第59話〜閑話休題その伍〜
【エリナス ファミリオ魔術大学校】
「おはようございます。
タツロー様にお客様がお見えです。」
協会関係者に言われるがまま正門まで出向いた龍郎を待っていたのはエド達であった。
「エドさん!!
待ってましたよ!!」
明るく挨拶をする龍郎とは対照的に、エドたちの顔には疲労の色が染みていた。
「タツロー殿、我々は中には入れないのでしょうか?」
「申し訳ありません。
魔導協会本部には許可を受けた者しか立ち入れません。」
エドの頼みを断ったのは龍郎ではない。
協会関係者だ。
「え、ダメなんですか?
この人たちは僕らの護衛なんですけど…。」
「申し訳ありません。
ミネルバ女史の護衛と言えど、例外としてお通しするわけには。」
「…、僕とセシル先生の護衛です。」
「はい?」
協会員は龍郎の言わんとしていることが理解できなかった。
「タツロー様の護衛?」
「はい、そうです。
彼らは僕とセシル先生の護衛です。」
「だったら尚更です。
特例で立ち入りを許可した一般人の護衛となりますと…。」
協会員の対応は文句なしだ。
彼の言っていることに間違いはない。
一般的な場合は、という条件付きだが…。
残念ながら、龍郎は彼の言う一般人ではない。
龍郎はシメたとばかりに切り出す。
「僕は一般人じゃない。」
その通りである。
龍郎、お前は一般ピーポーではないのだ!!!
見せてやれ!!
言ってやれ!!
このコンプライアンス人間に!!
「…、サビキア王国枢密院に籍を置く伯爵だ。」
キマった。
エドはニヤつき、協会員は怪訝な顔をした。
「枢密院所属の伯爵?
何かのご冗談でしょうか?」
協会員は譲らなかった。
「いいや、冗談じゃない。」
「でしたら何か身分の証明になるものをお出しください。」
この世界には地球と同じように免許やIDなんてものはあるのだろうか?
そんなことを思いながら龍郎は懐からあの紙を出す。
「国王の親任書だ。
これで文句はないか?」
『馬鹿野郎!』
言葉には発せられていないが、龍郎の語尾にはしっかりと付いていた。
龍郎は親書を突きつけた。
さも令状を突きつける刑事であるかのようである。
「拝見させていただきます。」
文面を一字一句逃さず確認する。
押されている印も、サインも確認した。
ご丁寧に協会員は親任書に施された魔法も入念に読み取った。
こんなこともあろうかとコーネリウスの指示でフレアーが施したものだ。
「…、確かに。」
協会員は親書を龍郎に返した。
「大変失礼致しました。」
彼は自らの非を認め、深々と頭を下げた。
「アララギ伯爵、上の者と掛け合いますのでもう暫くお待ちくださいませ。」
そう言って協会員は下がる。
「タツロー殿、どこでそんな振る舞いを覚えたのですか?」
驚いた顔をしてエドが尋ねる。
「生まれてから徐々にね。
僕の処世術さ。」
あははと返す龍郎。
「だぁーーーーーー!!!!!!!!!
まだ中に入れないのかい!?
タツロー、早いとこ どうにかしておくれよ!!!!!!!!」
痺れを切らしたアレッタが門へとやってきた。
アレッタの後ろにはロブレヒトやティモンもいる。
「僕に言われてもどうにもできませんよ…。」
「アタシらはいつになったら休めるんだい…。」
今のは疑問形ではなく脱力形である。
その場に座り込むアレッタ。
「おいおいおい、しっかりしろアレッタ。
そんなところで座り込むんじゃない。
我が特務騎士団が甘く見られる。」
ロブレヒトは直ぐ様アレッタを抱え上げた。
抱え上げられつつ言い訳するアレッタ。
「だってぇ〜、疲れちゃったんだもん!!!」
「言い訳にならん。」
アレッタの言い訳をあっさりと切り捨てるロブレヒト。
見た目からは少し考えられないアレッタの言動をどこか下心のありそうな目で見る龍郎。
やれやれといった表情で龍郎を横目に見るエド。
協会員が戻ってきたのはそこから20分後であった。
「お待たせ致しました。
接遇係のレナータ・ジルベルトです。
タツロー様、先程は大変申し訳ありませんでした。
専属の護衛団の方々も特別に入校を許可致します。」
レナータがそう言うと結界が解除されて門が開いた。
エド達がぞろぞろと入校する。
「タツロー様、この後のご予定ですが…。」
歩きながらレナータが切り出す。
彼女の表情には”言いにくさ”が見て取れた。
理由は後ろのエド達だろう。
この後の予定は1件しかない。
「知恵の館に行くんですよね?」
龍郎の言葉にレナータは小さく頷いた。
「既に会長が知恵の館にて皆様をお待ちです。
なのですが…。」
「彼らは入れないと?」
龍郎は後ろのエド達を指差す。
「…、はい。」
レナータは本当に申し訳なさそうに答えた。
「今度ばかりはワガママ言っても通じなさそうだしなぁ。
仕方ないかぁ…。」
龍郎は歩きながらエドに言う。
「すいません…。
この後行く場所にはどうしてもエドさん達は入れないらしいので今日だけ雪華の世話をお願いできますか?」
「なんですって!?
せっかくここまで来たのに!?」
「我々も低く見られたものですね。
…、しかし、外で待つよりはマシでしょう。」
「ありがとうロブレヒト!」
「良いんです。
それで、セッカはどこに?」
「あそこだよ。」
龍郎が指差す先には中庭でスヤスヤと寝ている雪華がいた。
彼女もよくもまぁ得体の知れない場所であんなにもスヤスヤと寝られるものだ。
「皆様のお部屋へご案内致します。
タツロー様は私と一緒にこちらへ。」
エド達は待っていた他の協会員に連れられていった。
龍郎はそのままエド達とは反対側へとレナータと向かった。
200mほど廊下を進む。
「この部屋で女史とセシル導師がお待ちです。
どうぞ。」
レナータに促されて龍郎は入室した。
部屋の中には椅子が三脚だけ。
窓も何もない。
ミネルバとセシルはこちらを背にして椅子に座っていた。
左右の壁には等間隔に5人の協会員が立っている。
「お待ちしておりました。
こちらにお掛けください。」
白衣を纏った男性が龍郎に促す。
唯一空いている真ん中の席だ。
言われた通り龍郎は着席する。
「え…!?」
両側の席に座っている2人の意識はなかった。
そのことに龍郎は今の今まで気が付かなかった。
「保安上の措置です。」
男がそう言うと龍郎も2人と同じように意識を失った。
【某所 知恵の館】
「…、ロー、タツロー!
起きてください!」
ほんの一瞬だった気がする。
どれほど時間が経ったのだろうか。
知恵の館に着いたのであろうことは分かるのだが、どこなんだ?
先ほどの部屋とは全く違う無機質な部屋だ。
コンクリート打ちっ放しのような。
「タツロー!
気分はどうですか?」
何度かされているであろうセシル先生からの質問には、今、気がついた。
「大丈夫です。
悪くはないです。」
「それは良かった!」
「それでは参りましょうか。」
あぁ?
そうか、コイツもいたのか…。
このチビは本当にムカつくな。
「付いて来てください。
君の問いに答えよう。」
ロディの後に続いて部屋を出る。
部屋の外にはミネルバがいた。
白衣を着た研究者のような者達も大勢いる。
そして、あれは…。
「君の世界にはこんな生き物はいるのかい?」
「いいえ。
…、生きているんですか?」
これが、吸血鬼…。
見た目は人だ。
前に見た舞台の出演者みたいだ。
そうだ、トートだ。
エリザヴェートの…。
「生きているよ。
今は魔法で意識を奪い取っているだけだ。
他の魔族も同様さ。」
部屋の中には他にも10体程度の魔族が同じように光の鎖のようなもので吊られている。
チューブのようなものが刺さっていなければ、液体の容器にも入っていない。
「何だこれは…。」
「これが魔族だよ。
我々の宿敵だ。
君たちの世界にはいないのか…。
さぞ平和な世界なんだろうな。」
カマキリ?
牛?
爬虫類?
部分的にはそれらの要素が確認できるが、どれも当てはまらない。
まるで○ラクエや○Fのモンスターじゃないか…。
「こんなものが本当にいるのか…。」
「この世界には存在する。
残念ながらね。」
「近くで見ても問題ないか?」
「ああ。」
後学のためにも近くで見ておきたい。
本当に吸血鬼を見た地球人は僕が初めてだろうからな。
遠くからでも思ったが、近くで見て確信した。
文句なしの美男子だ。
本当に舞台役者のような容姿だ。
「これが吸血鬼…。」
「見た目は人間そのものだ。
どうだ、良い男だろう?
吸血鬼にしておくのは勿体ない。」
ロディは吸血鬼を前にして笑みを浮かべていた。
コイツもその地位に相応しい変態なんだな。
「さてと。
我々の博物館見学はこの辺にしておこう。」
「え?」
「君の問いの答えを見せよう。」
答えを見せる?
どういうことだ?
「重要な研究内容が詰まった知恵の館の中でも更に機密が詰まった場所へ君だけを案内しよう。」
そう言うとロディは先ほどの部屋へと入った。
「ちょっと待って!
2人は知っているのか?」
「知らないよ。
というか、僕らがいなくなったことは我々以外の誰も気が付かない。
…、えーと、この辺だよな。」
ロディは壁の一部に魔法式を投影した。
術式に反応したらしく、壁が液体のように変形して地下へと続く階段を形成する。
「こっちだ。」
ロディに続いて階段を降りる。
淡い光だけが僕らを包む。
数段先しか見えない明るさだ。
どうやらロディの歩調に合わせて明かりが移動しているらしい。
10分ほど階段を降りただろうか。
その間、僕らは無言だった。
「ようこそ。
ここが知恵の館の心臓であり、君の問いへの答えだ。」
先ほどまで僕らを包んでいた淡い光が、照らす範囲を広げていく。
「こ、これは…。」
「これを利用して我々は魔族の鎧や身体的特徴を分析した。」
鎧を身につけた巨大な魔族が3体いた。
何重にも真っ青な光の鎖で体が拘束されている。
意識はないようだ。
「こんなデカいのもいるのか…。」
「八遊星と戦った内の3体だよ。
魔導協会の設立以来、ずっとこの場に幽閉している。」
「そんなに長い間生きているのか!?」
「どうやらそうらしい。
驚くのも無理はない。
僕も初めは驚いたよ。」
「魔族は長寿なのか?
それとも、魔法なのか?」
「どちらも、だろうな。
研究用に、とウォーロックはコイツらを殺さずに保存した。
この鎖は対象を低温で凍結保存させることができるらしい。
ウォーロックが考案した術式らしく、誰も解読できていないんだ。
もっとも、解除させないようにしたのだろうがね。
魔族は長寿だが、ここまで長生きできるのはコイツらだからだろう。
コイツらは我々が設定した魔族等級において特級に分類される連中だ。
他の魔族達と比べても異常なほどの生命力を誇っている。」
「そんなものがここに…。
というか、なぜそんなところに僕を?」
「早い話がお願いをするためさ。」
ロディの顔が微笑む。
しかし、ここまで絵に描いたような冷たい笑みは見たことがない。
「見せてやったんだから注文を聞けと?
頼んだ覚えはないぞ。」
「頼まれていなくても、事実として君はこれを見てしまった。
機密保持のため、僕には君を消す義務が発生した。」
「クソ野郎。」
「注文を言うぞ。」
この野郎。
無視する気か。
「魔導協会員を君達の世界へと派遣して欲しい。」
「何だと?」
何を言ってんだコイツは?
「我々の人員をそちらの世界に駐留させたい。
君たちの世界を調査したくてね。」
「それだけか?」
「あぁ。
それだけだ。」
「っていうか、僕にそんな権限ありませんよ。」
ロディはそんなこと知っているという表情だ。
「君には交渉の入り口になって欲しい。
そちらの世界の意思決定機関へ我々を繋いでくれ。
後はこちらで話をつけよう。」
「交渉の結果には責任を負えないぞ。」
「きっと上手くいくさ。
彼らが喉から手が出るほど欲しているものを渡すのだから。」
何を渡す気だ?
何を考えている?
「飲んでくれるね?」
間違いない。
飲まないと殺される。
「飲むしかねぇだろう。」
「それは助かる。
では、腕を出してくれ。
契約を結ぼう。」
「拒否したら?」
「この場で君を消す。」
「その前にいつか殺してやるよ。」
「威勢が良いな。
…、少し熱いぞ。」
っ!?
何だこれ!?
えぇっ!!???
「おい!!!!!!
跡は残らないだろうな!?」
刺青みたいなのできちゃったぞ!!!!!!!!
あぁー、消えなかったら日本帰ったら終わっちゃう!!!!!!!!!
就活できねえ!!!!!!!
大学入った後も浮いちまう!!!!!!!
ヤベェ!!!!!!!!!
「大丈夫。
契約が果たされれば跡形も無くなるさ。
まぁ、契約が果たされなければ君が跡形も無くなるがな。」
ぜってぇ殺す。
このクソちび!!!!!!!!!!!!!!!
「さてと。
そろそろ戻ろうか。
ここでは息が詰まる。」
戻りは一瞬だった。
あっという間に最初の部屋まで戻ってきた。
「入るときは簡単には入れないように。
出るときはすぐに出られるように。」
僕らが部屋に戻ってくると、セシル先生たちが入ってきた。
「ミネルバ女史、久々の知恵の館は楽しかったでしょう?」
「あぁ。
そうだねぇ。」
ロディの問いにミネルバは満足そうに答えた。
「セシル導師はいかがでしたか?」
今度はミネルバの後ろにいたセシル先生へと問う。
まるで僕らがいなくなった事実が彼女たちに感じ取られていないことを示そうとするかのように。
「すっごい楽しかったです。
興味深い品ばかりでした!!!」
本当に気がついていないみたいだ。
ミネルバをも術中に収めるアイツの力を実体験してわかった。
神童と言われる理由が…。
「それは良かったです。
導師の感想を聞くと名残惜しくなってしまいますが、知恵の館の案内はこれで終了です。」
身振りで2人を椅子に誘導するロディ。
目で僕も席へと促された。
「また意識を奪って運ぶのかえぇ?」
着席しながらミネルバはロディへ不満そうに言う。
ロディは困ったような表情を浮かべてみせた。
「申し訳ありません。
これも保安のためです。
どうかご理解ください。」
全員が座ったのを確認してロディは魔法を発動する。
「それでは、行きと同じように意識を奪わせていただきます。
…、おやすみなさい。」
ロディの不敵な笑みを最後に僕らの意識は遠のいた。
【日本 横浜 新港基地 病棟】
午前中に両院の国会議員たちとの会談を終え、昼食は与党の面々と共にしたニーナ達は現在 横浜に戻ってきていた。
だが、戻ってきたのは山手の大使館ではない。
新港基地である。
今まさに彼女は今回の全ての元凶とも言える男を前にしていた。
2人の間には緊張感はなく、初めから和やかな雰囲気が訪れている。
「そうか…。
パンゲアはそのような状況なのか…。」
グリンダは目に見えて気落ちしているが、ニーナは話を続けた。
「ですが私が知っているのはここまでです。
こちらに来てから情報というものが手に入りにくくなってしまいました。
彼らは全く教えてくださらないんです。」
そういってニーナが指差した先には軍服に身を包んだ者達がいた。
通訳を介してニーナの発言を耳にした加賀が言う。
「殿下、軍事に関わる情報を簡単にお教えする訳には参りません。
それ以外の情報なら喜んでお教えさせていただきますよ。」
「気になることはもう一通り聞きました。」
「カガさんや、暫く2人だけにしてはくれんかね?」
グリンダの頼みに、部屋にいた官僚らは渋い顔をした。
「30分だけなら構いませんよ。」
本当なら話が終わるまで2人だけにしても良かったのだが、彼らの顔を見た加賀は妥協案を提示した。
「それで良い。」
グリンダも子供ではない。
30分だけでも時間をくれたことをありがたいと思った。
「それでは。
30分後にまた来ます。」
グリンダが受け入れたことで加賀達は退室した。
退室して早々に加賀はタブレット端末を持った研究員に話し掛けた。
「データは記録しているな?」
若い研究員は短く答える。
「はい。」
加賀は独り言なのか問い掛けなのか分からないくらいで呟いた。
「ったく…。
放射能汚染を受けたのにどうして何ともないんだ?」
「異世界ってのはこちらの常識が通じませんね。」
加賀に反応した林は同じく研究員に尋ねた。
「体の作りも見た目は同じ。
どこか違うところはあった?」
「皮膚組織の詳細な分析結果が出ていないので何とも言えませんが、魔法が使えないことを踏まえると、恐らく排出機能もしくは皮膚組織が我々とは違うと考えられます。
いずれにせよ、これは我々にとって大きなデータです。」
「なるほどね。
入れない力か出す力が強いってことか。」
「そうなりますね。
検便、検尿共に行っておりますが、もう2、3日お待ち下さい。
…、それでは。」
研究員は一礼して去っていった。
残された彼らは時間まで部屋の前で待機することにした。
「儂は取り返しのつかないことをしてしまったのじゃろうか?」
部屋の中では、グリンダの気がみるみる落ちていた。
「貴方ほどの魔導師がどうして帝国なんかに…。」
ニーナは言外にグリンダを慰めつつも疑問を口にした。
溜め息をついたグリンダは重い口をゆっくりと開く。
「…、人質、じゃよ…。」
ニーナはハッとした。
言葉が出なかった。
「コートの生徒達を無差別に殺すと脅された…。
卑劣な男じゃよ、奴は…。
じゃが、奴に抗えなかった儂も堕ちたものじゃな…。」
「どうして反撃しなかったのですか?
貴方なら大人数でも勝てたでしょうに…。」
ニーナの記憶が正しければ、グリンダはその昔、戦闘魔法も得意としていた筈であった。
しかし、かつての強者はすっかりと骨を削がれていた。
「儂一人では皇帝を護る者達には敵わなんだ。」
ポツンと発しながら彼はシーツを握りしめた。
ニーナは幼少期に見たあの朗らかな人物と目の前にいる人物が同じだとは思えなかった。
「そんな魔導師がいるなんて…。
皇帝を護っているのは何者なのですか…?」
麗しの姫君からの問いに老魔導師は窮してしまった。
「分からない。
しかし殿下、世界は広いぞ。
そのような者はこの世にごまんとおる。」
謙遜ではなく、それは彼の本心であった。
とは言うものの、ニーナの評価にグリンダはどこか嬉しそうだった。
この後、二人は他愛のない話をするにとどめたが、30分という時はいとも簡単に過ぎた。
「殿下、老師、お時間です。」
入室した加賀を一瞥して、ニーナは部屋を去ろうとした。
そんな彼女を老人は呼び止めた。
少女が振り返る。
「この老いぼれにまた会いに来てくださるかの、姫君や。」
「勿論ですわ。
老師もどうかお元気で。」
それだけ言い、ニーナ達は部屋を後にした。
【トマス商会 トエリテス支店】
「派遣された将官は役に立っていますかね?」
席に着くなり、ヤコブは斎宮に言った。
「ええ。
ヴュッペさんでしたっけ?
あの人は真面目で話はつまらないですが軍制の知識には目を見張るものがあります。」
斎宮も特段気を悪くした様子は無い。
「そうですか。
それは良かった。」
自らの人選が功を奏していることにヤコブは安心した。
「それで、僕を呼んだのは例の件ですか?」
早く本題に入りたい斎宮は自分から話題を振る。
ヤコブの方も先ほどまでの和やかな雰囲気を崩した。
「はい。」
店内には他に客の姿はない。
彼らの他には唯一支配人のゴブリンがいるだけだ。
そんな彼もヤコブの目配せで奥に引っ込む。
「こちらがこの世界の魔法研究者の一覧です。」
誰もいなくなった店内で、ヤコブは机上に1枚の羊皮紙を滑らせた。
斎宮が手に取る。
「こ、これはどういうことですか…!?」
羊皮紙には誰の名前も書かれていなかった。
「申し訳ございません。
上からの命令です。」
ヤコブは頭を下げた。
「なぜ教えていただけないのでしょうか?」
「なぜ魔法研究者と一覧が欲しいのですか?」
質問に質問で返されるのは嫌いであったが、斎宮は言い返せなかった。
「ニホンは何が目的で魔法研究者の把握をしようとしているのでしょうか?
優秀な魔法研究者の素性は我々にとってそう簡単に明かすことのできない情報です。
情報の利用方法を教えていただけないと、こちらとしても対応しかねます。」
「魔法障壁を攻略する方法を知りたがっているとお思いですか?」
斎宮はヤコブらが考えている答えをくれてやった。
「えぇ。
我が国の上層部はそう考えております。
残念ですが、その懸念が消え去らない限り魔法研究者の情報を提供することは極めて困難です。」
「その情報を提供していただけないなら我が国は引き上げると言ったら?」
「サビキアとしては非常に残念ですが、ニホン国がそう考えるのなら止むを得ません。」
斎宮はこの世界での祖国の地位を悟った。
サビキアにとって必ずしも必要な国では無いのだ。
むしろ、現状では日本の方がサビキアを必要としている。
斎宮は敗北を痛感した。
「一旦持ち帰って上に報告させていただきます。
…、上も納得するでしょう。」
「それは安心しました。
今後とも両国の友好と繁栄を祈っています。」
話は終わった。
斎宮はマリアの店には寄らずに御用邸へと向かった。
【カイロキシア 宮都】
朝日に照らされた街に人影はまだ少ない。
光に照らされた様々な物の中で一際輝いているのは建物であった。
総タイル張りの外壁は居住者の権威、権力を連想させる。
カイロキシアを統べるファビアン・アルマンド・ブランシャールはまさに彼に相応しい住まいを構えていた。
王が住まう深縹宮の青は、見る者を吸い込まんとしそうだ。
柵越しに誰もが羨望の視線を送るこの宮殿を、男は違った感情で視界に捉えていた。
「そこのお前!!
ちょっと待て!!」
こんな時間に黒いフード姿で王宮前に佇んでいるのだ。
警備の兵が声をかけない筈がない。
「動くんじゃない。
今からお前を取り調べる。
手を出すんだ。」
2人組の衛兵の内の片方が男に声をかける。
もう一人は近くの衛兵を呼びにいっていた。
男は無言で佇んだままだ。
「聞こえないのか?
これは警告だ!!
命令を聞かなければお前を拘束する!!」
衛兵は男へと怒鳴った。
彼の怒鳴り声を聞きつけて他の衛兵も近づく。
応援を呼びにいっていた衛兵も戻ってきた。
男は総勢10名の衛兵に囲まれている。
「我々は王の安全確保のためにお前を拘束する権利を与えられている!!」
衛兵が手に持っていた槍を男へと向けた。
槍の先には電気がほとばしる。
「魔導師か…。」
男は誰にも聞こえない声で呟いた。
そして、宮殿を向いたまま右の掌を衛兵へと向ける。
「拘束しろ!!!」
言いながら衛兵が男を捕まえようと近づいたその時、彼は全身から血飛沫をあげた。
槍は木っ端となり、衛兵は肉片となった。
その場に緊張が走る。
「敵襲!!!!!」
衛兵達はそう叫び、首から下げた笛を吹いた。
その間にも他の衛兵が男を殺そうと槍で襲いかかる。
ある衛兵の槍は先端が黄色く光る蛇に姿を変えて男へと向かった。
別の衛兵は槍先に炎を纏わせて男を串刺しにせんと動いた。
またある衛兵は地面に魔法を発動して男の足を土で封じた。
男はその状態で魔法を発動する。
発動場所は足元。
魔法の効果は直ぐに現れた。
男を起点に衛兵達を飲み込む激しい地割れが起きた。
術者死亡により男へと向かっていた魔法が全て強制終了する。
「下がれ!!
魔導隊を呼べ!!!!」
地割れは宮殿の柵と周囲の建物をも巻き込んだため、術の範囲外にいた衛兵達は瓦礫を前に進むことができなくなっていた。
衛兵達は男を見失った。
追撃がないのも男が逃げた証拠として考えて良いだろう。
「王宮の警備を最厳重にしろ!!!!
それと急いで道の整備と柵の修復を行うんだ!!!!」
王宮警護の魔導隊が到着するまでの間、衛兵達の怒号が止むことはなかった。
こうして今日の宮都は、いつもより早く朝を迎えた。
前話から半年以上ですか…。
誠に申し訳ありません。
ストーリー自体は組み上がっているのですが、それを形にするのにどうもキーを叩く手がするすると動かなくて…。
停止はしませんよ!!!!
生きている限り、更新は続けていきます!!!!




