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犬耳たちに繁栄を!  作者: 涼
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王女の慰問

よろしくお願いします。

 三台の馬車が王都とユンダの街を繋ぐ街道をゴトゴトと進む。

 それを牽く馬は二頭立てで、馬車だけで六頭の馬を使っている。

 見事な装飾がなされた馬車。色は何れも白で統一されている。汚れが目立つであろう白という色にも関わらず、馬車には一点の汚れもない。

 車輪と馬車を繋ぐ場所には衝撃を和らげる魔道具が使われていて、多生の凸凹した道では揺れることもない。


 勿論そんな常識外れな馬車に乗っているのが普通の貴族や商人のはずがない。

 それは馬車に刻まれた紋章が示している。一羽の鷲が羽を広げ、飛び立とうとしている紋章。

 レイブラント王国の中でも使うことを許されるのは王族のみだ。

 王家の紋章。これを見たすれ違う馬車は即座に道を譲る。王族の馬車の進路を塞ぐなど、国家反逆罪と言われてもおかしくはないからだ。


 一台は、メイドなど身の回りの世話をする者の馬車。一台は完全に積み荷しか乗せていない。

 従って最後の一台。この馬車に王家に属する者が乗っていることになる。

 その馬車の回りには合計三十人の騎士が居る。皆近衛兵を任される程の精鋭だ。

 馬車の前後左右に一人ずつ。ミュレルの専門護衛であるズーは、馬車の右側を任されていた。

 残りの騎士は何重かの円になるように配置されている。

 空を飛んでやって来る魔物や、飛行(フライ)の魔法を使う暗殺者に対抗するために、弓を持った騎士は勿論のこと、魔道士も配備されている。

 騎士達は皆油断なく辺りを見渡し、いつでも戦えるように身構えていた。


 そして、その馬車の内装は豪華絢爛の一言。

 革張りのソファーや貴重な木を使った机。簡単な飲み物なら保存できる魔道具まで備え付けてある。

 床は柔らかな毛皮が敷かれている。土足で乗るのを戸惑う程高価な物だ。

 今その馬車には三人の人物が乗り寛いでいた。

 一人は王族であるミュレル王女殿下。普通の馬車ではあり得ない広さを存分に生かし、ゆったりとソファーに腰掛けている。

 一人はこの旅の警備責任者である騎士団隊長ロゼル。厳つい顔をしながら口を真一文字に結び腕を組んでいた。

 一人は王女に長年仕えてる侍女のユーミス。騎士からの報告書に目を通し情報を整理している。


「ユンダに近付くにつれて情報が確かな物になって来ましたわね」

「し、信じられませんが……」


 ユーミスの呟きは些か震えているようだった。


「何故そんな存在が居るのに騒ぎになっていないのでしょうか?」

「それは簡単ですわよ。単純に大人しくしているからですわ」


 ミュレルが毛先を指先でピンと跳ねさせ、整った金色の髪が揺れる。


「どれだけ強力な武器を相手が持っていても、それをちらつかせないならいつかその恐怖は無くなりますわ」


 アスナリアが反乱後にやっている事は、冒険者として依頼をこなしていること。ほぼそれのみといってもいい。

 これならば人間にとっては、有害であるどころか頼りになる実力者としてしか写らない。


「しかし、驚異があるのは確か」


 ロゼルが噤んでいた口を開く。

 これは単純に慣れの話であって、根本的にはアスナリアの気分次第でどうとでも引っくり返る。


「でも基本的に獣人に利することにしか力を使っていないですわ。私腹を肥やしたり無駄な殺戮をする人間と違ってね」


 冒険者を殺したのも、領軍を返り討ちにしたのも、奴隷を解放したのも、魔道具を買い漁っているのも、全てが獣人の為だと予想がつく。


「怖くは無いのですか?」

「あら?目的がハッキリと分かっている分、そこに注意を払えば怖いとは思いませんですわ」


 流石は王女。見事な胆力だ。

 ロズベルより余程王に向いているんじゃないかと思うロゼルだった。

 そして、御者の者からもう間もなくユンダの街に着くと報告が入る。


「さて、先ずはルワンダ辺境伯に話を聞くとしましょう」




 メイヤの胃はもうそろそろ限界を越えるところだった。

 最近は冒険者も漸く増え始め、組合に活気が戻ってきていた。

 それはいいのだ。問題は彼奴だ。

 他所の所から力自慢の冒険者がやって来る。当然アスナリアのことなど知りもしない連中だ。

 彼等は獣人がSランクなど思いもよらずにアスナリアに絡む。




「おいおい!何だこの冒険者組合は!獣くせーぞ!」


 ある日依頼の達成報告をしていたアスナリア。

 イシュルとのいつものやり取りを終え、組合から出ようとした時に四人組の冒険者と鉢合わせた。

 最近冒険者増えたよなとアスナリアが思っていると、その冒険者が眼前に来て恫喝し始める。


「何だおい。生意気に依頼達成したのかよ。どれ、人間様が有用に使ってやるから金を寄越しな」


 恐らく前の所ではこういうことを頻繁にしていたのだろう。目にしていないとはいえ、僅かに気が立ってくるアスナリア。

 目をスゥと細め、平坦な声で坦々と告げる。


「やれるもんならやってみろよ」


 ポカンと口を開けるが、直ぐにニヤニヤと嫌らしい顔に戻り行動に移す冒険者。

 因みにイシュルは顔を真っ青にして、既に机の下に隠れている。止めるなんてとんでもない。と言わんばかりだ。


「うらぁ!」


 さすがに公共の場で殺したら駄目だよな。そんな事を考えられるぐらいに余裕のあるアスナリア。

 当然のことだ。アスナリアのステータスを持ってすれば正に蝿が止まる拳だ。


 ──パシッ。


 軽い音を立てて冒険者の拳は受け止められる。

 そして、そのままアスナリアは──握り潰した。


 グシャ!


 腐ったリンゴを握り潰したような気持ちの悪い音が組合に響く。

 アスナリアの手からは血がボタボタと垂れ、床を汚す。

 これなら死なないだろう。妙に法律や決まりに弱いのは、やはり元日本人の影響だろうか。

 声にならない悲鳴を上げ、床を転げ回る冒険者。

 残りの三人は何が起きたのかまだ理解できずに、床の男とアスナリアを交互に見ている。

 さて、と呟きながら残りの冒険者を見据える。

 一人の腹を蹴り挙げる。胃の中の物を全て吐き出した後、崩れ落ちる。その冒険者の鎧はひしゃげており、中身を守る役割りを果たしたとは到底思えなかった。

 一人の顔を殴り付ける。壁までぶっ飛びピクピクと痙攣をしている。鼻は折れ曲がり、元の場所には白い何かが何本か落ちていた。

 残りの一人はもう何が何やら分からないのだろう。

 ペタンと座り込みブルブルと震え、床を濡らすだけだった。


「イシュルさん」

「は、はいぃぃぃ!」


 アスナリアに呼ばれて直ぐ様顔を出す。


「こういうのって、殺したら駄目なんですよね?」

「はい!出来ればですけど」

「皆こういう時ってどうしてるの?」

「そ、そうですね。二度と歯向かわないように痛めけるのが定番ですかね」

「分かった」


 ここで新たにイシュルは対応を間違った。


「『多重魔法・中治癒マルチマジック・ヒール』」


 回復魔法が冒険者達を包む。

 回復してあげるんだ。とイシュルは思った。当然だ。普通回復をするということは、相手に対して救いの手を差し伸べるという行為。

 しかし、アスナリアがイシュルから話を聞いた時に思ったのはペットの躾。つまり、繰り返して覚えさせるというもの。

 結果、その冒険者は獣人を見ただけでパニックになるほどのトラウマを植え付けられた。


「これでいいんですよね?」


 違う。そうじゃない。とは言えないイシュルであった。




 最近同じ胃の痛みを共感していた二人。

 メイヤはその時、なんでそんなあやふやなことを言うのよ。と本気でイシュルに詰め寄った。

 それでもメイヤにとっては、冒険者組合での騒動ならあまり関係が無い。

 困るのは街中でも同じことをするときだ。

 響く住民の悲鳴などお構いなしにアスナリアは『それ』を行い、その度に領主館に苦情が来て、メイヤが怒られる。

 最近では冒険者が絡む前に住民が立ちはだかるぐらいだ。

 それでも毎回上手く惨劇が回避される筈もなく、冒険者が絡んだ時点で住民は諦める。


 ただ住民がそこまでアスナリアに嫌悪を抱いているのではないのが救いだ。元々何もしなければアスナリアは何もしない。

 結局原因は絡んだ冒険者なのだから。

 対策は勿論行っている。門番に冒険者らしき人が来たら「この街で獣人を蔑んだり軽く扱っては駄目だぞ」と必ず注意を促している。まぁ、あまり効果は無いのだが。

 当然アスナリアにもやんわりと「あの~、冒険者に対して出来ればもう少し優しく……」と言ったのだが、最後が潰して終わるのではなく、回復して終わりに変わっただけだった。


(確かに優しくなったけど!そうじゃないでしょ!)


 自分もイシュル同様にあやふやに言ったことを棚に上げて憤慨する。

 そして、痛む胃がさらに痛くなる出来事がやって来る。

 ミュレル王女殿下がユンダの街にやって来るのだ。

 目的はルワンダ辺境伯への慰問。当然そうじゃないことはメイヤには分かっている。

 獣人擁護派の王女のことだ。アスナリアを見に来たのだろう。


 白い三台の馬車が領主館の目前にて止まる。

 一台の馬車からメイド達が降りてきて、騎士と共に降車台などの準備を慌ただしくして、整列をする。

 そして、扉が開かれる。

 先ずは侍女である年のいった女性だ。凛とした佇まいが正に仕事ができると主張している。

 次に降りてきたのが騎士団隊長のロゼル。相変わらずの厳つい顔を張り付け軽快に馬車から降りる。

 その二人もメイドの整列に加わり、最後に降りる人物に向けて最敬礼をする。

 降りてきたのは金髪の美少女。レイブラント王国王女のミュレル=エル=レメン=レイブラント。

 優雅に降車台を降りる姿は正に殿上人。一般の人々では見ることですら叶わぬ人物。

 そのふっくらとした唇から言葉が紡がれる。


「お出迎えご苦労様です」

「王女殿下。このような僻地に私の為に来ていただき感謝の念に耐えません」


 優しく頬笑む姿はロードルスの心に深く突き刺さる。

 ロードルスは本気で自分を慰問しに来たと思っているのだろう。心の底から感動しているようだった。


「部屋を用意しておりますので、先ずはそこで旅の疲れを癒して下さいませ」

「お気遣い感謝致します」


 しずしずと歩き出す。赤いドレスの裾が揺れ、香水だろうか、いい匂いが辺りを包む。

 下品にならない程度に着飾っている金や銀のアクセサリーが存在を主張するが、王女の美しさの前には霞んで見えた。




「さて、この度は反乱鎮圧お疲れ様でした。騎士の方々にも直接言いたいのですが……」

「そんな滅相も御座いません!その言葉だけで救われるでしょう」

「されど……」


 言葉を止めるミュレル。今までの安穏とした雰囲気は何処へやら、急に空気が重くなる。

 沈黙。それに耐え切れなかったのはロードルスであった。


「ど、どうされたのですか?」

「分かりませんか?ロゼル隊長と一緒に来たのですよ?」


 ゴクリと息を呑む音が響く。その音を出したのはロードルスだろうか、メイヤだろうか、それともメイド達の誰かだろうか。


「獣人の村への仕打ち。あれは酷すぎます。確かに税収の裁量はそこの領主に任されていますが、反乱を起こさせる一因になったことを自覚してくださいましね」

「しかしですね!あれに「それに」


 ロードルスの言葉を遮り、冷たい視線が注がれる。


「獣人であろうとも王国の国民。それを蔑ろにするのは正しい領主のすることではありません。よいですわね?」

「か、畏まりました」


 ロードルスからは不満がありありと見てとれる。

 所詮は獣人。そう顔に書いてあった。


「ふぅ。もういいですわ。それを咎めるつもりはありませんですし」


 ミュレルの疲れた言葉にロードルスも一息吐く。


「王女殿下はこれからどうするのですか?」

「そうですわね。先ずは街の様子を確認します。その後は……」


 ニヤリとその美しい顔に似合わない表情を見せ、いたずらっ子が言うように告げた。


「獣人の村に行こうと考えています」


 ガタッと椅子を鳴らしてロゼルが立ち上がる。

 それ以外の人物も驚きに言葉が出ないようだった。

お読みいただきありがとうございます。

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