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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第1章 〜まずは帝国、そん次サビキア、たまーに日本〜
9/73

第8話〜作戦前夜〜

ーー

【皇城内 評定の間】

ーー


時刻は既に深夜を過ぎていたが、評定の間では依然として皇帝臨席のもと武官会議が開かれていた。

通例、皇帝は専門家会議などでは口を挟まず、初めは目を閉じて黙って聞き役に徹する。

今回もいつも通りだ。


「私達が調べたところによると、サビキアには“水龍”が潜伏している可能性が高いです。」


帝国軍参謀部ボリス・ジェミヤンによる報告を聞いて、セルゲイはその先を口にした。


「それで奴はサビキアの戦力になっていると…?」

「ほぼ間違いないでしょう。」


ボリスは肯定する。


「何てこった…。」


セルゲイは天を仰いだ。

他にも似たようなアクションをしている者もいたが、一人だけ周囲をキョロキョロとしている若者がいた。


「ボリス、その水龍ってのは何なんだ?」


ボリスの近くにいたアダム・クサヴェリーが訪ねる。


「そんなことも知らないのかよアダム…。

 水龍ってのはラバスタン系超級魔導師のアレクト・アンブリッジのことだよ。

 既に老体であるのに関わらず、水辺の戦いでは未だに無敵と言われてる婆さんだ。」

「お前には聞いていない、フライヤ!!」


アダムを小馬鹿にしたように答えたのは彼の目の前に座るフライヤ・ダフコワだった。


「悪い悪い。」

「反省してないだろ、全く…。

 この性悪女の説明の他に何か付け加えることはあるか、ボリス?」

「いえ、何しろ情報がほとんど得られていないため、水龍についてはあまり分かっていないんですよ…。」


申し訳ありません。とボリスが頭を下げる。


「つまり、海戦には勝てぬと言うことか?」


今回の会議で皇帝が初めて口を開いた。

一瞬にして場の空気が引き締まる。


「そういうことになります。」


セルゲイが答えた。


「そうか……。

 何か手は無いのか?」


皇帝は参謀の方を見る。


「あるにはありますが…。」


ボリスは遠慮がちに言った。


「申してみよ。」


初めの数秒は言いにくそうにしていたボリスだったが、意見を求められた以上は言わざるを得ない。


「先ず、竜騎兵隊にサビキア王宮及び王都への夜間襲撃を行わせます。

 その混乱に乗じて陸上部隊に王宮を襲撃させます。」

「いくら竜騎兵でも交渉の結果を待ってたんじゃ、水龍が王宮を出るまでに間に合わないぞ。」


竜騎兵隊に所属するフレイヤが意見を述べる。


「えぇ、ご指摘の通りです。

 ですので、交渉結果が分かる前に出撃していただきます。」

「何!?」


室内にはざわめきが起こった。


「それはつまり…、こちらから宣戦布告をするという認識で良いのかな?

 よもや奇襲を仕掛ける訳には参るまい。」

「左様でございます、将軍。」

「その案は承認できん。

 交渉は最後まで行う。」


皇帝はそう言い放つ。

だが、出席した軍人の中にはまだボリスの案を真剣に考える者もいた。


「参考までに聞きたい。

 陸上戦力はどうする?」


陸軍大将のパブロフ・イゾーリダもその一人だった。


「既に密偵が王都に潜入済みです

 その彼らに傭兵を手配させる手筈です。」

「パブロフ、余はその案を絶対に認めんぞ。」


だが、パブロフも引かない。


「陛下、無礼を承知で申し上げますが、現状を考えるとこの案が一番合理的でざいます。」

「何!?

 貴様本気で言っておるのか!?」

「陛下、もし戦争が避けられないのであれば、小官もパブロフに賛成でございます。」

「セルゲイ、お前もか…。」


皇帝はセルゲイへ驚きの顔を向ける。


「なぜ水龍がサビキアに味方しているのかは分かりませぬが、奴が戦場に出てきたが最後、帝国海軍は滅びます。

 しかし、奴がいないのなら話は別です。

 この作戦なら勝算が大いにあります。」


セルゲイも思うところがあったのだろう。

パブロフを援護する。


「国境と海上だけならまだしも、王都・王宮までやられたんじゃサビキアはひとたまりもありません。」


援護を受けたパブロフはもう一押しをかける。

実のところ、帝国の勝機は今しかなかった。

サビキアの友好国であるイェンシダス(帝国・サビキア両国と接する)はその隣国カイロキシアと緊張状態にあり、迂闊に軍を動かせない状況にあった。

皇帝もそれは理解していた。


「他にサビキアの戦力となり得る人物はいるのか?」


皇帝はボリスへと尋ねた。


「おりません。」


ボリスは力強く答える。

その返事を聞き、皇帝は決断を下した。


「交渉はこれまで通り行う。

 ただし、3日以内に結果が出なければサビキアへの奇襲を行う。

 急いでカテリーナへの書簡を用意しろ。」


こうして武官会議は取り敢えずの決着を見た。



ーー

【帝国 ルーテル】

ーー


ウッドランド山脈麓の町にカテリーナはいた。

今夜はこの町に泊まり、明日の昼には目的地である山岳都市ウッズに到着する予定だった。

今は護衛の騎士団と一緒に酒場で夕食の最中である。


「ルーテルも帝都から案外遠いものだな。」


果実酒を口に含んでからカテリーナが目の前の男へと言った。


「早馬なら1日でウッズまで行きますよ。」

「そうそう。

 でもあくまで早馬の場合ですよ。

 私たちは人数もいますし、急ぎではないですからねぇ。」


カテリーナの隣にいた女が言った。


「そうか、なるほどな。」


カテリーナはまた杯を傾ける。


「ところでフィアンツ、帝都以外にしてはこの町は衛兵の数がやや多い気がするのだが。」


酒場にいた衛兵を見ながらカテリーナは目の前の男に聞いた。


「ここはウッズに一番近い町ですので国境を越えて来た者やこれから越えようとする者たちが多くいます。

 そのほとんどが行商人や旅の者ですが中には悪人もおります。

 そのような者が出入りするのを防ぐために他の町よりも多くの衛兵が配備されております。

 ですので治安もさほど悪くはございません。」

「ほぉ、じゃあオリヴィアを1人で使いに出しても平気だな。」


笑いながらカテリーナは隣にいる女の肩を叩いた。


「ちょ、殿下ぁ…。

 その話はもうやめて下さいよぉ…。」


カテリーナ一行が談笑しながら夕食を取っていると、店の入り口が騒がしくなった。


「だからよぉ、姉ちゃん。

 ちょっと一緒に呑もうや。」


ガラの悪い酔っ払いの男たちが女に絡んでいた。


「やめておけ、坊やたちでは私に釣り合わん。

 一度だけ言う、怪我しないうちにお家に帰りなさい。」


女は男たちへそう警告した。


「行った方が良いですか?」


フィアンツや他の騎士団員がカテリーナに聞いた。


「いや、ちょっと待て。」


彼女は彼らを止めた。

ちょうどその時だった。


「なんだとこの女!!

 誰に口きいてんだよ!?」


男が女に掴みかかろうとした。


「あんた達だよ!!」


しかし女は男の腕をひねって軽々と投げ飛ばしてしまった。

店内が静まる。


「その数なら負けないよ。」


女は再度男たちに警告した。


「調子に乗りやがって…!!」


投げ飛ばされた男と仲間たちは慌てて店を後にした。


「あ、ちょっとお兄さんたち!!

 お代もらってないよ!!」

「心配ない。

 お代ならここにあるよ。」


女は、男たちを追いかけようとした店主に袋を投げ渡した。


「さっきのやつらからスった。」


そのまま女はカテリーナのテーブルまで歩いて来た。

店はもう元の賑わいを取り戻していた。


「そこのお嬢ちゃんに話がある。」


女はカテリーナを指差してそう言った。


「お待ちください。

 こちらの方をどなたと?」


フィアンツが立ちふさがる。


「そこをどくんだ、フィアンツ副長。

 私はカテリーナ殿下と急ぎの話がある。」

「貴様何者だ!?」


相手がこちらの正体を知っているとあってはタダごとではない。

フィアンツが剣に手を掛ける。


「悪いけどここでは名乗れない。

 大丈夫、味方だから。」

「貴様を信じろと!?」

「フィアンツ、よせ。

 どこでなら話せる?」


カテリーナはそう言って立ち上がった。

そうこなくっちゃと言って女は笑ってカテリーナを外へ連れ出した。

騎士団も続いて外に出る。

しばらく路地裏を歩くと一軒の建物に着いた。


「あなた達は外で警戒でもしてて。」


そう言いつつ女が中に入る。


「妾は大丈夫だ。

 外の警戒をしっかり頼む。」


騎士団にそう言うとカテリーナも中へ入った。

中はごく普通の住居のようで、2階の寝室と思われる場所に案内された。

室内の警戒をしていたカテリーナを見て女は、


「普段ならこのままここで楽しんじゃうけど、今は任務中だから安心して。」


と窓から差し込む月明かりに照らされながら妖艶な笑みを浮かべた。


「あいにく妾は時間がないものでな。

 要件をさっさと済ませたい。」


カテリーナは毅然とした態度で言った。


「んもう、つまらないんだから…。

 実はね、貴女、命を狙われているわよ。」

「ほう。」


彼女の予想と違い、カテリーナは冷静に話を聞いていた。


「あれ?

 驚かないの?」

「妾とて一応この身分だ。

 相応の覚悟はできている。」

「そーゆーところ好きよぉ。

 でね、ここからウッズまでの間に刺客が数人いたから片付けておいたわ。」

「サビキアか?」

「ううん、違う。

 正体不明。

 それにサビキアはあなたを殺しても利益にならないもの。」

「それで、これからの道中気を付けろという忠告か?」

「あなた方自身の注意もそうだけど、私たちも護衛するってことを伝えたかったの。

 勿論、陰でね。」

「話は以上か?」

「まだよ、お父上から書簡を預かってるわ。」

「書簡?」

「中身は見てないけど、大方交渉打ち切りの時期についてでしょ。」


そう言いつつ女は書簡を渡した。

カテリーナは受け取った書簡を一読する。


「其方の言う通り、交渉打ち切りの期限についての指示であった。」

「やっぱりねぇ。」

「ところで、その任務内容といい、先ほどの腕っ節といい、もうそろそろお主の素性を明かしてはくれぬか…?」

「知らない方が良いと思うけど…?」

「今更だな。

 良いから教えろ。」


女に迷いはなかった。


「特務機関情報部のヴェロニカ・シテインベルクよ。」

「特務機関…?」


カテリーナには聞き覚えがなかった。


「皇帝陛下のための組織。

 皇帝陛下のために働き、皇帝陛下のために死ぬ。

 いずれはあなたのために働くことになりそうね。」

「妾にはそんなもの必要ない。」

「いーや、必要になる。

 あれ以来この世界の情勢は悪化の一途を辿っている。

 絶対に貴女は私達の力を借りる時が来る。

 その時は私たちを上手に使いなさい。」

「まだ先の話だ。」

「ホントにそう思う…?」

「失礼する。」


カテリーナが退室しようとするとドアがノックされた。


「報告を。」


ヴェロニカが外の者へ命令した。


「皇女殿下一行がご宿泊の宿屋に刺客がおりましたので処理致しました。

 念のため宿屋周辺にも数名を張り込ませておきました。」

「了解。

 下がって良いわ。」

「御意。」

「さ、聞いたでしょ?

 明日も早いんだから休みなさい。」


その夜、カテリーナはなかなか寝付けなかった。



ーー

【帝国 ガンディア郊外】

ーー


皇帝からの命令を受けたグリンダ一門は、帝都付近を流れるラムール川を船で水上都市ガンディアまで下り、そこから陸路(ガンディアから先は船での移動が困難になる。)で移動中だった。


「老師、夜も更けてきました。

 今日はこの辺で休みましょう。」


老師は弟子からの進言を拒否した。


「いいや、皇帝陛下は急ぎ陣を閉じよと申した。

 儂は一刻も早く向かわねばならぬ。」

「ですが老師、ブニークには門徒がおりますので明日の朝一番でも十分間に合います。

 それにこの先は盗賊が出没致します。

 老師の体力を考えるとここで休むのが賢明でございます。」

「儂を年寄り扱いするでない!」


グリンダはポコっと弟子の頭を杖で叩いた。

叩いたものの、この時間からわざわざ盗賊の巣に出向くのも癪であった。


「むう、仕方ない。

 ヴィーク、早く宿営の準備をせい。」

「畏まりました。」


グリンダはまだブツブツ言っていたが、一門は宿営の準備を開始した。

魔法も手伝ったが、彼らの手際は良く、20分とせずに準備は完了した。


「それじゃ儂は寝るからのぉ。」

「お休みなさいませ老師。

 後は我々にお任せください。」


ヴィークはテントに入る老師にそう声をかけた後、向きなおって2人の女に指示を出した。


「セオドラ、エヴァノラ。

 宿営地に近づく怪しい者は遠慮なく消せ。

 私はここを見張る。」

「承知致しました。」


2人はただそれだけ言うとそれぞれの持ち場に着くため、その場を去った。

このやり取りは毎回のことだが大抵は何事もなく朝を迎える。

あっても時々馬鹿な盗賊がちょっかいを出して逆に痛めつけられて身ぐるみを剥がされる程度だった。


「今夜も静かなもんだなぁ。」


ヴィークは少し退屈に思いながらも、このまま何事も起こらずにまた朝を迎えると思っていた。

しかし、この夜はヴィークの予想とは違った。

グリンダ一門の宿営地の見張り番(今夜はヴィーク・セオドラ・エヴァノラ)は常に宿営地の周囲に“気”を張っている。

その“気”を乱す者が現れたのだ。

ヴィークは反射的に意識を戦闘モードに切り替えた。

セオドラが戦っている。

っ!?

エヴァノラも会敵…。

敵は複数か…。

ヴィークは意識を集中して敵を捕捉した。

4人…、いや、1人死んだな。

3人、4人、……チッ。

こっちに6人かっ!!

自分に接近してくる敵を捕捉した直後、ヴィークは魔法の発動準備を開始した。

正面に広がる闇に向けて火球を発射する。


「グハッ!!」

「ウワァァァ!!」


正面にいた2人の敵が絶命する。

直ぐさまヴィークの背後に炎の壁ができ、飛んできたボウガンの矢が燃える。

ヴィークを守っていた炎の壁が矢を放った敵の元へと向かっていく。

あと3人…。

闇に紛れた敵を探そうとしたその時、ヴィークを土の礫が襲う。

ヴィークは咄嗟に回避行動をとる。

魔導師だと…!?

ただの盗賊じゃないな。

回避行動と正面の敵に意識が割かれたことで気づくのが遅れてしまったが、ヴィークは挟まれていた。

後ろから氷の礫が飛んでくる。

火球で相殺する。

魔導師2人でオマケに土と水だと…。

対策はバッチリってことか…。


「最悪だな…。」


ヴィークが判断を下しかねていたその時、近くで爆発が起きた。

エヴァノラか…。

力技は俺のやり口じゃないが仕方がない…。

ほんのわずか爆発音に気を取られた敵2人に対してヴィークはフルパワーで炎をぶつけた。

片方は土の壁を作り、もう片方は水をぶつけて防いだ。

しかしどちらも防ぎきることはできず、炎が2人の魔導師をそれぞれ飲み込む。

休む間も無く次に向かう。

クソッ…!!

間に合わない…。

残った1人は既にグリンダのいるテントへ辿り着いていた。

だが、ヴィークが捕捉していたテント内の敵の気配が消失した。

不味い…。

ヴィークは急ぎテントへ駆けつける。

ヴィークがテントの入口へ辿り着くと中からグリンダが出てきた。


「やはりまだ任せてはおけんな。」


グリンダは杖でポカッとヴィークの頭を叩く。


「申し訳ございませんでした…。」

「他の者は?」

「敵は排除致しました。

 現在エヴァが寝ていた者を叩き起こして被害を確認しております。」


腕から血を流しつつやってきたセオドラが報告した。


「そっちに魔導師はいたか?」


ヴィークがセオドラに尋ねる。


「ええ。

 少し手こずりました。」

「何者じゃ?」

「分かりません。

 ただ、あれほどに訓練された魔導師を刺客として送り込んできたところを考えると敵は強大です。」

「帝都に知らせねばならんのぉ…。」

「私が行きます。」


セオドラが立候補した。


「お主1人ではダメだ。

 被害の確認が済み次第、エヴァノラと共に向かうのじゃ。」

「承知致しました。」

「ヴィーク、お主は休め。

 見張りはひとまず他の者に任せる。」


翌朝、セオドラ・エヴァノラを帝都へ送り出したグリンダ一行は魔法陣を閉じるべく、ブニークへと向かうのであった。


この時、国防軍の作戦開始まで12時間を切っていた。

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