴィスチェをも怯ますものだった。
ヴィスチェは思わず飛び退き呆然とアスナリアを見つめる。
「ズー!しっかりしろ!」
まだ生きている。ズーは文字通りそう言うしかない状態だった。
この世界においては助かる方法は無い。どれだけ熟練の回復魔法の使い手でも、二段の回復魔法しか使えないこの世界の住民では。
ズーの状態はそれでは治らない。腕は千切れて、内臓も幾つか傷付いているし、鎧も脱がされ腸が見え隠れしている。しかし、不気味なことに顔だけは何故か綺麗だった。
諦めるしかない。誰もがそう言うしかない状態。
だが──「『完全回復』」
神秘の光がズーを包み込む。今まで見てきたどんな光より神々しい光。神が降りてきたらこのような光景が見れる。そう言われても納得できる程の光だ。
そして、徐々に消えていく光。薄れるその先には横たわるズー。
傷の一つも無い体。ズーだけが時間を遡ったかのように、全ての傷が無かったことになっている。
その光景をこの場に居る全ての者が口をポカンと開けて見ていた。
獣人達は魔法にそれほど詳しくはない。だけど、これが普通では無いことぐらいは理解できる。
人間達は、獣人達とは比べ物にならないぐらい驚愕している。
その顔には皆一様な事が書いていた。即ち──アリエナイ。
「おいおいおいおい!今のは何だ!誰か答えろ!」
「最上級魔法だよ。あぁ、こっちでは名称無いのか。三段より上の回復魔法だよ」
グルーズの問いに事も無げに答えるアスナリア。
ヴィスチェが引いたのを見て、普通の魔道士では無いとは思っていた。だが、今こいつは何と言った?三段より上?三段というのは神話の魔法だろう?それより上って一体何なんだ。そう叫びたいグルーズ。
ヴィスチェは、この場では一番初めに我に返っていた。流石は歴戦の猛者といったところか。
そのヴィスチェの勘が告げている。
──こいつはヤバイ。
そろりそろりと階段に移動しようと体を──動かそうとする前に、目の前にアスナリアが現れて、ハッと息を呑むヴィスチェ。
(今どうやって移動したのよ!目は離さなかったのに!)
「逃がすわけないだろ?」
あっさりと告げられる最後通告。最初の光景で、ヴィスチェがズーを痛め付けていたのは明白だ。
アスナリアがそれを見逃す筈は無かった。
「今どうやってこっちに来たのかしら?」
「不思議か?こうやったんだよ。『瞬間移動』」
目の前に居るのにアスナリアの姿を見失う。しかしヴィスチェは焦らない。
そして、アスナリアはヴィスチェの真後ろに現れる。ヴィスチェの予想通りに。二本の小刀を体を捻って後ろに向かい突き出す。
常人ならば避けられる筈も無いタイミング。その期待を裏切らずに二本の小刀はアスナリアに突き刺さる──筈だった。
アスナリアが着ているローブが普通のローブだったならばだ。
『アニクエ』ではそこそこの物理防御力だった『暗黒のローブ』。だがそれは、他のレア物の防具に比べると、だ。
この世界でのそれは、堅牢で聳え立つ城壁の如くに姿を変える。魔力が込められたそれを貫くには、単なるミスリルの小刀では力不足だった。
結果、それは容易く弾かれる。予想外の反動により小刀を取り零すヴィスチェだが、アスナリアはそれに頓着せずに魔法を一つ唱える。
「『雷光』」
雷を纏った一筋の光が隣の部屋に行こうとしていた破落戸に突き刺さる。魔法の雷をその身に受け、ビクンと体を震わせる。
体の中心を焼き貫かれた破落戸はそのままゆっくりと倒れ伏す。
「動くと殺す」
単純な脅し。されどそれは究極の暴力を伴った脅しだ。その効果は絶大で、この場に居る全ての人間が、身動きを取れなくなるほどだった。
お読みいただきありがとうございます。




