第63話〜陰謀〜
【エリナス ファミリオ魔術大学校】
「神が関わっているならば、事態は魔導協会や彼だけで済む問題ではありませんよ。」
ランドロスは師匠の見解を聞いて答える。
「状況証拠からして間違いない。
だが、確証が欲しい…。」
「そうですね。
迂闊に神の仕業だなんていう事は避けた方が良い。」
ランドロスがロディの慎重意見に賛成したその時。
人垣が騒がしくなった。
「何するんですか!?」
セシルの声が響く。
そこには群衆の頭5つ分は抜き出ている背の高い男がいた。
男は今まさに龍郎を抱え上げようとしている。
「君、何をしているんだ!」
ロディが男へ声をかける。
男の髪はボサボサで、小汚いボロ切れを身に纏っている。
「何って、彼を助けるんだよ。」
「親切心には感謝するが、彼は既に手遅れだ。」
「それは君たち人間界の理屈だろ?
俺らからしたら彼はまだ助けられるんだよ。」
男の発言に周囲が騒然とする。
無論、ロディもランドロスも同じであった。
「人間界の理屈、だと…。」
「まさか…。」
男は龍郎を担ぎ上げた。
「訳は話せないが、彼を助けてくれって言われてんだ。
冥府の神の名の下に、彼をいただいていくぜ。」
周囲のざわめきが大きくなる。
「冥府の神って…!!!!」
「ハーデスか…!?」
周囲の指摘に男は若干不満そうな顔をする。
「おい、ハーデスって呼び捨てにした奴は誰だ?
ハーデス”臺下”だろ!!!!
神々を呼ぶ時は敬称をつけろ!
さもないと、死んだ後にお前らの魂を燃やしちまうぞ!!!」
半ば男が自らの正体を告白した後、ミネルバがハーデスを呼び止めた。
「お待ちください、ハーデス臺下。
その子をどうするおつもりで?」
「俺の宮殿に連れ帰って生き返らせるの。」
しれっと言ってのけたハーデスだったが、彼女たちは簡単には済ませてくれなかった。
「い、い、い、生き返らせる!?!?!?!?」
「そんなことができるのか!?」
思わずセシルとロディが口を開く。
「俺、一応、冥府の神だから。
この世で死んだ者の魂は俺の元に来るの。
異世界から来た彼の魂も、この世界で死んだらこの世界の法則通りに俺の元に来る。
だから、その彼の魂をちょちょいと戻してあげて、生き返らせるって訳さ。」
「まさに神の為せる業なのか…。」
「あ、そうそう。
アンタとそこのお嬢ちゃん、それからそこのブゼラタリア種は付いて来な。」
ハーデスはロディとセシルと雪華を指差した。
「嘘…。」
「良いんですか!?」
「あぁ。
数千年に1度の特別だぜ。」
そう言ってハーデスは壁に丸めて立てかけていた敷物に手を伸ばした。
「さぁ、乗った乗った!
早く行かねぇと鮮度が落ちちまう。」
ハーデスに促されて2人は広げられた敷物へと移動する。
「ランドロス、会長代理は任せたぞ。」
「師匠、行って来ます。」
ミネルバとランドロスはそれぞれ相手に頷き返した。
「それじゃあ、ちょっぱやで行くぜ!
しっかり付いて来いよ!」
ハーデスが雪華へそう言うと、敷物は浮遊し始めた。
かと思いきや、高速力で飛んでいってしまった。
「ホーア!!!!!!!!」
雪華も急いで後を追って飛び立った。
「おい、何があったんだ?」
「コーネリウスはもう少しロクな奴らを護衛として寄越せなかったのかぇ…。」
かなり遅れて登場したエドたちにミネルバが溜息混じりに言う。
「何があったかは道中話すことにするよ…。
さてと、アタシのドラゴンは無事だろうね?」
ミネルバは彼女の愛龍の世話をエドたちに頼んでいたのだ。
「もちろんだ。
敵の攻撃からもしっかりと守り切ったぞ。
いつの間にか敵はいなくなっていたがな。」
「そうかい。
それは良かったぇ。
…、ランドロス、そろそろアタシはお暇させていただくとしよう。」
「承知した。
会長に代わってお礼申し上げる。」
ランドロスと別れ、ミネルバたちは彼女の愛龍の元へと向かった。
【シャウラッド コルカソンヌ 冒険組合本部 議事室】
出席者に室内の空気が非常に重くのしかかった。
特に、この会議の主宰者である組合長の心は嵐であった。
「それで、現地の状況は?」
相も変わらず老父は葉巻をふかしながら口火を切った。
「ファビアンは死亡。
容疑者と思われる者はエリナス王国第二王子フェルマルタ・ラベージ・イグレシアスの護衛係とのこと。」
「それで、王子はどうなっている?」
「不明です。
他の護衛係に連れられて現場から逃走したと報せを受けているが、現地の状況は激しく変化している。」
ヘルゴンザの説明を聞いて老父はフーッと大量の煙を口から吐き出した。
「作戦は続行するのかしら?」
ゼリョーナがヘルゴンザへと問う。
「実はだな。
エリナス王室から依頼が来ている。」
「依頼だと?
まさかとは思うが、王子の保護じゃないだろうな?」
ウィスがヘルゴンザへと内容を確認する。
「そのまさかだ。
エリナスは王子の保護を求めている。」
これにはウィスも両手で顔を覆った。
「エリナスが襲撃されたことは把握している。
魔導協会も襲撃を受けたようで、エリナス国内からは救出部隊を出せないのだろう。」
ウェーラワが救助依頼発出の原因を推測する。
「エリナスはこの依頼を受けないと国内の組合を閉鎖すると脅してきている。
まぁ、ファビアンの亡命が失敗した今、手ぶらで部隊を引き上げるよりは王子の救出でもして帰還した方が得策だと考える。
人員はそのままで、目的の変更を許可していただきたい。」
ヘルゴンザが出席者の反応を伺う。
皆が言葉を選んでいると、老父が口を開いた。
「ヘルゴンザ、カイロキシアの組合で王子の受け入れ準備を進めるんだ。
国外脱出ができない場合、応援が到着するまでは組合の中で保護しろ。」
老父が息子へと指示した。
「組合の中でですか?」
「あぁ、そうだ。
冒険者を全員外に締め出しても構わん。
組合を要塞化して王子を守るんだ。
これ以上、始まりの血を失うわけにはいかん。」
「承知致しました。」
結局、この会議で多数決が行われることはなかった。
【サビキア 王都 宮殿】
フェムカとリックは国王に事態の説明を行なっていた。
「ファビアン王亡き今、カイロキシアの王位は妹のアデリーヌ王女へと移されます。
ただ、そうなると、政治力のない彼女では国内の分離独立派を抑えることができないと思われます。」
「現在、国内は二分されています。
エリナス寄りの地域は残留派、帝国寄りの地域が独立派となっており、宮都は残留派地域に属しています。
そのため、宮都であるならば有事の際でも人員を動員することは可能かと存じます。」
2人の報告を聞いたコーネリウスが質問する。
「帝国の介入はどの程度考えられるのだ?」
「独立派地域には必ず侵攻及び占領してくると考えられます。
また、アデリーヌ王女は宮都の治安維持のためにも帝国軍の派遣を要請する可能性があります。」
「そうか。
だがまぁ、幸い、今回は我が国が介入する理由も動機も今のところは見当たらぬな。」
国王の意見に2人も賛成であった。
「カイロキシアの情勢は引き続き注視するのだ。
何か動きがあればまた報せよ。」
「御意。」「御意。」
「しかし、あの少年が殺害され、その亡骸をかのハーデスが引き取りに来たとは…。
死後の世界を訪れた後に再びこの世界の土を踏めるとは、世界中で彼1人なのではないか。
もしかすると、運命というのは本当にあるのかもしれぬな。」
国王の言葉に2人は首を垂れるだけであった。
【カイロキシア 深縹宮 勝色の間】
「そっちだ!!!!!」
「悪魔の手先を倒すんだ!!!!」
「応援を寄越してくれ!!!!」
「殺せぇぇぇ!!!!!」
「フェルマルタを探せぇぇぇ!!!!!!」
市中には様々な声が響き渡っていた。
国王の暗殺の直後、プライミッツ教の教徒らが突如として王宮へと侵攻を始めたのを受けて衛兵らが彼らと戦闘を開始。
その合間を縫うように事件の重要な関係者であるエリナス王国のフェルマルタ王子の捜索も行われていた。
「女王様、国内の東半分が独立を宣言致しました。
加えて、情報によると、既に帝国軍が領内に侵入しております。」
王室は直ちに王位をファビアンの妹のアデリーヌへと継承し、権力の空白が生じるのを防いだ。
しかし、国王暗殺の報せが届くや否や国内の東半分の地域が早速独立を宣言。
これに合わせて帝国軍が自国防衛と友好国支援の名目でカイロキシア領へと進軍し、独立地域を占領したのだ。
「良かったじゃないの。
下手に独立されるのなら、帝国軍にいてもらった方が安心よ。
そんなことよりも、エリナスの王子はどうなったの?」
「フェルマルタ王子の捜索は継続中でございます。
しかし、現在、市内ではプライミッツ教との戦闘も発生しており、王宮の警備も考えますと、人員は限られてしまいます。」
アデリーヌは大臣の報告に不満が募った。
「さっさと捕まえてちょうだい。
必要とあらばここの警備の人数を減らしても良いから直ぐに教団と第二王子を潰すのよ!!」
【カイロキシア 宮都】
「それで?
まだフェルマルタは見つからないのか?」
ジギスヴァルトが集まった面々に尋ねた。
「どうやったか知りませんが、全く所在が掴めません。
宮都、少なくとも国内にいるのは確かですが、その先はまだ…。」
「王宮から出たところを襲撃したんだろ?
なのになぜ取り逃した?」
キルケドールが報告者に詰め寄った。
「忽然と消えたそうです。
護衛は全て排除しましたが、本人は戦闘の途中に文字通り”消えた”そうです。」
「王子が魔導師だなんて聞いてない。」
ベラも報告者に更なる説明を求める。
「仰る通り、魔法を発動した形跡はないことからも魔導師ではありません。
別の存在かと…。」
「異能者の類か。」
ジギスヴァルトが王子の能力を推測する。
「だとすると厄介だな。
予定通り、生け捕りではなく殺害しろ。
修道院に駆け込む前に何としてもやれ。
良いな?」
「仰せのままに。」
「ベラ、魔導師を引き連れて修道院へ向かうんだ。
奴らも中に入らねば手出しはせんだろう。」
「分かった。」
命令を受けた2人は部屋を後にした。
部屋にはジギスヴァルトとキルケドールだけが残った。
「…、終末点は?」
ジギスヴァルトが聞く。
「誰にも気付かれていない。
シャウラッド、エリナス、カイロキシアは既に。」
「帝国は?」
「間も無くだ。」
「そうか。」
それだけ言うとジギスヴァルトは黙り込んだ。
「”あれ”の管理は問題ないか?」
「あぁ。
そう聞いている。」
しかし、キルケドールに自信は見えない。
「彼は”あれ”をどうするつもりなんだ…。」
「分からない。
少なくとも、我々には扱えない。
そうであるならば、もはや我々にはどうすることもできない。」
「人間というのは無力だな。」
それだけ言うと、ジギスヴァルトは手でキルケドールへ退出するように促した。




