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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第3章 〜やーーっとカイロキシア ちょっぴりイェンシダス????〜
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第65話〜ハーデスの根城〜

【カイロキシア 宮都】

行くあてもなく、頼る者もいなかったフェルマルタは自身の持てる力を尽くして命からがら目的地に辿り着いた。

だが、修道院の前には既に人がいた。


「やっぱりここに来たか。

 馬鹿だねぇ、アンタは。」


ベラはそう言うなりフェルマルタへ2本の苦内を投擲する。

あまりの速さにフェルマルタは動くことができなかった。

だが、カキンという音とともに苦内はどちらも切り捨てられた。


「邪魔すんじゃないよ!!!」


ベラはフェルマルタとの間に割って入った女に怒鳴る。


「彼は我々が保護する!!

 そちらこそ、邪魔立ては許さん!!」


ニンファドーラはロングソードを構える。

ベラも新たな苦内を右手に構え、突進してきた。

ニンファドーラは左から振り下ろされた苦内を薙ぎ払う。

払われた力を利用して、ベラは瞬時に取り出した苦内でニンファドーラの腹部を裂かんとする。

彼女はその攻撃を右手のコテで受け止めた。


「…っく!!!!!!!」


ベラの一撃でニンファドーラのコテは粉々に破壊されてしまった。


「もう右手は使い物にならないね。」


ニンファドーラは左手一本で剣を握る。

ベラは勝負あったと判断した。


「コイツはアタシが殺るからお前たちは他の下っ端を殺しな!!!!」


ニンファドーラの後ろでフェルマルタを囲うように控えている者たちを顎で示して言う。


「組合へ王子を護送するんだ!!!!」


ニンファドーラが叫ぶ。

一行が組合へ向かって動き出すのと、ベラの手下たちが動いたタイミングは同じだった。


「貴様らの相手は私だ!!!!!」

「させないよ!!!!」


ニンファドーラは敵を行かせはしまいと魔法を発動するも、ベラが魔法陣を破壊する。


「随分と面白い物を持っているな。」


ニンファドーラはベラの持つ苦内に興味を示す。


「そんなに見たいならもっと近くで見せてやるよ!!!!!」


ベラは連続して苦内を投擲する。

ニンファドーラは苦内を剣で切り落とすのではなく、魔法障壁を展開した。

しかし、着弾した全ての苦内が障壁を貫いて襲いかかる。


「厄介だな。」


ニンファドーラは剣を火炎鳥に変化させて全ての苦内を焼き消した。


「そんな物どこで手に入れた?」

「教えるわけねぇだろ!!!!!」


ベラは再び接近戦を仕掛けてきた。

今度は鉤爪を装着してニンファドーラを切り裂かんとする。


「甘く見ないでもらいたい!!!」


接近するベラの顔を火炎鳥が急襲した。

攻撃態勢に入っていたベラは火炎をまともに食らう。


「っ…、よくも…!!!!!!!!」


ベラは片膝を付く。

間髪入れずにニンファドーラがベラの顔を蹴り上げた。

彼女の長い足が鞭のようにベラの顔を仕留める。

あまりの威力でベラは後ろへ飛ばされた。


「体術に…、魔法を…、絡めんじゃ…、ないよ…。」


宙を仰ぐベラは虫の息だ。


「私の腕をダメにした奴は初めてだよ。

 その力量は認めるが、ここでお前を始末する。」

「フフ…。

 フフフフ…。」

「何がおかしい?」


ニンファドーラはベラの首元に剣を突きつけている。


「戦いは…、敵将の首を…、取った者が勝ちというが…、違う。

 王子を…、取った者が…、勝つ。」


その言葉と同時にニンファドーラの背後で魔法陣が展開される。

彼女は瞬時に横へ飛んだ。

1秒前まで彼女がいた場所へ岩の礫が連射される。


「しまった!!」


フェルマルタと一緒にいたのは雄志隊ではなく敵だった。


「この馬鹿ども…。

 修道院には…、当てるな…。」


再び魔法が展開され、今度はベラのいる場所に魔法陣が展開する。


「助けてやった者に何という口の聞き方だ。」


男はベラへ治癒魔法を発動した。

顔の火傷跡を含め、ベラの傷が全て消え去った。


「お前はいつも恩着せがましいんだ、ハンプトン!!」


先ほどまでの様子が嘘のようにベラは立ち上がる。


「おい、そこの女。

 こちらも忙しい。

 今すぐに逃げるなら追わない。」


ハンプトンはニンファドーラへ言う。


「他の者は、雄志隊はどうした?」

「少しばかり眠ってもらった。

 安心しろ、殺してはいない。

 私は殺生は嫌いだ。」

「そうか。

 それは甘かったな。」


ニンファドーラの台詞を理解したハンプトンは背後に魔法陣を展開する。


「殺生は嫌いだと言っているのだが…。」


迫りくる龍のタックルを障壁が防ぐ。


「これは珍しい。

 陸上種ではなく、両生種か。」


ハンプトンらの目の前に現れたのは陸上種に一般的なトカゲ型ではなく、ヘビ型の龍であった。


「終わらせろ、クライド。」


命令を受けて龍が口から水を吐き出す。

水圧が凄まじく、ハンプトンの障壁はいとも簡単に破壊された。

障壁の直ぐ後ろにいた敵の体が水圧で千切れる。

自らに到達する前にハンプトンは反射障壁を展開した。


「お返しだ。」


障壁が吸収したエネルギーを龍に向けて放出する。

龍は大きな鳴き声とともに地面に伏す。


「しまった。」


ハンプトンが龍の相手をしている間に男がフェルマルタの身柄を確保している。


「ニンファドーラ、急げ。」


男がニンファドーラへ退却を促す。


「逃すか!!!」

「待つんだ!!!」


ニンファドーラへ攻撃しようとしたベラをハンプトンが制した。


「残念だが、勝ち目はない。」

「このまま行かせるのか!?」


こうしている間にも雄志隊は彼らとの距離を伸ばして組合へと向かっている。


「悔しいが、今ここでこのまま続けるのは我々にとっても不都合だ。」


ハンプトンがベラの後ろを指差した。

修道院の扉が開き始めている。


「あれだってお前の責任だからな!!!」


事情を理解したベラは、退散しつつハンプトンへ抗議する。


「その件は謝罪する。

 まさか避けられるとは思わなんだ。」

「奴ら、組合って言っていたが、まさか冒険組合か?」


ベラの問いかけにハンプトンが首肯する。


「彼らは組合の雄志隊だ。

 組合が創設し、組合が直接指揮する何でも屋さ。

 練度は抜群で、大抵のことはやってのける。

 お前と戦ったのはニンファドーラ・ホップカーク。

 表向きの雄志隊隊長だ。」

「表向き??」

「あぁ。

 いるだろ、強さとかに関係なく、組織を束ねたりするのが面倒だって奴。

 最後に駆けつけた男。

 あれはマレー・セヴラン。

 雄志隊の中では勿論、そこら中でも彼より強い者を探すのは難しい。

 こう言うのは私の自尊心も傷つけるが、修道院の前で助かった。」

「いくら組合の猛者でも修道院相手だと戦闘回避を選ぶのか。」

「お前は修道院の連中と実際に戦闘したことが無いからそう言えるんだ。

 彼らとは関わらない方が良い。

 文字通り、世界中の街で命を狙われる。」


【カイロキシア 宮都 冒険組合支部】

「直ぐに彼女を医務室へ。」


マレーは待機していた組合職員にニンファドーラを託すと王子へ向き直った。


「フェルマルタ王子。

 優雅な護送という風には参りませんでしたが、ご無礼をお許しください。

 申し遅れましたが、私は冒険組合雄志隊のマレー・セヴランです。」

「さっきの龍はどうやったの?」


フェルマルタが訪ねたのはマレーが召喚魔法で呼び寄せたクライドのことだった。


「私の使い魔です。

 普段は大海原で放し飼いをしておりますが、有事の際には手助けをしてもらうんです。

 役目が終わると、再び魔法陣で大海原へと戻ります。」


マレーは王子を上階へ促しながら説明した。


「王子、我々はエリナス国王より貴殿の保護を承りました。

 王子が快適に過ごせるように努力は致しますが、暫しの間、多少の窮屈な思いはどうかご辛抱いただけると幸いです。」

「僕はファビアン王子を殺していない。」


フェルマルタはマレーの腕を掴んで訴えた。


「そうでしょうとも。」

「アイツは僕の護衛係でもない!!!

 あんな奴、これまで見たことがない。

 …、アイツは誰なんだ?」

「それは我々にも分かりません。」


マレーはそっと王子の腕を離し、王子の目を見て話す。


「ですが、いかなることがあろうと、我々が貴殿の身はお守り致します。

 そして、ファビアン王殺害の犯人も必ず突き止めます。」

「…、頼んだよ。」


王子はそう言って用意された部屋へと入った。


【カイロキシア 宮都 修道院前】

「困りましたね。」


中から出てきた修道士は戦闘で破損した壁を見ていた。


「困りましたね。」


同じく中から出てきた修道女が言った。


「どうしましょうか。」

「どうしましょうか。」


修道士の言葉に修道女も同じように答える。


「スオーロを呼んできましょう。」

「スオーロを呼んできましょう。」


そういうと2人は修道院の中へ消えていった。


「何なの、あの2人は…。」


物陰から修道院を監視していたヴェロニカはあの2人の調子に困惑していた。


「これです、スオーロ。」


ヴェロニカの困惑をよそに、修道士が別の修道士を連れて戻ってきた。

最初の2人が茶色のローブを着ているのに対し、今来た修道士は水色のローブを身に纏っている。


「これはまた酷いですね。」

「そうですね。」

「そうですね。」


スオーロの言葉に2人は肯く。


「任せてください。」

「ありがとう。」

「ありがとう。」


スオーロは破損した壁に手を当てた。


「人払いをお願いします。」


スオーロに言われて、2人は修道院に背を向けるように立った。


「ネッビア、あそこに知覚能力の高い人がいます。」

「任せてください。」


ヴェロニカは修道女に居所がバレていた。

直ぐに彼女は臨戦態勢を取る。

しかし、彼らから攻撃はなかった。

恐る恐るヴェロニカは物陰から修道院を覗き見る。


「何!?」


だが、そこには修道士たちはいなかった。

そして、壁も修復が終わっていた。


「そんな馬鹿な…。」


ヴェロニカは修道院から距離を取り、再び物陰に隠れた。

周囲に誰もいないことを確認し、彼女は魔眼を開眼する。


「さすが異能者集団ね…。」


ヴェロニカは先ほどのカラクリを見破った。

修道女から情報を得た修道士が幻影の霧を見せていたのだ。

そして、その隙にスオーロが壁の修復を行なっていた。


「土を操る異能者か。」


壁に触れていた彼の手が砂となり、破損箇所へと入り込む。

入り込んだ砂が岩となり、再び修道院の壁となった。


「霧と土の異能者よりも、あの女の方が厄介ね…。」


物陰に隠れているだけであったが、ヴェロニカはきちんと気配を消していた。

なのに居場所を簡単に見破られた。

どのような異能なのかも見当がつかない。


「考えるだけ今は時間の無駄か。」


今のところは修道院に用も無いため、一先ずヴェロニカはファビアンを殺害した犯人へと思考を切り替えた。


「修道院前で雄志隊と戦っていたのは何者なのかしら…。」


素性こそ分からぬが、彼らがファビアン暗殺犯の勢力なのではないかと感じていた。


「居場所も分からない。

 無闇に探すのも大変。

 となると…。」


奴らが狙っているのは王子。

王子がいるのは冒険組合。

ヴェロニカは冒険組合へと向かった。


【カイロキシア 宮都】

「帝都が作戦の最終段階に移行しました。」


報告者が短く告げる。


「ご苦労。

 それでは、我々も動くとしよう。」


ジギスヴァルトの言葉にキルケドールも肯く。


「同盟相手のエリナスがあの様では、イェンシダスも動くに動けんだろう。」


帝莎条約調印後、イェンシダスはカイロキシアを攻め落とすべくエリナスと対カイロキシア同盟である湲惠同盟を締結していた。

しかし、先日のエリナス襲撃のせいで同盟機能は事実上停止している。

イェンシダスも単独ではカイロキシアへ侵攻する力は無いため、現在も国境付近で静観が続いている状態だ。


「あんな小国はサビキアに任せておけば良い。

 情報が正しければ、あのニホンとかいう異世界の連中もサビキアの戦いに協力するという。

 情報収集にこれほどの好機はない。」


屋外に出て馬車に乗り込んでなお、ジギスヴァルトは話を続けた。


「ようやくあの樹海をゆっくりと散策する機会が訪れたな。」


ジギスヴァルトが言及しているのはモーモリシアに広がる渺渺たる樹海(アンフィニ・バルト)のことだ。

彼ら2人はそこへ向かおうとしていた。


「本当にあれを使うのか?」


キルケドールが尋ねる。


「さすがの我々も、あれを使わなければ樹海を抜けるのは不可能だ。」

「だが、モーモリシアの全ての種族を敵に回すことになるぞ。」


友の指摘にジギスヴァルトは不敵な笑みを浮かべる。


「だから?

 アイツら如きを恐れていてはこの先には到底進めないぞ。」

「分かっている。

 ただ、今後はもう後に戻れないということを確認しておきたかった。」

「お前は変な奴だ。

 最初から我々は戻る道も持ち合わせていないだろうに。」


キルケドールもジギスヴァルトと同様に笑みを浮かべた。


「そうだな。

 我々の理想のために、ただ我が身を費やすのみ。」


ジギスヴァルトは頷いた。


「モーモリシアを盗るぞ。」


【エリナス 大峡谷】

夜も更けてきた頃、ハーデスたちは谷底にいた。


「さぁ、着いた!

 ここが我が根城だ。」


ハーデスが指差したのは谷底の壁面に開いた穴であった。


「これですか?」


セシルが確認する。


「あ、今、こんなところが???って顔したろ。

 もうね、中に入ったらビックリしちゃうから。」


さ、早く早くとハーデスに促された2人は先に中へと入る。

2人が中に入った後、ハーデスは龍郎の遺体を敷物で包み、そっと抱えて続いた。


「どうだ、凄いだろ!」


中の光景に固まっている2人へ声をかける。

それもその筈だ。

ハーデスの根白は神の名に相応しい場所であった。


「こ、これは何ですか!?」


ロディが目の前に見える光景へ質問を発した。


「今入って来たここが玄関で、今目の前に見えているこの白い川みたいなのが流れる風呂だな。

 これに浸かってれば寛ぎながら勝手に家の中を巡れるってわけさ。

 目的の場所に着いたら梯子を登って、はい、お仕舞い。」


ハーデスが言ったのは、我々の理解しやすい言い方をすれば、温水の流れるプールだ。


「ここは大山脈の地熱でポカポカなのさ。

 だから、ただの水でもちょうど良い温度に勝手に上がってくれる。

 水は無限に湧き出てくるし、勝手に排水もされてるから手間もかからないってわけ。」


一行はハーデスの解説付きで奥へと進む。


「まぁ、濡れたくない時もあるんで、こうして陸路も用意してあるのよ。」


彼らは風呂の上に設置されている足場を通って移動している。

足場を通って流れる風呂を横断した先には洞窟があった。


「ここは砂風呂だ。」


洞窟の中は開けており、一面には砂場が広がっていた。

砂場の真ん中には洞窟の奥へと続く道が一本。


「この道の左右で砂が違うんだ。

 右の赤い砂は”血の砂”って言って、ここに入ると血液循環が良くなる。

 左の白い砂は”骨の砂”って言って、ここに入ると骨が強くなる。」


一行は砂場を抜けて洞窟の奥へと入った。

中には一本の通路と、その両脇には木戸のついた小さな洞穴のようなものがいくつか存在していた。


「ここは蒸し風呂。

 こんな風に木戸で中の熱を逃してないから、中は汗が滝のように滴る暑さだ。

 ここに入ると体内の毒素が全て汗と一緒に抜けちまう。」

「ここはお風呂ばっかりなんですね。」


歩きながらセシルが言う。


「意外だったか?」


ハーデスは笑みを浮かべてセシルへ振り返る。


「はい。

 何というか、私のイメージだと、ハーデス臺下は、こう、暗くて冷たくて寂しい場所にいるのかと思いました。」


セシルの予想にロディも首を縦に何度も振る。


「冥府の神っつっても、そんな訳ないじゃないのよ。

 俺は明るくて、暖かくて、賑やかな場所じゃないと嫌なのー!

 今はここには他に誰もいないけど、戦争の時とかは凄いんだからな。

 もう賑やかで賑やかで仕方ないっちゅーの。」


ハーデスの主張に2人は苦笑いをするのみだった。

そんな話をしながら、一行は洞窟を抜けた。


「ここは生命の湯だ。

 源泉掛け流しで、泉質は最高!!

 ここのお湯に浸かっていれば、疲れも傷もみるみると吹き飛んじまう。」


目の前にはゆったりとした長い坂道と、その両脇に階段状に連なる広大な風呂がいくつもあった。


「ずっと奥、坂道の頂上に滝が見えるだろ?

 あれが源泉だ。

 あそこから下に向かって段々とお湯が流れてくる。

 上に行くほど温泉の温度は上がっていき、やがては尋常じゃないくらいに熱くなるが、その分泉質も比例して上がる。

 まぁ、どいつもこいつもせいぜい2段目が限界ってとこだな。

 それよりも上の温泉に入ると体が保たずに丸焼けになっちまう。」


そう言いながらハーデスらは坂道を上へ上へと登っていく。


「そろそろ君たちには熱さも限界だろうな。」


坂の中段あたりにくると、2人の顔は真っ赤で汗が吹き出していた。


「ここから先はこのローブを羽織って行くんだ。

 じゃないと死んじまうぞ。」


ハーデスに言われた通り、2人は中段に用意されていたローブを羽織った。


「何だこれは…。」


羽織った瞬間、ロディが驚きの声をあげる。


「熱さが和らぐどころか、熱さを感じないぞ。」


セシルも同様の感想を抱いていたのだろう。

ハーデスへ解説を求める眼差しを向けている。


「コイツぁちと特殊な代物でね。

 人呼んで、業火の龍と呼ばれるドラゴンの皮できてるんだ。」

「業火の龍?」


ハーデスの口から出たのはロディも聴き慣れないドラゴンの名前であった。


「知らないのも無理はないな。

 …、ところで、不死鳥ってのは聞いたことあるか?」

「それならある。」

「私もあります。」


2人の答えに満足したようにハーデスは続ける。


「不死鳥ってのは、文字通り、不死の鳥だ。

 鳥類の中で唯一、死んでもまた同じ個体が生まれてくるっつーあれだ。

 それも、この広い世界でたった1羽だけ。

 簡単に言えば、業火の龍ってのはそんなやつだ。

 世界に1体しかおらず、そいつが死ぬと再び溶岩の中から生まれてくる。

 だが、不死鳥と違うのは、生まれてくるのは別の個体だってことだ。

 死んだ個体はそのまま残る。

 そこで、俺が龍の飼い主に頼み込んで死んだ龍の皮を頂戴したってわけだ。

 業火の龍の皮は何をしても傷が付かず、耐熱性も天下一品。

 これ以上の素材はないよ。」


ガハハハと笑うハーデスにセシルが質問する。


「龍の飼い主、ですか?」

「あぁ。

 業火の龍はアレウスっつー神の所有物だ。

 アイツは不死鳥の所有者であるヘイリオスとは違って下界に龍をまず降さない。

 だから君たちが知らなくても無理はないんだな。」

「不死鳥は自由に下界に飛んで来ているから我々に知られているということでしょうか?」


ロディが質問する。


「ヘイリオスの野郎は見せたがりだからな。

 不死鳥の気のままに好きに飛ばせているだよ。

 ついでに、不死鳥を見せびらかすのが自分の票集めにもなるって思ってんのさ。」

 

ハーデスがヘイリオスのことを苦々しく説明しているうちに、一行は最上段まで到達した。

頂上には源泉の滝と滝壺の池しかない。


「さてと。

 ここが源泉な訳だが、我々はこの奥へと向かう。」


そう言ってハーデスが指差したのは滝だった。


「奥?」


ロディも思わずハーデスの言葉を復唱する。


「実はこの滝の奥には普段は俺しか入れない特別な空間がある。」

「というと、今日は私たちも入れるってことですか?」

「ご名答。

 お嬢ちゃんは聞いて欲しいことを聞いてくれるから良い娘だね。」


ハーデスがセシルを馬鹿にしたのかどうかはさておき、ハーデスはセシルの質問に答える。


「今日は結界を消しておいた。

 いつもなら、たとえ滝を越えられても結界に触れてしまって一瞬で体ごと消え去るが、今日は大丈夫だ。」


そう言いながらハーデスは龍郎が包まれた敷物を床に置いた。


「よーし。

 そんじゃあ、今から俺が君たちを滝の奥へと投げる。」


2人が声を出す間もなく、ハーデスは2人を抱え上げた。


「まずはお前からだ。」


そう言ってハーデスはロディを滝へ向かってぶん投げた。

凄まじい速さでロディは滝を突き抜けて行った。


「よし。

 じゃあ次はお嬢ちゃんだ。」

「え、ちょ…。」


セシルも言い終わらぬまま投げられた。

2人はほんの1秒足らずで滝の奥へと到着した。


「ここは…。」


先に投げられていたロディが空間を見渡している。

セシルも立ち上がり、辺りを見回す。


「神殿…?」


滝の奥には広大な空間があった。

何百段もありそうな階段と、その上に聳える神殿だけが存在していた。


「俺の家だ。」


遅れてやって来たハーデスが解説する。


「残念だが、君たちはここまでだ。

 あの階段には決して触れるなよ。

 君らが死んでも助けないからな。」


そう言ってハーデスは敷物を抱えて階段を登り始めた。


「お待ちください臺下!!!!

 我々は何のためにここまで連れて来られたのですか!?」


ロディがハーデスへ質問を投げる。


「何って…。

 修行だよ。」

「修行?

 臺下が稽古を付けてくださるのですか?」


ロディの言葉にハーデスは首を横に動かした。


「我々は魔法はさっぱりだ。

 だが、言われた通り、最高の教師を用意したぞ。」


ハーデスがロディたちの背後を指差した。

2人は振り返る。

そこには1人の壮年の男性が立っていた。

男性は青白い光のようなもので構築されており、生身の人間でないことは確かだった。


「コイツを探すのは本当に骨が折れたよ。

 ったく、毎日毎日俺にお祈りして感謝しろってんだ。」


ハーデスはそう言いながら再び階段を登って行く。


「言われた通りって、誰にですか!?

 きちんと説明してください、臺下!!!!」


セシルがハーデスへと叫ぶ。


「悪いが、まだ役者が揃ってねぇんだ。

 時が来たら必ず説明する。

 それまでは冥府の神の顔を立てて、ここは一つ付き合っておくんねぇ!!」


後は任せたぞ!と言ってハーデスは三度階段を登り始めた。

ハーデスが声の届かぬ、届いたとしても無視すると分かった2人は壮年の男へと向き直る。


「我々の稽古を付けてくださるということですが、一体、貴方は…?」


ロディが男性へ素性を尋ねる。


「同じ地位に就いていても流石に顔は分からないか。」


男はそう言って微笑んだ。


「初めまして。

 スパドモア君、オルコット君。

 私の名前はウォーロック・リュートだ。」

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