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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第3章 〜やーーっとカイロキシア ちょっぴりイェンシダス????〜
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第68話〜逃避行〜

【?????】

「俺を、この世界に招いただって…!?」

「はい。」


彼女は短く肯定した。


「な、何のために?」


龍郎は驚きを隠せなかった。

目の前にいるこの女性がこのはちゃめちゃ珍道中の原因をもたらしたと言うのだ。

だが、彼女の口からはもっと衝撃的な言葉が飛び出てくる。


「この世界を救うためです。」


龍郎は言葉が出てこなかった。


「驚かれるのも無理はないでしょう。

 ですが、事実です。」

「ちょっと待ってください!!

 世界を救うために俺を呼んだ!?

 俺はそんなことできませんよ!!!」


龍郎は思わず後ずさってしまう。

しかし、彼女もその間を詰めてくる。


「できます。

 いえ、貴方しかできないんです。」


美人に顔を寄せられて龍郎の頬は紅潮した。


「貴方が命を落としかけているのは予想外の出来事ですが、必ず蘇ってもらいます。

 そして、この世界で起こらんとしている無用な戦争を防いでもらいたいのです。」

「戦争?

 戦争なら既に起きてるじゃないですか!!」

「いいえ。

 今起きているものは単なる小競り合いに過ぎません。

 このままでは相手の目論見通りに事が進み、この世界全てを巻き込んだ未曾有の大戦争が起きるでしょう。」


一先ず、龍郎は相手の言っていることを信用することにした。


「分かりました。

 仮にこのままだとその大戦争が起きるとして、僕は何をすれば良いんですか?」

「まずはイェンシダスへ向かうのです。

 そして、クリストフ・ラメド・エーレンベルクにこう伝えてください。

 『機は熟した。主の声に従え。』と。」


龍郎は伝言をしっかりと頭に刻み込んだ。


「分かりました。

 ところで、そのクリストフというのは何者ですか?

 どこに行けば会えるんですか?」

「彼はイェンシダス共和国の国家評議会副議長です。

 首都の議事堂に向かえば会えるかと。」

「ちょ、ちょっと待ってください。

 副議長だって!?

 それって、簡単には会えない重要人物なんじゃないですか!?」


龍郎の疑問に彼女は首肯した。


「彼もまた始まりの血の1人です。

 貴方の予想通り、本来なら会うのは容易ではないでしょう。

 しかし、貴方にはハーデスをお供させます。

 彼がきっと力になってくれる筈です。」

「さっきからハーデスって人が出てきてるけど、誰なんです?

 それと、始まりの血って?」

「ハーデスは人ではありません。

 彼は神です。

 詳しくは本人から聞いてください。」


彼女の雑な説明にツッコミを入れようとした龍郎であったが、直後、彼女の顔が真剣になったのを見てタイミングを逸してしまう。


「始まりの血については私の口から説明せねばなりません。

 八遊星と、彼らの伝説はご存知ですか?」


龍郎は頷く。


「始まりの血とは、彼らの直系の血縁者のことです。

 彼らの先祖を真っ直ぐに辿っていけば八遊星に行き着く。

 この世界において最も尊い血を持つとされる人間たちのことです。」

「彼らは今もそれぞれの国を統べている人たちってことですよね?」


龍郎の問いに彼女は首を横に振る。


「現在、始まりの血とされているのは5つの家だけです。」

「5つ?

 アルデランの王家が処刑されたことは聞きましたが、他の2つの家はどこですか?」


龍郎はミネルバから教わったことを思い出していた。


「1つはモーモリシアを建国したモーモスの家系。

 残るは…。」


ここで彼女は一呼吸置いた。


「残るは、ムリファスの家系です。」

「ムリファスって、ムリファインを建国した家系ですか?

 それなら、今は帝国皇帝の家系じゃないですか!?」

「落ち着いてください。」


彼女は興奮する龍郎をなだめる。


「今からおよそ150年前。

 当時のムリファイン王室は世継ぎに恵まれませんでした。

 時の国王ヴァルラムには子を成す能力が無く、彼には兄弟もいなかったのです。

 そこで、王室は当時の王妃であったミラナの家系から子を担ぎ出しました。

 それが現皇帝マラトの祖父イヴァンです。

 その後、ムリファスの血を継ぐヴァルラムがこの世を去り、彼の血はこの歴史から姿を消すこととなりました。」

「それは、公然の事実なんですか?」

「いいえ。

 当事者であるイヴァンもまだ物心すら持たず、周囲の人間にも一切知らされていません。

 ヴァルラム国王夫妻とイヴァンの親であるシードロフ夫妻を含めて数人しか知り得ない事実です。」

「では、貴方はなぜそれを知っているんですか?」


龍郎は当然の疑問を口にした。


「私は知りたいことを全て知ることができるのです。」


彼女の言葉に龍郎は咄嗟に反応ができなかった。


【カイロキシア 宮都】

彼らは深縹宮へと歩みを進めていた。

市内ではなおも至る所で戦闘が続けられている。

つい先ほどは冒険組合の建物で大爆発があったばかりだ。

そんな市内を彼らは真っ直ぐに深縹宮へと進んでいた。

群衆の数は何百と数えられ、今も彼らの数は増え続けている。


「そこのお前たち!!!

 何をしている!?

 今すぐに家へと戻るんだ!!!!」


この群衆が警備隊の目に留まらない筈はない。

ましてや今は有事である。

警備隊が武器を向けて彼らに警告したとしても何の不思議はない。


「奴らは我々に武器を向けているぞ!!!」

「奴らは敵だ!!!!!!」


群衆の中の誰かが叫んだ。

その声に呼応して、群衆は警備隊へと殺気を向ける。


「止まれ!!!!

 2度の警告はないぞ!!!」


警備隊も自らに向けられた敵意を感じ取っている。

彼らは治安を維持するというよりも、自衛のために戦闘態勢を取った。


「こちらから攻撃はするなよ!!

 向こうが攻撃してから…。」


その場にいた警備隊を率いていた男が部下に注意を促したまさにその時だ。

男の後方から放たれた雷撃が市民らを襲った。

この攻撃で群衆の外側にいた市民数名が絶命した。

数秒の静寂。


「…、き、貴様、何をやっている!?」


我を取り戻した男が驚愕の顔で部下を見遣るのと、群衆が蜂起したのは同時だった。


「奴らを殺せぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」


警備隊の男は直ぐに対応姿勢を取ろうとしたが、あまりの群衆の多さに飲み込まれた。

市民にリンチされ、魔法を発動する間も無く男は血塗れと化した。

後方に控えていた警備隊は逃げ出した者と応戦した者に分かれた。


「応援を呼べ!!!」


数人の警備隊員が道幅の目一杯に障壁を展開して群衆の行く手を塞ぐ。


「そっちからも来てるぞ!!!!」


しかし、群衆は路地からも警備隊へと襲い掛かった。


「路地を爆破しろ!!」


誰かの指示で別の誰かが道路に面した路地を片っ端から爆発させていく。

彼らにしてみれば、今さら誰が巻き添えになろうと知ったことではない。


「至る所で市民と警備隊が衝突している!!!」


応援を呼びに戻った隊員が血相を変えて戻る。


「どうなっている!?」

「分からない!!!

 ただ、深縹宮へ通じるどの通りも似たような状況だ!!!!」

「深縹宮の警備は!?」

「教徒らとの戦闘は終結しつつある。

 その分の警備隊が応援に駆けつけてくるまで持ち堪えられれば…。」


現実はそんな警備隊の淡い期待を粉々にする。


「あっちにも魔導師がいるぞ!!!!」


障壁を展開していた警備隊員が叫んだ。

彼の叫び通り、複数の魔法攻撃が障壁へと着弾している。


「このままだと障壁が破られちまう!!!!

 どうする!?」


一際大きい爆発音が轟いたのはその時だ。

爆発音の後には群衆の雄叫びが聞こえる。


「何があった!?」

「向こうの通りの1つが突破された!!!!!」


深縹宮方面からやってきた警備隊が答える。


「もうお仕舞いだ!!!!!

 このままだとアイツらに殺される!!!!!」

「しっかりしろ!!!

 俺らがやらねば宮殿の警備はどうするんだ!?」

「もう国王は死んだんだ!!!!

 あの女に命を捧げる義理なんてない筈だ!!!」


そう言った警備隊員の1人が戦線を離脱する。

それを見た1人、また1人と警備隊員が次々に戦線を離脱していく。


「俺らも障壁を解除するぞ!!!

 逃げるのか、死ぬのか急いで決めろ!!!」


最後までその場に残っていた警備隊員も、その一言で決心する。


「分かった…。

 無事に逃げ延びろよ。」


男がその場から去ったのを確認し、残った警備隊員もその場を離脱した。

術者がいなくなったことで障壁が消散する。


「王宮へ進めぇ!!!!」


群衆は狂ったように通りを疾走し、深縹宮の前に面する広場へと向かった。

既に他の通りでも何らかの形で警備隊は突破されており、群衆は次々に広場へと集結していた。

深縹宮を守るのは僅かに残った警備隊のみ。

その様子は誰がどう見ても民衆による革命のそれであった。


「女王様、裏手に馬車が参りました!!!!

 直ちにお逃げください!!!!」


自室から外を見ていたアデリーヌも大臣に促されるままに速やかに部屋を出る。


「何がどうなっているの!?」

「市民による革命です、陛下!!

 詳しいことは分かりませんが、このままですと陛下のお命が危険です!!!」


宮殿の裏手に向かいながら、大臣の説明を受ける。

大人しく従っているのを見ると、アデリーヌも逃げなければならないということは理解しているようだ。

宮殿の裏庭に出ると、そこには3台の馬車が用意されていた。


「前後の馬車には既に他の大臣らが乗車しております。

 申し訳ありませんが、陛下と内大臣は同じ馬車に乗っていただきます。」


裏庭で一行を待ち構えていた警備隊員の声には有無を言わせぬ焦りがあった。


「何でも良いから急いでちょうだい!!!!」


この事態だ。

アデリーヌもワガママは言わない。


「乗り込んだ!!!

 直ぐに出発しろ!!!」


警備隊が声を張り上げる。

裏門が荒々しく開け放たれ、車列が勢い良く外に放たれていく。

その一瞬だが、アデリーヌは窓の先に群衆を捉えた。

数分でも脱出が遅れていたら、裏門も彼らに囲まれていただろう。

彼女は深く安堵した。


「この後はどこへ向かうの?」

「帝国軍が待機しているカイロキシア東部へと向かいます。

 そこで帝国に亡命し、保護を求める予定です。」


現状、彼女たちの身を守るにはそれしか方法がなかった。


「事態が事態でしたので帝国側とは事前の打ち合わせなどはしておりません。

 交渉がどのように転ぶかは不明ですが、両国の関係を考えるとお命が奪われる心配はないかと。」

「分かったわ。

 具体的なことは任せる。

 …、向こうに着くまで少し休ませてもらいます。」


アデリーヌが目を閉じようとしたその時。


「あぁ、陛下…。」


アデリーヌとは反対に座っていた内大臣が彼女へ窓を見るように身振りで促す。


「なんてことなの…。」


そこから見えたのは、黒煙を上げる深縹宮であった。

2人の心情を察したかのように、車列は速度を上げて東へと向かっていく。


【カイロキシア 宮都 西側郊外】

カテリーナたちは宮都郊外にある宿屋にいた。

先ほどの戦闘の際にヴェロニカが入手した情報を聞くためだ。


「我が国はそのような攻撃を受けていたのか…。」


自国が現在も敵の攻撃に晒されていることをカテリーナは知らなかった。

父である皇帝が知らせなかったのだから当然といえば当然だが、彼女はそのことに不満を募らせた。


「父上はなぜ秘密に?」


目の前に座るヴェロニカは素直に語った。


「貴女に無用な心配をかけないためよ。

 陛下は常に誰よりも貴女のことを考えている。」


正直、ヴェロニカのこの説明には納得しきれなかったが、彼女は話を先に進めることを選んだ。


「それで、今の状況はどうなっている?」

「帝国は現在も攻撃を受けていると言って良いわね。

 アタシの部下と最重要の証人を暗殺したのは”天上の使い”という名前の魔導師よ。

 そして、あの夜に帝国の魔導部隊に命令してエヴァノラたちを襲わせたのもコイツら。

 直近だと、ファビアンの暗殺とサラサヴァティ襲撃もコイツらね。

 残念だけど、今も相手の方が上手だわ。」

「なんということだ…。」


カテリーナは頭を抱えている。


「相手の出方も分からないんじゃ、対応なんてできないではないか…。

 ここは一旦、戻るか…。」


カテリーナが戻ると言ったのは帝国にである。


「いいえ。

 それは認められないわ。」


すかさずヴェロニカが皇女の案を却下する。


「どうしてだ!?

 貴様に妾へ命令する権利などあるのか!?」

「命令する権利はないわ。

 ただ、帝国の方がここよりも危険よ。」

「説明しろ。」

「先ほども説明したように、敵による帝国への攻撃は続いている。

 だけど、貴女への攻撃は?」


ヴェロニカに問われ、カテリーナはこれまでの道中を振り返る。

確かに、帝国を出てからはその手の勢力に攻撃をされたことはなかった。


「妾は敵の主たる標的ではないと?」

「えぇ。

 少なくとも、今のところは。

 まぁ、帝国内での地位を考えても普通は陛下を狙うでしょうね。」


これにはカテリーナも同感だった。

 

「でも、帝国内にいる限り、敵は目的を達成するために貴女を狙う可能性がある。

 陛下はそう考えた。」

「だから、父上は妾を国外に…、逃した…?」

「そうよ。

 護衛役の貴女の騎士団に敵はいないと見込んで。

 もちろん、外交上での利益も期待していたとは思うけど。」


事実、カテリーナはシャウラッドとの協定を取り付けた。


「いずれにせよ、陛下の身の方が貴女よりも危険な状況に置かれているわ。」

「ではなぜ其方がここにいる!?

 父上の警護をすべきではないのか!?」

「他ならぬ陛下からの要請だったのよ。

 護衛という防戦ではなく、前線に出て攻勢を仕掛けろと。」

「その甲斐はあったのか?」


いつになくカテリーナは厳しい表情をしていた。


「これまでにあった、というよりも、これからあるように提案をしたい。」

「提案?」

「フェルマルタ王子の護送を手伝って、エリナスへ行く。」

「何!?」

「エリナス王室に恩を売っておいて損はないわ。

 それに、今ならエリナスに魔導協会の本部もある。」


ヴェロニカの提案はカテリーナの予想を遥かに超えたものだった。


「魔導協会と帝国の関係を知らないわけではないだろう!?」


コート魔法大学校が接収されて以降、帝国と魔導協会の関係は断絶している。


「もちろん知っているわ。

 だけど、彼らの援護がないと敵には勝てない。」


ヴェロニカの顔は真剣そのものだ。


「そんなに敵は強大なのか…?」

「1国内だけならまだしも、我々が把握しているだけでも既に3つの国で大規模な破壊工作をしているのよ!

 もしかしたら既に全ての国で似たような工作をしているかもしれない。

 つまり、この世界の至る所で大規模な破壊工作ができる能力と規模の連中ってことよ。

 魔導協会や組合などを除いて、そんな相手、今までに聞いたことない。」

「念のため聞いておくが、協会や組合の仕業ではないのだな?」

「サラサヴァティの襲撃は協会の魔導師を以ってしても不可能だわ。

 我々の目を欺くにしても、彼らの犠牲が大き過ぎる。」

「…、分かった。

 コートの学生たちをダシに魔導協会と交渉してみるとしよう。

 フェルマルタ王子の身柄はどこに?」

「既にここへ呼んでいます。」


そう言ってヴェロニカは立ち上がり、ドアを開けた。

部屋の外にはマレーとフェルマルタが立っている。


「失礼致します、殿下。」


そう言ってマレーが入室し、黙礼だけしてフェルマルタが続いた。

2人が席についてからヴェロニカは話を再開した。


「この話は既にマレー氏に通っています。」


ヴェロニカの話を裏付けるように、マレーは頷いた。


「お恥ずかしい話ながら、カイロキシア内での我が組合の支援能力は既に崩壊しています。

 私1人で王子を護送することも不可能ではありませんが、旅の仲間は多いに越したことはございません。

 私の方から王子には了承をいただきました。

 殿下、ここは1つ、お力添えをお願いできないでしょうか。」


マレーは深々と頭を下げた。

自分だけの護衛で万が一にも王子を失うより、第3者に多少の借りを作ることの方が良いと考えた結果だ。


「王子が了承してくださっているのなら、こちらが断る訳にも参りますまい。

 今回のお話、受けさせていただきます。」


カテリーナは王子に対して頭を下げた。

この旅を経て彼女は高飛車さが薄れたような気がする。

部屋の隅で様子を見ていたフィアンツはそのようなことを思っていた。


「お話の途中で失礼致します。

 殿下、緊急事態です。」


エヴァノラが部屋に駆け込んできたのはそのタイミングだった。


「どうしたんだ?」

「深縹宮が群衆に占拠されました。」


室内に緊張が走る。


「どういうことだ?」

「経緯は不明ですが、蜂起した群衆が警備隊と衝突し、そのまま宮殿を占拠したようです。」

「いつ?」


ヴェロニカがエヴァノラへ問う。


「40分ほど前です。

 この辺りも徐々に騒がしくなっています。」

「女王はどうなった!?」


今度はカテリーナが質問した。


「どうやらアデリーヌ女王は間一髪で宮殿を脱出したようです。

 しかし、今の安否は不明です。」


エヴァノラからの報告を受けてカテリーナはマレーの方を見る。

彼は黙って頷きを返した。

そして、カテリーナはその意味を取り違えなかった。


「我々も危険だ。

 直ぐにエリナスへ向かうぞ。」


【帝国 ブニーク 国防軍前線基地】

帝都にいる朝倉たちからの報告を受けた佃の顔は相変わらず険しいままだ。


「帝都の部隊に実害は出ていないんだな?」


佃は傍に座る上坂に尋ねる。

上坂は手元の書類に目を落として情報を探した。


「はい。

 部隊が攻撃を受けたといった情報や帝都の治安が悪化したという情報はありません。」


佃が目を閉じて腕を組んだ。


「皇城の警備を担当していた騎士団が今やルヴァンカ監獄へ収容とは…。

 それで、今の帝都の治安組織の構成はどうなっている?」

「帝都の警戒は僅かに残った騎士団員が担当している模様です。

 皇城とルヴァンカ監獄の警備は親衛隊という皇帝の直属組織が担っています。」


上坂が朝倉からの報告書を読み上げる。


「帝都の部隊には現状維持を指示。

 以上だ。」


佃はゆっくりと目を開けた。

そして、彼は出席者を見回す。

今日の議題はこれで終わりではない。


「次は魔法障壁無害化実験の件だな。」


佃の言葉を受けて室内は期待と不安の入り混じった空気で満たされた。


「諸君が早くEMP装備の効果を知りたい気持ちは分かるが、残念ながら我々には迎え撃つ敵はいない。

 そこでの話だが…。」


佃は右前方に座る長野へ視線を向けた。

目で彼に話の主導権を譲る。


「はい。」


長野は立ち上がって礼をした。


「帝国領に存在が確認されている敵航空部隊の基地を襲撃します。」


長野の計画に室内は騒めく。

血気盛んな者は色めき立ち、慎重な者は否定的な言葉を口にする。


「従来の世界では採用されることのなかった作戦ではありますが、法的には何ら問題はありません。」


第三次世界大戦の前、日本では如何なる意味合い、程度の先制攻撃も憲法の趣旨に違反する行為であった。

そのような憲法も戦争を経て変わり、日本には70年以上に及んだこうした縛りがなくなった。

だが、日本政府と国防軍は大戦中も敵基地を積極的に叩くという真似はしなかった。

大戦中、特に日本が関わった衝突は全て局所戦のみだったということが最大の理由だが、敵基地を攻撃することで衝突が無闇に拡大するのを時の政治家たちが嫌ったという側面もあった。

そのため、長野の言う通り、こうした作戦は法的には何も問題ないのである。


「万が一、EMPの効果がなかった場合でも航空基地の撃破は可能です!!

 実験にこれ以上の標的はありますか!?」


長野は机に手を叩きつけた。

彼の剣幕に思わず出席者は黙り込む。


「参謀がそう感情的になるんじゃない…。」


見かねた佃が長野を宥める。


「君の言いたいことは十分に伝わった。

 いずれにせよ、このレベルの話だと政治決裁が必要になる。

 この件は私の方から大臣へ話をしておこう。」


長野は一礼して着席する。


「それでは、本日はこれにてお開きだな。」


手元の資料を纏め、佃は席を立つ。

佃が立つと同時に出席者らも起立する。

自分を見送る幹部たちの顔にどこか期待に満ちているような表情を見て取った佃であった。

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