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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第3章 〜やーーっとカイロキシア ちょっぴりイェンシダス????〜
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第60話〜カイロキシア編始動〜

【エリナス ファミリオ魔術大学校】

知恵の館から戻った龍郎とセシルは急いで”魔導送声機”へと向かった。

博士が完成を宣言した後、魔導送声機は帝国領にあるコートを除いて各魔法魔術大学に設置されていた。


「先生、お願いします。」


龍郎はセシルにそう言って送声機を起動してもらう。


「予想よりも必要な魔力は少ないですね。」


送声機を起動させながらセシルは使用感をコメントする。


「この伝言を聞き次第、直ぐに御用邸にいる日本の政府高官を呼んでくださいと伝えてください。」


龍郎に言われた通りにセシルは声を送信した。


「ここからサビキアの距離なら特段問題はないですね。」


セシルは声を送信した後、データ収集のためにその場にいた研究者に声をかけた。


「それは良かった。

 それを聞いて博士も喜ぶ筈です。」


研究者がそう言うと、魔導送声機に付属する受声機が振動した。


「こちらは王立魔法魔術大学のマクビーである。

 伝令はしかと把握した。

 現在、御用邸に魔導師を派遣しているため暫し待たれよ。」


ノイズもなくクリアだ。


「はっきりと聞こえますね。」


龍郎は思わず口にした。

その場にいた他の者もそれに同意する。


「龍郎、どうしますか?

 取り敢えずのところは声の送信は成功しましたがニホンの方が大学校にいらっしゃるまでまだ時間がありますよ。」

「そうですね。

 雪華のところにでも行きましょうか。

 エドさん達も来ていることですし。」

「そうしましょうか。」


セシルはミネルバからガミガミ言われているエド達を想像した。

早く帰れとエド達に言うミネルバと、護衛の任務は終わっていないと返すエド。

知恵の館から戻って来て最初の会話である。

2人の第2ラウンドが始まる前に彼らは雪華達の元へと向かった。


【帝国 皇城】

「カテリーナは今どこにいる?」

「殿下は現在エリナスにいらっしゃいます。」

「丁度良い。

 それならばカテリーナをカイロキシアへ使いに出すんだ。」

「承知致しました。

 エヴァノラにそのように伝えます。」


セオドラは皇帝へ恭しく一礼した。

カイロキシアに使いを出すと言っても、半端者ではファビアンに会うことも叶わない。

今、信用の置ける高官を迂闊に帝国から出せば帝都がどうなるか分かったもんじゃない。

選択肢として残っていたのは護衛も十分につけているカテリーナだけであった。

この決定にヴェロニカはギャーギャー言うだろうが仕方ない。

皇帝はそう自らを納得させた。


「失礼致します。」


ノックと共に声がかけられる。


「入れ。」


皇帝に促されてドアが開く。

セルゲイが入室した。


「後任の陸軍大将の件でご相談したいことがございます。」

「ほぅ。

 申してみよ。」

「小官はオブラゾフ・アダィツカヤを推薦致します。」

「あの”忠犬オブラゾフ”か?」


オブラゾフは陸軍きっての穏健派で、上官の命令には絶対である軍隊の中で更に忠実なイエスマンとして有名であった。


「左様にございます。

 彼は能力も高く、上官の命令には絶対服従です。

 元老院の非難が陸軍に向いている今こそ、徹底的に陛下の意思を陸軍に浸透させることのできる絶好の機会です。

 これを逃せばオブラゾフのような穏健派を陸軍の長として据える人事はできなくなると考えております。」

「お主がそこまで申すのは珍しいな。」


海軍の長たるセルゲイとしても、陸軍の勢いが削がれている今が自派拡大の好機と認識しているのだろう。

皇帝にとっても自分に近い彼が軍部の主導権を握っているのは望ましい状態であった。


「分かった。

 その人事案で元老院を通そう。」

「恐悦至極にございます。」


セルゲイは執務室を後にした。


「さて…。」


皇帝は机上のベルで外に待機する内務大臣を呼んだ。


「これを元老院に提出しろ。」


受け取った勅令を見て内務大臣が内容の確認ををする。


「陛下、これは…。

 魔導部隊を騎士団の指揮下に組み込むのですか…!?」


渡された勅令にはアリューシャを現職から魔導部隊管理官へと転職させる旨が記載されていた。


「違う。

 元騎士団の者を新たに魔導部隊の管理官に据えるだけだ。

 アリューシャは魔導師として能力もあり、統率力も騎士団で証明している。」


誰が聞いても皇帝の論理は詭弁だと分かる。

彼は紛れもなく魔導部隊を騎士団の、つまりは自らの管理下に置こうとしている。


「お言葉ですが陛下、これは魔導部隊、いや、軍部の反発を招きかねません。」

「余の命令だぞ。」

「…、御意。」


内務大臣は抗弁を強制的に封じられた。


「空いた管理官の席を一刻も早く埋めねばならぬ。

 きっと軍部も納得してくれようぞ。」


黙礼して内務大臣は元老院へと向かった。


【エリナス 鴇羽楼(ときはろう) 政議の間】

龍郎達が知恵の館から戻った頃。

エリナスの君主たるカタリーナ・セイボリー・イグレシアスは居城”鴇羽楼”で御賢侯を前に不満を露わにしていた。


「カイロキシアに兵を進めぬとは何事なの!?」


王配(つまりは彼女の夫)の妹が送り返されたことを受けて彼女はカイロキシアへ出兵することを提案していたのだ。

国境沿いに軍を展開したところまでは良かったのだが、そこから先へと進まない。


「我が女王よ、カイロキシアへ兵を進めるのは我が国にとって得策ではありません。」


長方形の大きな机を挟んでカタリーナの前に座る老人が宥めるように言う。


「帝国は弱り切っている。

 今なら我が国の損害は少ないのではないの?

 どうなのよ、カハール?」


カタリーナは最初の老人の右に座る老人に問いかけた。

カハールは言う。


「イルデフォンソ議卿に同じでございます。

 我が女王の仰る通り、確かに帝国は弱くなりました。

 ですが、カイロキシアの兵力と合わされば我が軍などひとたまりもないでしょう。」


事実、エリナスは軍事強国ではない。

芸学の都の名に相応しく、エリナスは腕っ節においては他の国には敵わない。

魔導三学府のファミリオがあるからこそ、エリナスは侵攻されないのである。


「それでは其方達の意見を聞かせてもらおうかしら。」


自分に政策決定権が無いことは刷り込み教育で染み付いている。

彼女はさっさと御賢侯の策を聞くことにした。


「我々は第二王子をカイロキシアへ遣わせようと考えております。」


カタリーナはイルデフォンソの言葉に耳を疑った。


「フェルマルタをカイロキシアに?

 どういうことよ?」


理由を尋ねられたイルデフォンソは居住まいを正した。


「その、ファビアン王は、なんと言いますか、男色との噂がございます…。」


カタリーナは面食らってしまった。

沈黙が部屋を覆う。


「ファビアンは男が好きってこと?」

「左様でございます。」

「だからフェルマルタを…。」


エリナス第二王子のフェルマルタ・イグレシアスは昨年の冬に母親へカミングアウトしたばかりだった。

最初、彼女は衝撃で言葉を失った。

勿論、母親としてのカタリーナは息子の意思を尊重した。

打ち明けるのにどれほど勇気が必要だったかは想像に難くない。

しかし、王としてのカタリーナは複雑な気持ちであった。

第一王子のフェルナンドは既に婚約しているために王家の血筋は受け継がれる。

だからこそフェルマルタのカミングアウトを受け入れられたのかもしれない。


「カイロキシアの民は不幸だわ…。」


カタリーナはポツりと呟いた。

御賢侯は相槌を打たずに沈黙を貫いている。


「分かった。

 あの子には私から話しておくわ。」


【カイロキシア 深縹宮】

「何やら物々しいな。」


ファビアンは着替えを手伝っている侍従に言う。


「今朝方、侵入者が現れたそうで。

 警備に当たっていた衛兵数名が死亡し、王宮の柵も破壊されたようです。」


窓越しにファビアンは修理の終わっている柵を見た。


「侵入者は?」


ファビアンは直ぐに視線を室内に戻した。


「現在も逃亡中です。

 ですので暫くは王宮の警備が強化されるとの話です。」


ファビアンはあまり気にしていない様子だ。


「今日の予定は?」

「いつも通り議会に提出する法案の確認と署名を。

 その後は崇王院にてエドゥアール宗祖と会談です。」


着替えが終わったファビアンは侍従の話を聞きながら部屋を出た。


「あの男は何て?」


廊下を歩きながら侍従へ尋ねる。


「宗祖は是非とも国王の後ろ盾が欲しいそうで。

 貢物を用意して待っているそうです。」


ファビアンは脳内で欲にまみれた宗教家の顔を思い浮かべた。


「国境では無いとは言え、プライミッツ教を認めているのは我が国だけだからな。」

「はい。

 崇王院としてもプライミッツ教の資金と人員は有用でありますからね。」


カイロキシア政府たる崇王院には定められた予算を超える額の金が教団から流れている。

彼らはその金をどう使っているのだろうか?

答えは簡単だ。

反対派の買収、売春等々、彼らは欲望を満たすために日々教団からの賄賂を消費している。

買収に失敗した場合、教徒を用いての暗殺も日常茶飯事だ。


「信仰の対象が亡者だと知った時、奴を信じる者はどう思うのか。

 宗教とは哀れなものだな。」

「ですが、上手く宗教を使えばこれほど忠実な下僕もおりませぬ。」

「違いない。」


ファビアンは執務室へと入った。


【カイロキシア 宮都 プライミッツ教団本部】

宗祖(グル)、お客様がお見えです。」


説話の途中であったが、エドゥアールは光輪の間から退出した。


「お客様?

 どなたですか?」


自分語りのできる説話を中断することが大嫌いなエドゥアールは、声音こそ柔らかいが表情には不満の色が滲んでいた。


「天使の子供だと言えば通じると…。」


宗祖の雰囲気に押されながらも女は来客者の情報を伝えた。


「分かりました。

 大切なお客様です。

 直ぐに静寂の間へ通してください。」

「畏まりました。」


天使の子供と告げたその男が部屋に入った時、エドゥアールは瞑想をしていた。

扉が閉まり、部屋には名前の通り静寂が訪れた。


「よくぞ参られた、天使の子供よ。

 我が主は何と申しておられた?」


エドゥアールの目に映っているのは今朝方王宮を襲撃した男その人であった。


「決行は明後日だ。」


フードの男が告げるとエドゥアールは興奮した様子で立ち上がった。


「おぉ!!!!

 遂に天使が歌う日が訪れるのか!!!!」

「…、ここは静寂の間ではなかったのか?」


フードの男はエドゥアールの言動を指摘する。


「こんな役はクソ喰らえだ。」


そう言ってエドゥアールは立ち上がった。


「何が宗祖だ!!!

 入れ替わるにしても他の奴があったろうに…。

 教団の女とはヤリ放題だが、こんなのは2度とゴメンだ!!」


現状への不満を爆発させる彼に男は言葉をかける。


「もう少しの辛抱だ。」

「分かっている!!

 …、無事に俺をお前らと脱出させろ。

 良いな?」


エドゥアールは男に詰め寄った。

細身の長身が男の前に立ちはだかる。

男は彼の顔を見上げる。


「案ずるな。

 天は我々を見捨てはしまい。」


【帝国 帝都 とある場所】

「ビューレルさん、もうお加減は宜しいんですか?」

「お加減もへったくれもあったもんじゃねぇよ。

 俺がいなけりゃ誰がここを守るんだよ?

 姐さんの力を借りるなんざゴメンだぜ!」


ユスポフを尋問していた特務機関の秘密施設を任されているのはヴェロニカではなくビューレルだ。

施設に誰もいなければ彼ももう少し休養を取ったかもしれないが、今は一刻も早く任務に復帰したいのだろう。


「さてと…。

 こいつからもう少し情報を引き出したいな。」


ビューレルはユスポフの前に座った。

この前とは違って、彼の目は活力が宿っている。


「お前たち何者だ?

 私を誰だと思ってるんだ?」

「うるせぇ!!

 お前は売国奴だ!!!

 他の何者でもない!!!」


ビューレルはユスポフの顔を平手打ちした。


「売国奴だと?

 お前たち、帝国の者か?」

「だったらどうなんだ?」


ビューレルは返事をしながら鞭を手に取る。


「売国奴に口を割らせるのが俺の仕事だぁ!!!!!」


ユスポフの背中を鞭が打った。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」


痛さにユスポフが叫ぶ。


「こんなことをしたって俺は口を割らんぞ!!!!

 それに、今に仲間がここを探し出してお前らを皆殺しにするさ!!!!!!」

「安心しろ。

 仲間も俺が殺してやる。」


ビューレルが更に鞭でユスポフを打つ。


「あらあらァ。

 アタシたちの可愛い新入りをそんなに虐めないでよォ。

 代わりに僕に鞭を打ってェ。」


いつの間にか部屋に男がいた。

反射的に護衛の一人が魔法式を展開する。


「君に用はないのォ。」


男が魔法を発動する。


ビューレルの目の前に護衛の頭部が落下した。

胴体は重力に従ってその場で倒れた。


「遅いぞ…。」


ユスポフが男を見て言う。


「ゴメンねェ。

 探し出すのに手間取っちゃってェ。」

「貴様ぁ!!!!!!

 誰の許しを得てこんなことをしてるんだ!?」


ビューレルは男に対して魔法を発動する。


「顔は好きだけど、性格は嫌いだなァ。」


男は彼の魔法式を掻き消した。

自分の魔法式が掻き消されるとは思ってもいなかったビューレルは即応ができなかった。


「帝国の特務機関もこの程度かァ。

 動きが遅いよォ。」


男が魔法を発動する。


「っっっっっっっ!?」


ビューレルの両腕が落ちた。


「これでまず魔法は使えないねェ。」

「クソォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


叫ぶビューレルを無視して男はユスポフの拘束を解いた。


「あの女が来る前に退散しないとねェ。」


男に促されてユスポフが扉へと向かう。


「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!」

「お黙り。」


ビチャっという音とともに血まみれの臓器が床に落ちた。

ビューレルはそれが自分の心臓だと認識したのだろうか?

果たして、彼は一言も発しないまま床に黙した。


「おい、早く行くぞ!!!!」


ユスポフは開け放った扉から脱出しようとしていた。

だが、それは叶わなかった。

男は彼の頭を先程の護衛と同じように切断した。

部屋に沈黙が訪れる。

周囲を目と魔法で確認し、そのまま男は黙ってその場を後にした。

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