二つの獣人の村
よろしくお願いします。
アスナリアが王都に旅立った。村をこんなに何日も空けるのは初めてのことだ。ユンダの街で冒険者をしている時でもアスナリアは毎日帰って来ていた。
今回の旅でもやろうと思えば毎日帰ってこれる。だが、人間にバレないようにしたいらしいので、頻度は格段に落ちるだろう。
何と言ってもこの国の王女様からの誘いなのだから、今までとは人間の目の数が違うだろう。
セリナはふぅ。と溜め息を吐き、アスナリアの家から毎日の掃除を終えて外に出る。
アスナリアは綺麗好きだ。忙しかったらその限りではないが、こまめに掃除をしている。
少しぐらい隙があった方がセリナも家に行けるのに、アスナリアは一人暮らしのスキルを存分に発揮していた。
だが、今は家に居ないのだから掃除のしようが無い。セリナはアスナリアがいつ帰ってきてもいいように、毎日掃除をしているのだ。
このことにアスナリアは気付くのかな?とセリナは一人小さな含み笑いを漏らした。
セリナの家はアスナリアの家から中央の広場を越えた先にあったのだが、皆に言われてアスナリアの家の近くに変わった。
何故かその時、皆が生暖かい目をしていたが。いや、実は少しは理解している。皆はセリナにアスナリアを落としてほしいのだと。
アスナリアはこの村を見捨てるつもりは無いだろう。それは見ていれば分かる。だが、そのつもりがずっと変わらないと誰が言える?そう。言えないのだ。
アスナリアなら、他の獣人が居なくても一人で十分やっていける。
でも、だからと言って無理矢理迫る真似はしたくはない。アスナリアがセリナを憎からず思っているのは皆分かっているので、そんなに五月蝿くは言われないが、そういう期待をされているのは分かる。
(思われている……よね?アスナリア?)
騎士に連れ去られると思った時はもう全てを諦めていた。だが、そこにアスナリアが立ち塞がってくれた。セリナはあの広い背中を一生忘れることはないだろう。
(でも……。アスナリアってどこか抜けてるんだよねぇ)
だからだろうか、アスナリアが年上にも関わらず、セリナはいつもお姉さんぶってしまう。
アスナリアもそれに素直に従うのだ。まぁ、元々獣人に対しては穏やかな性格をしているのだが。
「せい!せい!やぁ!」
考え事をしていたら広場まで来てしまったようだ。今日も若い獣人が戦闘の訓練をしている。
その回りには子供が走り回っていて、甲高い声を上げている。
ちょっと前までは、子供がこんな時間に村に居ることはあり得なかったのに。
「あっ!セリナお姉ちゃんだ!」
マチュピアがトテトテと小走りにやって来る。この子もそうだ。アスナリアが一日来るのが遅かったら、人間に攫われて何処とも分からない所へ連れていかれていただろう。
セリナはあの時のアスナリアの姿をふと思い出して一人吹き出した。魔法を使えない振りを一生懸命していたアスナリア。
(あれは挙動不審だったなぁ)
そもそもあんな不思議な魔道具を、何も無い空間から取り出すなんて普通では無い。ある程度人間の生活が分かった今なら分かる。あの肉を出す壷がどれだけの価値があるか。
それを事も無げに使う。さらには、ポーションや魔封じの珠等の魔道具。あれらもセリナには想像もつかない価値があるのだろう。
アスナリアが買ってきた魔道具の値段を聞いて驚いたものだ。剣一本で、何人かが一年で必要な食料の値段とほぼ一緒だった。
ボスっと足にマチュピアが抱きついてくる。可愛いなぁ。と頭を撫でるセリナ。
ただ、この子も小さいからと言って油断は出来ない。いつもアスナリアに抱きつきに行くのだ。
アスナリアがロリコンじゃないからよかったものの(違うよね?)、後五、六年もしたら立派なライバルとなるだろう。
「セリナ~。暇だったら手伝ってほしいにゃ~」
目下一番のライバルが現れた。ファスミラだ。
アスナリアは何かとファスミラに村の事を相談している。
これはアスナリアからしたら仕方の無いことで、文字の読み書きや計算の出来るファスミラとアズスを中心に話を進めるのは当然のことだ。
今回も旅に出る前に「ちゃんと獣人が何人居て、何歳で、何処に住んでいて、誰がどの畑を耕しているか纏めといてね」とファスミラに言ってから旅立った。
セリナには何でそんなことをするのかさっぱり分からなかったが、ファスミラとアズスはそれを聞いて妙に納得していた。
(私には何も用事頼まなかったのに……)
やはりアスナリアは頭の良い獣人の方が好みなのか?偶に難しいことを言い出すし。と思いファスミラを見る。余程疲れているのか、耳も尻尾も項垂れている。
「そんなに大変なの?」
「もう頭がパンクしそうにゃ」
セリナに項垂れるファスミラ。膝の上のマチュピアと同様に、よしよしと頭を撫でてあげる。
誰がアスナリアを一番に落とすか。勝手に一人で勝負を仕掛けるセリナであった。
王都レイブラントより半日程南に馬を走らせた所にその獣人の村はある。
ほぼ自給自足で生活をしていて、特に珍しい物など無い村だ。
その村の周辺には草原しかなく、隠れれる場所も家屋の中と限定されていて、襲う側としては好条件だ。
人口は五十人程度。約半分が若い獣人だ。
その村を見下ろせる場所にて数台の馬車があり、二十人程度の武器をぶら下げた男達がその周辺に屯していた。
男達が身に着けているのは、粗末な物ならただの革の鎧で、高価な物ならミスリルの鎧まで様々だ。
足元はしっかりとブーツで覆われていて、極力肌が出ないように配慮されている。
同程度の人数で若い獣人を相手をするのか?いや、グルーズはそんなに獣人を甘くは見ていない。
裏の仕事として腐るほど獣人の相手をしてきたグルーズだ。ちゃんと相手の戦力を把握して人選をしている。
それが十人のローブを着た男達。冒険者崩れの魔道士で、金さえ出せば汚いことにも手を染める者達だ。
そして、その一団に馬に乗った男が近付いてくる。
「おい!騎士団は今どの辺りだ!」
「へい!先程見回りを終えて王都に戻ったところです!」
「予定通りだな」
今回の襲撃の指揮を取っている男がニヤリと笑う。
ある貴族からの情報で、騎士団の巡回ルートは裏組織にはほぼ筒抜けだった。
普通はこんな村が潰れるようなことはしない。獣人が全滅したら、それだけで稼げる金が減るからだ。
しかし、最近ロゼル率いる騎士団の巡回が増えたことを受けて、少人数を攫うのではなく、村を襲い一度で済ませることになった。
まだ他にも獣人の村はある。グルーズは今回一気に攫い、獣人の誘拐に関しては暫く大人しくする予定だった。
「行くぞ!」
『おう!』
略奪者達が緩やかな斜面を降りていく。最初に異変に気付いたのは畑を耕していた年老いた獣人だった。
雄叫びを挙げながら迫ってくる人間を見て、慌てて村の中へと入っていく。
略奪者達は十のグループに分れてそれぞれ村の獣人に襲い掛かった。
勿論若い獣人も無抵抗ではやられない。力の限りこの理不尽に抗う。
だだ──無駄な抵抗だ。
「『火炎球』!」
「ぐっ?!」
避け損なった炎が獣人の肩を焼く。怯んだその隙に、違う略奪者が足を斧にて切り裂く。
「はい!いっちょ上がり!」
動けなくなった獣人を紐にて縛り、馬車へと運ぶ。
「お父ちゃん!」
粗末な家の影から十才ぐらいの男の獣人が飛び出してきた。慌てて母親らしき獣人も飛び出してくる。
「お父ちゃんを離せ!」
略奪者の足を引っ張り喚く子供の獣人。
慌てて母親らしき獣人が子供を引ったくる。
「あぁ!この子だけは!この子だけはお助けください!」
子供を背の後ろに回し、略奪者に懇願する母親。顔はくしゃくしゃになり涙が流れて、耳も尻尾もペタンとしている。そして、恭順を示すように跪く。
「そうだなぁ……。俺の足を舐めたら考えてやってもいいぜぇ」
略奪者がそう言いながら革のブーツをプラプラと遊ばせる。
屈辱に震える母親。だが、息子が助かるなら。そんな遊びで息子が助かるなら喜んで泥水を啜ろう。
そう覚悟を決めた母親は震える体に激を飛ばし、略奪者の足へと顔を近づける。
だが──ドカッ!
「ギャン?!」
「嘘に決まってんだろ?!きたねぇだろうが!」
「お母ちゃん!」
顔を蹴り上げられ後ろに仰け反る母親。そこに子供が駆け寄り心配そうに声を掛ける。
母親は痛む顔を押さえ掠れる声で問い掛ける。
「な、何故?何故こんなことをするのですか?!」
その言葉に略奪者達はニヤニヤと顔を歪める。
何を分かりきったことを聞くのだこいつは。という態度だ。
「金になるからだよ」
グッタリと項垂れる獣人。
何故こんな理不尽が罷り通る?何故獣人だけがこんなにも不幸にならなければいけない?
何故?何故?何故?
母親の心は人間への憎しみに満たされ、目付き鋭く略奪者を睨みつける。
「何生意気に睨んでるんだよ!」
再び蹴り上げられる母親。
憎しみはいつしか諦めへと変わり、反抗の意思すらも奪い去る。既に母親の顔は絶望に彩られていた。
「おい!あんまり怪我させるなよ!治療もタダじゃないんだぜ!」
「あぁ、分かってるよ!」
倒れている母親の側には子供の獣人。逃げることなど頭には無く、只管に「お母ちゃん!」と叫び続けていた。
ヴィスチェは馬車の側にてその略奪を見ていた。
心の中で一言呟く。つまらない。と。
獣人の奴隷狩りは基本的には殺しては駄目だ。
今から商品として扱うのに、死んでいては何にもならない。死者が甦るのは神話の中だけだ。
これではヴィスチェは滾らない。
苦悶の表情を見ることは出来るが、やはり一番くるのは死の間際の表情だろう。
両手に持った小刀をクルリクルリと遊ばせながら、つまらなさそうに事が終わるのを待っていた。
今回ヴィスチェは騎士団からの護衛が仕事だ。グルーズに「ヴィスチェが出たら殺してしまうから手を出すなよ」と言明されている。
まぁ、その通りなのは分かってはいるが、だからと言って暇が潰れるわけではない。
「ヴィスチェさん!終わりましたぜ!」
「じゃ、さっさと帰りましょ」
中途半端に悲鳴などを聞いてウズウズしていたヴィスチェは、それを発散させる為に一刻も早く裏路地に戻りたかった。
発散される方はたまったものではないが。
三台の馬車に二十人以上の男達が草原を進む。
当たり前だかとても目立つ。故にここから先は三手に分れて別々の道を辿り、王都の裏路地へと向かう。
「お前らは一番遠い門だからな」
「へ、へい」
一番下っ端が一番苦労をする。何処の世界でも変わらない光景だ。
「ヴィスチェさんは俺達と一緒にお願いします」
「分かったわ」
最大戦力であるヴィスチェも、王都まで最短である指揮官のルートで帰る。
道中は、当然魔物が出る可能性があり、指揮官である男がヴィスチェを手放す筈もなかった。ヴィスチェからしても、早く戻って火照りを冷ましたいので反対する理由もない。そもそも、グルーズの部下ごときヴィスチェからしたらどうでもいい存在だ。
漸く王都が見えてくる。うまい具合に魔物も出ずに平穏無事に戻ってこれた。
ヴィスチェとしても、表情の分からない魔物の相手はごめん被りたいと思っていたのでありがたかった。
金を握らせている門番がお座なりに荷物のチェックをする。指揮官と目線を交わし、お互いに嫌らしい笑みを向ける。
「問題無し!」
「ご苦労様です」
あっさりとチェックを終え門を潜る。
指揮官は手慣れたように馬車を裏路地へと進める。
ゴトゴトと進む馬車の横に居たヴィスチェ。その色っぽい唇が徐に開かれる。
「つけられてるわねぇ」
「えっ?!」
目に見えて狼狽える指揮官。それもそのはずで、つけてくるということは塒を突き止めたいのだろう。だが、そんなことを許せばグルーズからどんな制裁があるか分からない。
だからと言って足の遅い馬車ではまくことも難しいだろう。
どうしようか思案している指揮官に対して、ヴィスチェは妖しい笑みを湛えながら、変わらぬ歩調で歩いていた。
お読みいただきありがとうございます。




