深夜の会談
よろしくお願いします。
王都レイブラント、その人口が一千万を越える王国最大の都市。しかし、光あるところには必ず影がある。
王城から離れれば離れるほど治安は悪くなり、後ろ暗い者達が集まる場所もできてくる。
時刻は既に丑三つ時。普通の庶民なら夢の中へと旅立っている頃合いだ。
そんな時間に薄汚れた裏路地を歩く女がいた。こんな時間にこんな所を、女が歩くなど襲ってくれと言っているようなものなのだが、周りの破落戸は皆一様に目線を逸らす。
ランプの魔道具に照らされた女の横顔はとても整っていて、燃えるような赤い髪を靡かせている。
大人びた顔を見る限り年は二十代後半だろうか。
服装は揺ったりとしたロングのワンピース。そのワンピースには大きなスリットが入っていて、歩く度にチラチラと美しい脚が姿を見せる。脚の他にも肩を肌蹴させて、色気を周囲に振り撒いている。
ただその顔に張り付いている表情は狂気の一言。整っているからこその凄味がそこにはある。
その女が歩く先に、正に寂れたという言葉が似合う居酒屋が見えてきた。
朽ち果てた看板にささくれた木の扉。普通に見たら目を背けたくなる雰囲気なのだが、この薄汚れた路地にはよく似合っていた。
扉の横にはがたいのいい男が目付き鋭く立っている。
「こんばんは。グルーズは居るかしら?」
女の涼やかな声が薄汚れた裏路地に優しく響く。
何も知らない男が聞いたら声だけで惚れてしまうほどの綺麗な声だ。
男は無言で扉に付いている覗き窓を数度ノックする。
ギギィと軋む音が聞こえ、覗き窓が開かれる。そこから目だけを出した人物と、ヒソヒソと男が会話をする。
そして開かれる扉。当然こんなやり取りをして入る所が普通の居酒屋であるはずがない。
それは開かれる扉からも推測される。扉には鉄板が仕込まれていて、蝶番もしっかりと打ち込まれている。易々とは破れない仕様だ。
「お邪魔します」
女はあくまで明るい声で中に入っていく。
中には何も無かった。腐りかけた床に剥げ落ちた壁。おそよ家具と呼ばれる物は見当たらない。
しかし女は戸惑うこともなく床のある場所にて手を翳す。
ボゥと床が緑色に光り、床が静かに開かれる。
そこに現れたのは地下へと続く階段。人一人は優に通れる大きさだ。階段の先からの明かりが漏れ、女の周辺を妖しく照らす。
コツコツと女はブーツを鳴らし地下へと降りていく。その足取りに迷いは無い。
降りた先には広々とした空間があった。上とは違い、ふんだんな量の魔道具のランプで照されている。
適当にバラけて置かれたソファーは希少な動物の皮が使われており、貴族だとしても容易には入手出来ない物だ。しかし、そのわりには置かれている机は粗末なもので、高級なソファーには合っていなかった。
「おう。ヴィスチェか。ちょっと待ってろ」
一番奥のソファーに座っていた男が手を挙げ、声を掛けてくる。
男の名前はグルーズ。この裏組織を纏めてる男だ。
そのグルーズの前には項垂れた男が居た。下を向き、正座をするように座っている。
「お父さんよ~。貸した金の利子ぐらいは払おうぜ~」
「……すみません。明日には必ず」
「そう言って何日経ったのかなぁ。確かいい年の娘さんがいたよなぁ?」
「む、娘には手を出さないで下さい!」
グルーズは徐に立ち上り、むんずと男の頭を掴む。
「だったらさぁ……」
そしてそのまま机に頭を叩きつける。バキィと机が割れ、男が頭を押さえ転げ回る。
「ぐっ?!がはぁぁ!」
「金さっさと払えや!」
部下に「外に放り出しとけ」と言い、もう男を見もしない。
「新しい机と酒持って来い!」
「はい!」
そしてグルーズはソファーに大股を広げて座り、ヴィスチェに前に座るように促した。
対面のソファーに腰を下ろしたヴィスチェ。足を組み、スリットから反射した光がチラリと見える。
「あの男は借金?」
「あぁ、貴族崩れが元の生活を忘れられないらしいな。バカだよな」
くくくっと笑いながら新たに来た酒を飲む。
「飲むか?」
「私が飲まないの知ってるでしょ?」
そうだったなと呟き酒を一気に呷る。
「上手くやったか?」
「ええ、手練れを雇っていたようだったけど大したこと無かったわ」
「いい仕事をしてくれる」
ヴィスチェの仕事はこの裏組織の用心棒。焦臭い組織には焦臭いことが舞い込んでくる。その露払いをしているのだ。
「報酬だ」
ドンと金貨の入った袋が机を揺らす。
「ありがと」
中身を確認することなく懐に金貨を仕舞うヴィスチェ。
ヴィスチェはあまりお金には拘らない。確かに金はあるに限るが、それよりも人を殺すことに快感を覚えている。それに、グルーズはバカではない。こんな端金でヴィスチェの信用を失う愚を犯す筈がない。
裏組織にもそういう信用はあるのだ。
「次の仕事は?」
「あぁ、獣人を攫いに行くのに付き合ってくれよ」
ヴィスチェの顔が明らかに嫌そうに歪む。
「そんな顔するなよ。ロゼルが帰って来てからいやに獣人の村の巡回を増やしているんだよ。退屈かもしれないが念の為にな」
「ロゼルってあの騎士団隊長の?獣人擁護派だったかしら?」
「知らないのか?有名だぜ」
「あまり興味が無いわ。私は傷みに転げ回る物にしか興味が無いの。今日の男はよかったわぁ。苦悶の表情!懇願の表情!最後の諦めの表情!死ぬ間際の表情!」
ヴィスチェの口角が上がり、愉悦を覚えているようだった。今日の事を思い出しているのだろう。
目が虚ろになり、手をモゾモゾと下腹部に伸ばす。
「おいおい、ここで暴れないでくれよ」
苦笑混じりにグルーズが忠告する。
「分かっているわぁ。こんないい場所は他に無いものぉ」
当然だが王国の法にこの組織は違反している。
全てが明るみになれば組織員全員が処刑にされるだろう。──明るみになればだが。
裏組織というのは人間の闇の部分を凝縮したような物だ。人間誰しも欲望と言うものがある。そこに身分の貴賎は無い。
なので、当然貴族ともこの裏組織は繋がっている。
そこから手を回し、不味いことは事前に潰されるようになっている。
こうなると、全うな手段ではこの組織を潰すことは叶わない。
「まぁいいわ。手伝ってあげる」
「助かるぜ。そろそろ獣人の奴隷が少なくなってきたからな」
獣人の奴隷は使い道が沢山ある。まずは愛玩用。基本的に獣人とまぐわうのは忌避されるが、特殊な人間は何処にでもいる。中には十才前後の獣人じゃないと駄目な貴族もいるのだ。男女問わず。
そして労働力。獣人は人間に比べたら非常に頑丈にできている。これは身体能力に依存するので当然であろう。
後、身体能力が優れているということは、つまりは死ににくい。人間より拷問に耐えられる時間が長いのだ。そのような趣味を持った人間もいる。そういう用途もあるのだ。
このように若い獣人にはいくらでも使い道がある。
「下の部屋に腐るほど居るんじゃないの?」
グルーズがニヤリと笑い酒を飲む。
「あれは全て予約済みだよ」
「はぁ。物好きが多いのね」
「貴族だろうと所詮は人間ということさ」
その貴族達もヴィスチェには言われたくは無いだろう。人を殺すことに快感を覚える狂人のヴィスチェに。
「ロゼルが出ているって、危なくは無いのかしら?」
「大丈夫さ。気が入っているのはロゼルと姫様お付きの獣人の二人だけって話だ。他の騎士はロゼルがしているから付き合っているに過ぎない」
結局はロゼルに捕まったとしても、貴族を押さえなければ元の木阿弥。何だかんだ理由をでっち上げて直ぐに釈放される。
他の騎士もロゼル自体には尊敬の念はあるが、そこまで獣人の保護に入れ込んでいるのは少ない。そもそもロゼルと違い、実力の無い騎士は貴族との繋がりも重要で、それに逆らってまで任務を全うする騎士はごく小数と言っていいだろう。
「ロゼル隊長が可哀相に思えるわね」
「まぁ、王女と数人の貴族が擁護派だからそこまで孤立しているわけではないがな。最近ルワンダ辺境伯も擁護派になったらしいしな」
「ふ~ん」
まさに興味が無いとばかりに気の無い返事を返す。
「仕事の日程はまた連絡する。いつもの宿でいいんだよな?」
「ええ。よろしくね」
お互いに嫌らしい笑みを浮かべながら深夜の会談は終了した。
レミルトン城、その中心部のミュレルの部屋。ここ最近は常にロゼルが話し合いに来ていた。
ミュレルの後ろには当然ズーが何時ものように直立不動で立っている。
「獣人の人攫いはどうなっています?」
「巡回を増やしたことにより大分少なくなってきてますな。ただ、冒険者は別として、捕まえても釈放されている者もいるようで」
「あぁ、ローグシェラー伯が後ろ楯のあの組織ですね?」
ロゼルは単純に驚いた。だが、逆に何故そこまで分かっていながら何も手を打たないのか不思議にも思う。それが表情に出たのだろうか。ミュレルは笑いながらロゼルに諭す。
「証拠が無いのですわ。恐らく本拠地にあるのでしょうが、その場所が杳として知れないのですわ」
王女として私兵を持ってはいるが、場所が分からなければ意味が無い。そもそも貴族に邪魔をされて満足に調査も出来ないのだ。
「だから彼奴等の腰が重かったのか……。理由が分かりました」
ローグシェラー伯。王国の大貴族で、獣人に対して苛烈な対応をする筆頭貴族だ。
当然他の貴族にも多大な影響力を持っていて、ミュレルの獣人保護を尽く邪魔をする。
「ですが、あまりモタモタしていては駄目ですわね」
「そうですな。アスナリア殿がこの現状に気づく前に何とかその組織を壊滅しなければ」
こちらの事情にある程度理解を示しているアスナリアだが、いつ見限られるか分からない。不安要素は無いに限る。
やれることはしとくべきだ。これが、ミュレルとロゼル共通の意見だった。幸いと言うか何と言うか、王国では人攫いは重罪だ。これは獣人にも適用される。
だがこれは、王国の建設時に作られた法を元にしている。
法の中身は──『何人足りとも強制的に身柄を攫うことを禁ずる』──
これを根拠に、擁護派は獣人も保護されるべきだと叫び、反対派は獣人はそこには含まれないと叫んでいる。
今のところ国王の言により、擁護派が認められているが、国王の采配次第ではどうなるか分からない。
そもそもこの采配も、ミュレルが擁護派だから国王が気を使っているに過ぎない。
国王だとしても大貴族に全く気を使わなくていいとは言えない。いつこれが引っくり返ってもおかしくはないのだ。
そして、当然ながら反対派は表だって無視はしない。裏から手を回し、あの手この手を使い無罪に持っていく。
だがそれは、表だって証拠があれば罪に問える事を示してもいる。
「その肝心のアスナリア殿はどうしているのですか?」
「これだけ大きな街が珍しいのでしょうな。のんびりと観光していますよ」
「獣人が一人で……。何も起こらないことを祈るのみですわね」
「私も心配で、一人では止めた方がと言ったのですが、大丈夫の一点張りで……」
「あの方も頑固ですわね」
確かに。と二人で笑い合う。ユンダの街から王都までの旅。これはアスナリアの性格を掴むのに十分な時間だった。
まず人間に興味を示さない。獣人が理不尽な暴行を受けていたら直ぐ様間に入るのだが、その獣人が奴隷だと分かり、法に乗っ取っていると暴行を止めさせるに留める。
回復魔法を使い獣人を労るが、力ずくで解放させたりはしない。
基本的にはロゼルが行っていることと同様の対応で済ましているのだ。
心の中までは分からないが、表だって暴れる心配は二人共してはいなかった。変な輩に絡まれない限り大丈夫だろうと。それが心配は心配なのだが、街の観光にまで人間に付きまとわれるのは嫌だったのだろう。
その気持ちも分かるので、無理に護衛を付けることはしなかった。
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