響く剣戟の音
よろしくお願いします。
ロゼルとの周辺の見回りから戻ったズー。明日の見回りの確認をして、一人王都を歩いていた。今日は姫様からのお使いを頼まれているのだ。
本来王都であろうとも、獣人が一人で歩き回るのはあまり宜しくない。いないわけではないのだが絡まれることを考えると進んでやろうとする獣人はいない。
だがズーは別だ。姫様に拾われてロゼル隊長に鍛えられ、今ではそこらの騎士にも負けない自信はある。絡んでくる破落戸程度は余裕であしらえる
それに、姫様から与えられた魔道具の鎧。この白銀の鎧は魔法に対して非常に高い耐性を持っている。一段の魔法が当たったぐらいではびくともしない。
これにより、ズーは身体能力を存分に活かして戦うことが出来る。冒険者のランクにしたらSランクは確実な程に。
南門近くにあるお菓子屋。ここに姫様が毎日食べるお気に入りのお菓子がある。
当たり前だがこの国の王女であるミュレルは気軽には出歩けない。そこで、こういうお使いを偶に頼まれるのだ。
他の騎士達などはそんな使いっ走りをと嘲るが、ズーは文句も言わずにちゃんとやる。
木製の扉を開けて店に入ると甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐる。氷の魔道具には色んな菓子が入っていて、それを貴族らしき人々が見ている。
お菓子はとても高価な物だ。お菓子が高いというより砂糖の値段が高いからだが。
そもそも庶民は、毎日の食事に精一杯で間食などは夢のまた夢だ。そうなると自然に貴族や富裕層相手に売ることになる。
ズーが店に入ると途端にひそひそと話始める。ズーはそんな態度には慣れたもので、一切厭わずに店員に話し掛ける。
「すみません」
「あらズーちゃん!」
少し年のいった小肥りの女性が答えてくれる。忙しそうに店頭と奥とを行ったり来たりしていたが、ズーの姿を見ると手を止めてくれた。
「いつもの?」
「はい。よろしくお願いします」
「ちょっと待っててね!」
ズーから布の袋を受け取り、また奥に引っ込む女性。それを見届けてから漸く周りを見渡す。
チラチラこちらを見ていたことにズーは当然気付いている。獣人が一人で買い物など余程珍しいのだろう。
「はい!お待ち!」
布の袋と引き換えに金貨を一枚支払う。
「では」
「はいよ!」
この場で中身を確かめたりなどしない。それぐらいの配慮はする。
店の外に出て、袋を覗き込んでちゃんと数が揃っていることを確認し、一つ頷く。袋の口を閉め、王城に向かい歩き始める。
そのズーの後ろを一台の馬車が通りすぎる。
ピクピクと鼻を動かし、その嗅ぎ慣れない匂いに困惑する。いや、実際嗅ぎ慣れなていないわけではない。何故なら毎日自分から発せられてる匂いだからだ。こんな場所では嗅ぎ慣れない匂いが正確だ。
これが一人分ならそこまで注意を引かなかっただろう。だが、その馬車からは複数人。恐らくだが五、六人分の匂いが漂ってきている。
ただの奴隷の輸送とは思えない。本来奴隷と言うのは犯罪奴隷と借金の奴隷が殆どだ。
借金などはあり得ない。どこの物好きが獣人に金を貸すというのか。
犯罪者を捕まえてきたのなら、騎士などの衛兵がいないのはおかしい。いや、いない場合もあるが、とても冒険者には見えない。
残る可能性は売られたか──攫ってきただ。
──追いかけよう。
ズーの決断は早かった。
これが例の組織なら、今から本拠地に行くのかもしれない。本来ならロゼルを呼ぶべきなのだが、そんなことをしていたら見失ってしまう。
手に掴んでいた袋を鎧の中に仕舞いながら馬車の後をつける。
人間に仕えてはいるがズーは獣人だ。奴隷の獣人の扱いなどで憤慨したのも一度や二度じゃない。
姫様の獣人保護の働きを邪魔する貴族が、王城で嫌味を言ってきたときなどは思わず殴りそうにもなった。表情には何とか出さなかったが。
ここ最近は、ロゼルに付いて獣人族の村を回っていて、さらに同族意識が強くなった。
ロゼルには近寄らない子供の獣人がズーの足にしがみつく。頭を撫でると尻尾をブンブンと振り、えへへと笑う。あんな幼児が無理矢理連れ去られてあの馬車に居るかもしれない。
そう考えると今すぐ助けてあげたい気持ちが押し寄せるが、何とか抑え込む。
馬車はゴトゴトとのんびり進んでいる。お陰で見失わずに済むが、こちらは目立つ獣人だ。早いところ本拠地に着いてくれないと見つかるのは時間の問題だ。
徐々に人気が無くなってくる。目的の場所が近いと思うと同時に確信する。普通の奴隷売買では無いと。
この国での奴隷の売買は犯罪ではない。確かに少し後ろめたい感覚があり、大通りに店は無いが、こんな誰も来ないような裏路地にも無い。従って、こんな裏路地にあるような店が真っ当な店である筈がない。
馬車はある店の前で止まった。寂れた店だ。あれが本拠地か?と思いロゼル──「そこまでよ」
喉元に冷たい金属の感触。
(いつの間に……!)
さっきまで馬車の横に居た女がいない。どうやらズーをやり過ごし後ろに回っていたようだ。
「あら、獣人だったの?まぁいいわ。付いてきて」
いやにのんびりとした口調だ。ここでズーは漸く尾行が失敗していたことに気付く。
女に連れられ寂れた店へと足を踏み入れる。こんな所が?と思うズーだが、そんなわけは無い。女が床に手を当てると地下へと続く階段が現れた。
「やはりあの馬車の中には攫った獣人が居たのか?」
「よく獣人が乗ってるって分かったわね?そうよ。ご明察」
「何処から攫った」
「南にある……」
ズーの言葉にペラペラと答える女。これは別にヴィスチェが何も考えずに喋っているのではない。喋っても漏れなければ問題は無いのだ。つまりは──生きて返すつもりはない。
階段を降りるとそこは上とは違う空間があった。
その一番奥、そこには嫌らしい笑みを湛えた男と数十人の破落戸。
普通の人間ならこの時点で膝が震え、まともには歩けないほどの恐怖を感じるだろう。
だが、ズーは違う。確りと男を見据え、剣呑な雰囲気を醸し出している。未だに喉元に煌めく刃があると言うのに。
「中々肝が座った獣人じゃねぇか」
男が感心したようにズーを誉める。しかし、ズーを嘲るような口調だ。
「俺はグルーズ。後ろがヴィスチェだ」
後ろのヴィスチェがよろしくとばかりにズーの顔を覗き込む。
「その鎧といい……。お前さんは王女小飼の獣人だな?」
「そうだ」
グルーズは人知れず溜め息を吐く。厄介だ。
王女は大層この獣人に入れ込んでいると聞く。ということは、いなくなったら必死に探すだろう。この獣人の目立つ風貌だ。近くまでは目撃者が必ずいる。
拠点を変えなければな。と思い、その元凶を連れてきたヴィスチェを一睨みする。
その肝心のヴィスチェは一切グルーズを見ておらず、興奮した様子でズーを見ていた。
(この気狂いが……!)
一つ心の中で悪態をつくと、気を取り直したようにズーを見る。
全く動揺していない。噂通りの実力の持ち主と言うわけだ。
「そろそろいいでしょ?」
トンとズーの背中を押し、喉元の刃が後ろへと遠ざかる。
「あなたぁ。強いんでしょ?その雰囲気が出ているわぁ。その自信に満ちた顔が歪むのが見たいのよぉ!」
両手に小刀を構えて器用に体をくねらせるヴィスチェ。ズーはそれを無言で見つめて腰から剣を引き抜く。
シャランと軽快な音を立てて抜かれた剣は、魔道具では無いが十分な切れ味を持っている一品。
これで幾多もの犯罪者を切ってきた。
それを堂々と正眼に構えて相手の出方を伺う。
少しばかりの静寂の後、ヴィスチェが先に仕掛ける。
一足飛びにてズーの懐に潜り込もうと右の小刀を振るってくる。
早い。が、反応出来ない程ではない。初撃を剣の切っ先で軌道を変え、遅れて振るわれる左の小刀を打ち払う。
ギィィンと耳障りな音が周囲に響く。それを無視して剣を振るうズーだが、ヴィスチェはとっくに剣の届かない間合いまで離れている。ズーは攻守の切り替えの桁が外れていることに気付かされる。
速度は相手が上か。ズーは表情には出さずに心の中で舌打ちをする。
しかし、これは想定の範囲内。ズーの装備を見れば分かるが、ズーは速度で翻弄するタイプではない。相手が速度を上回ることなど今までもあった。
「さすがねぇ。普通の冒険者程度ならあの二撃を防ぐことも難しいのにぃ」
ズーは軽口を叩くヴィスチェに厭わずに、正眼に構えを直して睨み付ける。
速度に惑わされないために瞬きも惜しむほどにヴィスチェを見つめる。
「その目!いいわぁ!そんなに見つめられたらお姉さんいっちゃいそうぉ!」
剣戟の音が響く。
二つ、いや、三つの金属音が奏でる音は途切れることなく続く。
相手は攻撃範囲の狭い小刀。懐に入られるとズーが不利。
手数の勝るヴィスチェの連撃をズーは力で抑え込む。ヴィスチェの力では、その一撃を受け止めるのが精一杯で、弾くことなど出来はしない。
下から掬い上げる小刀を剣で弾き、僅かにぐらつくヴィスチェの首目掛けて剣を走らせる。
ヴィスチェはそれを二本の小刀を重ねて受け止めて、そのまま小刀を滑らせズーの持ち手を狙う。
直ぐ様剣を引戻し、ヴィスチェの小刀はズーの持ち手があった場所を通過する。
どれだけ実力が拮抗したらこうなるのか。お互いの体にはまだどちらも触れてはいない。
グルーズは瞠目してそれを見ていた。ヴィスチェの本気をまざまざと見せつけられたからだ。それに付いていっているあの獣人も獣人だ。
これが人智を越えた存在同士の戦いか。
周りの男達も、初めはからかい半分の声を出して戦闘を解説していたが、もはや付いていけずに口を閉ざしている。
ヴィスチェの横薙ぎをしゃがんで避け、ズーは足下に剣を突き出すが、ヴィスチェはそれを後ろに飛んで避け、間合いをとる。
「はっ!」
ズーが踏み込み──『剛腕!』
特殊技能を使い剣を振るう。今までとは違う速度と力で迫り来る剣。それを避けきれずに小刀を二本重ねて受け止めるヴィスチェ。
先ほどより大きな音で鳴り響く不協和音。
鍛え抜かれた獣人の力をそのまま受け止められず、流すように小刀で滑らせる。
しかし、
「くっ?!」
圧力に耐えきれずに小刀がその手から零れ落ち、思わず苦悶の表情を浮かべるヴィスチェ。
──好機。
再び間合いをとろうとするヴィスチェ。それを追うズー。
ヴィスチェの顔が──歓喜に染まる。
──シュン。
ズーの顔目掛けて飛んでくる何か。銀の軌跡を描くそれは寸分たがわずズーの顔を目指す。
驚愕が顔に現れるより早くズーは首を捻る。だが、避けきれずに顔の端から一筋の血が流れ落ちる。
「特殊技能も使えるなんてぇ。ほんとに強いのねぇ。でもぉ」
グラリと蹌踉け、膝をつくズー。
ヴィスチェがいつの間に取り出したのか、苦無を両手に持ちながらズーに語り掛ける。その苦無の先端は、魔道具の輝きとは違う、鈍い輝きを見せていた。
「毒か……!」
「そうよぉ。でもぉ。『神速投』を避けられるとは思わなかったわぁ」
のんびりと散歩するように小刀を拾うヴィスチェ。
「さぁ。ここからがお楽しみよぉ」
「なめるなぁぁああ!」
剣を杖のようにして立ち上がる。が、とても剣を振れるような状態ではない。再び蹌踉けるズー。
「ぐっ?!」
「ほんとに頑丈ねぇ。常人なら即死する毒よぉ」
だからあんまり使いたく無いのよねぇ。とぶつぶつ言っているヴィスチェ。
「即死じゃなくてよかったわぁ」
煌めく二本の小刀が、鎧の関節部分から肉を抉る。
「ぐわぁぁああ!」
「いいわぁ!その声よぉ!さぁ!もっと!絶望の顔を!見せて!ちょうだい!」
グサ、グサ、グサ、グサ、グサ、グサ、グサ。
あらゆるところに突き立てられる小刀。
その度にズーの絶叫が部屋にこだまする。
「姫様……。申し訳、ありません……」
「あらぁ!なんて!忠義な!獣人!なのかしら!」
グサ、グサ、グサ、グサ、グサ。
ズーは死ぬことを恐れてはいなかった。何より恐いのは姫様に捨てられることだから。
だからだろうか、ズーの顔は──絶望してはいなかった。
「なぁにぃ。その顔はぁ」
もうズーは痛みを感じてなく、後は死を向かい入れるのみだ。
「まぁ。大分楽しめたからいいわぁ」
ヴィスチェが小刀を振り上げ──
──ドォガァァアアン!!!
上の階から突然轟音が響く。
お読みいただきありがとうございます。




