王都レイブラント
よろしくお願いします。
レイブラント王国、王都レイブラント。
人口は約一千万人。勿論これは戸籍などの概念が無いので大まかな人口だ。
貧民街なども入れると、さらに人口は増えるだろう。
国王が居る最重要都市でもある王都。そこは昔からある古きよき時代を反映した都市だ。
王国最古の都市であるが故に、新しい物をあまり取り入れていない無骨な家々。そこには新鮮さなど欠片も無い。まだ比較的新しい街のユンダの方が都会的だ。
これを趣があってよいと取るか、古臭いと取るかは人それぞれだろう。
しかし、物流の要の都市として、殆どの道は石畳を敷き、道幅は広い。大通りなどは、大商店や大貴族の馬車がすれ違える程の広さはある。
その大通りを胸を張り堂々と歩く人物が居た。
彼の名前はロゼル。腕一本で騎士団の隊長まで登り詰めた男だ。
不精髭を生やしたその顔は、ともすれば裏の人間と勘違いされる凄みがあった。
彼の顔を知っている人間は初めから道を譲り、知っていなくともその顔を見て道を譲る。
結果、ロゼルの前の道は、モーゼの如く人の波が割れることになる。
ただ、今日は少し違う。いつものように人の波が割れた先にちょっとした人集りが出来ていた。
そこからは囃し立てるような声や、何かを殴り付けている独特な音が聞こえる。
喧嘩か?と思いながらその人集りにロゼルは近付き野次馬を退かす。王都の治安を守るのも騎士団の勤めなのだ。
初めはなんだてめえと凄む野次馬だが、ロゼルの顔を見た途端に尻込み、前を譲る。
中心に居たのは一人の獣人と五人の破落戸。
「くせーんだよ!」
「獣は獣らしく森にでも帰れや!」
罵詈雑言を浴びせ、一人の獣人を暴行している現場だった。
直ぐ様間に入るロゼル。
「止めろ。何があったかは知らんがやりすぎだ」
腹の底から出された凄みのある声。
破落戸はロゼルの顔を知っていたのだろう。仲間内でこそこそ話し、舌打ちをして何処かへ行ってしまう。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます」
汚い襤褸切れ一枚の女の獣人。何処かの奴隷だろうか。ロゼルは痛む胸を押え一本の粗末な瓶を手渡す。
「ポーションだ。飲むといい」
「そ、そんな……。このような高価な品……」
ロゼルからしたら、安いとは言わないがポーションぐらいは余裕で買える給金を貰っている。
しかし、獣人からしたら手が出ない代物だ。
「いいから飲め」
「は、はい」
ゴクゴクと決して旨くは無いポーションを飲ませる。
打撲程度の傷ならこれで十分治療可能だ。
腫れが引き、真面な顔になった獣人に顔を寄せ、小声で話し掛ける。
「すまない。この程度しか出来ず」
目を見開き驚愕する獣人。
恐らく王都に来てから初めて掛けられた優しい言葉だったのだろう。目にはうっすら涙が浮かぶ。
「あ、ありがとうございます」
そう言うのが精一杯の様子だ。
うむ、と頷き、その強面に似合わない笑みを浮かべて獣人を送り出す。
ただそれを見送るしか出来ないロゼルは、人知れず歯噛みしていた。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかず、当初の目的地である王城に向い歩き始める。
王都レイブラントの象徴でもあるレミルトン城。この名は初代国王の名から取っている。
今の国王レミルトン十三世までの間に、増築や改築を繰り返し今の王城の形になった。
城を囲むようにある四重の外壁、増築される度に増える物見の塔。そこには騎士団精鋭の部隊がそれぞれ近衛兵として詰めていて、有事の際には直ぐ様塔から兵が派遣され、事に当たる。
その王城の中心部、王族の住まいとして割り振られている場所にロゼルは向かっていた。
そして、ある部屋の前にて歩を止める。
そこは、普通なら入るのを躊躇う部屋だ。だが、ロゼルは意に介さずノックをする。
聞こえてくるのはとても綺麗な澄んだ声。まるで誰も踏みしめていない新雪の草原を思わせる声だ。
誰何のやり取りを終え、扉を開き中に入る。
豪華だが下品ではない部屋が目に入る。
部屋の真ん中には落ち着いた黒のテーブルがあり、二人の人物が座り、一人は直立不動で立っていた。
一人はまさに美少女。煌めく金髪に蒼い瞳。少しばかり地味なドレスがより一層彼女の美しさを際立てている。
そして、一つに纏めた金髪を肩から前に垂らし、その先を細い指にて弄っている。彼女が暇な時によくする癖だ。
彼女の名前はミュレル=エル=レメン=レイブラント。レイブラント王国の王女だ。
「これはロゼル隊長」
そしてもう一人の人物がロゼルに声を掛ける。
こちらも金髪を長く伸ばしていて、それをストレートに下ろしている。
顔はとても整っている。だが、その目には、他者を蔑み慣れたせいか侮蔑の色が見てとれる。
彼の名前はロズベル=ステラ=ノーラン=レイブラント。レイブラント王国の王子だ。
「これは王子殿下。ご機嫌麗しゅう」
「王女の部屋に騎士団団長だとしても一人で訪れるとは些か非常識ではないのかね?」
「よいのですお兄様。ロゼル隊長とは趣味が合いますので」
「汚ならしい獣人の話か……。ミュレルよ王族としての矜持を持ってだな」
「お兄様」
ミュレルに話の途中で遮られ、ふんと鼻を鳴らしそっぽを向く。
二人の視線にさすがに感じるものがあったのか、少し居心地が悪そうに机をトントンと指で叩き、忌々しげに三人目の人物へと目を向ける。
そこには白銀の鎧を着た獣人の偉丈夫が居た。
ロズベルの獣人への侮蔑を聞きながらも、目元は一切揺れずに一点を見つめている。
王女の部屋にも関わらず立派な剣を腰に履き、微動だにしない。
彼の名前はズーと言う。貧民街にて死にかけていたところを王女に助けてもらった獣人だ。
初めはただ暴れるだけの強さだったのだが、ロゼルの元で研磨を積み、メキメキと頭角を現した。
今ではロゼル以下の騎士では相手にもならない程に剣の腕を上げている。
剣の才能があったのは事実だが、元々身体能力に優れた獣人だ。騎士達を瞬く間にゴボウ抜きにしてしまった。
それで面白く無いのが貴族の子供達の騎士だ。
今では王女の護衛を押し付けられ、滅多に表には出てこない。ただ、命の恩人である王女の専門護衛となったズーは、その方が嬉しかったのだろう。常に付き従い、満足そうに護衛をこなしている。
「まぁいい。ではな。妹よ」
「はい。お兄様」
出ていくロズベルを笑顔で見送った後、その顔がすうっと無表情に変わる。
そして、囁くような声で喋る。
「小さいお人。私が王になれるわけが無いのでしょうに」
そしてロゼルはしっかりとその声を聞き、反応する。
「また王位継承権の話ですか?」
「ええ。お前は女なのだから早く放棄しろと」
囁き声を聞き取られた事には頓着せずに、先程の会話を漏らす。
王族の会話とは思えない下劣なものだ。
ロズベルが未だに皇太子になれないのは自分の所為だとは分かっていないのだろう。
「そんな面白くない話より、例の獣人の話で新しいことはないのですか?」
ミュレルが無表情の顔を一変させる。目を輝かせ体ごとロゼルへと向き直る。
その王女らしからぬ振る舞いにロゼルは苦笑するが、いつものことなので気にせずにテーブルの椅子に座る。
「私より王女殿下の方が優れた情報網を持っているでしょうに」
「情報網でも網は網ですわよ。漏れている可能性は否定出来ないですわ」
暫く例の獣人の話を頷きながら聞くミュレル。
一段落着いたところでロゼルに問い掛けた。
「凄いわね。まさかズーを越える獣人が現れるなんてね」
ズーの尻尾がピクリと揺れる。
ロゼルがこの部屋に入ってから、ズーの初めての反応だった。
「私も初めは誤情報だと思いましたよ。貴族の連中では未だに信じぬ者もいますが」
「あの頭でっかちの連中は、人間より獣人が優れていることを認めたくないのですわよ。バカらしい」
「帝国では既に軍に組み込み始めています」
「中央集権に成功して貴族の力を弱めましたからね。このままではいずれ王国は負けますわ」
草原を挟んだ先にあるザラスーラ帝国。今までは国力も拮抗していて然程驚異では無かった。
しかし、中央集権が始まってからは貴族の腐敗や無駄を切り、急激に国力を上げている。
未だに王国の上層部は安穏としているが、ミュレルは帝国が王国に攻め込むのは時間の問題だと見ている。
「魔道具を使う獣人は普通の騎士では倒せないですわ。分かるでしょ?ロゼル隊長?」
「ええ」
「ズーで分かってることでしょうに。ねぇ?」
振り返り満面の笑顔をズーに向ける。
表情は動かないが、またもやピクリと揺れるズーの尻尾。
「例の獣人。アスナリアさんを王城に呼ぶことは出来ないのかしら?お話ししてみたいですわ」
「難しいでしょうな。場所が王国直轄では無いとはいえ、反乱を起こした中心人物ですからな」
勿論ユンダの街での獣人の反乱は、王都にまで情報は届いている。
ルワンダ辺境伯が必死に口止めをしていたが、あれほどの大きな事件だ。騎士の口から必ず漏れる。
「ロゼル隊長から聞いた村の状況からして、反乱を起こされるのは当然だと思うのですけれど……」
「私もそう思います。ですが……」
「反乱は反乱ですものね。分かっていますわ。私が行くことは「無理ですよ」
王女の言葉を遮ると言う暴挙に出るが、ミュレルは軽く手で口を押さえ笑うだけだ。
そして、表情を真面目な顔に変える。
「ただ、伝ってくる話が全て真実なら?」
「一人で領軍を壊滅ですか?しかも魔法一つで?」
ユンダの街からの情報は、口止めをされていることもあってかなり情報が錯綜している。
さすがのロゼルもそれには鼻で笑った。ありえないと。
それでもSランク冒険者が事実いなくなっている。
あのアスナリアがSランク冒険者以上の力を持っているのは確実と見ていいだろう。だが、それでも一人で五百の騎士を壊滅したとは到底思えない。
しかし、事実減税は成功して、今ユンダの街は平穏無事だ。
これがギリギリで獣人の勝利なら、あのルワンダ辺境伯のことだ。軍が立ち直り次第再度獣人の村に攻め込むだろう。
そうしない理由が圧倒的に負けたからなら?
「そしてそれを帝国が掴んだなら?」
「……自陣に引き入れようとするでしょうな」
「その前に楔を打つべきではないでしょうか?」
「……」
王女の言い分は最もだ。アスナリアがそこまでの力を持っているなら、三顧の礼をしてでもこちらに居てもらう必要がある。
そしてそれを行えるのは、現状をわかっているロゼルかミュレルだけだろう。
他の貴族や王子がそんなこと出来るとは思えない。
「真面目に言っているのですね?」
「あら?私はいつだって真面目ですわよ」
頤に指先を当て小首を傾げる。
その子供っぽい仕草が妙に似合っている。
(しかしそんなことがあり得るのか?そんな強大な個体がいきなり現れるなど……)
「そんなに深く考えなくてもいいですわよ。お父様や貴族の人達との交渉で強い獣人がいれば有利。その為の繋ぎと思って下さい」
ロゼルはふぅ。と一息吐いた。
「分かりました。その際の警護はこのロゼルにお任せ下さい」
「ルワンダ辺境伯への慰労という名目でなら何とか大丈夫でしょう」
「ズーも付いてきて下さいましね」
「姫様のご命令なら何処へでも」
恭しく頭を下げ、返事をするズーは何があっても姫様に付いていくという気概が見てとれた。ズーにとってミュレルの言葉は何よりも重い物なのだろう。
余程騎士より頼りになる護衛だなと思うロゼルであった。
お読みいただきありがとうございます。




