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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第3章 〜やーーっとカイロキシア ちょっぴりイェンシダス????〜
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第71話〜主席の意地〜

【魔導協会 外交部 主席執務室】

ハリーは外交部主席の執務室に呼ばれていた。

先日ランドロスから要請を受けた件の報告を上司に求められていたためだ。


「皆さんからの回答はどうですか?」


質問を発し、彼女は机に置かれた茶器に手を伸ばす。

既に器には紅茶が注がれている。


「組合からは直ぐに返事が来ました。

 本件に関連すると思われる事案について著しい損害を被っているため、即応はしかねるとのことです。」

「あら、それは大変ですわね。

 …、各国からは何と?」

「国で言えば、エリナス、サビキア、シャウラッドからは既に回答が届いております。

 いずれの国も魔導協会への協力を行うと。

 ただ、サビキアは政府の人間を意思決定の場に常駐させたいと言ってきています。」


ハリーの返事を聞きながら彼女は器を口元へ運ぶ。

茶を口に含む前に彼女は匂いを楽しんでいた。


「やはりあの国は一筋縄ではいきませんね。」


彼女は紅茶を啜った。


「どうせ枢密院の誰かを寄越すつもりなんでしょうが、それは面倒です。

 向こうには各国との情報共有や相互調整のために若干の人間を派遣するように伝えてください。

 それと、今はまだ統一の意思決定機関などを作る予定はないとも申し添えてください。」

「承知しました。」

「それにしても、モーモリシアは仕方ないとして、イェンシダスから返事が届かないというのは変ですね。」


茶器を机に戻すと、彼女はハリーに伝言を頼んだ。


「『魔導協会 外交部主席 デシレア・シェルヴェンよりイェンシダス政府へ。

  先日お送りした至急の件について回答を早急にいただきたい。

  もし回答をいただけない場合、貴国が回答を拒否したと見做す。

  回答拒否の場合、魔導協会は貴国に対する今後一切の協力を停止する。

  以上。』

  こう伝えてください。

  政府が正常に機能していれば何らかの返答は寄越すでしょう。」

「このような高圧的な文言で宜しいのでしょうか?」

「問題ないです。

 今回の要請に対してこちらがどれだけ本気なのか伝わらなければ意味がありませんから。」

「畏まりました。

 モーモリシアには何と?」

「あの野蛮地域と意思疎通は不可能でしょう。

 守族に再度同じ文面を送付して警告しておくだけで構いません。」


デシレアは再び紅茶に手を伸ばした。

今度は匂いを楽しまずに口に含む。


「帝国は論外としても、カイロキシアに伝達ができないのは困りましたね…。」

「お言葉ですが、あの国も国家として機能することは当分ないでしょう。」


ハリーは突如として建国が宣言されたカイロキシア共和国の未熟さを指摘した。


「それもそうですね。

 協会としてもあれを国として扱うべきか悩んでいます。

 何と言ったって国家の象徴たる国王は生きているみたいですし。」


未だにアデリーヌが死亡したとの情報は協会には入っていない。

それどころか、帝国保護領へ逃げ延びて亡命をしているという情報も伝わってきた。


「カイロキシアは荒れると思われます。」


ハリーはデシレアに賛同しつつ、自分の推測を伝えた。


「荒れるに決まっていますわ。

 言ってみれば、これは謀計ですもの。」

「主席はこれを誰かが仕組んだと…?」

「では質問しますが、これが全て偶然だと?」

「そ、それは…。」

「ある日突然、帝国が異世界への扉を開き、こちらの世界では動乱が多発している。

 この前なんて、あの十二神四位がやってきたのですよ。

 これを全て”偶然”の一言で片付けるようでは、ここでの出世は厳しいと言わざるを得ません。」


デシレアはまた紅茶に手を伸ばす。


「それに、代理身分の副会長が有事態勢を宣言したのですよ。

 これは誰よりも一連の出来事を真面目に受け止めている証拠です。」

「そういえば、副会長が理事たちに緊急伝達をしたと噂で聞きましたが。」


デシレアは茶を口に含んだまま頷いた。


「ここだけの話ですけど、それは本当ですよ。」

「それは確かですか!?」


ハリーは思わず身を乗り出してしまった。


「確かですよ。

 外交部の主席として私も同席しましたから。」


デシレアの表情は極めて冷め切っている。


「それまでは私も何者かの謀略だとは思っていましたが、まさか理事会の曲者たちにも助力を請う事態だとは思いもしませんでした。」

「助力って、まさか理事の誰かがまた前線に出るって事ですか!?

 この前も副会長とモックリッジ女史が前線に出たことで現場には衝撃が走ったのに…。」

「理事の誰か、ではありません。

 全ての理事です。」

「えっ…。」


ハリーは椅子の背もたれに全体重を任せることとなった。


「そ、そ、そ、そんなこと可能なんですか…?」

「実際に協力していただけるかどうかは不明ですが、協会の本気度は伝わったのではないでしょうか。

 禁術は勿論のこと、必要とあらば各系統の禁忌を犯しても構わないと明言なさっていましたから。」


ハリーの知る限り、協会からそのような許可を出すのは史上初だ。


「い、今更ながら、わ、私は一連の話を、き、聞く権限があるのでしょうか?」

「どうでしょう…。

 少なくとも、この話は理事会と私たち以外の耳には入っていませんね。」


デシレアはいつものように、優雅にまた紅茶を啜った。


「しゅ、主席はどうして私にこんな話を!?」


茶器を机に戻したデシレアはハリーの目を捉える。


「今後はかつてないほど真剣に職責を果たしていただきたいと言う私なりの発破がけです。

 会長代理の予想通りなら、文字通り、世界中が団結する必要があります。

 私を含めて、生半可な気持ちではそれを成し遂げられないでしょう。」


そう言うとデシレアは立ち上がった。


「どちらに?」

「冒険組合へ行ってきます。

 次席はイェンシダスとモーモリシアへ伝達をお願いします。

 それと、今した話はまだ秘密ですからね。」


主のいなくなった部屋の中で、ハリーはただ立ち尽くしていた。



【帝国 帝都 皇城】

オブラゾフは皇帝に対してカイロキシア方面の情勢説明を行なっていた。


「カイロキシア政府からの要請で我が軍は既に宮都を目指して進軍を開始しています。

 今のところ共和国からの目立った抵抗は確認されておらず、あと2日足らずで宮都へと到着予定です。」

「ご苦労であった。

 下がって良いぞ。」


将軍は一礼して退出する。


「次はナボコフ議員がお見えです。」


新設されたばかりの皇帝秘書官が次の来訪者を告げた。


「失礼致します。

 如何ですか陛下、彼の働きぶりは?」


ミハイルは秘書官を指差して笑う。


「最初は秘書官など必要ないと思っていたが、優秀な男で、いたらいたで役に立っている。」


皇帝の口調からはお世辞は感じられず、満足そうだ。


「彼を推した身としては光栄な限りです。」

「よもや、それだけを確認するために来たのではあるまいな?」


まさかと言った感じで皇帝が尋ねる。


「ご安心を。

 政務についてお話があって参りました。」

「ほう。

 何用だ?」

「帝都が封鎖されて以来、民衆の気持ちは塞ぎ込んでおります。」


ミハイルの言っていることはアリューシャからも聞いていた。


「そのようだが、今は臣民には耐えてもらわねばならぬ。」

「陛下、ご無礼を承知で御頼み致します。

 1度、1度だけでも構いません。

 城の外へ出て民衆に陛下のお姿をお見せしては如何でしょうか?」

「余の姿を?」

「左様にございます。

 今必要なのは姿の見えぬ君主よりも民衆に姿を見せる君主だと私は考えます。

 それに、陛下ご自身におかれましても、もう暫くの間、お外に出ておられないのではないかと存じます。」


ミハイルの言っていることは最もだと感じられた。


「しかし…。」


だが、皇帝とて引きこもりたくてこんなことをしているのではない。

おちおちと外に出ればそれだけ危険も伴う。


「警備のことなら治安維持局と親衛隊それに魔導部隊にお任せください!」

「そうさの…。」


彼らの他に特務機関もいれば警備は問題ないだろう。

殻に閉じこもってばかりで本来の重要な務めである統治に支障を来してはならない。

帝都封鎖という前代未聞の大事の中で、臣民に負担がかかっているのは間違いない。

それを和らげるためにも、ここはミハイルの言う通りに民と触れ合うことが大切なのではないかと皇帝は考えた。


「其方の熱意には負けた。

 この秘書官の礼もあるからな。

 では、計画を内務卿や警備関係者らと詰めておけ。」

「何とお礼を申し上げて良いか…。

 この命に代えても。」


仰々しく礼をしてミハイルは去る。

彼が去った後、皇帝は窓から眼下に広がる帝都を眺めていた。


「セオドラを呼んでもらえるか?」


なおも窓の外を眺めながら、皇帝はそう命じた。

秘書官は直ぐにセオドラを呼びに行く。


「民のため、か…。」


皇帝は独りごちた。

依然として彼は窓の外から動こうとしない。

それもそのはずだ。

ここはこの世界で彼が最も好きな場所なのだから。


「余の姿を見せただけで民は喜んでくれるのだろうか…。」


皇帝は浮かんだ疑問を次々と口にしていく。

いつもなら知らぬ間にヴェロニカがやってきて相槌を打つこともあるが、今は彼女もいない。

室内には皇帝ただ一人だけ。

彼の呟きは、豪奢だが時に圧を感じる室内に吸い込まれるように消えていった。

久々の独りを感じつつ、それから更に数言の呟きを発した時だった。


「何と綺麗な蝶だろうか。」


窓の外には目を引く色彩の蝶が舞っていた。

エメラルド色の羽に青い線が入った体色で、目が覚めるような美しい蝶だった。

あまりの美しさに皇帝は思わず窓を開けてしまった。

風が入り込み、新鮮な空気で室内が満たされる。

皇帝は久しぶりに風を感じた気がした。

僅かだが、日光が直接部屋に差し込む。

それらに誘われるように蝶も部屋に舞い込む。


「外界と触れるというのは全く心地の良いものだな。」


皇帝は改めてミハイルの提案を受け入れようと決めた。


「もう近う寄れ。」


皇帝は蝶へ促す。

蝶はその言葉に応えるかのように近づく。

皇帝は蝶へと手を差し出した。

ゆっくりと、蝶はその手に着地した。


「間近で見ると、更に美しさが際立つな。」


手のひらの蝶は工芸品かと見紛うほど繊細な模様だった。

皇帝はまさに自然が作り出した奇跡だと感じた。

太陽光に照らされて蝶の模様が光る。


「何と美しい…。」


皇帝の手に乗る蝶はまさに宝石の如き輝きを放っていた。

皇帝の視界がその鮮やかな輝きで満たされる。


「陛下!?」


誰かの声に呼び起こされ、皇帝は”目が覚めた。”

彼は執務机に突っ伏していたようだ。


「ご無事ですか、陛下!?」


部屋に入るなり、セオドラが一目散に駆け寄る。


「余は眠っていたのか…?」


皇帝はぼんやりとした口調でセオドラに尋ねる。


「私が来た時には既に陛下は倒れられておりました…。」

「思わず目を疑いたくなるほど綺麗な蝶がいたのだが…。」


皇帝は室内を見渡す。

しかし、部屋に蝶は見当たらなかった。


「既に逃げてしまったのか…?」

「陛下?」

「蝶だ。

 翠玉の如き美しさを備えた蝶だ。」

「蝶、でございますか…?

 室内には見当たりませんが…。」


セオドラも部屋を見渡す。


「御典医をお呼びしましょうか?」

「いや、必要ない。

 それよりも、ミハイルから提案を受けた。

 余は民の前に姿を見せることにした。」

「危険ではありませんか…?」

「治安維持局や親衛隊らが警護をしてくれる。

 それに、お前たち特務機関もいるからな。」

「しかし、やはり外に出る以上は危険が伴うのではないでしょうか?」

「これは決定事項だ。

 其方は特務機関と警備の段取りをしてもらう。」

「畏まりました。」


皇帝の考えにセオドラは不安を感じたが、彼からの圧に負けて受け入れることにした。



【シャウラッド コルカソンヌ 冒険組合本部 議事室】

「お前もそろそろ引退したらどうだ?」


老父がヘルゴンザへと告げた。

勿論、本心ではない。

だが、彼はその言葉を真に受け止めなければならない状況に陥りつつある。


「組合は全壊!!!!

 雄志隊も殲滅状態じゃないの!!!!

 これは紛れもなく委員会の、いいえ、貴方の責任よ!!!!」


ゼリョーナがヘルゴンザへと詰め寄った。


「落ち着け、ゼリョーナ君。

 確かに損害は計り知れないが、まだ王子は生きている。」


見かねたウィスが彼女を宥める。


「ウィスの言う通りだ。

 王子が死んでいないのならまだ儲け物だ。」


老父も同調した。


「あの場にいた雄志隊の面々はどうなるの!?

 貴方達はそれを何とも思っていないの!?」


ゼリョーナの怒りは収まらない。


「呆れたもんだ。

 お前は始まりの血と雄志隊を天秤に掛けるのか?」


老父の嗄れた冷たい声が投げかけられる。


「始まりの血、始まりの血って…。

 どれだけ彼らが高貴な身分か知りませんが、アタシには雄志隊の方が重要だわ!!」


ゼリョーナの甲高い声が響く。

ヘルゴンザは額に手をやり、老父は頭を左右に振る。


「やはり伝統や権威というものは廃れる運命なのか…。」


老父は咥えていた葉巻の火を消した。

彼はヘルゴンザを一瞥する。

ヘルゴンザも老父へ頷き返す。


「人にはそれぞれ役割ってもんがある。

 例えば、我々にはこの組合を運営するという役割がある。

 しかし、その役割の中には、一部の者にしか果たせないものもあるんだ。

 分かるか?」


ゼリョーナは老父の問いに敢えて答えなかった。


「お前が軽視している始まりの血にも、そういうきちんとした役割があるんだ。

 この広い世界、人間も化物もごまんといるこの世界の中で、たった数人しかいない彼らにしか果たせない役割って何だか分かるか?」


言葉は区切るが、老父は彼女の答えなど期待せずに話を進める。


「お前は八遊星の物語を”全て”知っているか?」


ゼリョーナが怪訝な顔をする。


「その顔を見ると、知らねぇようだな。」


老父はゼリョーナの目を捉える。

彼女は目を逸らそうにも老父の気迫がそれを許さない。


「よく知られている魔族退治のあの話には世間ではあまり知られていない続きがある。

 有難いことに、その部分ではお前が軽視している勇者達の子孫について触れられている。」


ゼリョーナの眉が動いた。


「知りてぇだろ?」


老父が意地の悪い笑みを浮かべる。


「そこでは勇者達の子孫について、こう書かれている。

 『八遊星の子孫である始まりの血を受け継ぐ者達は、来たる戦乱において、神々より授けられし宝具を用い、必ずや我々を勝利に導く。』とな。」

「そんな話、聞いたことないわ!」

「だろうよ。

 なんたって、この話は”禁じられた話”だからな。」

「さっきから黙って聞いてはいたけどよ、俺もその話は知らないぜ、先代。」


エルデスが老父に向かって言う。


「ヘルゴンザよりも年代が上の者でなければ、この話は耳にしたこともないだろうな。」

「記憶違いでなければ、某はヘルゴンザ殿より年長であるが、某も初耳だ。」

「お前さんの出身はどこだったか、リリシュ?」

「某の出身は帝国だが…。」

「なるほどな。

 だからだ。

 今から約100年前に始まりの血が絡んだ大事件が起きたと思うが、分かる者はいるか?」


老父は室内を見回す。


「まさか、帝国の建国か?」

「ご明察だ、レンチ。

 彼らは建国と同時に直ぐにこの物語を禁止した。

 自分たちが始まりの血の一つを処刑しちまったんだからな。」

「帝国でこの話が禁止された理由は分かったが、他の国ではどうして?」


リリシュが問うた。


「”宝具”の存在だよ。」


老父は即答する。


「宝具とは何か?

 どこにあるのか?

 本当にあるのか?

 こうした宝具を巡る人々の興味は留まるところを知らない。

 帝国がこの物語を弾圧したことがかえって他国では人々を刺激した。

 文字通り、物語が政争の具になりかねなかった。

 各国からしたら、帝国と同様に国家権力を以て弾圧した方が簡単だったのさ。」

「100年前にそんなことが…。」

「奴らは何でもやってた。

 どの国も当時と比べれば当代はマシな方だ。」


驚くレンチに対して老父はまたも笑みを贈る。


「結局、宝具とは何なの?」


ゼリョーナが老父へ尋ねる。


「実のところ、さすがに俺にも分かりかねる。

 恐らく武器か何かだとは思うがな。

 だが、俺は宝具そのものは実在すると思っている。」

「そして、それを使えるのが始まりの血だと?」

「その通りだ。

 だから、一人でも多くの始まりの血を生かしておかねばならないんだ。

 ファビアンの亡命を助けるなんざどうでも良かったが、奴が死んだとあっては事情が違ってくる。

 勿論、雄志隊が組合にとって重要なのは分かる。

 だが、それよりもこの世界にとって始まりの血は更に大切な存在なんだ。」

「良いわ。

 先代の仰りたいことは理解できた。

 雄志隊の損失については改めて再編成についての話をさせてもらえればと思います。」


ゼリョーナは自席に戻る。


「先代から話があった通りだ。

 私としても始まりの血の保護は最重要任務だと考える。

 これには組合の利益を度外視する姿勢で臨まねばならないと思う。

 ついては、その旨をここで皆と共有しておきたかった。」


ヘルゴンザが議論をまとめた。


「失礼致します。」


組合の支配人が議事室の扉を開けた。


「どうした?」

「魔導協会の外交部主席がお見えです。」

「何だと!?」


ヘルゴンザの驚きは、やって来た人物の肩書きよりも、相手が突然押しかけて来たことにあった。


「例の件だろうな。」


再び葉巻を吹かしながら老父が推察する。


「例の件とは?」


リリシュが二人へ尋ねた。


「先日、魔導協会から組合に協力要請があったんだが、断った。」


老父が素っ気なく答える。


「初耳だわ!!」


ゼリョーナが再び声を上げる。


「俺が断るように組合長に言ったんだ。

 どうせ奴らは我々を変えの効く一兵卒のようにしか扱わないからな。」


老父の言い分に少なからず心当たりのある節があったようで、室内に反対意見は確認されなかった。


「にしても、拒絶した案件を掘り返そうとはお前らもかなり切羽詰まっているようだな。」


老父は支配人の背後を眺めやる。

支配人の背後にはデシレアがいた。


「このようなことをされては困ります。」


デシレアに対して支配人が抗議の意を示す。


「申し訳ありません。

 ご無礼はお許しください。

 ですが、魔導協会は組合と協力する必要があるのです。」


デシレアは議事室へと進入した。


「部外者が勝手にこの部屋に立ち入るな!!!!」


エルデスがデシレアを制止するも彼女は聞く耳を持たない。


「やれやれ…。

 困ったお人だ…。」


そう言ってウィスが立ち上がる。


「少しの乱暴は勘弁していただきたい。」


彼の巨体がデシレアの前に立ち塞がる。

その様子はまるで壁のようであった。

ウィスは左右の腕で彼女を持ち上げようとする。


「こちらの方こそ、乱暴はお許しいただきたいですわ。」


デシレアは魔法を発動し、ウィスが後方へ吹き飛ぶ。

魔法は調整されており、ウィスは壁に衝突することなく着地した。


「相手はかなり腕の立つ魔導師だ。

 全員、矛を納めろ。」


ヘルゴンザが他の者達に警告する。


「手荒な歓迎でしたが、突然押しかけてきたのは貴方です。

 詫びるつもりはない。」


他の委員が席に戻るのを確認して、ヘルゴンザが続ける。


「私は気にしておりません。」


デシレアは本当に気にした様子はなかった。


「先ほどから申している通り、私は組合との協力を望んでいます。」

「その件なら断りを入れた筈だが?」


ヘルゴンザが事実確認をするとともに、今回も拒絶の意思を示す。


「ですので、再びこうして足を運んだ次第です。」

「協会外交部の主席魔導師にご足労いただいたのは誠に感謝申し上げるが、答えは変わらん。」


老父は新しい葉巻に火を付けた。

一息吹かす。


「お引き取り願おう。」


老父の言葉を受けて支配人が身振りで退出を促した。


「お気持ちは理解できますが、このまま帰る訳には参りません。」


デシレアは譲らなかった。


「この世界のために、如何なる手を使ってでも我々は冒険組合(ギルド)と協力する必要があるのです。」

「”世界”、だと?」


老父が葉巻を吹かすのを止める。

立ち上がり、彼は吸いかけの葉巻を掌で消した。

ゆっくりとデシレアへと振り向き、近付く。

流石のヘルゴンザも、二人、特に老父の挙動を不安げに注視する。

その場の空気が張り詰める。


「お前さん、今、世界と言ったか?」

「はい。

 そのように申し上げました。」


表面上はデシレアに気後れした様子はない。


「軽々しく世界なんて言葉を使ってくれるなよ。

 その言葉を使う覚悟と正当性はきちんとあるんだろうな?」


老父の声にドスが効く。

ヘルゴンザとデシレア以外は思わず視線を下げたほどだ。

空気の重さが変化する。


「貴方が仰ったように、私とて適性が無ければ世界などという言葉は用いません。

 付言するならば、世界のために組合の組織的な利得を蔑ろにしていただかなければならない事態だと認識しています。」


デシレアも負けじと冷たい口調で老父へ伝える。

声音よりも彼女の目の方がより凍てつくような印象を覚える。

老父は視線を支配人へとズラす。

意図を汲み取った支配人は部屋の外へ出る。


「失礼致しました。」


彼は礼とともに議事室の扉を閉ざそうとする。


「ご苦労だった。」


扉が閉まる寸前、老父は支配人へと労いの言葉をかける。

議事室の扉は再び閉じられた。


「聞かせてみろ。

 お前さんの覚悟を。」


薄暗い部屋の中で老父の声が静かに響く。


「感謝致します。」


デシレアは頭を下げた。

部屋には委員の分しか椅子が無いため、彼女は立ったまま話をする。


「魔導協会は、近々この世界でかつてない戦乱が起こると考えています。

 その動乱を収め、我々が勝利するために、組合にはその力をお貸しいただきたいと願います。」

「”我々”とは?」


ヘルゴンザが突く。


「協会、組合、この世界の各国です。

 より踏み込んで言えば、共通の敵を持つ存在です。

 シャウラッド、カイロキシアで組合も大きな損害を出していると記憶しますが。」

お前さんら(魔導協会)はその2つが繋がっていると?」

「はい。

 帝国が異世界への扉を開いてから生じている動乱の数々は始まりに過ぎません。

 既に我々は何者かの謀略に巻き込まれていると推測します。」


デシレアは老父へと答える。


「そのように推測する理由は?」

「異世界への扉を開いた張本人であるグリンダ・ポリニヤ・チェーホフ老師は魔法術式の制御を何者かに奪われたと証言しています。

 そして、老師から術の制御を奪った者は今なおその魔法を行使し続けています。

 既に協会は異世界に魔法が存在しないことを確認しており、これはこの世界の者による仕業だと考えられますが、この世界とて、”人”にはそのようなことは不可能です。

 また、過日、協会は異世界より来訪した少年を狙った奇襲攻撃を受けました。

 その攻撃で少年は死亡。

 ところが、冥府の神ハーデスが現れ、少年と魔導協会会長を連れて姿を消したのです。」

「ハーデスだと?」


本当か?

老父はそう問いたげだった。


「間違いありません。

 私もこの目で確認しています。

 彼自身の行動について、彼は誰かに指示されたという趣旨の発言をしていました。

 つまり、ハーデス()を動かせる()が絡んでいるということです。

 言い忘れましたが、魔導協会への奇襲攻撃の際には大規模でとても強力な魔法の類の術が行使されました。

 魔導協会はその点についても神が絡んでいると推測しています。」

「ハーデスに指示したものと襲撃犯が同一でないとすると、少なくとも三柱の神が関与しているということか?」


老父の推察にデシレアは首肯した。


「ちょっと待ってくれ。

 今までの話と我々の件にどんな関連性があるんだ?」

「シャウラッドについて言えば、魔族が封域を退け出せたのは吸血鬼だけの仕業ではないと考えています。

 カイロキシアについては、始まりの血が狙いではないかと。」

「その2つに何の繋がりがあるって言うの?

 勿体ぶらずに教えなさいよ!!」


話が見えないゼリョーナが痺れを切らした。


「お前さんらは神が人間界を倒そうとしていると考えているのか?」


老父は話の全体像が見えたようだ。

ゼリョーナは相変わらず合点がいっていない様子だ。


「さっきの物語を思い出せ。」


ヘルゴンザが場に助け舟を出す。


「『八遊星の子孫である始まりの血を受け継ぐ者達は、来たる戦乱において、神々より授けられし宝具を用い、必ずや我々を勝利に導く。』ってやつか?」


エルデスが物語を暗誦した。


「だから、この物語が何なのよ!!!」

「そうか…。

 宝具か…。」


パニック状態のゼリョーナを横目に、レンチも答えに辿り着いた。


「宝具は八遊星にしか使えないんだ。

 だから敵は彼らの子孫である始まりの血を殺そうと?」

「待ってくれたまえ。」


ウィスが挙手をする。


「そもそも神々はどうして人間と対立する?

 それに、どうして敵対する魔族を嗾けるような真似をするのだ?

 魔族が人間に勝ってしまったらこの世界は魔族が支配することになるのだぞ。

 そちらの方が神にとっては手を焼く事態なのではないか?」

「申し訳ありませんが、そこまでは我々も情報を掴めていません。

 敵対勢力に神がいるという考えは吸血鬼事件への推測が元になっています。

 もしかしたら敵に神など存在せず、魔族が独自で暗躍しているのかもしれません。

 ですが、吸血鬼事件以降は魔族の存在は確認されていないのです。」


この辺りの話にはデシレアも口調が弱まる。


「カイロキシアで支部を破壊したのは人間だという報告が届いている。

 だとすると、敵には普通の人間たちも間違いなく関与している。」

「魔族に人間に神だと…。

 揃い踏みではないか…。」


ヘルゴンザの話を聞いてウィスが溜息混じりに言う。


「いずれにせよ、何者かの指示を受けたハーデスが出張って来る事態になってるってことか…。

 お前さんが世界という言葉を使った理由が分かった。

 情報の分断ってのは怖いもんだな。」


老父は大量の煙を吐き出した。

吸い込む量と出る量が違い過ぎる。

彼を見ていて、場違いにもデシレアはそんなことを思わざるを得なかった。


「その通りです。

 ですので、協会はこの世界の主要組織と各国に対して協力を呼びかけています。

 まずは情報を共有し、敵を知る。

 敵の情報が掴めたら、この世界の持てる力で奴らを叩きます。」


デシレアが静かに、しかし力強く言う。


「敵を叩く時、お前さんら(魔導協会)は前線に出るんだろうな?」


そんなデシレアへ老父が冷たく問いかける。

そこに協会への信用は皆無だった。


「当然です。

 決して過去の歴史は繰り返しません。」

「それでも歴史は繰り返すという言葉を知っているか?」

「当時の協会の態度に誤りがあったことは認めます。

 そして、その過ちに対して私は謝罪致します。」


デシレアは頭を深く下げた。


「魔法戦闘以外は長けていない協会に代わり、組合の戦力はとても大きなものになります。

 それに、恐らくこの戦乱では人手がとても重要になります。

 幸いにして、組合には雄志隊の他にも動員できる人手が豊富にございます。」

「まさか、協会は冒険者も動員するつもりなのか!?」


ヘルゴンザが驚きの声を上げる。


「はい。

 どんな人材でも活用せねば勝てないと考えます。

 恥ずかしながら、我々には協会職員を動員する以外に人手を確保する術も信頼性もありません。

 その点は組合や各国に委ねるしかないのです。」


デシレアの目に迷いはない。

ヘルゴンザが何かを言い掛けて止める。

だが、代わりに老父がデシレアの前に立つ。

彼は自らの右手を差し出す。


「協会は、組合や冒険者らを自らと対等の立場の存在として扱うと、誓え。

 決して他者を捨て駒にはせぬと、誓え。

 この世界のためにともに血を流すと、誓え。

 さすれば我々はこの世界のため汝の求めに応じよう。」


老父は有無を言わさなかった。

デシレアも左手を差し出し、両者は互いの腕を掴んだ。


「私は魔導協会を代表し、冒険組合に誓約致します。」


二人の腕がにわかに光る。

光は直ぐに消えて無くなった。

二人は手を離す。


「交渉成立だ。」


老師は不敵な笑みを浮かべた。

デシレアは黙礼する。


「客人がお帰りだ。」


そう言って老父はヘルゴンザに議事室の扉を開けさせた。

室内の全員が起立してデシレアを見送る。


「協会にお前さんのような気骨のある者がいて安心した。」

「先代にそのようなことを仰っていただけるとは光栄です。」

「後ほど、こちらから人をエリナスへ送ろう。

 細かい調整はその者に言いつけてくれ。」


ヘルゴンザが最後に事務連絡を行う。


「見送りはここまでで結構です。

 それでは。」


そう言ってデシレアは姿を消した。


「魔導師は羨ましいな。

 あのように移動をしてみたいもんだ。」


その様子を眺めていた老父は呟く。


「先代こそ魔法は扱えるではありませんか。」

「あんなのは無理だ。

 小手先の魔法しか使えんよ。」


そう言って彼は再び葉巻を吸い出した。

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