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犬耳たちに繁栄を!  作者: 涼
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プロローグ

よろしくお願いします。

 今日も男は項垂れて会社に戻る道を歩く。

 最近はずっとこの調子だ。

 男が就職したのは俗にいうブラック企業で、役に立つとは思えない健康器具の販売会社だ。

 残業代は出ず、ボーナスは雀の涙しか出ない。

 そのわりにはノルマは厳しく、男は上司から叱責ばかり受けていた。


「そもそもこんなの売れるわけないんだよなぁ」


 先程門前払いを受けた家を眺め、ぶつぶつと言いながらカタログを鞄にしまう。

 夏の暑い中スーツに身を包み、汗をハンカチで拭いながら住宅街を歩く。

 途中、喫茶店に寄りたい欲望に駆られるが、グッと我慢をして電車に飛び乗る。

 契約が取れていないのにサボるわけにはいかない。

 妙なところで真面目な男だった。

 クーラーの効いた電車内にホッと一息吐き、目を瞑る。

 外回りから会社に戻り、席に着く間も無く上司から呼び出される。


「又契約取れなかったのか?勘弁してくれよ~。俺が怒られるんだよ?給料泥棒さ~ん」


 いつもの小言を受け流し、机の上が物で溢れ返っている自分の席に戻る。


「今日も駄目だったのか?」


 横の席の同僚が話し掛けてくるが、男は言葉は出さずに首を振る。

 同僚はクックックッと嫌味ったらしく笑い、男を嘲る。


(ちっ、嫌な奴だ)


 同僚は口が上手く、いつも売上が男を上回っていた。

 気にしたら負けだな。と思い男はデスクワークを始める。

 男はいつでも負け組だった。

 幼少の時は親から愚鈍と言われ、学生時代は目立たず、周りが青春を謳歌している時も勉強に明け暮れた。

 それにも関わらず受かったのは三流大学。

 就職氷河期も相まって、受かったのはこのブラック企業のみ。

 彼女も友達もいない正に負け犬の人生だ。


「お疲れ様です」


 とっくに五時も回り、徐々に人が減っていく会社で、そろそろ帰るか。と男も会社を出る。

 電車に揺られ、疲れた体を引摺り家に着く頃にはすっかり日も落ちていた。

 大学を卒業してからかれこれ十年。ずっと同じ家に住んでいる。


「あっ、夕飯忘れてた……」


 家に何も食べる物が無いと気付き、近くのコンビニに足を向ける。

 さすがにこの時間ならそこまで暑くはない。


「温めますか?」

「お願いします」


 店員との短いやり取りを終え、店を出ようと自動ドアに足を向ける。

 カップルとすれ違い、足早にコンビニを離れる。

 家に着くまでに若干汗ばんだシャツを脱ぎ、洗濯籠に放り込んで、綺麗に洗濯された新しいシャツに袖を通す。

 当然誰かに洗濯してもらった物ではなく、クリーニングに出した物だ。

 液晶テレビの前に陣取り、コンビニ弁当を開けながらゲームの電源をオンにする。

 男が今やろうとしているゲームは、今年の初めに発売されたシミュレーションロールプレイングゲーム『アニマルクエスト』で、人気はさほど無いマニアックなゲームだったが、男はかなりやりこんでいた。

『犬耳たちをあなたの手で助けよう!』がキャッチコピーで、主人公は珍しく獣人を操作して、人間の支配から獣人族を助ける物語。

 主人公は初めは獣人形態しかなく、獣人の町しか入れないが、進める内に人間形態になることが出来る。

 獣人形態より力が落ちるが、人間形態になり人の町に侵入し、情報を集めたりも出来る。それをしないと取れないアイテムや、クリア出来ないイベント等があり、かなり奥が深い。

 男はもうすでにゲームはクリアしていたが、どうしても裏ダンジョンがクリア出来ないでいた。

 レベルはすでにカンストの99で、取れるアイテムは全て取っていた。

 今日も今日とて、裏ダンジョンのボスが倒せず四苦八苦している。


「あ~くそ!全体攻撃魔法がきつすぎんだよ!大魔道士にして魔力耐性あげてんだけどなぁ……」


 ゲームオーバーの画面が液晶テレビに現れ、再度挑戦するために初めから裏ダンジョンに挑む。

 再度ボスと対面し、コントローラーを握る手にも力が入る。

 ネット情報なのだが、このボスを倒すと第三の形態フェンリルになれるという情報があるのだ。

 男はどうしてもそれが見たかった。

 ここまで来たらこのゲームを完全にクリアしたいという気持ちが男にはあった。


「よし!もうちょっと……!」


 後一撃で倒せるという段になり、男は最強魔法を使用することにし、それを選ぶ。


(よし!いっただろ?!)


 倒せた!そう思ったその瞬間、液晶テレビから光が溢れ男を包む。

 声を上げる暇もなく男の姿はその部屋から掻き消える。


『congratulation!!』



 ☆★☆



 ヒュウと風が頬を撫でていく。


「ん?あれ?寝落ちしたかな……?」


 男は目を擦り起き上がる。

 ぼんやりと周りの景色が目に入って来る。


「???」


 見渡す限りの草原。遠くには、薄ぼんやりと山が見える。

 明らかに男がさっきまで居た部屋ではない。


「えっと……。夢かな?」


 取り敢えず定番の言葉を呟きソッと頬を抓る。


「痛いね……」


 さすがにこのリアルさは夢では無理がある。

 そう思い至ると同時に焦りが湧いてきた。


「いやいやいやいやいや!えっ?!ここどこ?!」


 体や頭を大仰に振り、キョロキョロと周りを見渡す。

 残念ながらその問いに答える人物はいなく、風だけがヒューと返答してくれた。

 男はさらに焦り「誰か~!誰かいませんかぁ!」等と只管叫ぶ。

 叫び疲れた男が座り込む頃には、目覚めてから優に一時間は立っていた。


「何だよこれ……。ふざけんなよ……」


 疲れた後に湧いてくるのは怒り、何故こんな理不尽が俺を襲う?リアルで十分不幸な俺に何で?

 一通り怒りを叫び終えた後に、漸く冷静になる。


「まずは誰か人に会わないと」


 男はやっと移動をしようと試みる。

 しかし、


「どっち行ったら良いんだよ!」


 くそ!と呟き男は思案する。

 人は水が在るところに住む。ここからは山がうっすらと見える。山があるということは川がある筈。


「よし!」


 一言気合いを入れ、男は歩き出す。

 行けども行けども草原しか見えず、いい加減男がうんざりとしてきた頃、ふと草原の先に人影があることに男は気付いた。

 男は喜び勇んで走りだし、巻き上がる風に厭わずに人影に近付いていく。

 ドンドン近付く人影がこちらを認識したのか、俄に動揺しているようだった。

 漸く相手の背格好が分かるぐらいの距離になり、声を張り上げる。


「おお~い!」


 その人影は五人の男女で構成されていた。

 驚いたことに、男は剣や槍を持っていて、鎧まで身に付けている。そして、女の方は杖を持ち、ローブを身に付けている。


(何だ人間か……。ってか、おいおい、どこのコスプレ会場だよ。あれ?あの剣と槍、刃がついてないか?)


 普通コスプレなどの剣は刃がついてないのが普通だ。

 これは銃刀法違反等の法律がある日本では、当たり前のことである。

 だが、相手の男が持っている剣は妙にリアルで、太陽の光を綺麗に反射していた。

 最近のコスプレは凄いなと思い、さらに近付く。

 手を振り、尻尾も振り、猛スピードで近付く。

 すると、


「敵襲!」


 あろうことか相手の男は、剣と槍を向けて敵意を示してきた。


(えっ?!えっ?!えっ?!今敵襲って言った?!)


 これに焦った男は懸命に訴える。


「ちょ?!待って!待って!」


 急ブレーキをかけて舞い上がる砂埃に厭わず、懸命に訴える。

 しかし、相手はそれに構わずに男に迫ってくる。

 煌めく刃は振り下ろされるが、砂埃に視界を惑わされたのか、男には当たらずそのすぐ横に刃は振り下ろされる。


「……」


 砂埃が晴れる。

 手応えの無さに感ずいた相手の男は、ギロリとその獲物を睨み付けている。


「はっ?!ぎゃああぁぁ~!」


 男は逃げる。何処までも逃げる。

 何も目に入らず一目散に真っ直ぐに走る。

 行く手に森が見え始め、そこにダッっと飛び込む。

 走りに走り、もう大丈夫かと後ろを見ると追っては来ていなかった。

 ふぅ。と、一息吐き、気分を落ち着ける。


(こえぇ!こえぇよ!何なんだよ!人間こえぇよ!)


 そこでふと気付く。

 何故か人を人間と呼んでいることに。さらに、どうも変な感覚だ。

 具体的には言えないが、何か人間を違う種族として見ている感覚だ。

 そう。まるで人間が、動物や虫など根本的に自分と違う種族であるという感覚だ。

 なんだこれ?

 違和感はあるが今はそれに構っている時ではない。

 それより喫緊の問題が男にはあった。


「腹減ったぁ……」


 ペタンと座り込み力なく頭を落とす。

 周りはいつの間にか夜の帳が下りていて、リーンリーンと何処からか虫の鳴く声が聞こえる。

 それ以外は何も聞こえない。

 いや、何か聞こえる。話し声だ。

 先程の連中が来たのか?と男は臨戦態勢に移ろうとするが、手に武器は何もない。

 何かないかと周りを見渡すが、当然森にそう都合が良いものは落ちてはいない。

 あるのは木の枝ぐらいだ。

 そうこうしている内に、話し声は聞こえるぐらいまで近づいてきた。

 松明の光だろうか?

 チラチラ明かりが見え始める。


「本当にこっちに来てたの?」

「本当にゃ!私の目を信じるにゃ!」


 まだ姿は見えない。だが、何故か場所が分かる。匂いがするのだ。

 気分が落ち着くいい匂いだ。


(あっ、人間じゃない……)


 男が何故かそう感づいた時に、とうとう発見されてしまった。


「いたにゃ!」

「ほんとだ!あんたこんなとこで何してるの?」


 目の前に現れたのは犬耳と猫耳の女の子。どちらも耳に順した尻尾がお尻から生えている。

 年はどちらも十五、六歳だろうか。

 犬耳の方は綺麗な茶色い髪を腰まで伸ばすストレートな髪型で、松明に照らされたそれは、綺麗に煌めいていた。

 猫耳は短く銀色の髪がピョンピョンと跳ね、活発そうな雰囲気だ。

 どちらもとても可愛い獣娘だ。

 男の目の前には、『アニマルクエスト』略してアニクエに出てきた獣人族そのままが居た。


「獣人族……?」

「何当たり前のこと言ってんの。夜の森は危ないから早く出るよ」

「えっ?!おい!」


 そう言った犬耳が、男の手を取りぐんぐんと引っ張っていく。

 抵抗する暇もなく森から出され男は、他の二人と一緒に息を整える。


「ふぅ。あんた何だって夜に森なんかに入ったのよ。見たところこの辺の者じゃなさそうだけど……」

「えっ?!いや、ここが何処かもわからないんだよ……」


 しどろもどろに答えながら、男はまたもや不思議な感覚を感じる。

 さきぼど会った人間よりも、この犬耳の娘の方が親しい感情があるのだ。

 猫耳の娘はなんというか、外国人に会った感覚。が一番しっくりくるだろうか。


「何?!迷子?!まっ、同じ獣人族の好で助けてあげる」


 じゃ村に行きましょうと歩き始める犬耳。


「ちょ?!同じ獣人族……?」

「そうよ。あなたにも立派な犬耳と尻尾があるじゃない?」


 頭をペタペタ触り、お尻を触る。


(ある……。確かにあるよ!)


 男が触ると確かにあった。

 人間ではあるはずの無い場所の頭の上に耳があり、お尻からは尻尾もちゃんと生えている。

 触ると触覚もしっかりとあり、若干こそばゆい。


「えっ?!えぇぇええぇぇえ~?!」

「うるさ?!何叫んでるのよ」

「セリナが無理矢理すぎるんだにゃ」

「何でよ?!」


 セリナと呼ばれた少女と猫耳が言い争い始める。

 男はその間に気持ちを落ち着ける。


(落ち着け俺!)


 アニクエをしている途中でいきなり草原に放り出された。

 人間にいきなり攻撃された。

 犬耳と猫耳が何の疑問もなく俺を同族と言っている。

 これは……。


(いやいや、有り得ないだろ?!ここはゲームの中だとでもいうのか?!)


 一人混乱している男にセリナが話し掛ける。


「ちょっとあなた……。そういえば名前も聞いていなかったわね。あなた、名前はなんていうの?私はセリナ」

「ファスミラにゃ」


 思わず本名を名乗ろうとして、思い止まる。

 ここはどう見ても日本ではない。いや、地球でもないだろう。

 このような生物が地球にいるなど聞いたこともない。

 ここで日本の名前なんぞ名乗ったら不信感を抱かれるに決まっている。

 こんな訳もわからない場所で漸く見つけた同族だ。

 仲違いすることは避けたい。

 しかし、いい名が何も思い浮かばない。

 小考して思い至る。自分が最後にしていたゲームの主人公。

 アニクエにて獣人族を人間から解放する勇者の名前。

 そして男は名乗る。


「アスナリア……。俺の名前はアスナリア=ファングだ」

お読みいただきありがとうございます。

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