第67話〜出会い〜
【帝国 ブニーク 前線基地】
老師達を乗せた海保の巡視船”いず”は無事にコンタクト・ポイントを通過し、彼らは基地へと到着した。
こちらでは佃を始め、幹部の出迎え、見送りはない。
あくまで話は本国と協会の取り決めで、既に彼らは辰巳らの出迎えと見送りを受けているからだ。
「これにて老師の引き渡しは終了です。」
基地のゲート外で国防軍の下士官からそう告げられ、ハリーが老師へ言う。
「老師、これより魔導協会本部へと出頭していただきます。」
「その前に儂は帝国に出頭せねば…。」
思い返せば、グリンダは帝国の命令で動いていたのだ。
彼からすれば今でも契約は継続中というのは無理のない話である。
「申し訳ありませんが、老師の身柄は協会が確保しています。
一門のことが心配でしょうが、我々が知る限り、彼らは無事です。」
ですから我々の指示に従えというのがハリーの意見だ。
「分かった。
お主らの要請には従う。
じゃが、後で協会から帝国へ仲介してくれぬか?」
「残念ですが、それは叶いません。
現在、協会と帝国は断交状態にあります。
現状ですと仲介は絶望的です。」
帰還したかと思えば、今も老師は一息つける状態ではなかった。
「協会でランドロフが老師をお待ちです。
急ぎましょう。」
そう言って2人は姿くらましした。
【カイロキシア】
冒険組合の周囲は物々しい状態であった。
組合の面している通りの両端には検問所が設けられており、通行人は例外なく身分の確認が行われる。
また、通りに面した建物の屋上には組合員が所狭しと配置されており、上からも異常がないか見張っている。
他にも通りには障害物が設置されており、馬車などを封じるとともに、襲撃を受けた際に身を隠す役割も担う。
組合支部も現在は通常の利用が停止されており、中には雄志隊と支部の運営要員しかいない。
まさに冒険組合は要塞化されていた。
そんなところへ数名のお供を引き連れて現れたのがカテリーナであった。
「妾は帝国皇女のカテリーナ・ルマエル・ゲルトだ。
組合の中にいる王子に話がある。」
こんなところに皇女がいることも驚きだが、よりによって王子に会いたいと言っている点も問題だった。
「皇女殿下、遥々ご足労いただきまして誠にありがとうございます。
ですが、こちらにはフェルマルタ王子はいらっしゃいません。」
門番を務める雄志隊員は王子の存在を隠すことにした。
しかし、
「妾は”王子”としか言っていないぞ。
どうして”フェルマルタ王子”だと思ったのだ?」
カテリーナの攻め方はもはや屁理屈だ。
「え、いや、その、それは…。
この国で王子と言えば、フェルマルタ王子しか…。」
「ええい!!!!
黙れ黙れ!!!!!!
見え透いた嘘は沢山だ!!!!!
さっさと通さないと帝国で冒険組合の活動を停止するぞ!!!!!!」
カテリーナが門番を虐めているところへ騒ぎを聞きつけたマレーが姿を見せる。
「殿下、どうかそのような物騒なことは申さないでいただきたい。」
「王子に会いたい。」
「王子はいません。」
マレーも王子不在作戦を採った。
「ではなぜ、こんなにも物々しく警戒をしているのだ?」
「組合の要人がいらっしゃいます故。」
マレーの顔は微笑んでいるが、目は全く違う。
「では、その要人に御目通り願いたい。
同じ地に居合わせた帝国の代表者として是非ともご挨拶したい。」
「せっかくのご提案ですが、予定が立て込んでおりますので…。」
マレーは頭を下げてその場を後にした。
「強行突破するぞ!!!!」
カテリーナの叫びにマレーが反応する。
「どうぞご自由に。
その際は我々も相応の自衛措置を執らせていただきますが宜しいですね?」
マレーは毅然とした態度を崩さない。
これにはカテリーナも困ってしまった。
「無駄な抵抗はお辞めになって、どうか騒ぎを起こさず大人しくしていただきたい。」
マレーはそう言って組合の中に戻ろうとした。
だが、そうはならなかった。
突如としてマレーの体は後方へ吹き飛んでしまったのだ。
マレーだけでない、周囲にいた全ての人間が同じように吹き飛んだ。
人間だけではない。
建物が、障害物が、何もかもが壊れ、吹き飛んだ。
「殿下!!!!!!!!!」
爆心地から距離を取っていたお陰でエヴァノラが魔法を発動する余裕が生まれた。
彼女は瞬時に障壁を張って一行を守る。
「何が起きた!?」
周囲には土煙が立ち込める中、地面に伏せていたカテリーナが立ち上がって辺りを見回す。
「上空から組合が攻撃されました。」
障壁を張ったままエヴァノラが答える。
「攻撃の前に上空へ魔法式が展開されるのを確認しました。」
「殿下、避難しないと!!!!」
フィアンツがエヴァノラの説明を無視してカテリーナへと進言する。
「王子を助けないと!!!!」
カテリーナの言葉にフィアンツは唖然とする。
「何を言ってるのですか!?
我々では王子を助けるのは不可能です!!!!!
ここは危険です!!!!!
早く逃げましょう!!!!!!!」
「お言葉ですがフィアンツさん、既に囲まれています。」
土煙が収まると、エヴァノラの言う通り、カテリーナたちは敵に囲まれていた。
無論、雄志隊ではない。
黒の戦闘服に身を包む者達が10名余り。
「エヴァノラ、遠慮せずに殺せ。」
「既にヴェロニカが動いています。」
エヴァノラの言葉通り、敵はヴェロニカが処理していた。
カテリーナが視認できた時には最後の1人の首元から短剣を引き抜いたところであった。
「奴らです。」
ヴェロニカが短く告げる。
「ここは良い。
早く奴らを仕留めてこい。」
ヴェロニカは短く頷き、組合へと向かった。
まだ少し土煙が立ち込めていたが、途中には障害物も何もなく、あっという間に到着した。
「何てこと…。」
組合は全壊していた。
瓦礫の下には雄志隊の隊員たちや組合の運営要員の姿が見えた。
だがほとんどが既に手遅れに見える。
せいぜい、瀕死か重症だった。
「生き残りか?」
「違う。
帝国の皇女さんの護衛だろう。」
空中には修道院前で戦闘を繰り広げていた2人がいた。
「なぜあの王子にこれほどまでみんなが関心を持つんだ?
始まりの血はそれほどまでに価値を持つのか?」
ハンプトンが独り言とも取れる言葉を口にする。
「これ以上の殺生は好かんが、仕方ないな。」
ハンプトンが魔法を発動する。
ヴェロニカを包囲するように魔法陣が展開される。
魔法陣の展開と魔法の発動にラグはない。
「肉片も残らんが許せ。」
ハンプトンの言葉と同時に爆発が起きた。
上下前後左右の6面から爆風と爆炎が生じる。
「今のうちに王子を殺してこい。」
ハンプトンが指差した先には瓦礫の中で唯一形を保った部屋があった。
「やはり魔法で補強されていたか。」
彼の観察など無視してベラはフェルマルタを殺しに組合の残骸へと向かった。
ハンプトンが攻撃されたのはその時であった。
ヴェロニカのいた地点から次々とエネルギー砲が撃ち込まれる。
「…っく…!!!!!!!」
初弾を左肩に喰らってしまったハンプトンは後弾を防ぐのが精一杯だった。
「死んだなんて一言も言っていない。」
殺したはずのヴェロニカがそこに立っていた。
彼女は間髪入れずに攻撃を続ける。
「回復する暇など与えん!!」
ハンプトンには回復する隙はおろか、逃げる隙もない。
彼はひたすら魔法障壁を展開して防衛に徹した。
上空で味方が苦戦している間、ベラは自分の役目を果たそうと王子の元へ向かった。
部屋の中で王子は気を失っていたが、死んではいなかった。
だが、このまま王子を殺すのは至難の技であった。
「邪魔をするんじゃないよ!!!!」
ベラの前には王子を守るべくマレーが立ち塞がっていた。
先ほどの攻撃に巻き込まれ、彼も無傷とはいかなかったが王子を守るには十分だ。
「私はニンファドーラのようにはいかないぞ。」
「あの女のようにお前もくたばりな!!!!」
ベラは苦内を投擲する。
「愚かな。」
マレーは魔法を発動する。
苦内の進行方向の空間に黒い穴が生じた。
「時間がないんだ。」
黒穴に全ての苦内が吸い込まれる。
危機を察知したベラが回避行動に移るも遅かった。
吸い込まれた苦内はベラを囲むように放出された。
「馬鹿な…。」
全ての苦内がベラを貫く。
倒れたベラの体を血液が染め上げる。
「手荒な戦法で済まない。
言っただろう、時間が無いんだ。」
マレーは敵にベラを回復をさせないよう、彼女を焼き払う。
「それと、ニンファドーラは瀕死だが死んでいない。」
勿論、彼の言葉がベラに届くはずもない。
苦痛に叫ぶベラの悲鳴は一瞬で止んでいた。
「王子、参りますよ。」
マレーは気絶している王子を抱き抱えてその場を後にした。
「何てこった…。」
ハンプトンはほんの僅かにヴェロニカから目を逸らしてしまった。
ベラが殺られてしまったからだ。
だが、それは彼にとっても命取りだった。
「がはっ…!!!!!!」
彼の胴体を光矢が貫いている。
障壁にも同様に穴が開いていた。
魔力を保っていられなくなったハンプトンはそのまま地面に落下する。
ハンプトンの目は近づいてくるヴェロニカを捉えていた。
「殺すのか?」
ハンプトンの問いかけに彼女は首を横に振る。
「貴様らの組織に用がある。」
「何も喋らんぞ。」
ハンプトンは視線をヴェロニカから逸らした。
「喋る必要はない。」
そう言ってヴェロニカは意識共有を始めた。
彼の見てきた全てがヴェロニカにも視認される。
「ユスポフとビューレルを殺したのはこの男、天上の使いだったか…。」
ヴェロニカはハンプトンが出席していた会議の記憶を見ていた。
しかし、彼女が確認できたのはここまでであった。
「死んだか。」
ハンプトンは絶命した。
ヴェロニカは今見た記憶に含まれていた情報を整理し、カテリーナの元へと急いだ。
【日本 永田町】
「それで、それは実用化はできるんだな?」
「既に装備の用意は完了しています。
あとは現地で国防軍にテストしていただければ敵に対して有効かどうかが判明します。」
「分かった。
直ぐに進めてくれ。」
障壁魔法の破壊方法に関するレクチャーを終え、技術者たちは直ぐに実用化の準備に取り掛かった。
今は代表の小柴が南郷へ今後の流れを説明し終えたところだ。
「それでは、失礼致します。」
小柴が退出すると、南郷は辰巳へと向く。
「向こうの成果を披露できないのは残念ですね。」
「これは我が国の行く末を左右すると言っても差し支えない政策だ。
ご機嫌取りは他のことでやりましょうや。」
南郷政権の最近の支持率は国内政策の不評や閣僚のスキャンダルの影響で低迷している。
辰巳の言葉はそのことを意識したものだ。
「総理というのも大変ですよ。」
南郷は執務椅子の背もたれに手をかけた。
「ハッキリと申し上げますが、貴方が次までの繋ぎだなんて戯言は勝手に言わせておけば良いんですよ。
大丈夫、貴方は繋ぎなんかじゃない。
どうです?
ここは思い切って、もっとやりたいことやったら如何ですかい?」
「ご冗談を。
私は父とは違います。」
南郷の父、通称”南の親分”は当時の政権与党の重鎮として長らく政界に君臨した。
彼の武勇伝は今でも語り草で、閣僚に就いた際には時の総理に喧嘩を売り、南の一人内閣とまで言われたほどであった。
南郷はそんな親分の一人息子として、父の死後に地盤を引き継ぐ形で初当選を果たしたプリンスなのだ。
「何を仰いますか。
我々 南郷派は党内最大。
そのプリンスがこの政界でできないことなどありませんよ。
貴方のお父上もこの勢力差を最大限に活用しておられた。」
「仮に父のような力が私にあったとしても、私はそれを使う気にはなれませんね。」
辰巳の回想を受け流し、南郷は腕時計に目をやる。
「おっと、これは失礼。
長居し過ぎましたな。」
辰巳も南郷の仕草に不快感は覚えない。
先輩に対する南郷なりの気遣いだと理解しているからだ。
「それでは総理、何かありましたら連絡を。」
「分かりました。」
辰巳は退出し、南郷は直ぐに次の予定へと移った。
【大峡谷 ハーデスの根城】
神殿の頂上には祭壇が置かれていた。
龍郎が横たわるその祭壇の上へとハーデスは手をかざす。
「さてと、遊泳の時間といきますか。」
ハーデスが手をかざした部分から宇宙のような空間が広がる。
「くれぐれもお気をつけください、臺下。」
頂上の片隅に控えていた龍人が主人へと声をかけた。
「留守の間、コイツを頼んだぞ。
もしも部外者がやってきたら構わず殺せ。」
「御意。」
使徒に見送られながらハーデスは異空間へと飛び立った。
「つくづく臺下もお優しい方ですね。」
龍郎と神殿の麓で行われている修行を見遣りながら使徒は呟いた。
【?????】
意識が戻り、体を起こした。
そこは無だった。
「どうなってる…。」
声は響かない。
それどころか、空間に吸い込まれていくようだった。
立ち上がることができた。
周囲を見渡す。
何もない。
上も下も右も左も白い空間だった。
どこにいるのか、建物の中なのか、空間の距離感も分からない。
暫く歩いてみたが、景色は変わらない。
本当に自分は歩いているのかさえも不安になってきた。
「なんでこんなところに…。」
意識が戻る前の最後の記憶を懸命に辿る。
雪華に乗り、空中であの男と対峙していたところまでは記憶を遡ることができた。
「そうだ、あの直後に痛みが襲って…。」
龍郎は自らの胸を触る。
体には何の異常も無い。
「まさか、俺、死んだのか…。」
死んだことがないので分からないが、その可能性もなくはないだろう。
龍郎がそう考えていた時であった。
「まだ貴方は死んでいませんよ、異世界からの旅人さん。」
「えっ!?」
振り返ると、そこには白砂の大地が広がっていた。
そして、そこには女性もいた。
緑の髪で、肌は白い。
足が長く、スラっとしたモデル体型だ。
顔はもちろん美人。
「貴方はまだ死んでいません。」
「あ、あの、どうなってるんですか?」
「貴方の魂はまだ冥府に留め置かれています。
なので、厳密にはまだ貴方は死んでいません。」
「冥府?」
龍郎の聞き返しに彼女は頷く。
「ハーデスがちょうど今、その魂を取りに戻っているところです。
ハーデスが帰るまでの間、行き場を失った貴方の意識は一時的にこの空間に留め置かれているのです。
ですから、貴方はこうして私と意思疎通が行えるのです。」
彼女はそう解説すると、にっこりと微笑んだ。
「失礼ですが、貴女は?」
龍郎の問いに彼女は困った顔をする。
数秒の思考。
その後、彼女は端的に答えを発した。
「私は、貴方をこの世界に招いた者です。」




